3話 はじめましての日常④

 一通り検査が終わり、二人はハウスへ帰宅した。

 ちょうどその頃には穂乃果達も帰宅していて、すっかり姿が変わったアルマに対して各々反応を見せた。


「うおおおっ‼︎ 二十年以上前にとっくに捨てた要素が今俺の目の前にーっ‼︎」

「目がっ‼︎ 眩しすぎて目がっ‼︎」


 康二と明里は実際に輝いているわけでもないのに、眩しそうにしている。おそらくさらにかっこよくなったアルマが輝いて見えるのだろう。


「まあまあ! 結構変わったわね! 本当に人間みたいだわ!」


 穂乃果が目を丸くさせている一方で、ルカがじーっとアルマを見ていた。


「……負けた」

「えっ?」

「……今度のメンテナンスの時に身長を改造してもらおうかな」


 もしや、アルマの方が身長高いのを気にしているのだろうか。


「きゃー!」


 千枝が嬉しそうにアルマの足にしがみついた。


「あっくん! あっくん!」


 あっくんとはおそらくアルマのことだろう。


「おっ? なんだっ?また遊んでほしいのか?」


 アルマは千枝を抱き上げ、肩車した。


「そおーれ、ダッーシュ‼︎」

「きゃー‼︎」


 千枝を肩車しながらアルマは縦横無尽に走り回る。


「あらあら、すっかり仲良しね」

「そういえばあの服どうしたの? 買ったの?」


 今のアルマの格好は、からし色のパーカーと赤いTシャツ、ジーンズを履いた今時男子の格好になっていた。


「恭一さんのお古。とりあえず服ないとあれだから、しばらくはあれを着せることにしたんだ」


 皆が居間に集まると、美香は穂乃果に咲世子が書いた診断書的な紙を見せてあげた。


「ふむふむ、なるほどね……わかりました! 私も手伝うわ!」

「い、良いんですかっ?」

「言ったでしょう? 美香ちゃん一人に背負わせないって。せっかくうちの家族になった以上、衣食住の管理はもちろん、教えてあげられることは教えてあげないと。それに……」


 穂乃果は千枝の遊びに付き合うアルマを見て、ふふっと笑みをこぼした。


「よくよく見たらなんか千枝や明里がもう一人いるみたいで、放っておけないのよ」


 あながち間違いではない。何せ精神年齢的には中学生。(下手したら小学生以下かもしれないが)放っておけないのも納得だ。


「中身は明里とそう変わらない感じなのよね? なら明里も色々とサポートしてあげてね」

「もちろん! 同世代の子と一緒だと楽しいし!」


 いや、同世代と言うより仮にも千年以上前の人間だから、物理的には遥かに歳上なのではと美香は突っ込みたくなったが、野暮なのでやめておいた。


「でもサポートって具体的には?」

「そうね……あ、じゃあまずはマナーからどうかしら? お箸の使い方とか、ハウスのルールとか。物覚えは良いって咲世子さんがこれに書いてるし、一番手っ取り早いと思う」

「それだ! それじゃあ最初は、お箸の使い方だね! あ、でも大丈夫かな? サイボーグに普通のご飯あげるの。ルカ君は自動なんとか機能で大丈夫なんだっけ?」


 明里が言っているのはおそらく、《自動食物分解機能》のことだろう。

 この機能こそが、機械人が新たな人種として認められた要因の一つだ。

 普通の人は食事をし、栄養を摂取し、排泄をすることの繰り返しで体のバランスを取るが、体の半分以上が機械で出来た機械人は人とは違う。普通のロボットが食べ物を食べたところで機械の体の中に残骸が残るだけだ。ましてやロボットが排泄など考えたくない。というよりほぼ不可能だ。

 そこで開発されたのが、自動食物分解機能だ。

 本来この機能は、臓器が病気などが原因で栄養分解が不可能になった人に使われる、所謂インプラントのために作られたものだが、機械人が新たな人種として認められる際、専門家の元でこの機能が機械人にも実装されたのだ。食事が不用なアンドロイドなど一部機能が搭載されていない機械人もいるが、基本的には皆搭載されている。ルカも開発された当初は搭載されていなかったが、前職をクビになり、シェアハウスにお世話になるのを機に担当の技術者によって改造してくれたのだ。ルカ本人も、別にいらなかったが人間を知るいいきっかけにはなったと言っていた。


