第5話 快気祝いの席で
約1ヶ月と半月後、4月に入った土曜日のお昼前、リリコはお祖母ちゃんとキッチンに並んで包丁を握っていた。
大量に切ったそれらを大きな保存袋に入れる。できる限り空気を抜きながらジッパーを閉めて、ソフト素材の保冷バッグに詰めた。
リリコがそれを肩に掛け、お祖母ちゃんとエレベータで下に降りると、家の前に大将さんと若大将さん、
「お待たせしました〜」
「
「いいえぇ。たくさんのお野菜壮観やったわぁ。ほな行きましょか」
「はいよ」
皆それぞれクーラーバッグを持ち上げる。大将さんと若大将さん、叔父ちゃんが率先してハードタイプの重そうなのを持ってくれる。リリコはお野菜のボックスをそのまま持った。
「ほら、優恵も香純も持って持って」
叔母ちゃんに言われた優恵ちゃんと香純ちゃんは揃って「えー?」と不満げな声を上げる。
「えー、や無いの。ほらほら、軽そうなんでええから」
叔母ちゃんに荷物を持たされた優恵ちゃんと香純ちゃんは、もうけろりと機嫌が直っていて、楽しそうにきゃっきゃとソフトタイプのクーラーボックスを肩に担いだ。
「相変わらずやなぁ」
リリコは嬉しくなる。このふたりの
「あらぁ、私にもなんか持たせて欲しいわぁ」
自分のショルダーバッグ以外手ぶらのお祖母ちゃんが困った様に言う。
「そんな、久実子さんに重いもん持たせられませんわ」
大将さんが言うと、「でもねぇ」とお祖母ちゃんは困惑顔になる。お祖母ちゃんのことだから申し訳無く思っているのだろう。
「それやったら久実子お義母さん、これ持ったってくれるか?」
叔父さんが持っていた大きなナイロン袋をお祖母ちゃんに差し出す。
「これは?」
「昨日
もみじの天ぷらはもみじ
「あらまぁ、嬉しいわぁ。もみじの天ぷら美味しいやんねぇ。ほな持たせてもらうわね」
お祖母ちゃんは叔父ちゃんから受け取ったナイロン袋を大事そうに抱えた。
「ほな、行きましょか!」
大将さんの号令に、皆「はい!」「はーい!」と元気に返事をする。
これから皆で向かうのは、
4月となり暖かい日も増えて、すっかりと過ごしやすくなっていた。今日はとても良いお天気で、見上げれば青い空が遠くまで広がっている。バーベキュー日和だ。
おもいでの森には桜も植わっている。今は満開を迎えていて、お花見
隣近所の何人かは、ちゃっかりと「いちょう食堂」のお客となっていた。だからこそ
ならお祖母ちゃんの快気祝いも兼ねて、バーベキューをしようということになったのだ。常連さんやご近所さんに声を掛けると皆喜んでくれた。
本当はもう少し早くしたかったのだが、おもいでの森がバーベキューに解放されるのが、3月下旬から5月初旬の期間限定なのだった。
今日いちょう食堂は休業にした。そして今回は会費制、ドリンクはそれぞれ持参である。影の主役のお祖母ちゃんだけが会費を払わなくて良いことになっている。
ここでもまた一悶着あったわけだが。「出す」「いらん」で揉めに揉めた。だが今回はリリコたちが勝利した。
この宴はもちろんいちょう食堂のSNSでも告知してある。ありがたいことに「行きたい!」のリプライがいくつか付き、若大将さんが丁寧にお返事をしていた。
皆でえっちらおっちらと公園内を歩き、おもいでの森にたどり着く。バーベキューを楽しむお客さんで賑わっていて、ぱちぱちと炭が
すると「おーい!」と
「炭起こしできてるでー!」
「平野さん、ありがとうございまーす!」
リリコも声を上げた。リリコたちが食材の準備をしている間、バーベキューコンロのレンタルと炭起こしを平野さんにお願いしておいたのだ。今日は
「いつも家内がお世話になりまして」
「いえいえ、とんでも無いですわ。こちらこそ」
所長さんとぺこぺこ頭を下げながら、そんな挨拶を繰り広げている。
付近にはリリコたちもお話をしたことがある常連さんや、お世話になっているご近所さんも詰め掛けていた。大盛況だ。
リリコがバーベキューコンロを覗くと、炭にしっかりと火が回り、一部が白くなり掛けていた。
「あったかい〜」
もう春だと言うのに、つい焚き火の様に手を掲げると、平野さんが「ほら、リリコちゃん!」とうちわを振り上げる。
「俺のうちわ
そう言ってばさばさとうちわを振ると、炭に空気が入ってぱちっと小さく火の粉が上がった。
「ほんまですねぇ」
リリコがおかしそうに言うと、所長さんはいつもの如く呆れた様に「平野」と声を上げる。
「あんまり火の粉上げて、
「あ、そうや! リリコちゃん大丈夫やったか?」
平野さんが途端に慌てるので、リリコはまたおかしくなって「あはは」と笑う。
「大丈夫ですよ〜」
すると平野さんは大げさなほどにほっとした様な顔になる。
「あ〜良かった〜」
