第7話 いちょう食堂の再開に向けて
その週末、大将さんと若大将さんがお食事に招待してくれた。翌週末に「いちょう食堂」の再オープンが決まり、こうしてどちらかの家でゆっくり食事をすることもなかなかできなくなるだろうからと、若大将さんが提案してくれたのだ。
食材は商店街などで買えるもので、大阪もんは一部だ。だが大将さんと若大将さんが作ってくれるものが美味しく無いわけが無い。
リリコが好きな豚の角煮と、お祖母ちゃんが好きなたこときゅうりの酢味噌和えを始め、様々なお料理がダイニングテーブルに並ぶ。
リリコたちの家と大将さんたちの家はまったく同じ間取りだ。だがリリコたちの家より家具は少なく、さっき通してくれたリビングにあるのは座卓とテレビ、背の低いチェストぐらいのもので、殺風景とまでは言わないが、余計なものが無いのだなと思わせる設えになっていた。
リリコたちもあまり飾り立てる様な趣味は無く、リビングに掛かっているのはお祖父ちゃんが遺した絵画ぐらいなものだが、家具はそれなりにある。男の人のふたり暮らしだとこういうなものなのだろうか。
そう言えばこれまで大将さんの奥さん、若大将さんのお母さんの話を聞いたことは無かった。こちらから聞くのも失礼だと思って、リリコもお祖母ちゃんも口を噤んでいるのだ。
「せや、リリコちゃん、この前作り損ねたウィスキー使った飲みやすいやつ、今日飲んでみるか?」
若大将さんが言ってくれて、興味があったリリコは張り切って「はい!」と応える。
「作り方見るか?」
「はい」
キッチンに入る若大将さんに付いて行くリリコ。細身の食器棚を見せてもらうと、こちらもそう皿の数は多く無い。だがシンプルで汎用性の高いものがほとんどで、巧く使いまわしているのだろう。
その代わりと言って良いのかどうか、グラスの種類は多かった。背の高いものや低いもの、大きなものや小さなもの、厚さや形も様々なグラスが数段に渡って収められている。若大将さんはその中からタンブラーを取り出した。
氷を入れ、山崎ウィスキーを控えめに入れ、冷蔵庫から出したばかりのダイドーミスティオコーラを注ぐ。そこにレモン汁を落としてマドラーでゆっくりとステアする。
「これでできあがり。コークハイって言うねん」
「ウィスキーとコーラ、レモン汁、ですね」
「レモン汁は好みやな。入れたら飲み口がすっきりすんねん。リリコちゃんは初めてやから、この方が飲みやすいと思ってな。ほな持って行こか」
「はぁい。楽しみです」
他に缶ビールを冷蔵庫から出して、ダイニングと繋がっているカウンタに乗せる。それを大将さんがひょいひょいとテーブルに運んだ。そして全員が揃って。
「ほな、今日の音頭はわしが取らしてもらいましょか。皆さん今日もお疲れさんです。乾杯!」
「かんぱーい!」
かちんとグラスを重ね、お祖母ちゃんたちはビールを進めて行く。リリコは初めてのコークハイにどきどきしながら口を付けた。
確かにウィスキーの
「若大将さん、コークハイ美味しいです!」
リリコが笑顔になると、若大将さんも「そら良かったわ」と笑みを浮かべた。
大将さんと若大将さんとこうして過ごす様になってから、美味しいものももちろんだが、いろいろとお酒の味も知った気がする。
そうして美味しいお酒とお料理を楽しんでいる時、リリコはふと思い立ったことを言う。
「そう言えば大将さん若大将さん、「いちょう食堂」さんでSNSとかってやってないんですか?」
すると大将さんは渋い顔をし、若大将さんはおかしそうに「わはは」と笑う。
「いやな、俺はやって1日に1回ぐらいは写真上げようやて言うてんのに、親父が苦手や言うてな。どうせやるんは俺やのに」
「だってなぁ、炎上? とか言うんか? そんなん怖いやろうが」
大将さんはそう言って顔をしかめる。今度はリリコが「あはは」と笑う。
「炎上なんて滅多にしませんよ〜。その日のおすすめとかそういうのアップしたら、見はったお客さんも嬉しいと思うんですけど」
「せやけどなぁ」
大将さんはやっぱり
「親父、若い子に限らず、皆気軽にアカウント作って、写真上げたり呟いたりしとんで。リリコちゃんかてアカウント持ってるんちゃう?」
「はい。私は写真のSNSでアカウント作ってますよ。お花の写真撮った時に上げたりしてます」
「ああ、そういやリリコちゃん、植物の写真撮るん趣味やて言うてたな」
「はい。なんでそんなしょっちゅうや無いですけど、ハッシュタグ辿って他の人の綺麗なお花の写真見るのも楽しいです」
「は、はっしゅ? なんや?」
大将さんはまた顔を歪めてしまう。
「共通のワードみたいなもの? でええんかな? 頭に英文字のシャープを付けて、例えば私のやったら「お花」とか「植物園」とか書き込むんです。そしたら同じ書き込みした人を探しやすくなるんです。せやから「いちょう食堂」でハッシュタグ作って、おすすめとかアップしたらええと思うんですけどねぇ」
すると大将は「うーん」と唸ってしまう。なびいているのだろうか。あと1歩か?
「親父、そんな難しいこと考えんでもええって。そうや、それやったらリリコちゃん、「いちょう食堂」のアカウント運営手伝ったってみるか?」
「え、私ですか?」
リリコが驚いて目を丸くする。大将さんも「お?」と目をぱちくりさせる。
「おすすめ料理の写真撮ってアップするんは俺がやる。開店前にした方がええからな。でもその後俺は店に掛かり切りになるからな。ハッシュタグ付けて書き込んでくれたやつとか、引用とかしてくれたやつとかにいいねとかしてくれたら助かるわ。俺が辿れるんは早くても閉店後やからな」
リリコは呆然とする。そんな大事なお役目を自分にいただけるのか。
リリコができるのはほんの少しのお手伝いなのかも知れない。だが自分でも「いちょう食堂」のお役に立つことができるのか。リリコの心臓がどきどきする。
「私でええんですか?」
「もちろんや。親父もええやろ?」
「いや、そりゃあリリコちゃんがええんやったらありがたいけど、リリコちゃんになんや悪いこととか起こるんちゃうやろな」
大将さんが眉根を寄せながら言うと、リリコと若大将さんは思わず顔を見合わせ「あはは」「わはは!」と笑い声を上げた。
「大丈夫やて親父。アカウントに万が一なんやあっても、責任は俺やねんから」
「そうですよ。責任云々はともかくとして、そんなおかしなことには、ほんまに滅多になりませんから」
「そ、そうか」
大将さんは毒気が抜かれた様な顔になって呟いた。
「リリコちゃんもそう言うてくれるんやったら、ほなお願いしようかな。
「もちろんええよぉ。リリちゃんが大将さんたちのお役に立てるん嬉しいわぁ」
「私、頑張りますから! よろしくお願いします!」
リリコが勢い勇んで言うと、若大将さんは「おう。ありがとうな」と微笑み、大将さんも「助かるわ。ありがとうな」と言ってくれる。
「ほなさっそくアカウント作りましょ。アカウント名何がええかな〜両方同じのがええですよね」
リリコはバッグから取り出したスマートフォンで呟きのSNSを、タブレットで写真のSNSを立ち上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます