6話 共同戦線③

 シェアハウスがある住宅街から徒歩圏内の商店街。

 そこにある古いお店。《花井屋》と書かれた深緑色の暖簾が出ている。ここは源蔵が営む和菓子屋だった。美香は暖簾をくぐる。


「いらっしゃいませ!」


 店に入ると、穂乃果の声が聞こえた。作業場から黛三姉妹とルカが顔を出した。


「あら美香ちゃん、アルマ君! おかえりなさい!」

「二人共! 良かったあ~、無事で! 軍警に連れて行かれた時はどうなるかと思ったよ~!」


 二人の無事に明里は嬉しそうだ。


「ご心配おかけしました……」


 美香は苦笑いしながら頬を掻く。初めて見る店内の雰囲気に、アルマは興味津々そうに見回す。すると、鼻に甘い匂いがついた。


「なんか美味そうな匂いがする!」

「ここ和菓子屋だからね」

「おおっ、大空の嬢ちゃんか」


 別室から源蔵が顔を出す。ここでの彼は白い法被姿であった。


「ご無沙汰してます、花井さん」


 美香はぺこりと頭を下げる。


「おー、見ないうちにちょっと背ぇ伸びたな? ん? ああ、機械人の新入りも一緒か」

「あ、はい。アルマ君です」


 アルマはひらひらと手を振って挨拶する。


「ふぅん……ま、よろしく頼むわな」

「二人共、あっちで手洗ってきて! エプロンとバンダナもそこにあるから」

「はい! 行こっか」


 何かするのかと疑問に思いながらも、アルマは美香について行く。着替えを終え、二人は作業場へ向かう。


「美香ちゃんはお饅頭の梱包をお願い。黒餡と白餡それぞれ三つずつね」

「はい」

「アルマ君は初めてだったわね? 明里、色々と教えてあげてくれる?」

「はーい。じゃあアルマ君には……まずはお店の見学からかな?」


 明里に連れられ、アルマは店内を見学することに。まず訪れたのは調理場だ。


「ここが調理場。和菓子を作る場所だよ。今はお饅頭を作ってるとこ」


 ここにも甘い匂いが漂っている。一人の従業員が餡子を生地に手早く包んでおり、もう一人は蒸し器から饅頭を取り出している。完成したお饅頭にアルマは興味津々だ。


「食べてみるかい? 出来たてだよ」


 従業員のおばちゃんが一つ差し出してくれた。ほかほかの出来たてにアルマは顔を輝かせ、物も言わずかぶりつく。ふかふかの生地と餡子の優しい甘さが口いっぱいに広がる。


「美味い‼︎」

「そりゃあ良かったよ!和菓子職人の冥利に尽きるねえ」


 あっという間に一個完食した。


「美味しいでしょ? ここの和菓子」

「ああ! なんていうか、すっげー優しい感じがする!」

「明里ちゃーん! ちょっといいかーい?」


 遠くでおばちゃん二人が呼んでいる。明里は急いで駆け寄った。


「小豆運ぶの手伝ってくれるかい?」

「うん、いいよ!」


 台車の上に小豆袋が二袋ある。明里はおばちゃん達と協力して一袋持ち上げるが、これがなかなか重い。


「あ、相変わらず重いなあ……」

「運べばいいのか?」


 すると、アルマは明里達が持ち上げた袋を軽々と持ち上げた。


「えっ、ええっ⁉︎」


 驚く間もなく、アルマは台車の上に残っていたもう一袋も軽々と持ち上げた。


「おやまあ!」

「これはたまげた!」


 おばちゃん達もびっくりしている。


「アルマ君⁉︎ それ三十キロぐらいあるよ⁉︎ えっ⁉︎ しかも二つも⁉︎」

「全っ然余裕だし!」

「まあまあなんてたくましい子なんだい!」

「すごく助かるよ!」


 おばちゃん達が若い女子並みにうっとりと惚れている。

 しばらくすると、作業場のテーブルに色とりどりの和菓子が並びだした。花の形に鳥の形、中には猫の形なんかもあった。全部先程運んだ小豆から作られていると明里から聞かされたアルマは、その美しさに見惚れていた。


