2話 目覚めた心①

 ポッドの中から出てきた青年に、美香はただ驚くことしかできない。もしや何かやらかしてしまったのか。そう思えてならない。

 すると、ポッドに入っていた青年が突然、光を帯びてふわりと浮いた。と思ったら、光はふっと消え、青年はそのまま落ちようとしていた。


「危ないっ!」


 危機を感じ、思わず美香は身を乗り出した。ガンッと鈍い音が部屋中に響いた。


 ♢


 腕時計型端末を操作しながら、宗介はその場を走り回っている。あれからなんとかワープ装置の仕組みを解明し、宗介は美香が転送された場所を割り出したのだ。


「ええっと、転送装置は……あれだ!」


 宗介は転送装置を見つけ、美香が近くにいないか探す。すると、部屋の扉が開いているのを見つけた。


「扉が開いてる……? 美香ちゃんいるかなっ?」


 急いで宗介は部屋に入る。


「美香ちゃーん! 美香ちゃん!」

「そ、宗介……君……」


 か細い美香の声を宗介は聞き逃さなかった。


「美香ちゃん⁉︎」


 無事を祈りながら声のする方に振り向くと、見えたのは青年に押し潰されている美香だった。青年は横向きに倒れ、その下に美香がいる状態だ。状況が全く見えず、宗介は眼鏡を持ち上げる。


「た、助けて……」

「あ……ああっ、大丈夫⁉︎ 待ってて! すぐ助けるから!」


 慌てて宗介は青年を持ち上げようとする。が、変なことに青年はめちゃくちゃ重かった。鉄アレイ、いやバーベルを何十個も抱えているような重さだ。


「お、重っ⁉︎ 何この人⁉︎ 重いんですけど⁉︎」


 とりあえず美香を傷つけないよう、慎重に青年をずらしていく。美香が解放された時には息切れ切れだった。


「ご、ごめんねっ? 大丈夫っ?」


 美香はなんとか起き上がって宗介を心配する。


「ぜえっ、ぜえっ……大、丈夫っ……それより……誰? その人っ?」

「わかんない……あのポッドに触ったらその人が出てきたの……」

「人間? いや、その割にはめっちゃ重かったな……服装も普通じゃないし、機械人かな? とりあえず応援を呼ぼう!」


 宗介は腕時計型端末を操作し、電話をかける。


「……あっ、もしもし石塚さん? うん、今大丈夫? ちょっといいかな? 石塚さんか立花君かどっちかでいいから、姉さんを呼んで来てくれないかな? ちょっと緊急事態で……ああ! それと、資料館に担架なかった? できれば機械人用の担架を用意してほしいんだけど……」


 やがて、担架を抱えて修がやって来た。


「重いから気をつけて!」

「おおうっ⁉︎ た、確かに重いな……⁉︎」


 宗介と修の二人がかりでなんとか青年を担架に乗せた。用意した担架は人より体重がある機械人専用に作られたものなので、担架の仕様で軽く持ち上げることができる。とりあえず出口は割り出していたため、三人は洞窟の外へ出た。外では環と咲世子が待っていた。


「こっちこっちー!」


 環が手を振って誘導している。


「その人ね?」

「うん!」

「すぐにうちへ帰りましょう! 念の為検査しないと!」


 青年をワゴン車に乗せて、一同はその場を後にした。

 やがて、咲世子が経営する診療所兼研究所に着いた。すぐに咲世子は青年を診療所へ連れて行き、彼を検査し始めた。咲世子はたくさんの機材を操作し、青年の容体を調べている。その様子を美香達は心配そうに見ていた。しばらくして、検査室から咲世子が出てきた。


「一応一通り検査は終わったわ。大丈夫。ただ眠ってるだけみたい」

「そっか。それはよかった」

「調べてみたんだけど、彼、サイボーグみたいね」

「おおっ! サイボーグでしたか!」


 環が嬉しそうに反応した。


「わずかだけど神経の反応があったわ。あと彼の心臓部分、アロンダイトスフィアを用いているわね」

「アロンダイトスフィア?」


 言われてみれば、彼の胸には青い球が埋め込まれていた。おそらくそれを指しているのだろう。


「アロンダイトって言う鉱石から作られた、エネルギーの結晶体だね。一部機械人の動力源にもなってるんだ」

「でも、その割にはめっちゃ剥き出しじゃないっすか?」

「あー、本当だね? 普通は格納しているはずなんだけど……」

「とにかく、しばらくはこっちで検査するわ。明日までには情報を整理しておくから、また来てくれる?」

「は、はい!」


 ♢


 とりあえずその日は解散し、美香もシェアハウスに戻った。


「ただいま~……」

「あら美香ちゃん、早かったわね?」

「ちょっと色々あって……少し疲れたので休みますね……」

「まあ、そうなの? じゃあ夕飯の時間になったら呼ぶわね」

「はい~……」


 美香は自室に戻り、ベッドに倒れた。色んなことがあったせいか疲れがどっと出てきた。そして何より脳裏に浮かぶのは、あのサイボーグの青年だった。


「……あの男の子、綺麗だったなあ」


 眠っているため表情はわからないが、それでも顔つきは綺麗だった。もし目覚めたらかなり整った顔立ちだろう。いつになく美香はどきどきしていた。異性としてなのか、単に綺麗だったからか、それは美香自身にもわからなかった。


