2話 目覚めた心②

「ええええええっ⁉︎ 美香ちゃんサイボーグ拾ったの⁉︎」


 明里が興奮して身を乗り出す。

 咲世子の研究所から一度帰った美香は、事の顛末を穂乃果達に話した。その日、シェアハウスには美香と三姉妹以外の人がいた。

 頭にタオルを巻いたツナギ姿の男、立川康二たてかわこうじと、ぶかぶかのブルゾンを着た少年、ルカ。

 立川康二。三十六歳、独身。

 土木工事専門の企業に勤めている。ちなみに左足が現場での事故が原因で義足になっている。

 ルカ。彼はアンドロイドだ。

 元々彼はスキャンダル週刊誌の専属カメラマンアンドロイドだったのだが、週刊誌の編集社が潰れて追い出されたため、このシェアハウスに引き取られたのだ。現在は野鳥観察の仕事をしつつ、黛三姉妹の手伝いをしている。

 そんな二人も加えて、一同は美香の話を聞いた。


「拾ったって言うか、発見した、かな?」


 拾ったと言うと完全にペット扱いなため、発見したと言った方がしっくりくると美香は判断した。


「そいつ女かっ?」

「あ、多分男です」

「ちえっ……」


 康二は残念そうに拗ねる。


「ヘイ、ルカ! シャイボーグって何?」


 千枝が興味津々そうにルカに聞く。


「サイバネティック・オーガニズムの略で、広義の意味では生命体と自動制御系の技術を融合させたものを指す。以上ネットサーチからWikipediaより」

「すご~い!」

「だから穂乃果さん。その人をこのハウスに住まわせたいんだけど、大丈夫かな? 部屋はまだありましたよねっ?」


 美香からの提案に穂乃果は頬に手を当てて思案顔を浮かべる。


「そりゃあ、呼び込んでくれるのならこちらとしては万々歳だけど、本当に大丈夫なの? 身元もわからない、ましてや機械人となると……」

「機械人ならルカがいるじゃねえか」

「ルカ君にはちゃんと身内がいるからよ。ほら、メンテナンスしてくれる技術士さん」

「あー、まあな。身内がいたらいざという時に安心にはなるからな」

「じゃあ、引き取れないの?」


 明里が心配そうに伺う。


「うーん……そういうわけじゃないんだけど……かと言って無一文で追い出すのもあれだし……でも身元がわからないといざという時…」

「もお~、堅っ苦しく考えないでよ、お姉ちゃん! 私は賛成だよ! だってまた家族が増えて賑やかになりそうだし!」


 明里は棚の上にある仏壇を見つめる。仏壇には写真が飾られている。


「きっと天国にいるお父さんやお母さんも賛成してくれるよ! 二人共よく言ってたじゃん! 困っている人を助けるのに理由はいらないって!」

「おっ、良いこと言うね~! まあ俺も女じゃないのはちと残念だが、話し相手が増えるなら歓迎するぜ?」

「オレも反対しないよ。機械人が近くにいたら何かと便利だし」

「ちぃちゃんも賛成ー!」

「ああ……そう言われると反対しにくいわね……」


 皆が賛成する中で、穂乃果はうーんと悩みまくる。


「……よし! ならこうしましょう! 美香ちゃんがちゃんとその人の面倒を見ること! 何かあったら一人で抱え込まず誰かに相談すること! 美香ちゃん一人に背負うわけにはいかないもの! この二つを守ると約束できるなら、私も文句は言わないわ!」

「お姉ちゃん、なんかペットを飼う時のお約束みたいになってるよ?」

「本当にいいんですかっ?」

「ええ。美香ちゃんは約束を破らないと信じてのことよ」

「……ありがとうございます!」


 美香はほっと胸を撫で下ろした。そんなこんなで、このシェアハウスに新しい住人がやって来ることになった。機械人の住人はルカ以来二人目だ。


 ♢


 そしてさらに翌日の夕方、シェアハウスに一台のワゴン車が停車した。ピンポン音が聞こえ、美香は玄関を開ける。


「やあ、美香ちゃん。来たよ~」


 玄関で立っていたのは、明るい茶髪の優しそうな顔の男性だった。


「恭一さん! お疲れ様です!」


 彼の名前は野々村恭一きょういち。咲世子の弟であり、宗介の兄だ。


「姉ちゃんから話は聞いてるよ。じゃあ早速運ぶね」

「彼、まだ眠ってますか?」

「うん。姉ちゃんが言ってたんだけど、多分ずっとポッドで眠っていたから、起動するのに時間がかかっているのかもだって。でもちゃんと息してるし、じきに目覚めるだろうってさ」

「そうですか……」


 恭一はワゴン車から簡易式のストレッチャーを出す。ストレッチャーにはあの青年が寝ていた。


「ごめんねー、なんか病人扱いして。彼ものすごい重いからこうするしかなくて。部屋に案内してくれる?」

「はい!」


 玄関に入ると、穂乃果が出迎えてくれた。


「まあまあ恭一君! わざわざありがとうね」

「いえ、これも仕事なんで~」


 やって来たと察知した明里達が、興味津々そうに集まってきた。


「この人が話にあった?」

「うん」

「わわっ、本当に顔綺麗……! 目を覚ましたら絶対イケメンだよ……!」

「おお~……! サイボーグの割には随分整った顔立ちだな?」


 康二と明里が青年の顔立ちに興味を持つ中、ルカと千枝が近寄り、関心そうに見ている。


「すごい格好……戦闘用スーツかな?」

「ロボットだあ~!」

「部屋は二階ですか?」

「ええ、こっちよ」


 ストレッチャー用に急ピッチで作ったスロープ(と言ってもただ階段に板を立てかけただけだが)を使い、なんとか青年を二階に上げた。空き部屋に入り、恭一は康二と協力して青年をベッドに寝かせた。とりあえずベッドはこの日のために対性の強い頑丈なものにしたらしい。


「痛ちちち……腰がやられるとこだった……」

「機械人は人より重いとは言うけど、彼ちょっと重すぎじゃないかな? どんだけ機材入ってるんだろ?」

「とりあえずこれでいいか?」

「うん。あとは住民登録とか色々あるけど、それは穂乃果さんや姉ちゃんの仕事。僕達にできることはとりあえずこれくらいかな」

「あれ? 意外と早く終わったね?」

「あっ、ありがとうございました!」

「いいよいいよ。彼、早く目覚めるといいね」


 恭一はストレッチャーを片付け、そのままハウスを後にした。寒そうだと思った明里は青年にとりあえず掛け布団を掛けてあげた。


「早く起きるといいね」

「そうだね」


 しばらく美香は彼のそばにいることにした。外はもう日が沈みかけていたため、空は夜空と夕焼け空が鮮やかなコントラストを作っていた。部屋もオレンジ色の光が窓から刺している。美香はベッドに座っていた。


「……千年前の人、かあ」


 ふと美香は咲世子の話を思い出す。

 千年前と聞けば美香にとっては、機械文明がすごい国が戦争で滅び、その技術が世界中に広まった頃、という風に認識している。大袈裟かもだがもはや神話の領域だとも思っている。そんな遥か昔の時代の人間が今目の前にいる。果たして目覚めたとして、ちゃんとコミュニケーション取れるだろうか。そもそも言葉自体通じるのか。今更考えても仕方ないことが頭に浮かぶ。

 そんなことを考えていた時だった。青年の右手の指がぴくりと動いた。


「う……っ」

「‼︎」


 青年の目がゆっくりと開いた。

 目覚めた。そう認識した瞬間だった。

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