「こんなちっちゃい豆粒からこんなに美味そうなのが……‼︎」

「すごいでしょ? 小豆は和菓子に必要不可欠な存在なのよ?」


 そう言いながら穂乃果は包みにリボンをかけている。


「一個でいいからくれないかっ?」

「あ、これはダメ! お土産用だから!」

「お土産?」

「そ。これ用のね」


 そう言って明里は箱を見せてくれた。《お祝い》と書かれた花柄の紙とリボンに包まれている。


「おじいちゃんのお友達に水彩画の先生がいてね、その人の七十七歳のお祝いのお土産品なの。喜寿って言うのよ。私も明里も小学生の時にちょっとだけ習ってたから面識があるのよね。だからこれは、私達二人からのお祝いでもあるの」


 すると、とんとんと誰かがアルマの肩を指で叩いた。


「?」


 振り向いた瞬間だった。何かがアルマの口の中に入った。


「んぐっ⁉︎」

「はい、不意打ち成功」


 そこにいたのはルカだった。


「今何を……美味い!」


 口いっぱいにほんのり甘い味が広がる。ころころと口の中で転がる。飴玉のようだ。


「これ何っ?」

「あんこ飴。ここの名物。せっかく来たから最後の一個、あげようと思って」


 そう言いながらルカは店裏に回る。


「じいちゃん。いつものやつは?」

「ああ、そこの壺だ。今月はちと少ないかもだが我慢してくれ」


 ルカは棚に置かれた小さな壺の蓋を開ける。


「……ん、充分だよ。三週間あれば保つかな」


 壺の中からビニールで梱包された黒紫色の飴玉が出てきた。ルカはそれを麻の袋に詰めている。


「何してんだ?」

「飴の補充」

「作る途中でひび割れたり変形したりして商品にならなくなった飴を、こうしてルカ君が定期的に回収してるの。ルカ君はここのあんこ飴が大好きだものね」

「だってもったいないでしょ? 形が変わっても味変わんないし」


 ルカはあんこ飴を一つ口に入れる。


「幸せ者だねえ、源蔵さんは。若い子達がみんな手伝ってくれて」

「ええ。果報者とはこのことだわね」


 従業員のおばちゃん達が微笑ましく見つめていた。


「何言ってんだ。チビはおろか機械人のガキまでついて来て、鬱陶しいったらありゃせん!」


 源蔵がため息混じりに皮肉を放つ。そこへ、ひょっこりと画用紙を持った千枝が乱入してきた。


「おじいちゃん見てー。絵描いたのー」

「おおおっ、すごいなあ~! 上手に描きおって! 千枝は偉いなあ~!」


 千枝が絡んでくると、さっきまでの皮肉はどこへ行ったのやら、源蔵は満面の笑みを見せた。


「ごめんなさいね。おじいちゃん、小さい子にはちょっと甘いから」

「ちょっと?」


 美香は頭を傾げていた。



 お店が閉店時間を迎えた。源蔵はお土産の和菓子を届けに自転車で行った。穂乃果は店のシャッターを下ろす。


「二人共、今日はありがとう。おかげで助かったわ。はい。これは頑張ったご褒美」


 そう言いながら穂乃果が二人に差し出したのは、深緑色の小さな包みだった。


「わあっ、ありがとうございます!」

「出来たての花井焼きだよ。アルマ君もきっと気に入ると思う」


 外はもうすっかり夜だった。一行はシェアハウスに帰宅していく。


「どうだった? 楽しかったでしょ?」

「楽しかった! 見るもの全部が新鮮だった!」

「そう言ってくれるとおじいちゃんも喜ぶわ。おじいちゃんはこの道五十年だから」

「なんかさ、あそこにいるとこう……心がほわほわするっていうか、優しくなれるような感じがしたんだ! わがしってすげーんだな!」


 楽しそうなアルマを穂乃果は優しく見守る。


「でしょう? でもねアルマ君、和菓子は色んな人が関わっているのよ? 小豆や小麦粉とかの材料を売るお店がなければ作れないし、それを作る農家さんや業者さんがいないとそもそも作ることすらできない。売るお店がないとみんなに提供できないし、技術がなければ形すらならない。何か一つでも欠けていたら、和菓子は上手く出来ないのよ。和菓子だけじゃないわ。どんな時でもそう。誰か一人、何か一つ、たったそれだけが欠けていたら、あっという間にバラバラ。チームワークって大切なのよ」

「!」

「アルマ君も今の社会を生きるためにも、チームワークってのは大切だってこと、ちゃんと学ばないとね」


 穂乃果にその件を話したわけでもないのに、何故か見透かされていた。いや、見透かされたと言うより、核心を突いたと言った方が正しい。美香のために一人で戦っていたアルマにとって、そのキーワードは重くのしかかる。アルマは胸に手を当てて空を見上げた。


「チームワーク……」

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