1話 千年後②

 翌日、天気は快晴。

 この日、美香は外出していた。何故かと言うと、通っている学校の部活動のためであった。


「ついに! この日が! 来たわねっ!」


 おかっぱ頭の眼鏡の少女が声高らかに歓喜する。


「おい、石塚。部長よりしゃしゃり出ちゃ駄目だろ」

「いいよいいよ。気にしてないから」


 ガタイが良く顔の彫りが深い男子と、眼鏡を着け、顔は小さな卵型で、ふわふわのパーマが左に盛り上がったような変わった髪型の、部長と呼ばれた少年。

 順番に、石塚環いしづかたまき立花修たちばなおさむ、そして野々村宗介ののむらそうすけ。彼らは美香の部活仲間である。


あねさん! 今日は本当にありがとうございます!」


 環が頭を下げている相手は、前髪をオールバックにした黒い髪に白衣を着た女性だった。


「いいわよ。可愛い弟からの頼みとあれば喜んでってやつよ」

「ね、姉さん! 恥ずかしいから……」


 彼女の名前は、野々村咲世子さよこ。眼鏡の少年、野々村宗介の姉に当たる。彼女は機械人専門の医師である。

 今日この日、美香達一同は、かつてこの日本にあったエルトリアの領地だった場所を訪れていた。その目的は、所謂社会科見学であった。本来このような場所は許可無しでは立ち入りは難しいのだが、今回は機械物調査をする咲世子のツテで許可されたのだ。


「じゃあ私は調査に入るわ。現場にみんなを待たせているから。何か新発見があれば教えて頂戴ね」

「了解であります!」


 咲世子は自前のワゴン車を走らせ、調査現場へ向かって行った。


「それじゃあ、私と立花君は資料館から行くわ。二人は予定通り研究所に行くんでしょ?」

「うん。色々現場の写真撮りたいし」

「じゃ、集合場所はここで」


 四人は二手に別れた。

 美香と宗介は研究所と指定された場所へ向かった。たどり着いた場所は、洞窟だった。立っている看板には《旧エルトリア研究所A支店》と書かれている。


「ここが研究所? 何で洞窟なんだろ?」

「洞窟は秘匿性が高い場所だからね。地下もあるし、秘密の研究をするにはうってつけの場所ってことだよ」

「なるほど」


 洞窟へ入ると、中はひんやりしてちょっと不気味だ。


「ち、ちょっと怖いねっ?」

「これも秘匿するためのカモフラージュかもだね。近寄りがたいって雰囲気を出すために敢えてこの場所にしたのかも。きっとその分、まだ公にされてない秘密の情報とかも……!」


 宗介の目が輝いている。よほど未知の情報に関心を示しているのだろう。


「……あっ、ごめん。引いちゃった?」

「ううん、全然。楽しそうだなあって思ってた」

「あはは……美香ちゃんは優しいなあ。でも改めて思うけど、ちょっと意外だったよ。まさか美香ちゃんがうちの部に入るなんて。うちって他の部活と比べると何というか、こう……結構インドアな部分があるというか。美香ちゃんにとってはちょっと物足りないんじゃないかな?」

「そんなことないよ! 本当にそう! フリースクールに入ったばかりの私を、三人共優しく歓迎してくれたし、機械には疎いけど勉強にはなるし、良いことはいっぱいあるよ。入ってて良かったなあって本当に思う」


 美香の優しい笑みに、宗介はつい照れてしまう。


「そ、そうっ? それは何よりだよ」


 そうこうしている間に、二人は最初の目的地に着いた。


「着いた! ここが最初の目的地、資料室だ!」


 そこはたくさんの機材が並べてあり、巨大なモニターが佇んでいた。


「資料室?」

「文字通り資料を保管する場所! ここに色んなデータが保存されてるんだ」


 宗介はモニターと接続されているだろう操作パネルに近寄った。


「ここはもうすでに観光用に改良されてあるから、色々操作しても問題ないんだ」


 思いついたように宗介はパネルを操作する。


「えーっとそうだな……とりあえず何を研究していたかを見てみるとして……」


 手当たり次第にスイッチやキーボードを操作する宗介。美香にはなんのこっちゃなので、とりあえず周りを見回す。


「ん?」


 ふと美香は視線を止めた。鳥かごの様なアーチの様な変わった機材だ。とりあえず美香はその中に入る。


「何だろう、これ?」

「んー、あっ、これならどうかな?」


 宗介はペチペチとキーボードを入力する。すると、アーチからパチパチと電流が流れてきた。


「えっ、えっ⁉︎」


 明らかに起動している。


「ちょっ、宗介君! 宗介君!」


 美香が呼びかけるが、本人は自分の世界に没頭しているのか全く応じていない。やっと気づいた時にはすでに激しく電流が流れていて、明らかに何か起きそうな状態だった。


「? ええええええっ⁉︎ なんか起動してる⁉︎」

「そ、宗介君っ!」

「だ、大丈夫! 動かないで! 多分それワープ装置だ! 待ってて! 僕もすぐに追いつくからとりあえず……あっ!」


 途中で美香は光に包まれて消えてしまった。


「た、大変だ……! なんとかしなきゃ!」


 ♢


 やがて光が収まると、美香は見知らぬ地にいた。どうやら本当にワープしたようだ。


「ほ、本当にワープしちゃった……ていうか、ここはどこっ?」


 目の前には巨大な鉄製の扉がある。明らかにさっきの所とは違う。


「おっきな扉だなあ……」


 興味を持った美香は扉に触れてみた。


〈認証確認〉

「ふえっ⁉︎」


 扉がゆっくりと開きだす。


「あわわっ、なんかまずいっ?」


 扉が開ききった。ずっと閉ざされていたのか、何かの空気が流れている。美香は恐る恐る中を覗いた。部屋の中にはさっきの資料室よりも多い機材やらモニターやらが並んであった。見た感じ何かを研究していた部屋のようだ。誰もいないことを確認した美香は、とりあえず中に入ってみることにした。

 入ってすぐだった。

 目の前に巨大な長方形の箱があった。箱、というのはちょっと違うだろう。これはおそらくポッドだ。そのポッドからは無数のコードが繋がれており、まるで何かを保管しているようにも見える。


「……」


 一際目立つその器具に目を奪われた美香は、恐る恐るそれに触れてしまった。指先一ミリがポッドに触れたその時だった。


〈生体認証を確認。全ロックを解除〉


 ポッドに電流が走ると、ゆっくりと動きだした。


「えっ、あっ、あ……⁉︎」


 何かまずいことをしたかと美香は慌てふためき、とりあえずその場から離れた。すると、ポッドからプシューっと煙が吹き出し、ゆっくりと蓋が開いた。


「……⁉︎」


 蓋が開くと中に何かが入っていた。


「え……⁉︎」


 入っていたのは、《人》だった。いや、それは果たして人なのだろうか。

 足は黒い甲冑の様なもので出来ており、上半身は銀色と白色で分けられたボディースーツみたいなのを着用し、心臓部に値する場所には青い球みたいなのが埋め込まれている。えんじ色の髪に何かの装飾が施され、首には赤いマフラーみたいなのが巻かれている。見た感じ男、青年だった。青年が眠っていたのだ。


 これが最初の出会い。

 最初に動きだした運命であることを、まだ誰も知らない。

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