6湯目 カノン砲
無事に、草津温泉の日帰り温泉には着いたが。
「大丈夫か、瑠美。随分遅かったが」
心配そうに声をかけるまどか先輩に、私は立ちゴケしたことと、湿布を買ってきたため、送れた旨を説明。
しかし、花音ちゃんは、
「立ちゴケとは、情けないですね。しかも先輩、そんなめっちゃ速そうなバイクに乗ってるのに、『宝の持ち腐れ』じゃないですか」
無愛想な表情のまま、シニカルに、突っ込みを入れてきた。
さすがにまどか先輩が、
「おい、そんな言い方はないだろ」
と注意しにかかるが、私が手で制していた。
「いいんですよ、まどか先輩」
「しかしな」
手で制した上で、私は改めて小さな後輩を見た。彼女に少し興味が湧いていたからだ。
「花音ちゃんは、速いね。やっぱり小さい頃から、ポケバイやってたからかな」
「まあ。でも、実は公道で走るのはちょっと苦手なんですけどね」
「そうなの? 意外」
「ええ。だって、普段はレース場で走ってますからね。当然、信号機なんてないんです。信号機もあり、人も車も飛び出してくるかもしれない。下道は特に苦手ですね」
日帰り温泉施設に入って、風呂場に行く道すがら、私は彼女と並んで会話を続けた。
「それに、公道で違反したら、レース出場にも影響が出ます」
そう言ってる割には、彼女は公道でかなりのスピードを出していたが。
ただ、きっと、花音ちゃんは、「不器用な」だけで、そう悪い子ではない。そういう思いが私の中で、浮かんできたし、彼女を改めて勧誘したいと思い始めていた。
まどか先輩は、そんな私に、特に何も言おうとはしなかったが。
日帰り温泉施設は、ラウンジカフェやレストラン、広い無料休憩所まである、オシャレで綺麗な施設だった。
早速、その温泉に入ってみる。脱衣所から外に出ると。
不思議なことに、小さな浴槽が4つ並んでいた。
ここ、草津温泉では、古くから「合わせ湯」という伝統的な入浴方法が伝わっているらしい。
つまり、温泉の豊かな成分を水で薄めることなく、自然冷却して適温になるように、源泉が浴槽を順々に巡っているため、その順番に入って行くというものだ。
ぬる湯から少しずつ体を慣らすという意味もあるらしい。
一通り、この合わせ湯を終えて、大浴場、そして露天風呂に出る。
この日、温泉博士の琴葉先輩はいなかったが、私にもわかるほど、ここの温泉は特徴的だった。
恐らく酸性が強いのだろう。少し肌がピリピリするようなお湯で、しかもなかなかの熱さを持っている。
3人で並びながらも、まどか先輩は、私の左足のことを心配してくれたが。
「大丈夫ですよ。骨までは行ってません。帰った後に、念のために、病院に行きますよ」
私は軽く流しつつ、まどか先輩に彼女のことを聞いてみる。
「それで、まどか先輩、花音ちゃんはどうでしたか?」
「どうって?」
「走りとか、バイクに対する情熱とか?」
「ああ。まあ、確かにこいつは速いな。今まで、ウチの同好会にはいなかったタイプだ。『カノン砲』ってところだろう」
「カノン砲?」
「知らんのか。大砲の一種だよ。長射程で、初速が速いと言われている。つまり、長距離走れて、加速が速いこいつにはピッタリのあだ名だろ?」
「いや、変なあだ名つけないで下さい」
さすがに、女の子に「大砲」のあだ名はないだろう。花音ちゃんは、明らかに嫌そうな顔をしていた。
同時に、まどか先輩は相変わらず男の子みたいに、妙にミリタリーに詳しい。
「それで、花音ちゃんは? 楽しかった? 温泉ツーリング同好会、どうかなぁ?」
私は、出来るだけ優しい声で、彼女を試すように質問を投げかけたが。
一拍置いて、少し考え込んでいた彼女が、おもむろに口を開いた。
「まあ、温泉はともかく、色んなところに行けるってのは面白いかもですね。それに、一応、間接的とはいえ、私が先輩の立ちゴケの原因にもなったみたいですし……」
なるほど。律儀にも責任を感じているらしい。
とっつきにくそうな子だが、そこまで性格が悪いわけでもなさそうで、私は安心していた。
「じゃあ」
「仕方ないですね。体験入部ということで、仮で入ります」
「ホントに! 良かった!」
「よし、さすがカノン砲!」
「だから、カノン砲はやめて下さいって!」
「あはは!」
露天風呂に三人の笑い声が満ちていた。
一見すると、どこかとっつきにくそうな、シニカルな子だが、少しでも距離は縮めたい。
そう思った私は、
「先輩、じゃ誰かわからないから名前で呼んで」
と要求すると、
「じゃあ。えーと。る、瑠美先輩」
照れながら、伏し目がちに申し訳なさそうに告げる彼女が、少し可愛らしく見えた。こういうのに慣れていないところが、初々しい。
さらに、帰り際、石段で猫を見つけた彼女が、その猫に気を取られ、おもむろに猫の方に歩いて、しゃがみ込み、ゆっくりと手を伸ばしていた。
しかも、その猫はおびえるどころか、彼女になついてしまう。その猫の頭を撫でる彼女が、今まで見たことがないくらいの満面の笑みを浮かべていた。
「猫、好きなの?」
少しだけ意外な一面だった。
「ええ、まあ」
照れ笑いを浮かべる小さな花音ちゃんは、可愛らしかった。動物好きに悪い人間はいないという。
一見すると、とっつきにくいし、不愛想で、交通ルールも守らないところがある。
おそらく、真面目な琴葉先輩辺りは嫌がりそうだけど、フィオあたりは喜びそうだ。
ただ、この子は、シニカルだけど、根は優しいというか、素直な部分もある。
何より、この小さくて、可愛らしい、猫のような小動物系の容姿が、私の感性を刺激していた。
こうして、ポケバイ経験者のレーサー志望、小さな「カノン砲」こと、夜叉神花音が加入する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます