5話 スクールデイズ②

 詩音の案内で個別教室に入ったアルマは、詩音との面談を始めた。

 と言っても最初は詩音がアルマのことを知る為、アルマから話を聞くだけになっていた。詩音はその内容をノートに書いている。目覚めたばかりなため、まだ深く掘り下げることはできないが、美香の話になると話は弾んだ。楽しそうに美香のことを話すアルマに、詩音は終始微笑んでいた。


「ふふっ、本当にアルマ君は大空さんのことが好きなのね。心を思い出させてくれた人、なんだっけ?」

「ああ! 記憶がなかったオレに優しく語りかけてくれて、それでここ、胸の辺りがすっごく熱く感じた。ミカに出会わなかったら感じなかったと思う!」

「そうね、心って大事だものね。学校に行くのは大空さんが心配だからって言ってたわよね? そんなに心配?」

「すっごく!」

「そう……」


詩音は優しそうにアルマを見つめ返す。


「……でもねアルマ君。あなたはちょっと勘違いしてるかも」

「勘違い?」


 アルマは不思議そうに首を傾げた。


「単刀直入に言うと、大空さんはあなたが思っているほど弱い人ではないってこと。人間ってのはね、誰しもが必ず支えられないと生きていけないって訳じゃないの。もちろん、重い病とかで誰かに支えてもらわないと生きていられない人もいるでしょうけど、大空さんはそうじゃないでしょう? 彼女にもちゃんと強さはある。個人差はあるかもだけどね」

「強さ……」

「そう。人にはそれなりに何かの強みを持っている。弱そうに見えたりそう思っているのはまだ気づいていないだけ。だから人は支えてばっかりではない。一人でも頑張れるって強気になれるの。まあ、それでも難しい時こそ支えてもらうのが一番なんだけどね」

「……ミカはオレがいなくても大丈夫ってことか?」

「それは大空さん次第かもね。私は大空さんの全てを知ってるわけじゃないから、自分が支えるべきかはこれから見極めるといいわ。……なんて、ちょっと難しかったかな?」

「いや! シオンと話していると、色々と気づかされてすげー面白い! もっと色々聞きたいって思う!」

「!」


 アルマは詩音をわくわくしながら見つめている。まだまだ話したいと言わんばかりだ。


「……そう言ってもらえると嬉しいわね。私もアルマ君ともっとお話ししたいって思ってた。もっと聞かせてもらえる?」

「もちろん!」


 その後も色んな話を交わし、いつの間にか時間はお昼になっていた。また午後に会う約束を取り付け、面談は一旦終了した。

 ちょうどその頃、美香が個別教室に入ってきた。


「失礼します。今いいですか?」

「ミカ!」


 アルマは一直線に美香の元へ駆け寄り、嬉しそうに抱きしめた。やはりこの感じはまだ慣れず、美香は照れてしまう。


「面談大丈夫だった?」

「ああ! シオンと話すの、楽しかった!」

「そう? それは良かった。すみません、草薙さん。ありがとうございます」

「いえいえ! こちらこそ! じゃあアルマ君、次は午後に!」


 アルマは詩音に手を振って教室を出た。最初に見た不機嫌そうな顔はもう出なさそうだった。



 キカケンの仲間と合流し、一行は屋上でお昼にすることにした。

 アルマは朝に穂乃果から渡されたお弁当箱を開けてみる。箱に入っていたのは、おにぎり三つと唐揚げ二個、卵焼きと茹でたブロッコリーだ。美味しそうな品々にアルマは目を輝かせていた。


「これ、ホノカがっ?」

「そうだよ。穂乃果さん、毎朝私と康二さんとルカ君にお弁当作ってるんだ。ほら、私と一緒!」


 よく見ると確かに美香とお弁当が一緒だ。美香とお揃いのお弁当にアルマの目が輝いている。


「あらあら~? お揃いのお弁当ですか~? もうすっかりラブラブですなあ?」


 環がニヤニヤ笑ってからかっている。


「こら、からかわないの!」

「どうだ、アルマ? 学校は楽しいか?」

「ああ! すっごく!」


 心から嬉しそうな表情に、一同はほっとした。


「それは良かったわ! ここ、普通の学校とはちょっと違う場所だから、敬遠されるかなと思ってたけど、その心配はなさそうね」

「違う場所?」

「最初に言ってたでしょ? ここは訳あって普通の学校に通えない子が通うもう一つの学校だって。機械人はハンデとかで通う子が多いけど、人間はそうじゃないの。いじめで不登校や登校拒否になった子。なんらかの事情があって普通に勉強ができない子。中には家に居場所がなくて通っている子もいるわ。ここは言わばもう一つの居場所みたいな所。だから学校とはちょっと違うのよ。でもだからこそ、色んな人が色んな目的でここを求めているって訳。夢を叶えるために頑張るって子もここにいる」

「夢?」

「そう! ここにいる生徒の多くは夢を持って通っているの! 今朝走り高跳びのサイボーグの子がいたでしょ? 彼は機械人として走り高跳びでオリンピックに出るのが夢って言ってたわ。他にも、ホワイトハッカーになって国に尽くしたいって子や、スタイリストになって技を磨きたいって子もいるわね。ちなみに私は断然、機械関係の考古学者ね! 普通の学校じゃ学べないこと、いっぱい知りたいし!」

