第1章

1話 千年後①

 2XXX年、世界は大きな革命を起こした。

 通称、大機械革命ビッグマシーンレボリューション

 文字通り機械技術が進化したのだ。

 千年以上前のエルトリア崩御後、エルトリアの機械文明は使い道はどうあれその技術は素晴らしいものだと、とある学者がそれを提言した。それ以降、帝国の技術は世界中に頒布。特に日本はその技術が上手く馴染み、世界でも飛躍的な進歩を遂げたのだ。

 特に注目すべき点は、サイボーグやアンドロイドなどの機械生命体、すなわち《機械人》だ。

 技術が発展したことでそれまでモノ同様だった存在が、一気に人間と近しい存在へと進化を果たし、新たな人種として認められた。日本は特にその発展が目覚ましく、国の人口のおよそ約三分の一がこの機械人だ。

 しかしながら、当然この日本もかつてはエルトリアに支配されていた国の一つ。千年前とはいえ機械に対する不信感は未だにまだ存在はしている。長い間刻まれた敵対意識はなかなか拭えないのだ。だがそれでも今はやっとマシになった方だ。目立った動きでもない限り、共存は可能なのだ。そんなあやふやな事情を抱えて、今日と言う日は流れていく。


 ♢


 映像はそこでエンドロールが流れた。

 畳の上で正座しながら、テレビでその映像を眺めていた少女は、エンドロールが流れると目を輝かせていた。


「……すごかったなあ」


 黒いショートを小さく二つに結んだ、ちょっと幼い顔立ちの少女。翡翠色の瞳はまるで宝石みたいに輝いていた。

 少女の名前は、大空美香おおぞらみか。いたってごく普通の少女だ。強いて違う部分を言うならば、今彼女がいる場所は《実家》ではないことだ。


「ただいま〜」


 そこへ、美香以外の誰かが入ってきた。テレビがある居間に入ってきたのは、長い茶髪を流した優しい雰囲気の女性と、セーラー服を着た三つ編みの小柄な少女と、オレンジ寄りの茶髪の幼稚園くらいの少女だ。


「美香ちゃん、たっだいまー!」

「ただいま〜!」


 少女二人が元気よく挨拶する。


「あ、おかえりなさい」

「何か見てたの?」


 セーラー服の少女がテレビを覗き込む。


「DVD。百年前のやつ。石塚さんから貸してもらったから見てたんだ」


 そう言って美香は少女にDVDのパッケージを渡した。パッケージには、〈ヒストリーオブエルトリア〜機械化と日本の未来〜〉と表記されていた。


「うわあ……なんか、凄そうだね……! で、見た感想は?」

「うん、すっごく面白かったよ。わかりやすかったし、良かったら見てもいいよ」

「いいのっ? やたっ!」


 仲睦まじい二人の様子を、女性は微笑ましく眺めていた。

 この三人、美香の実家である大空家の親戚、黛家の三姉妹である。

 長女の穂乃果ほのか、次女の明里あかり、末っ子の千枝ちえ

 そして今彼女達がいるこの場所。実は所謂シェアハウスと呼ばれる場所なのだ。

 シェアハウス秋桜コスモス

 それがこの家の名前だ。

 長女の穂乃果はこのハウスの寮母的立ち位置にあり、美香は住人の一人として暮らしているのだ。ちなみに黛三姉妹には両親がいない。三年前に事故で両親共々亡くなってしまっているためだ。しかしながら、三姉妹は親戚や周囲の人達の支えを受けてたくましく生きている。美香もその事情を理解した上で、彼女達をできる限りサポートしていた。一方で穂乃果も、弱冠二十四歳ながらも寮母としての責任を全うしており、美香を含めたハウスに住む人達の面倒をしっかりと見ていた。特に美香は親戚の従姉妹ということもあってか、本当の妹の様に可愛がっていた。もちろん長女として、母親代わりとして、妹の明里や千枝の面倒も見ていた。そんな彼女の姿には、美香も感心していたのだ。


 ♢


 その夜、穂乃果に頼まれて美香は千枝に絵本の読み聞かせをしていた。タイトルは、ピノキオだった。


 ♢


 昔々、あるところにゼペットさんと言う心の優しい時計職人さんがいました。

 ある日、彼は木で出来た操り人形を作り、その人形に《ピノキオ》と名前を付けました。ピノキオが完成したその日の夜、ゼペットさんは星に願いました。


「どうかピノキオが本当の子供になりますように」


 その願いはちゃんと届いていました。ゼペットさんが寝た後、星の光に乗って女神様が現れました。


「木で出来た操り人形さん。おじいさんの願い通り、あなたに命を吹き込みます。良い子でいたら、あなたを本当の子供にしてあげますからね」


 ♢


 ここからが本番というところでふと見ると、千枝はもうすでに寝落ちしていた。


「ええ〜……? まだ序盤なのに?」


 一緒にいた穂乃果がくすりと笑う。


「よっぽど美香ちゃんの読み聞かせが心地よかったのかしらね」


 美香は一人で絵本を読む。記憶通りなら、ピノキオは命を吹き込まれ、様々な出来事を通していくうちに心が芽生え、やがてゼペットさんを守るために命を落とすも、女神様によって人間として蘇るはずだ。知ってるはずなのに、何故か何度も見てしまう。


「……美香ちゃんは何かある度にこの絵本を読んでるわね」

「あ、はい。なんか無意識のうちに読んじゃって。このピノキオ、なんか昔の私にも似てるからかも」

「美香ちゃん……!」


 はっとなった穂乃果はぎゅっと美香を抱きしめた。


「ほ、穂乃果さんっ?」

「……大丈夫よ。もうあなたは一人じゃないもの。ちゃんと人間らしさだってある。だから、自分を悲観しないで」

「……ん。ごめんなさい」

「わかれば良いのよ。さ、美香ちゃんも早く寝ちゃいなさいな」

「はーい」


 穂乃果に言われて、美香も自身の部屋へ戻ってベッドに潜る。布団が心地いい。当たり前だが美香にとっては大事なことだった。


「……お姉ちゃん」


 そう呟いて美香は眠りに落ちた。

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