「ええっと診断書には……あ、大丈夫みたい! 今日改造した時にわかったって」

「そっか! ならよかった」

「じゃあ今日の夕食は、お箸の練習になりそうなのにしないとね」


 一緒にご飯を食べられる。美香はちょっと嬉しくなったのか、アルマにそっと近寄った。


「よかったね。ご飯食べられるよ」

「?」


 アルマは最初何を言ってるのかわからなかったが、後にその意味がわかった。


 その日の夕食は、穂乃果がアルマ歓迎会と題して大盤振る舞いしてくれた。唐揚げ、里芋の煮物、塩鮭など、お箸の練習になりそうなメニューでありながら、ボリュームのある品々になっていた。

 アルマは美香からはもちろん、穂乃果や明里から食事のマナーを教わった。ご飯を食べる前にはいただきますと言うこと。お箸は掴むためにあって刺すのには使わないこと。ご飯はしっかり残さず食べることなど、基本中の基本を学んだ。使い慣れない箸に悪戦苦闘しながらも、なんとか掴んだ唐揚げを一個食した。初めて食べた人間の食べ物にアルマはすごく感動したのか、その直後からは一心不乱にありつけた。そんな彼の食べっぷりに美香達は最初呆気に取られていたが、ふと我に返り恥ずかしくなったアルマを見て、ふっと緊張の糸が解け、気づけばみんなで笑っていた。

 その後、アルマは康二とルカの三人でお風呂にも入った。湯船に浸かる康二の演歌をルカと聞いたり、ルカが石鹸の泡でシャボン玉を作ったりと、アルマにとっては未体験なことばかりだった。



 LEDのオレンジライトが、真っ暗な部屋を優しく照らしている。結局この日も寂しいからという理由で、美香の部屋にアルマがいた。


「……人間の生活って、不思議なことばかりなんだな」


 アルマは寝ながら右手を天井にかざす。今度はちゃんと床に布団を敷いている。


「そう? こんなの当たり前だよ? ああ、でもそっか。そうだよね。ずっと眠ってたから、そう感じるよね」

「ミカは楽しいか?」

「えっ?」

「美味い飯食べられて、楽しくおしゃべりしたり、誰かと一緒に過ごすこと」

「……そうだね。楽しいよ」


 美香は寂しそうに笑った。それを見てアルマはほっとしたようだ。しかし直後に真顔になり、天井を見つめる。


「……あのエルトリア皇帝って奴は、こんな毎日をぶっ壊そうとしてんのかな?」

「えっ……」

「あの怪物が出た時、町にいた人はみんな怖がってた。あいつは、それを毎回毎回やろうとするつもりなのか?」

「そうかな……? ただの偶然だと思うよ? みんな気にしてなかったみたいだし、もうあれっきりだと思うけど……」

「……でも、ミカを危険にさせた」


 アルマは起き上がると美香のベッドに座り、背後から優しく抱きしめた。


「ふえっ⁉︎」


 突然のことに美香はびっくりした。アルマの腕は機械人とは思えないくらいがっしりとしていて、けれど力は入っておらず、優しかった。


「何があっても、ミカはオレが絶対守るから」


 耳元で囁かれた吐息混じりのその言葉に、美香は不意に胸が熱くなった。


「あ、あの……アルマ、君っ?」


 いてもたってもいられなくなった美香は、慌ててアルマの腕を離そうとした。しかしよく耳を澄ますと、寝息が聞こえる。どうやら寝てしまったようだ。


「えー……」


 ここで寝るのかと美香は困ってしまう。

 なんとか引き離した美香は、自分のベッドにアルマを寝かした。仕方なく寝床を交代し、自分が床で寝ることにしたのだった。



 その日、南極は崩壊した。

 突如地表から現れ出た《それ》によって、南極及びその付近が、生息動物諸共跡形もなく消失した。ゆっくりと迫り上がってきたそれは、巨大な要塞だった。要塞都市と言ってもいい。中心部には城の様な建物が建っていた。その要塞が現れ出た途端、周辺の空が赤紫色に染まりだした。さらに、都市には数万体規模の機械兵がいた。都市が迫り上がると、機械兵達は呼応するかのように一斉に起動し始めた。

 城の様な建物に佇むは、エルトリア皇帝ゼハートだった。


「今ここに、暫定的ではあるが、新生エルトリアを建国する‼︎」


 侵略。まさにその言葉通りだった。

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