5話 スクールデイズ①

 その日、シェアハウス秋桜はどこか賑わいを見せていた。


「どーだミカ! 似合ってるかっ?」


 アルマが自慢げにそう言った。

 今の彼の姿は、恭一のお古であるパーカーとTシャツに加えて、黒のテーラードジャケットとスラックスを着た、学生みたいなスタイルだった。


「うん、似合ってるよ」

「いやあ、まさか俺が就活時代に使ってたスーツがここで役に立つとはな! しかもぴったりサイズとは!」

「おお~! 本当に学生さんだね~!」


 新しい装いのアルマに明里は目を輝かせていた。


「ありがとう、穂乃果さん。学校の手続きとか色々とやってくれて」

「いいのよ。これもアルマ君の社会勉強になるなら、安いものよ」

「明日からミカと一緒かあ……!」


 始まる学校生活に、アルマは先程から興奮していた。


「なんか嬉しそうだね、アルマ君」

「これでミカをいつでも守れるからな! 留守番なんてもうごめんだ!」


 堂々と言うアルマに美香は照れっぱなしだ。


「美香ちゃんのために学校通うとか、ある意味すげえよなあ」

「これってストーカーじゃないの?」


 真顔で発言するルカに明里は慌てて口止めを促した。


「ルカ君! しーっ!」

「でも、ちゃんとお勉強するのよ? フリースクールとはいえ学ぶ場所であることには変わりないんですからね?」

「おいっす!」

「ちぃちゃんもほいくえんでおすうじべんきょーしてるよ!」

「じゃあいざとなったらお願いしまっす!」


 アルマと千枝の謎のやり取りに、思わず美香は頬を緩めてしまう。


「……なんか美香ちゃんも嬉しそうだね」


 明里が小声で話しかけてきた。


「そ、そうかなっ?」

「アルマ君が来てから美香ちゃん、ちょっとだけど明るくなった気がするし。なんかお互いが必要不可欠って感じがする」

「……そうかもだね」



 そして翌日、アルマ初登校日を迎えた。


「いらっしゃい、アルマ君‼︎ ようこそ未来学園へ‼︎」


 来て早々に環が手厚い歓迎をした。


「あなたがうちに来てくれて本っ当に嬉しいわ‼︎ これからお互い、切磋琢磨しましょう‼︎」


 環の熱い情熱にアルマは若干引いている。


「……すまんな。石塚はお前に会えて嬉しいんだ」

「石塚環さんと立花修君だよ。私と宗介君の部活仲間」

「タマキとオサムだな! うん、よろしくな!」


 アルマは二人と握手を交わした。

 さっそくアルマに校舎内の案内をした。


「何度も言うけど、ここ未来学園は所謂フリースクールよ。あ、フリースクールってのはね、訳あって普通の学校に通えてない人が通う、もう一つの学校みたいな場所よ。まあうちはフリースクールにしては結構しっかりとした場所なんだけどね。先生もいるし、部活もある。あとは、ここは機械人達の数少ない学び場みたいな所でもあるかな? ほら、機械人って普通の人とはちょっと違うでしょ? もちろん普通の学校に通えている機械人もいるけど、やっぱりどうしてもハンデが出るからね。うちはそういう人達も受け入れてるんだ。例えばそうね……あ、あの人」


 環が指を差す方を見ると、校庭で背の高い青年がストレッチをしている。近くには走り高跳びで使うマットとバーがある。


「一見普通の人に見えるでしょ? 彼、サイボーグよ」

「!」

「元々普通の人間だったんだけど、事故で瀕死の重傷を負ってね、脳以外は全身機械。機械の体だと人間の体と比べて柔軟性に欠けているんだけど、彼はその限界を超えたくて走り高跳びやってるの」

