第8話 いちょう食堂再オープン!
そうして翌週の金曜日、「いちょう食堂」の再開日がやって来た。新店では無いのでプレオープンは無しだ。
仕事を終えたリリコは職場から直接「いちょう食堂」に向かう。お祖母ちゃんは17時の開店と同時に入っているはずだ。
表には様々な仕入先などから、お祝い花のスタンドがぎっしりと並べられていた。その中には
真冬だと言うのに色とりどりの花で彩られ、とても華やかだ。リリコはスマートフォンを取り出すと、様々な角度から写真を撮った。お花もだが差出人がちゃんと写る様に。
帰りの電車の中で「いちょう食堂」のSNSをチェックすると、若大将さんの手によって再開のお知らせと、今日のおすすめ料理の舌平目のお刺身、なにわ星の豚のローストの写真がアップされていたが、祝い花は投稿されていなかった。若大将さんに聞いて、許可がもらえたらお礼の文章とともにアップさせてもらおう。
新しい「いちょう食堂」のドアは押しボタン式の自動ドアだ。開くと美味しそうな香りに混じって新しい家の匂いがする気がした。
濃い茶色に塗装された木材をふんだんに使った落ち着いた内装だ。壁やカウンタも同じ色で揃えられている。前の「いちょう食堂」の内装に寄り添った形で、まるで雰囲気もそのまま持って来た様だ。
店内は常連さんで大賑わいで、立ち飲み客もいて、一時閉店を控えた最終日を思い出す。あの時も、まるで来れない間の食い溜めをせんばかりのお客さんが詰め掛けていた。
そして再開した今日。常連さんたちはしばらく来れなかった飢えを満たすかの様に、飲んで食べてと大いに楽しんでいた。
カウンタの中で忙しなく動き回る大将さんと若大将さん。リリコに気付いて「お、リリコちゃんおかえり」「おかえり!」と迎えてくれた。
「ただいまです。こんばんは」
リリコは返事をして奥に進む。前の店舗でもリリコとお祖母ちゃんの指定席の様になっていた、カウンタの奥の席。新しいこの店舗でも、大将さんたちはリリコとお祖母ちゃんのためにキープしてくれる。行くとお祖母ちゃんがちょこんと座ってビールを傾けていた。
「お祖母ちゃん、ただいま。お待たせ」
「リリちゃんお帰り。ほら、はよ座って暖まりぃ」
「うん」
リリコはマフラーを外してコートを脱ぎ、壁のハンガーに掛けると椅子に腰を下ろす。若大将さんが温かいおしぼりを持って来てくれたので手を拭くと、つい「はぁ〜」と溜め息が出た。
「あったまるなぁ〜」
「外は寒かったやろ。まずは温かいお茶でも淹れよか?」
若大将さんがそう言ってくれるので、リリコは「ありがとうございます」といただくことにする。
若大将さんが出してくれた熱いほうじ茶を口に含み、こくんと飲み下すと、温かさがじんわりと身体の芯まで伝わって行く気がした。また「ふぅ〜」と心地よい息が漏れる。
「あったまるわぁ。さてと、飲みもんどうしよ」
リリコはメニューを取ると、大阪もんのドリンクメニューを開く。メニューの内容は変わらないが、再開のタイミングで新しく作り直された。まだしわも折れも無いぴかぴかである。
記念すべき再開の今日は何にしようか。若大将さんに作ってもらったコークハイも美味しかった。だがせっかくのいちょう食堂なのだから、普段他のお店ではお目に掛かれないものをいただきたい。お願いしたら大阪もんのソフトドリンクを使ったお酒を作ってくれる。でも箕面ビールのヴァイツェンもすっかりご無沙汰だ。ああ、迷う。
「リリちゃん、飲みたいもんたくさんあるんやったら、ゆっくり何杯でも飲んだらええんよ。しんどくならん程度にねぇ」
真剣な顔でメニューを睨み付けるリリコに、お祖母ちゃんがおかしそうに言う。それもそうだ。リリコは強くも無いが弱くも無い。実はそこそこ飲める様だ。最近の発見である。
「じゃあやっぱり、1杯目は箕面ビールのヴァイツェンかな」
若大将さんに注文し、さっそく出してもらう。お祖母ちゃんがお猿さんのグラスに綺麗に注いでくれた。
「リリちゃんお疲れさま。乾杯」
「お祖母ちゃんもお疲れさん。乾杯」
軽くグラスを重ね、口を付ける。冬の乾燥で喉が乾いていたのか、リリコはごっごっごっと喉を鳴らした。
「あーやっぱり美味しい! まずはビールって言う人の気持ちがほんまに分かるわ」