「石塚らしいな。あ、俺は図書館の司書」

「僕はまだふんわりだけど、姉さんみたいに機械人と関わる仕事がしたいかな」


 夢というのをあまり知らないアルマだったが、嬉しそうに夢を語る宗介達三人を見て胸を弾ませた。


「すげーんだな! なあ、ミカは?」

「えっ?」

「ミカにはユメ、あるのか?」


 何気なく言ったアルマからの質問に、美香は表情を曇らせた。


「ミカ?」

「あー……まだわかんないかな? ここに入ったのも、普通の高校と違ってのんびりできるからってのと、近所だからって穂乃果さんに勧められたからだし」

「それはそうかもね! 校風が自由な普通の学校もあるけど、ここはマイペースなのが売りですから!」

「あはは、そうだね」


 美香のその場凌ぎの苦笑いに、アルマは特に何も疑問に思わなかった。



 すっかり日も落ち、とっぷりと夜が更けた。

 そんな時、シェアハウスにある一人の来客がやって来た。

 名前は花井源蔵はないげんぞう

 黛家の親戚(祖父の兄に当たる)であり、大空家の遠縁に当たる。両親を亡くしている三姉妹にとっては数少ない理解者の一人だ。

 そんな彼が経木で包んだ手土産を持ってやって来た。


「よお!」


 穂乃果とルカが出迎えてくれた。


「あら、おじいちゃん。いらっしゃい」

「仕事終わり?」

「ああ。やっとひと段落ついたってとこだ」


 源蔵はハウスに入り、居間の畳の上に座って、手土産をルカに手渡した。


「ん? そいつか? 話にあった機械人の新入りってのは。大空の嬢ちゃんが拾ったって」


 源蔵は居間で横になっているアルマに気づく。アルマは美香が貸してくれたイルカの抱き枕を抱いてすやすやと眠っている。


「なんだ、もう寝てんのか?」

「ご飯食べたらころっと気絶したみたいに寝ちゃったの。今日が初めての学校だったのよ。色々刺激を受けて、疲れちゃったみたい」

「午後は勉強一本だったから嫌だったって、愚痴漏らしてた。たぶんそれもじゃないかな?」

「ふうん……機械人にしては変わってんな。まあよかったじゃねえか。坊主も同じ話し相手が出来たからちょっとは気ぃ楽になったんじゃねえか?」


 ルカが手土産の包みを剥がしている。中身はしめ鯖寿司だった。


「どうかな……わかんないや。オレと彼とじゃ作られた年代も違うし」


 ルカはどこか他人事のようにあしらう。


「大丈夫よ。きっとその内仲良くなれるわ」

「んじゃ、儂もそろそろ寝るわ。明日もまた大仕事が待ってるからな」


 そう言って源蔵は立ち上がる。


「うん、おやすみなさい。明日手伝いに行くから」

「オレも明日は昼上がりだし、行くよ。あんこ飴のストックも切れそうだし」

「おうっ、助かる。じゃあな。戸締まりしっかりしとけよ?」


 源蔵は静かにその場を後にした。

 しばらくすると、美香がタオルケットを持ってやって来た。


「ごめんなさい、穂乃果さん。行儀悪いことしてしまって」

「今日ぐらいはいいわよ。アルマ君もここ最近色々あったんだし」


 美香はそっとタオルケットを掛けてあげた。穏やかに眠るアルマの寝顔を美香は見つめていた。


「こうしてみると本当に人間みたいだなあ……」

「今更言うこと?」

「ほら、美香ちゃんは機械系に疎いから」

「……なんか、アルマ君と会ってからは色々驚かされることばかりな気がする。まさかこんな身近に機械と関わるなんて、思ってもみなかったな」

「オレも機械人だけど?」


 その台詞に美香はあっと声を上げた。


「ああっ、ルカ君はその、日常に馴染んでるっていうか、あんまり違和感がないっていうか……」

「……あー、そっか。オレ戦闘用じゃないもんね。刺激がないからって意味か」

「えっと、なんかごめんね?」


 美香は苦笑いを浮かべた。


「別に」

「……彼、これからも戦わされるのかしら」


 穂乃果が静かにそう言った。


「二人共、この間軍警に行ったんでしょう? エルトリア関係のこと?」


 ぎくりと美香は肩を震わせた。


「えっと、それは……」

「戦闘用に作られたんならいいんだろうけど、私としてはできれば戦わないでもらいたいわ。だって、彼は千年前の人間なんでしょう? 千年前って言ったらどこの国も戦争真っ只中って言い伝えられているわ。そんな時代に生きていたのなら、今この時間を平和に過ごしてもらいたい。現に彼、今楽しそうだし」


 それはあるのかもしれない。千年前を経験しているのなら、その分平和に暮らしてほしいものだ。


「……私も、そう思います」


 美香も考えていることは同じだった。美香はアルマの髪を優しく撫でる。


「私もできれば戦わないでほしい。でも彼のことだから、きっと嫌だって言うかもだけど……それでも私は、彼に幸せになってもらいたい」

「そうね……」


 犬の遠吠えが遠くから聞こえる。まるで何かが起きつつあることを予兆しているかのように。



 崩壊した南極、及び新生エルトリア帝国領地。

 領地中心にある城にて動きあり。

 城の奥深くにあるは、四つのポッド。そのポッドには何かが保存されていた。

 エルトリア皇帝ゼハートはそれを見据えている。


「……今こそ目覚めの時。覚醒せよ、新たなる我が臣下達よ」


 そう宣言した直後だった。

 ポッドが四つ共にひび割れだした。バリンと大きな音を立ててガラスが割れた。中から黄緑色の液体が流れ出る。そこから四つの裸足が床に着く。


「長年にわたるスリープ状態からの無事の覚醒、実に見事であった。時は来た。今こそ我が大義を果たす時。貴様らはそのための同士でもある。その魂を我に捧げよ。提供せよ。この手で掴もうではないか。真たる完全勝利を」

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