4話 守るべきもの①

 昨夜未明に突如起きた、南極の崩壊。

 そして新生エルトリアの建国。

 千年前の帝国復活は夢幻ではなかったことに、現代の人間達は慄く他なかった。今現時点で新生帝国からの干渉はないが、それも時間の問題だろう。今すぐ戦争でも起こして排除すべきと過激な対応を示す者もいれば、対話的解決を望む者もまたいた。未だ政府などの偉い人達からの反応が未明だが、どちらにせよ状況はあまり良くないことが誰から見ても明らかだった。あの機械兵がまた襲ってくるのかと思うと、人々はただ恐ることしかできなかった。



「これは異常事態よ‼︎」


 環が眼鏡を光らせてそう叫んだ。突然叫んだため、美香達部活動の部員は呆気に取られていた。


「異常事態……」

「そ、そうだな? ここ最近、色々とあったし……」

「まあ、無理もないよ。千年前の帝国がまさか復活するなんて、今でも信じられないからね。最近の機械兵といい、異常事態だと言うのもあながち間違いではないかも」

「そうです部長‼︎ もはやこれ、何世紀かぶりのノストラダムス‼︎ 予言はあながち間違いじゃなかった‼︎ 崩・壊‼︎ まさに崩壊よーっ‼︎」


 環は酔っ払っているのかもしくは変な違法薬物を飲んだのかと思うくらいに錯乱していた。これで素面とかだったらやばいなと三人は引いていた。


「落ち着け、石塚。錯乱したい気持ちはわかるが、俺達がどうこうできる問題じゃないだろう?」

「アンゴルモア‼︎ 恐怖の大王が空から落っちて来るーっ‼︎」

「……すんません、部長。この前の機械兵騒動と相まって、なんかおかしくなってて……」

「いいよいいよ! そうなっちゃうのもわかるし」


 確かにここ数日は本当に大変だった。

 突然現れた機械の化け物に、南極から国一つ分の大陸が現れ出たり、美香に至ってはサイボーグを拾ってしまったりと、怒涛の出来事がいくつも発生したのだ。環がおかしくなってしまうのもわからなくはない。


「あ、そういえば大空。あのサイボーグはどうしてる? 目が覚めたんだろ?」

「う、うん。今はハウスで留守番させてるよ。さすがに学校に連れて行くことはできないからね」

「ええ~っ⁉︎ せっかく目覚めたのに⁉︎ 色々と吐いてもらいたいんだけどな~!」

「吐いてもらうって……悪事をしたわけじゃあるまいし……」


 宗介は苦笑いを浮かべる。


「あ、千年前のこと聞くのは難しいよ? 彼は記憶喪失だから」

「あらそうなの? それは残念。でも連れて行く分にはいいんじゃない?ほら、うちはフリースクールだし、機械人だっているし」


 美香達が通う未来学園、もといこのフリースクールにも機械人は存在している。元々人間であったサイボーグはもちろんだが、人間の知識を学びたいという理由でアンドロイドの生徒も通っている。生徒だけでなく、機械人の教師やスポーツ系部活のコーチ、中にはフリースクールとあって、人間に対する心療目的で通っている者もいた。


「それは良いかもね! ここ自由な校風だし、連れて行くのもありかも!」

「うーん、どうかな……?」

「あら、意外と良く思ってない?」

「多分それだとアルマ君、私と離れるのが嫌で通うのかも。今日だってめっちゃ嫌がってたし」

「嫌がってたって、何でまた?」

「美香に何かあったらどうするんだーっ! ってすごく心配してくれてたんだ」


 シチュエーションを妄想した美香以外の全員が、思わずほっこりしてしまった。


「えっ、何それすごく可愛くない……⁉︎」



「誰もいなくて暇だああーっ‼︎」


 アルマが食卓に突っ伏しながらそう叫んだ。今ハウスにいるのが彼だけで誰もいないせいか、余計に虚しく感じた。


「留守番嫌だって言ったのに、みんなしてガッコーやシゴトに行くからって相手にしてくれないなんて……」


 穂乃果は千枝を保育園に送り、明里は学校の朝練へ、康二とルカは仕事へと、皆それぞれ行くべき場所へ行っていた。当然美香も学校へ行っている。


「ミカを一人にするの、やっぱ心配だな~……ソースケがいるからとは言ってたけど、あいつじゃミカに何かあったら不安だ! オレが行ってやりたいとこだけど、ミカが今いる場所がわからないからな~……」


 とりあえずアルマは美香の部屋に侵入し、何か手がかりになりそうなものを探す。


「ガッコー……ガッコーの名前……」


 学習机の引き出しを探ると、ある一枚のパンフレットを見つけた。《未来学園 学校案内》と書かれている。


「これか? 字は読めないけど……」


 アルマはパンフレットをパラパラとめくる。パンフレットの最後に、学園のアクセス情報が載っていた。アクセス情報は周辺の地図と最寄り駅の紹介、公共交通機関のルートが書かれている。