 ♢


 翌日、再び美香は部活の仲間達と共に咲世子の診療所を訪れた。青年は相変わらず眠っているようだ。


「で、姉さん。何かわかったんすか?」

「結論から言うと……彼はひょっとしたら、千年以上前の機械人かもしれないわね」

「せっ、千年以上前っ⁉︎」


 環が身を乗り出して興奮している。


「色々と解析してみたんだけど、彼の構造パターンや組織とかが今現在の機械人とは異なっているのよ。しかも彼の心臓になっているスフィアも、接続形式が千年以上前と一致してたわ」

「マママママジですか⁉︎ 大マジですかっ⁉︎」

「まだ不明点は多いけどね。一応、昨日の洞窟の保有者にも聞いてみたけど、美香ちゃんが彼を発見した場所は、今まで見つからなかった未開の場所みたい。多分、エルトリアが崩壊する前から存在してたかもって」

「おおお大空さんっ‼︎ あなたすごい大発見じゃない‼︎ 千年前の未開の場所を見つけるなんて‼︎」


 環は美香の手を取って感心した。


「……まあ、僕が偶然ワープ装置を起動させたってのもあるけどね」

「でも、仮にあのサイボーグが千年以上前の機械人だとしたら……まさか、エルトリアの兵器っ?」

「かもしれないわね。彼が身に纏っているものといい、身体の組織といい、戦闘用に改造された可能性は高いわね」

「うひゃー⁉︎ 帝国兵器だったらやばいわやばいわ‼︎ 色んな意味でやばいわー‼︎」

「落ち着けって、石塚」


 周囲が騒がしい中、美香は診察室の窓から隣の検査室を覗く。青年は検査用のベッドの上で穏やかに眠っている。


「千年前の人……」


 つまりそれは、彼の身内はいない可能性が高い。千年以上も経っていたら当然だろう。そう思うと眠っている青年からなんとなくだが、寂しそうな雰囲気を感じた。


「……もしあの人が千年以上前の人なら、持ち主や身内はいない可能性がある。そういうことですか?」

「……そうね。可能性はあるわ」


 もしこのまま目覚めたとしても、彼を引き取る人間が現れない限り、彼はひとりぼっちだろう。美香はぎゅっと拳を握り、ある覚悟を決めた。


「……あのっ! あの人の身柄、私に預けてもいいですか⁉︎」

「えっ……⁉︎」

「ええっ⁉︎ なななっ、何言ってんの大空さん⁉︎ 話聞いてなかった⁉︎ あのサイボーグ、エルトリア時代の兵器かもしれないのよっ⁉︎ 何が起こるかわからないわよっ⁉︎」

「それは、そうかもだけど……でも私、なんだかあの人を放っておけないんです。このまま目覚めてもひとりぼっちだなんて、そんなの悲しいから……」

「美香ちゃん……」

「……大変よ?」


 咲世子が真面目な表情を見せた。


「身内がいない機械人の身柄を保護するということは、普通にペットを飼うより大変なことよ? 個人差はあるけど色々と準備しないといけないし、アクシデントに対する対策だって必要よ。正直言って、家族を養うより大変よ。それでもいいの?」


 ペットを飼うよりも、家族を養うよりも大変。言われただけでは当然その大変さはわからない。しかし、美香は覚悟を決めており、こくりと頷いた。


「……そうね。それじゃあ、お願いしてもらおうかしら?」

「えっ、いいんですか……⁉︎」

「ええ。本来千年以上前の人間に会ったら、色々と調査したいってのが本音だけど、それは後でもできるしね。そのかわり、彼の命はあなたが必ず守ること。約束できるかしら?」

「……はい、はいっ!」


 美香は心が弾んだ。これで彼はひとりぼっちにはならないと知り、心から安心したのだ。


「な、何かあれば言ってね⁉︎ 私達は大空さんの味方だから!」

「頼っていいからな?」

「あ、それなら一応報告はしないとだね。君の住むシェアハウスに話はつけとかないと」

「うん! ちゃんと話す!」

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