0話 炎の記憶

 真っ赤に燃え上がる町並み。

 動かず倒れている人々。

 鳴り止まない警報。

 この光景を惨劇と呼ばず何と呼ぶのか。遺体となった人々を踏みつけ、兵士達は声高らかに叫んでいた。


「いけるぞ‼︎ ここが正念場だ‼︎」

「ここを越えればエルトリアは永遠不滅だ‼︎」


 兵士達は勝利を確信していた。よほどのアクシデントでもない限り、帝国エルトリアが負けることはない。そう信じて疑わなかった。そして何より、この勝利を掴めば自分達は悠々自適な生活を送れる。そんな漠然とした平和的未来を想像しては感無量に浸っていたのだ。

 そんなディストピアと化したこの地を、逃げ回る二人の影。

 金髪碧眼の少女と、兵士とは違う異質な甲冑を全身に纏い、首に赤いマフラーを巻いた青年。

 青年は少女の手を引いて走っていた。どこへ行っても銃撃と爆破の嵐のため、とりあえず二人は被害が少ない岩影に隠れた。青年は息が上がりながらも警戒する。


「……アルマ。もういい、もういいの……!」


 少女が切羽詰まったような声を出す。


「⁉︎」

「逃げても逃げても、きっとこの絶望からは逃げられない……遅かれ早かれ、私も殺される……」

「馬鹿なこと言うんじゃねえよ‼︎ お前を死なせたりなんかするもんか‼︎ オレが絶対に守ってみせる……たとえオレがこの体を犠牲にしたとしても…」

「やめて‼︎ それだけは……‼︎」


 少女は青年の手を強く握る。


「……あなただけでも逃げて。あなたは私と違って、幸せになる権利がある。あなたなら、きっとやり直せる……!」

「何言ってんだ‼︎ それはお前もだろうが‼︎ お前だって知ってるだろ……‼︎ 心を失っていたオレに、人だった頃の記憶を呼び戻してくれた……‼︎ 今のオレがいるのもお前がいたからだ……‼︎ だから、だから……っ‼︎」


 少女は涙を浮かべながらも笑顔を見せた。


「……ありがとう、アルマ。やっぱりあなたは優しい人。あなたのその優しさなら、きっと大勢の人達を助けられる……」

「エシリア……‼︎」

「皇帝ゼハートはね、きっと取り返しのつかないことをするはず。だから…」

「おい見ろよ‼︎ 叛乱軍のエシリアだ‼︎」


 すると、兵士が数人二人を見つけだした。


「しかもあいつ、《無心の刃》だよな⁉︎」

「ひゃっほう‼︎ これはラッキーだぜ‼︎ 無心の刃が叛乱軍リーダーを捕らえるとはな‼︎」

「待て‼︎ 違…」


 青年が少女を庇おうとした。しかしその直後、少女が青年の前に立つ。


「エシ、リア……⁉︎」


 少女はこちらを向いて泣きながら笑った。


「……本当にありがとう、アルマ。私のたった一人の、大切な…」

「殺せええーっ‼︎」


 鉛玉の嵐が少女を無慈悲に引き裂いた。青年の叫びが銃撃の音でかき消される。

 やがて、少女だったものはぐちゃぐちゃになって地面に崩れた。青年は手を伸ばしたまま固まっている。


「やったぞ‼︎ 叛乱軍のリーダーを倒した‼︎ 叛乱軍はおしまいだ‼︎」

「後は首を陛下に差し出せば、俺達は名誉兵士に昇格だ‼︎」


 兵士達は喜びながら唯一残った遺体の首を持ち上げようとした、刹那だった。

 ズンと何か重い音がした。


「……え?」


 首を持ち上げようとした兵士がゆっくりと音の鳴った方へ視線を落とす。自身の腹が右手に貫かれられていた。


「は……?」


 呆気に取られたまま、兵士は倒れた。

 その右手は、青年の物だった。


「お、おいおい冗談だろっ? 何やってんだよ、無心のやい…」


 次の瞬間、青年が兵士の一人に接近した。ズドンと何かが撃たれたような音がした。兵士の腹からじわりと血が滲み、そのまま倒れた。


「あ、あああ……」


 状況を把握した兵士が慄きだす。

 考えることもなかったよほどのアクシデントが、起こってしまった。


「裏切りだ……無心の刃の裏切りだあああああっ‼︎」


 それからは本当にあっという間だった。

 エルトリアの関係者は兵士平民問わず、皆その青年、無心の刃によって殺された。

 頭を斬られた者、蜂の巣にされた者、体そのものをぐちゃぐちゃにされた者もいた。まるで今まで敵にやっていたことを、奴は自国の人間に下したのだ。暴走したその青年は誰にも止められなかった。

 そして、帝国に剥けられた牙はついに、皇帝ゼハートを食らった。無心の刃の拳が、皇帝を貫いたのだ。


「ゼハート様あああっ‼︎」


 皇帝はそのまま倒れた。


「そんな……皇帝陛下まで……‼︎」


 やがて、目撃した兵士も殺された。

 これが事実上、エルトリアの崩御となった。この最終戦争では多大な犠牲が出たが、その三分の二がエルトリア関係者だった。無心の刃の裏切りにより、生き残ったエルトリアの人間は十人以下にも満たないと言う。その僅かな生き残りの人間達も、ほとんどがあと一歩遅れていたら死は確実と言うほどの重傷を負っており、中には重い後遺症を負った者もいた。

 肝心の無心の刃本人も、皇帝打破を最後に消息を絶ち、その行方を知る者は誰一人いなかった。

 そして、多大な犠牲者を生み出した最終戦争から、実に約千年が過ぎようとしていた……

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