「これ、地図か? ここに行けばミカに会えるかも!」


 本来、このハウスから未来学園に行くには、電車に乗って十分、徒歩で五分かかる。が、そんなことアルマには理解不能だ。


「……うちってどこだ?」


 地図にシェアハウス秋桜は書いてないため、どうやって行くのか検討がつかない。当然美香はルートを知っているだろうが、行ったことのないアルマにはわからない。アルマは窓の外を見つめる。


「……自力で行ってみっか!」


 あっさり留守番の約束を破り、アルマは窓から飛び降りた。見事な身のこなしで着地する。偶然通りかかっていた数人がぎょっと驚いていたが、アルマはお構いなしだった。


「ん~、まずはこの建物を見つけないとだな……誰かに聞けばわかるかな?」


 とりあえずアルマはパンフレットを片手に、町へ走りだした。

 最初に訪れた八百屋さんで、さっそく情報を掴んだ。


「未来学園って、開発地区の? なら小春町駅からじゃないと行けねえな」

「駅?」

「ええ。そこの駅から十分片道二百六十円」

「二百六十……お金いるのか?」

「そりゃ当たり前だろ! 兄ちゃん、金ねえのかっ?」

「でも徒歩で行くと三時間ぐらいよ? お兄ちゃん、未来学園に行きたいの?」


 アルマは自信満々に頷く。


「……それなら、三郎さんに聞いてみたらどうかしら?あの人確かこの時間帯未来学園周辺に行くはずでしょう?」

「ああ、それがいい! 三郎の車に乗せてもらいな! こっから先にある魚屋の旦那だ!」


 そう言われたのでアルマは魚屋へ向かい、主人である三郎に頼み込んだ。三郎は快く快諾し、魚を運搬する用の車に乗せてもらった。


「未来学園に行くなんて、珍しい奴もいるんだな! あそこはちと変わったとこだべ? 何か理由があって行きたいんか?」

「ミカに会いたいから!」



 しばらくして、車は学校へ着いた。アルマは三郎に礼を言って車から降りた。


「ここがミカのいるガッコー……!」


 早く美香に会わなければと、アルマは意気揚々と学校の敷地内に入る。するとさっそく、アルマの姿を目撃した学園の女子生徒二人が釘付けになった。


「ねえ、あの人見て! 超イケメンじゃないっ?」

「えっ、本当だ! 転入生かなっ?」


 アルマもその女子生徒に気づき、美香の場所を聞くため近づいた。


「なあ!」

「は、はいっ⁉︎」

「ミカって奴探してるんだけど、知ってるか?」

「ミカ……? あ、大空美香さんのこと?」

「大空さんは二年生だから……この時間は確か数学だったわね。教室にいると思うわよ?」

「わかった! ありがとな!」


 アルマは二人に向けて笑顔を見せ、颯爽とその場を去っていった。彼の笑顔に二人はときめいてしまった。


「やだ……本当にイケメン……!」

「まさか大空さんの彼氏⁉︎」


 二人はアルマが美香の知り合いだと認識すると興奮していた。

 アルマは聞かれた通りに探してみるが、教室とは言われたものの、どこがその教室かはわからない。


「教室って、どこだ?」


 とりあえずアルマは外に出て探してみる。ちょうどその頃、校庭ではソフトボールをやっている生徒で集まっていた。なので急に現れたアルマに注目しだした。


「あれ? あいつうちの生徒じゃねーよな?」

「本当だ! 新入りさんかな?」

「ていうか超イケメン!」


 皆ソフトボールを中断してアルマに夢中だ。


「窓……」


 アルマは教室の窓を見つめている。


「あそこから覗いたら見つかるかな?」


 アルマは窓際にある屋根に飛び乗りだした。それを見た生徒達がびっくりしている。


「おいおいおいおい⁉︎ 何やってんだ⁉︎」

「てかあいつ、なんて身のこなしなんだ⁉︎」


 落ちないか心配している生徒や、アルマの身体能力に驚愕している生徒もいる。そんなことはお構いなしにアルマはいつの間にか四階にまで上がった。

 アルマは右側の窓をこっそり覗く。すると奇跡的なことに、その教室には美香がいた。美香は女性教師と個別で勉強している。


「ミカ‼︎」


 見つけた喜びのあまり、アルマは大声を出して飛び上がった。その声に驚いた美香だったが、アルマを見つけてさらに驚いた。


「ア、アルマ君⁉︎」


 一緒にいた教師もアルマを見て顔を青ざめた。


「きゃあああ⁉︎ あ、あなた誰⁉︎ てかここ四階よ⁉︎」


 教師が今にも気絶しそうなので、慌てて美香はアルマを教室に入れた。


「ミカ~! やっと会えた~!」


 アルマは嬉しそうに美香をハグした。


「ちょっ、アルマ君何で⁉︎ 何でここに来たの⁉︎」

「そんなのミカが心配だからに決まってるだろ?」

「だ、だからって……!」

「……大空さん、知り合い?」


 教師が怪訝そうにアルマを見つめている。


「あっ、あっ、すみませんすみません! すぐに追い出すので!」

「ああっ、待って! そうじゃないの! 大空さんの知り合いなら、学長に紹介してあげたら?」

「学長に、ですか?」


 教師からそう勧められたので、美香はアルマを連れて学長室へ向かった。

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