第4話 住吉大社で初詣
3日の14時ごろ、約束通り大将さんが迎えに来てくれた。ネイビーのダウンを着込んでもこもこに防寒している。
お祖母ちゃんもカーキのコートを、リリコもグレーのコートを着て完全防備だ。
「あらぁ、若大将さんは?」
「先に表でタクシー捕まえてますわ。行きましょか」
「あらあら、助かるわぁ」
家の鍵を閉め、エレベータで一階に向かう。外に出ると、それなりに着込んでいると思っていたが、年始の寒さは格別で、リリコはぶるっと小さく身体を震わせた。
すぐそこの大通りで若大将さんがタクシーを止め、運転席の運転手さんと何やら話している。
「
大将さんが軽く手を上げると、若大将さんは「あ、来ましたわ」と運転手さんに言う。
「ほな、よろしくお願いします」
「はい」
運転手さんが笑顔で頷くと、近付いたリリコたちを促す様に、後部左側のドアが自動で開いた。
「わしが前に乗るわ。悠太、お前後ろな」
「おう。
「できたら手前がええわぁ」
「分かりました。俺が真ん中に乗りますよってに」
「あ、私が真ん中に乗りますよ」
「やっぱり久実子さんの隣がええか?」
「ううん、そうや無くて、車の真ん中って乗りにくいって聞くから」
「せやから俺が真ん中や。ほらほら、リリコちゃんは奥にどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
リリコは素直に従う。若大将さんはこうした気遣いを自然にしてくれる。なんだかくすぐったい。奥に乗り込み、すぐに若大将さんも乗って来る。その向こうにお祖母ちゃん。大将さんもすでに助手席に収まっている。
「ほな、閉めますよ」
運転手さんが言って、ドアが自動で閉められる。若大将さんが行き先を伝えてくれていたのか、タクシーはすぐに走り出した。
そうして到着した
住吉大社の大きな鳥居から、道路を挟んで
そこには寒さで縮こまる人々が所狭しと詰め合い、歩道にもはみ出していた。参拝を終えた人々が電車を待っているのだろうか。
阪堺電車は大晦日と3が日、臨時ダイヤで運行されるので本数が増える。やがてゆるりと一両編成の小さな電車が滑り込み、ぎゅうぎゅうに詰まった乗客を吐き出した。
しっかりと防寒をした人々が、ひっきりなしにぞろぞろと同じ方向に歩いて行く。リリコたちもタクシーを降りて、その人の流れに乗った。
ちなみにタクシーを降りる時に、大将さんとお祖母ちゃん、どちらがタクシー代を支払うか一悶着あり、結局大将さんが弱り果てながら折れたのだった。こういう時の大阪のおばちゃん、もとい女性の押しの強さは並では無いのである。
外から中までずらりと屋台が並ぶ。焼きとうもろこしや焼きいかなどのお醤油の香ばしい香り、お好み焼きやたこ焼きのソースの甘辛い香り、チョコバナナやわたがしなどの甘やかな香り。焼き鳥や浜焼きなども食欲を掻き立てる。
「あ〜美味しそうやわぁ〜」
リリコがよだれも垂らさん調子で言うと、横を歩いている若大将さんが「わはは」とおかしそうに笑う。
「なんか食べたらどうや。確かにどれも美味しそうやなぁ」
「ええ〜、でも夜に美味しいお鍋食べるために、お腹空かせとかんと〜」
「少しぐらいやったらすぐに空くわ。リリコちゃん若いんやから」
「うう〜ん」
リリコは考えに考えて、「よしっ」と声を上げる。
「厳選してどれかひとつ! にします!」
「わはは、控えめやなぁ」
そしてリリコが選んだのは牛串の塩焼き。若大将さんもお付き合いしてくれて、同じ屋台で牛たん串の塩焼きを頼んだ。
「いただきまーす」
リリコは牛串にかぶり付く。そして「ん?」と首を捻った。
「味は美味しいんやけど、こうぱさぱさしとるっちゅうか」
すると若大将さんは「そりゃあなぁ」と笑う。
「こういうとこのはそんなもんや。あんまええ肉使こてへんからな。でもなんか美味しいやろ」
「あはは。はい。こういう場所やからでしょうか。あはは、硬いけど美味しいです〜。不思議〜」
リリコは笑いながら牛串を頬張った。若大将さんも牛たん串にかじり付く。
「若大将さんの牛たん、どんな味なんですか?」
「ん? リリコちゃん牛たんは食べたこと無いんか?」
「あんまり無いです。焼き肉屋さんで食べられるんですよね。あまり行くことも無くて」
「そうやねぇ。お外で焼き肉食べるより、お家ですることの方が多かったねぇ」
お祖母ちゃんが言い、リリコは「うん」と頷く。
「夫も私もそうたくさん食べられへん様になっとったから、お家でする方が良かったんよねぇ。リリちゃんはお腹いっぱい食べてくれて。でもお家でするって言うたら、やっぱりロースとかカルビばっかりになってしもうて」
「まぁこだわりが無ければ、家焼き肉でホルモン系は買いませんわなぁ」
「そうやねん。それにホルモンは小さい子にはどうかなぁと思って」
「確かに。それやったらリリコちゃん、ひとつ食べてみるか?」
「ええんですか?」
若大将さんが牛たん串を口元に持って来てくれる。
「このままかぶり付いて一切れ持って行き」
「わぁ、ありがとうございます!」
リリコは若大将さんが持ったままの牛たん串にかぶり付き、一切れ抜き取った。もっぐもっぐと噛み締めると。
「やっぱり硬い……けど、味は好きです。美味しいですねぇこれ!」
食べたことの無い味だった。どう表現したら良いのか。赤身肉の様な重厚な旨味では無い。塩焼きだということもあるのだろうが、さっぱりしていて、けど噛むとあまり癖の無い、だが独特の旨味が広がった。
「ありがとうございます! じゃあ若大将さんもこれ!」
リリコも若大将さんに牛串をぐいと差し出すと、若大将さんは「おおきに」と牛肉を一欠片持って言った。
「わはは、やっぱり硬いわ。でもなんか美味しいんよなぁ」
「あはは」
リリコはおかしくなって笑う。お祖母ちゃんと大将さんはそんなふたりを微笑ましげに見守っていた。
「ほな、食べ終わったら参拝行こか」
「はい」
若大将さんがリリコの串も一緒にごみ箱に捨ててくれる。
リリコたちは固まって、賑わう屋台が途切れる
そして商売
「お祖母ちゃんは何をお願いしたん?」
「ん〜? それはねぇ、もちろんいちょう食堂さんのことと、うちのことやねぇ」
「うち?」
「そうや。うちかて今や商売人やねんで。大将さんと若大将さんて言う
「あー、そうかぁ」
確かに今、うちは不動産を経営しているのである。大将さんと若大将さんがあまりにも近しいので忘れそうになるが、確かにうち、と言うか
「そりゃそうや。あんじょう気張らせてもらいますわ」
大将さんはからからと笑いながら言う。
「よろしゅうねぇ。でも今は大将さんと若大将さんが近くにいてくれるから、ほんまに心強いんよ。ありがとうねぇ」
「こちらこそ、これからも商売させてもらえんのは、久実子さんとリリコちゃんのお陰です。これからもよろしゅう頼んます」
「いいえぇ」
お祖母ちゃんはにこにこと応えた。
それから皆で引いたおみくじは揃って吉で、「まだまだ上があるっちゅうことや」などと言いながら結ぶ。
お守りもしっかりと
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