「すごいよな。向上心があるというか」


 アルマはそのサイボーグの青年をじっと見ていた。興味があるのだろうか。


「あ、あの子もだわ」


 校庭の階段で少女がパソコンを打っている。タイピング速度が速い。


「彼女はアンドロイドよ。人間の知識と文化を学びたくてここに通っているの」

「あっ、あいつ!」


 すると、校舎内の中庭から男子達が騒いでいる。


「あいつこの間の奴だよな⁉︎」

「学校救ってくれた奴だ!」

「おーい!」


 男子からの呼びかけにアルマはとりあえず大きく手を振った。男子達はおおっと湧いている。


「あらあら、もう人気ね?」

「なんでも男子のほとんど、彼に惚れちゃったらしいぞ?」

「何よそれ……」

「あ、あの!」


 今度は女子生徒二人がアルマの前にやって来た。二人共何故か顔を赤らめている。


「こ、この間はありがとうございました! 戦っている姿、すごくかっこよかったです!」

「かっこよかった?」

「褒められてんのよ」

「そうか! それはありがとう!」


 アルマの笑顔に女子二人はきゃーと黄色い歓声を上げて去っていく。


「女子にもモテモテとは……ハイスペックなサイボーグ拾ったわね、大空さん」

「ハ、ハイスペック?」


 その後も色んな生徒がアルマに興味を示す中、四人はある場所へ辿り着く。


「そしてここが我が部活、機械研究部! 通称キカケンの部室よっ!」


 部室の中は本棚で占められており、名前通り何かを研究する場所に見える。


「本がいっぱいだ……!」

「おっ? 本に興味あるか?」

「自由に読んでもらって構わないわよ! ここは文字通り、機械を研究する場所なんだから!」


 すると、部室の扉が開く音がした。宗介が入ってきたのだ。


「なんだ、みんないたんだ! アルマ君も!」

「紹介するわ! 我がキカケンの部長、野々村宗介様よ!」

「ぶちょー?」

「部活のリーダーみたいな人、かな」


 リーダーと聞いてアルマは顔を輝かせた。


「へえー! ソースケって偉いんだな!」

「いやあ~、部長なんて大したことないよ。あくまでも肩書きみたいなものだし」

「そんなもったいない‼︎ 何せ部長は去年、二百年前の初代AI将棋盤を発掘、解析したことが国から表彰されたんだから……‼︎」

「ちょっ、待っ⁉︎ それは言わないでくれる⁉︎ 後にさらに古いやつ発掘で恥ずかしい目に遭ったんだから‼︎」


 宗介はきゃーと悲鳴を上げて制止を促す。


「まあ部長の家柄は代々機械人と強く関係のある家柄だしな。アルマも何か困ったら頼るといい」

「ソースケの姉ちゃんとかか?」

「そうそう! あとお兄さんもその辺り詳しいから」

「ソースケの家族ってすげーんだな!」


 それは確かに否定はしない。実際機械関係に疎い美香も何かと助けてもらっているからだ。


「で、ちょっとアルマ君にお願いがあるんだけど……」


 環がもじもじといじらしく振る舞う。


「何だ?」

「良かったらうちの部に入らないっ? アルマ君みたいな機械人がいると、うちの部の広告塔になれそうなのよ! だってうちら、機械関係の部活だから!」

「それは名案だな!」

「あ、それいいね! 機械人がいたら色々と融通が効きそうだし!」


 つまり、アルマがこの機械研究部にいると宣伝効果があるということだ。


「ええっ? でもなんか利用しているみたいで私はちょっと…」

「いいぜ! ミカがいるならどこでも!」


 後ろ向きな美香に構わず、アルマは二つ返事で快諾した。


「ええっ⁉︎ い、いいのっ?」

「なんか楽しそうだしな!」

「ありがとおおーっ‼︎ 歓迎するわっ‼︎」


 環はアルマの手をがっしりと握った。すると、また部室の扉が開く音がした。


「失礼するよ」


 そこにいたのは零だった。


「あっ、学長⁉︎」

「お疲れ様っす」

「いきなりすまないね。ちょっとアルマ君を探してて」

「オレ?」

「大空君もいいかい?」


