第8話 いざ、偵察へ
抜き打ちとは言え、5人でお邪魔するとなると席の予約はした方が良いだろうと、リリコが早いうちに電話をしておいた。
いちょう食堂の4人掛けテーブル席は広めのものを使っているので、椅子をひとつ足せば5人でも充分に
さて週末になり、リリコ含む
「お祖母ちゃん、お待たせ! 待たせてごめんね」
リリコが駆け寄ると、お祖母ちゃんは「大丈夫やよ〜」とのんびり微笑む。所長さんたちの姿を見ると、深々と頭を下げた。
「まぁまぁ、今日はお邪魔させてもろうて。ありがとうねぇ」
「とんでも無いですよ。私らもご一緒できるん楽しみにしてました。今日はよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ。わいわいできるん嬉しいわぁ」
そうして皆で「いちょう食堂」に向かう。皆自然にお祖母ちゃんのペースに合わせてくれる。まだ空には明るさが残り、治まり切らない暑さの中歩いて行く。
「もう夕方やのに、まだまだ暑いねぇ」
そんな他愛の無い会話をしながら。
やがて「いちょう食堂」が見えて来る。古いその
「結構老朽化しとるなぁ。こりゃあ確かに建て替えた方が良さそうやわ。築年数70年は経っとるか。まさに戦後間も無い建物やな。日本家屋やったら頑丈に建てられとって柔軟性もあるけど、これは現代建築やからなぁ。耐震入れてへんかったら、大きな地震でもあったら危ないで」
リリコの
「入りましょうか」
リリコがドアを開けて所長さんを通そうとする。だが所長さんはお祖母ちゃんを先に入る様に
平野さんがさりげなくリリコの役を変わってくれたので、所長さん、ハナさん、リリコと入り、最後に平野さんがドアを閉めた。
「
大将さんが笑顔で迎えてくれる。リリコは「こんばんは」とぺこりと小さく頭を下げて、お祖母ちゃんを先頭に奥へと進んで行く。
テーブル席を使うのは初めてだった。奥まっているので半個室の様な雰囲気がある。落ち着く空気感だ。カウンタの内側と繋がっていて、仕切りには濃紺の
そのあたりに笹が吊るされていた。
淡い色調の木製の大きなテーブルに、座り心地の良さそうな椅子が5脚。所長さんはお祖母ちゃんを奥の上座に案内し、その横にリリコ。お祖母ちゃんの正面に所長さんが座り、ハナさんが横に。手前のお誕生日席には平野さんが掛けた。
取り皿と
「久実子さん、リリコちゃん、いらっしゃい。皆さんもいらっしゃいませ」
そう言いながらひとりひとりにおしぼりを手渡してくれる。冷たいそれで手を拭くと、気持ち良さで「ほぅ」と小さな息が出た。
「こんばんは。今日は私の職場の皆さんとで押し掛けちゃいました」
「そうですか。仲がええ職場でええですねぇ。ゆっくりしてくださいね。飲みもん決まったらまた呼んでください」
若大将はそう言って一旦離れる。平野さんがずっと若大将さんを
テーブルの奥にメニューが2冊立ててあったので、リリコは1冊を所長さんに渡す。
「所長さん、ここは大阪産のお酒とかお料理が食べられるんですよ。私あまり知らんかったんですけど、大阪にもいろんな地ビールとかお肉とかあるんですね」
「うんうん、大阪にも旨いもんがぎょうさんあるからな。道の駅とか直売所とか行ったら地元もんもぎょうさんあるで。でもここは確かにブランドもんが豊富やなぁ。なにわ星の豚とか初めて聞いたわ」
所長さんはハナさん平野さんとメニューを見ながら顔を輝かす。平野さんも「なにわ
「所長! ここ経費で落ちますよね?! 事務所の
興奮する平野さんに所長さんは苦笑する。
「落ちるから落ち着け。お婆ちゃん、ほんまうるそうてすいませんねぇ」
「いいえぇ。賑やかなん嬉しいわぁ。ほんまに楽しい人ばっかりでええねぇ」
「まぁ騒がしい職場ですわ。この平野がほんまにうるさいったら」
「えー? そこはムードメーカーって言うて欲しいですわ。楽しい職場、これ日々の
平野さんが軽く膨れっ面で言うと、所長さんはまた呆れた表情になる。
「自分で言うんちゃうわ。それより飲みもん選びや」
「はいはいーっと。せっかくやったら大阪の地ビールとか飲みたいですよねぇ」
ころっと機嫌を直した平野さんは、所長さんが開いた大阪もんのドリンクメニューに目を落とす。
「私ねぇ、今
老眼のお祖母ちゃんは遠目でメニューを見ながら。
「ピルスナーっていうのと、ペールエールっていうのんをいただいたんよ。若大将さんにすすめてもろてねぇ。どっちもおいしかったわぁ」
「それはええですね。じゃあ私はピルスナーにしよかな」
「じゃあ俺はペールエールにしてみようかな」
ハナさんは「どうしようかしら」とメニューに目を巡らしている。
「お祖母ちゃん、今日は箕面ビールのスタウトっていうのに挑戦してみようかしらねぇ」
お祖母ちゃんは楽しげだ。さてリリコはどうしようか。いつもの様に焼酎を能勢ジンジャーエールで割ってもらおうか。
するとその時、若大将さんがひょこっと出て来た。
「リリコちゃん、ビール飲みたい様になりたいって言うとったでしょう」
「あ、はい」
「これどうやろかと思って」
そう言って若大将さんが出したのは、丸いピンクのラベルが貼られた茶色の瓶だった。お祖母ちゃんがいつも飲んでいる箕面ビールとラベルのデザインが似ている。
「これね、箕面ビールのヴァイツェンっちゅうやつなんですわ。フルーティで苦味も控えめで優しい味のビールなんです。ビール苦手やっちゅう人もこれやったら旨い言うて飲まはる人も多くて。試してみはります? もちろん飲みにくかったらこれ使ってカクテルとかにさしてもらいますんで」
「あれ? それメニューにあります?」
リリコがメニューを見るが見当たらない。箕面ビールのラインナップはピルスナーとスタウト、ペールエールの三種である。
「いつもは仕入れてへんのですわ。今日リリコちゃんが予約入れてくれはったからすすめてみよう思ってね。箕面ビールは取り引きありますからね。
若大将さんはそう言ってにっと歯を見せる。リリコが前にカウンタ席で言っていたことを覚えていてくれたのか。
「わぁ、いただきます。嬉しい。ありがとうございます」
リリコが
「ほなグラスすぐに持って来ますね。他の皆さんお飲み物決まりました?」
言われ、それぞれ注文をする。ハナさんも迷いながらも箕面ビールのピルスナーを注文した。
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