すると荷物を抱えた大将さんと若大将さんもやって来た。
「平野さん、火起こし助かりましたわ」
「ありがとうございます」
「そりゃあリリコちゃんの頼みやったら。決して若大将のためやありませんからね!」
平野さんが
「お前はさっきから何を言うとんねん。大将、若大将、今日はよろしゅう頼みます」
所長さんが言うと、大将さんたちは「いやぁこちらこそ」と頭を下げる。
そしてゆっくりとやって来たお祖母ちゃんに、所長さんとハナさん、うちわを手にしたままの平野さんが駆け寄った。
「お婆ちゃん、リリコちゃんから聞きました。ほんまに驚きましたわ。大丈夫ですか? しんどないですか?」
心配げな所長に、お祖母ちゃんは「あらあら」と和やかに微笑む。
「えらい心配させてしもうたみたいで、ほんまに申し訳無いわぁ。もう大丈夫やねんよ。お医者さんに行ってお薬も飲んでるからねぇ」
「ほんまにお大事にしてくださいね。せっかく新しいお家も建てはったんですから」
ハナさんが言うと、お祖母ちゃんは「そうやんねぇ」と笑う。
「私もまだまだ頑張らんとねぇ。これからも皆さんのお世話になるかも知れんけど、どうぞよろしゅうねぇ」
「任せてください! お婆ちゃんもリリコちゃんも、俺が幸せにしますから!」
平野さんが堂々と言って満面の笑みになると、所長が「何言うとんねん」と突っ込む。リリコも「相変わらずやなぁ」と苦笑いを浮かべた。
「とにかく無理せんと。あ、お席用意してますよってに。どうぞどうぞ」
「まぁ、ありがとうねぇ」
所長さんたちがお祖母ちゃんを簡易テーブルに案内してくれた。程よくコンロに近い特等席だ。
「ほな焼いて行きましょか。その前に乾杯しましょ。ドリンク準備してくださいねー」
各々持参してきたドリンクを出す。缶ビールだったり缶酎ハイだったり缶ハイボールだったり、ペットボトルのお茶やジューズなど、様々なドリンクが掲げられた。
リリコはほろよいジンジャーだ。リリコとお祖母ちゃん、大将さんと若大将さんのドリンクはまとめてハードのクーラーボックスに入れて来たのだが、大阪もんのドリンクだと瓶で重いので、今日は缶ビールや缶酎ハイにした。
「音頭は久実子さん、お願いしますわ」
「あらあら、こんなたくさんの人の前で、緊張するわぁ」
お祖母ちゃんは言いながらもゆっくりと立ち上がる。
「ええっと、今日はみなさん、美味しいもんお腹いっぱい食べて行ってくださいねぇ。では、乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯!」
あちらこちらから威勢の良い声があがり、一斉にドリンクを傾ける。ひやっとした液体が喉を流れ、リリコはさっそくコンロの火が恋しくなってしまった。
「さー、焼きまっせー!」
若大将さんがハードタイプのクーラーボックスを開け、お肉がぎっしり詰まった保存袋を出す。
「まずは大阪ウメビーフのロースですわ」
大将さんが網の上にトングでお肉を敷き詰めて行く。人数が多いのでじゃんじゃん焼かないと間に合わない。お肉はたくさん用意したので、行き渡ってくれるはずだ。会費は前払いにして、上限ぎりぎりまでお肉とお野菜を買い込んでいた。
焼き上がったお肉にあちらこちらからお
「箸休めに大阪小松菜のナムル用意したんで、適当につまんでくださいね」
若大将さんが開けた大きなタッパーにもあれよあれよとお箸が伸びる。白すりごまをたっぷりと使ってあって、甘香ばしい香りがふわりと立つ。大将さんと若大将さんが手掛けたものだ。美味しいに決まっている。
「もみじの天ぷらも持って来ました。スナック代わりにどうぞ」
叔父ちゃんが袋を開けると、馴染みの無い人々が「え、もみじ?」「天ぷら?」とわらわら寄って来る。さっそくさくっと食べてみて「なるほどなぁ〜」と感心した様に頷いている。
「もみじの味っちゅうか、衣の味やな。香ばしいて旨いわ」
「赤うなった
「少し感じるな。それがアクセントっちゅうやつやな。なんやこれ癖になる味やな」
そう言ってまた手を伸ばす。どうやら皆さんのお気に召した様である。リリコも好きなおやつだ。
お肉の下味は今回もお塩とお酒を揉み込んでいて、付けだれは
お肉は大阪ウメビーフ、なにわ黒牛、
網の上にはリリコたちが準備したお野菜も乗っている。そして次から次へと焼かれるお肉。香ばしい匂いが辺りを包み、幸せでたまらない。
若大将さんが「ほら久実子さん、リリコちゃん、どんどん食べぇ」と焼けたお肉やお野菜を、うらら香の入った紙の器に入れてくれる。リリコはほろよいジンジャーを飲む間も無いぐらいに美味しいお肉とお野菜を
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