 零に誘われ、二人は学長室へ向かった。ソファーに座り、お互い対面している。


「まずはようこそ、未来学園へ。君を歓迎するよ。さっそくなんだが、君に大事な話がある」

「大事な話、ですか?」

「実はうちの学校は機械人保護団体、IMPと提携していてね、訳ありの機械人達を支援しているんだ。今回のアルマ君みたいにね。ただ、先日樋口大使から聞いたんだけど、君の場合他の機械人とはちょっと違う。言い方を悪くして言うなら、他の人より世間を知らなさすぎる、といったところだね。もちろん大空君や学校の生徒達がその辺りは支えてくれるだろうけど、やはりちゃんと大人から教えてもらった方が良いと思ってね。だから、IMPを通して君のために特別講師を迎えることにしたんだ」

「特別講師?」

「今日はその人を紹介しようと思って呼んだんだ。どうぞ、こちらへ」


 学長室に誰かが入って来た。

 長い黒髪をハーフアップにした、眼鏡をかけた女性だった。美香は慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「紹介するよ。草薙詩音さん。元々はIMPの職員だけど、今回教育実習生としてうちに来てもらった。草薙さん。彼がアルマ君と、保護者の大空美香君だ」

「はじめまして、草薙詩音と申します! 教員経験はまだ浅いですが、どうぞよろしくお願いします!」


 詩音は優しく微笑んでいる。優しそうな雰囲気に美香も安心した。厳しそうな人だったらどうしようかとちょっと心配していたからだ。詩音は眼鏡を上げて調整すると、アルマに目線を合わせた。


「あなたがアルマ君ね? 今日からよろしくね」


 詩音はアルマに手を差し出した。アルマは詩音をじーっと不思議そうに見つめている。


「?」


 その様子に美香は首を傾げた。

 すると、アルマがいきなり詩音の眼鏡を取った。アルマは眼鏡を不思議そうに観察している。


「これメガネか? 変わった形だな?」


 確かに彼女の眼鏡は少し変わっていた。金縁に花のモチーフが飾られている、丸フレームの眼鏡だ。


「ア、アルマ君っ‼︎」


 失礼なことをしたと思い、美香は慌ててアルマの頭を下げさせた。


「すみませんすみませんっ‼︎」


 一瞬ぽかんとなっていた詩音だったが、すぐに吹き出して笑った。


「樋口大使の言ってた通り、面白い子ね!」

「ふえ……?」

「いいのよ、大空さん。その眼鏡変わってるってよく言われるから。でも確かに、いきなり取るのはちょっとあれだったわね」


 詩音はそっとアルマから眼鏡を取り返し、掛け直した。


「私はいいけど、他の人にやったら迷惑でしょう? そんな時は何て言うのかしら?」

「?」

「ごめんなさい、だよ」

「……ごめんなさい」

「うん、良い子!」


 詩音はアルマの頭を優しく撫でた。それに対しアルマはちょっと照れ臭くなった。意外としっかりとした詩音の対応に、美香はまた安心した。


「……アルマ君には詩音さんが必要みたいですね」

「ええ。おそらく草薙さんにとっても。では草薙さん。さっそく彼との面談をお願いしてもよろしいですか?」

「はい! 行きましょ、アルマ君」

「えっ? ミカはっ?」

「ごめんなさい。大空さんは抜きで」


 美香は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「やっ、やだ! オレはミカと一緒がいい!」


 すかさずアルマは美香に抱きつく。


「アルマ君……」

「大丈夫よ。これでお別れって訳じゃないから。二人を引き裂くなんてできないもの。でも、今は大空さん抜きで、ね?」


 納得いかないのか、アルマは不機嫌そうな顔をした。


「……お昼は一緒に食べよう! ねっ?」

「!」


 美香のその台詞によってすぐにアルマは顔を輝かせた。


「約束だぞ!」

「うん」


 とりあえず機嫌が直ったみたいなので、美香は安心してアルマを見送った。

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