第4章 廃部の危機

17湯目 危機を告げる人物

 花音ちゃんと鳥居さんの勝負については、私たちはこのレースコースを一周して、平湯インターチェンジに戻った時に、もちろん聞いたが、彼女たちからはだいぶ遅れて、およそ1時間20分後に到着。時刻はすでに、午後4時を回っていた。


「遅いですよ、もう」

 不機嫌な猫のような丸い目で、頬を膨らませて花音ちゃんに睨まれていたが、私はなんだかそんな彼女が無性に可愛らしく思ってしまい、自然と彼女に近づき、背後からそっと抱きついていた。


「ごめんね、花音ちゃん。寂しかった?」

「別に寂しくないです。ていうか、あまりに遅いから温泉に入りに行ってました。あと、離れて下さい」

 そう口にしながらも、恥ずかしそうに目を伏せ、決してこちらを向こうとしない、花音ちゃんが可愛らしいと思うのだった。


「そっかー。温泉、気に入ったんだね。良かった。これであなたも立派な、温泉ツーリング同好会の一員だよ」

 私と花音ちゃんのやり取りが、おかしかったのか、まどか先輩とフィオは、


「じゃれるなよ」

「仲いいネー」

 とからかっていたが、琴葉先輩だけは、


「良かった。怪我がなくて」

 と安堵の表情を浮かべていた。


 勝負の結果を耳にして、一番驚いていたのは、その琴葉先輩だったが。


 とにかく、私たちは彼女たちのお陰で、飛騨のツーリング自体を楽しめたのは確かだった。


 途中、色んなところに寄り道していた。

 道の駅、旧遠山家の合掌造り、白川郷など。


 時間が時間なので、そろそろ宿に向かうことにして、彼女たちとは別れることになったが。


「助かったよ。お前たちのお陰で楽しかった」

「ワタシもー。飛騨っていいところだネ」

 まどか先輩と、フィオが明るい声を上げ、


「本当にありがとうございました」

「お世話になりました」

 私と琴葉先輩も軽く頭を下げる。


「いいよ、いいよ。私たちも楽しかったしね。また飛騨に来たら、連絡してよ」

 そう明るい声を上げる馬籠さんは、最後まで親しみやすい笑顔を浮かべていた。


 一方の、花音ちゃんと鳥居さんは。

「いい勝負だったな」

「そうですね。次はサーキットで会いましょう」

 どこの格闘漫画のヒーローか、というくらい爽やかな笑顔で、互いの健闘を称え合い、握手を交わし、さらに連絡先まで交換していたのが、印象的で、逆に私は笑えてくるのだった。


 とにかく、その日はフィオが予約したという、奥飛騨温泉郷にある宿に向かった。


 彼女は、宿選びのセンスがいいのか、それとも単にたまたまなのかはわからなかったが、古い日本家屋をリノベーションした、純和風のその宿は、随分と快適なものだった。


 一泊して、後は帰るだけとなり、帰路は順調に山を越えて、山梨県甲州市へとたどり着いた。


 しかし、無事に帰宅した翌日の月曜日。

 私たちを待っていたのは、意外な人物と、意外な通知だった。


 月曜日の放課後、部室に行くと、すでにまどか先輩、琴葉先輩、そしてフィオが集まっていた。花音ちゃんはまだ来ていなかった。

 そして、そこにいたのは、珍しい人物だった。


「おう、大田。来たか」

 久しぶりに再会した、あの分杭由梨先生だった。相変わらず、理科教師のように、白衣を着ているが、実は美術教師の彼女。何やら、珍しく深刻そうな表情に見えたのが少し気になった。


「これで、後は新入生だけか」

「そうだけど。そう言えば、由梨ちゃん。カノン砲には会ったことないんだっけ?」


「カノン砲? 何だ、その物騒な名前は。戦争でも始めるのか?」

「違いますよ、先生。夜叉神花音。今年、入った1年生です」

 まどか先輩の代わりに、琴葉先輩が説明していた。


「ああ、なるほど」

 と言ったきり、やはり深刻そうに何かを考え込んでいるような分杭先生。


 まもなく、その花音ちゃんが、

「お疲れ様です」

 と言って、ドアを開けて現れたが、分杭先生は、軽く自己紹介をしただけで、すぐに本題に入るのだった。


 彼女は、私たち全員をパイプ椅子に座らせると、おもむろに告げた。

「お前ら、よく聞けよ。ここままだとここは『廃部』だ」


「はあ?」

「廃部って、本当ですか?」

「えっ。なくなるの?」

「どういうことですか?」

 四者、つまりまどか先輩、琴葉先輩、フィオ、私が反応するが、花音ちゃんだけは、


「廃部。別にいいんじゃないですか」

 と、意にも介さない。そもそも入ったばかり、それも渋々ながらも入った彼女はこの中で一番、この同好会に対する「愛着」がない人間であることは間違いない。


 私たちにとってはまさに「寝耳に水」の情報だが、しかし、分杭先生は、静かに語るのだった。

「まあ、これについては、そもそもこの同好会の成り立ちから、話すしかないか。面倒だが、話してやる」

 渋々ながらも、彼女は語り出す。


 彼女の背にホワイトボードがあったが、さすがに琴葉先輩のように、マーカーを使って書いて説明するようなことはなかったが。


 彼女の口から、衝撃の事実が語られることになる。

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