「せやねぇ。お祖母ちゃんも一杯目はビールお願いしてしまうわ。でも今日はねぇ、あとで
「ええねぇ。身体あったまりそう。私はやっぱりまだ飲まれへんのやろうなぁ」
「せやねぇ。日本酒もそうやけど、お酒は熱くすると余計に香りが立つからねぇ。慣れてへん人には辛いと思うわぁ。好きな人にはそれがたまらへんのやけど」
「お祖母ちゃんってそんなにお酒好きやったっけ?」
「たまーにやけど、お祖父ちゃんが
「あ〜、そうかも」
お祖父ちゃんはリリコに悪い影響が無いようにするためか、晩酌はダイニングですることがほとんどだった。お台所仕事をするお祖母ちゃんと、話をしたかったこともあったかも知れない。
お祖父ちゃんはあまり深酒もしないし酒癖も悪く無かったから、リリコはまるで気にしていなかった。だが親代わりとしてあまり良く無い姿を見せたくはなかったのだろう。
お祖父ちゃんと一緒にお酒を飲むことができなかったのが本当に残念だ。夢の中では飲むことができたが。それを思うときっとお祖父ちゃんは、大人になったリリコと嬉しそうに盃を交わしてくれただろうに。
「あんまりお家でお酒の匂いをさせるのもなんやから、お祖母ちゃんもお祖父ちゃんが死んでから燗酒を飲むことも無かったんやけど、もうリリちゃんも大人やし、お家の近くで少し飲むぐらいやったらええかと思ってねぇ。リリちゃんに嫌な匂いや無かったらええんやけど」
「気にせんと好きなん飲んで欲しいわ。多分大丈夫やと思うし。私もこのあと、また若大将さんに美味しいの作ってもらおう思って。あ、そうや」
リリコはカウンタ下の棚に置いてあるバッグからスマートフォンを出し、カメラロールを表示させる。
「お祝い花撮ってん。これ「いちょう食堂」のSNSに上げてええか、若大将さんに聞こうかと思って」
リリコが写真をお祖母ちゃんに見せると、お祖母ちゃんは「あらぁ、綺麗に撮れてるねぇ」と表情を和ませる。
リリコは若大将さんを呼ぶ。まずはお料理の注文。お祖母ちゃんは泉だこと大阪きゅうりの酢味噌和えと、天王寺蕪のお漬物と言う控えめな品でリリコを待っててくれていた。
まずは今日のおすすめの舌平目のお造りとなにわ星の豚のロースト、リリコの好物犬鳴豚の角煮。豚肉が被るが気にしない。他に大阪地玉子のだし巻き、菊菜(春菊)のごま和え、田辺大根のふろふきを頼んだ。
「でね、若大将さん、表のお祝い花の写真、SNSに上げてもええですか?」
「あ、そやな。そういうのもあった方がええな。お礼も添えて上げてくれたら助かるわ」
「わかりました」
「よう気付いてくれたなぁ。ありがとう」
「いえいえ」
若大将さんは作業に戻る。リリコは写真を数枚厳選した。
再開のお祝いにたくさんのきれいなお花<花の絵文字>をいただきました。本当にありがとうございます!<笑顔マーク>これからもどうぞよろしくお願いいたします<お辞儀の絵文字>
「いちょう食堂」と大阪産、大阪もんなどのハッシュタグも入れて、ふたつのSNSにアップした。いいねや拡散があったら嬉しいのだが。
若大将さんが書き込んだ今日のおすすめには、少ないがいいねが付いていた。フォロワーさんもまだ少ない。アカウント作成から間も無いこと、アカウントの知名度が低いことなどが原因だろう。
バズらせるのはどうしたら良いのだろうか、と思うが、それこそこの「いちょう食堂」には向いていない気がする。無理の無いペースでのんびり運営する方が良いのだろう。
リリコは書き込んだ記事をお祖母ちゃんに見せた。
「ほら、こんな風になるねん」
お祖母ちゃんもSNSとはあまり縁が無い生活をしている。ほとんど家にいるのでスマートフォンなどの携帯端末も持っていない。
「へぇ〜。今時はこんな風にして宣伝するんやねぇ」
「今はほとんどのお店とかがアカウント持ってると思うで。リアルタイムで宣伝とかお知らせができるから重宝するねん」
「お祖母ちゃん、こんなハイテクなんよう分からんわぁ」
「そんな難しいもんでも無いけど、無理にせなあかんもんでも無いしな。私らはここのことは大将さんと若大将さんに聞いた方が早いしな」
「それもそうやねぇ」
リリコはスマートフォンをバッグにしまった。
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