2話 目覚めた心⑤

 開発地区のあちこちで火の手が上がっている。消防車がいくらあっても足りないくらいだ。無作為に暴れ回る機械兵は、逃げ回る人々を怪しく見つめている。

 すると、赤ん坊を抱きしめていた母親らしき女性が足を躓いてしまった。最悪なことに機械兵にマークされてしまい、無数の脚の一つが女性を踏みつけようとした。


「いやああああっ‼︎」


 もうダメだと女性は赤ん坊を強く抱きしめた。しかし、踏みつけられた感覚が全くしない。


「……?」


 恐る恐る振り向くと、サイボーグの青年が脚を受け止めていた。


「早く逃げろっ‼︎」


 女性はぺこぺこと頭を下げながら走っていく。その様子を遠くから町の住人が見ていた。


「何だっ、あいつ⁉︎ 母親を助けたぞ⁉︎」

「脚受け止めるとか怪力すぎんぞ⁉︎」


 機械兵は脚を強く押し込んでいく。


「ぐっ、ううっ……‼︎」


 地面のアスファルトがひび割れる。このままではアスファルトにめり込んで押し潰されてしまう。


「こ……のおおおおおおっ‼︎」


 青年は力を振り絞り、押し返した。機械兵はバランスを崩して激しく倒れた。町の住人達からおおーっと歓声が出た。しかしすぐさま機械兵が起き上がってきた。


「あの脚が厄介だな……まずはあれをなんとかしないと!」


 また進もうとする機械兵を、青年は止めようと脚を掴んだ。しかしやはりと言ったところか、脚は止まることなく進む。青年もつられて引きずられてしまう。


「止っまれええええ‼︎」


 青年は足を踏ん張って引っ張る。少しだけだが機械兵の進みが鈍くなった。


「おおっ、あの機械人すげえぞ⁉︎」

「なんつーパワーだ!」


 すると、青年を邪魔だと感じたのか、機械兵が激しく蹴り飛ばした。


「がっ……‼︎」


 青年は激しくアスファルトに叩きつけられた。厄介払いできた機械兵は再び進む。


「待ち、やがれ……‼︎」


 青年がよろけながらも立ち上がる。このままやってもいたちごっこなのは目に見えている。


「あいつそのものをぶっ倒さないと意味がない……‼︎ 最速で、一撃でやれる、そんな攻撃があれば……‼︎」


 青年がそう強く願っていた、その時だった。

 突然左手が熱く感じた。

 見ると、左手が発光し、気づけば左手がリボルバー付きの義手に変化していた。


「力がみなぎる……! これなら‼︎」


 青年は再び走りだし、高く跳躍した。狙うのは脚に繋がっている部分、すなわち本体だ。


「ぶっ飛べえええええっ‼︎」


 左手に力を込め、球体状の本体に突き出す。リボルバーが激しく回り、バキバキバキッと本体がひび割れる。青年がアスファルトに着地した途端、機械兵は電流を漏らしながら停止し、そのまま爆発した。


『……‼︎』


 町の住人達が言葉を失っていた。一撃であの機械兵を倒した。その事実を飲み込めていないのだ。

 だが、それ以上に驚いている人がいる。


「……やった、のか……⁉︎ オレが……⁉︎」


 爆発した炎を青年は目を丸くして見つめる。


「……やったあああああ‼︎」


 一人の男性がそう叫んだ。それに火がついたのか、町中で歓声が上がる。


「何だよあの機械人⁉︎ すげえよ‼︎ あの化け物を一撃で‼︎」

「ヒーローだ‼︎ 俺達のヒーローだ‼︎」


 絶望から歓喜に変わる。まるでお祭り騒ぎに等しい。人々は青年を讃えていた。

 その人混みを掻き分けて、美香が遅れてやって来た。


「……‼︎」


 あの青年が倒したのか。美香は驚くことしかできなかった。青年が美香に気づく。自分がやったことを示すかのように、美香に向かってサムズアップサインをした。


「!」


 美香の胸が何故かとくんと鳴った。

 すると、青年は美香に向かって走りだし、突然美香を抱き上げた。


「へっ⁉︎ あ、あの⁉︎」


 青年は美香を抱き上げながら高く跳び、ビルを渡ってその場を去った。町の人々は青年に感謝の言葉を放つ。

 そこへ、やっと軍警の部隊が到着した。部隊を率いていたシルバーブロンドの青年が、ちょうど青年の去り際を目撃していた。


「あの機械人は……⁉︎」



「……間違いない。、生きておったか……」



 海のさざなみが穏やかに響く。さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。美香と青年は互いを見つめていた。美香の目に映っている青年は、もう目覚めたばかりの時とは違っていた。

 虚だった瞳には光が差し、まるで本物のアメジストが埋め込まれたかの様に、キラキラと輝いている。表情もいきいきとしているのがわかる。これが青年の本性なのだろうか。


「なあ」

「!」

「お前、名前はっ?」

「……美香。大空美香」

「みか……ミカか……!」


……あなたなら出来るわ……あなたならきっと、この世界を……〉


「……そうだ、思い出した。オレの名前」

「!」

「……アルマ。それがオレの名前だ!」

「アルマ、君……」


 青年、アルマは優しく美香を抱きしめた。


「⁉︎」


突然のことに美香はドキッとした。


「……ありがとう、ミカ。オレの心を、取り戻してくれて」


 サイボーグもとい機械人のため、人としての物理的な温もりはアルマからは感じられない。だが、それでも不思議とそう感じた気がした。不思議な感覚に、美香は無意識のうちにアルマを抱き返したのだった。

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