第9章 卒業旅行
40湯目 卒業ミステリーツアーについて
そこから先は、「受験」が最大の壁として立ちはだかることになった。
実際、あのいい加減なまどか先輩も真剣に勉強を始め、フィオはフィオで、調理師免許の勉強を始め、真面目な琴葉先輩は、言わずもがなの状態だった。
つまり、私たちは「集まる」機会がなかった。
おまけに、唯一の1年生の花音ちゃんは、父親と一緒にレースに参加することが多くなり、次第にツーリングや温泉に行く機会自体が大幅に減っており、私は一抹の寂しさを感じながらも、ソロでツーリングを楽しむ日々が続いた。
そんな状態がしばらくずっと続いて、いつの間にか年が明けていた。
2030年、2月。
センター試験を終えたまどか先輩と琴葉先輩が久しぶりに部室に来たことから、事態は想像の斜め上を行く、意外な方向に動き出すのだった。
その日、色々と2人から話を聞き、まどか先輩は試験に自信がないが、琴葉先輩はやりきったようなことを耳にしているうちに、夕方になり、フィオが合流。
さらに遅い時間になって、花音ちゃんも合流し、ようやく全員が揃った頃。
不意に、部室に現れた白衣姿の、科学者のような格好の先生、分杭先生の一言がきっかけだった。
「お前らももうすぐ卒業だな。卒業旅行にでも行くか? 連れてってやる」
「由梨ちゃん。卒業旅行なら、あたしらだけでバイクで行くよ」
遠まわしに、先生の提案を「否定」しているようなまどか先輩の表情が曇っていた。
「私は遠慮しておきます」
一方、青ざめた表情を浮かべる琴葉先輩は、恐らく前に聞いた話だと、先生の車に乗ってトラウマのようにショックを受けたらしいから、それがフラッシュバックしていたのかもしれない。
「バイクなんて危ねえだろ。つーか、せっかくだから私が連れてってやるって言ってんだ」
と、分杭先生は妙に乗り気だった。
「バイクが危ない」なんて言われても、今さらだし、私にはそれ自体が、分杭先生の本音ではないという直感があった。
要は、彼女は車に乗る口実を見つけたいだけだろう。
「いいネ! 先生、どこに行くの?」
一番乗り気なフィオは、無邪気で可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「ああ。その辺はテキトーに後で決める」
「車なんてダルいです。大体、全員入るんですか? 定員オーバーでは?」
花音ちゃんの一言に、分杭先生は、ハッと我に返ったように、
「そういや、そうだな」
と頷いていたが、試しに私が、
「先生。なんていう車に乗ってるんですか?」
と興味本位で聞いたのがマズかった。
見る見るうちに、分杭先生の顔が明るく豹変し、
「おう。ランエボだ。それもファイナルエディションだぜ!」
めちゃくちゃ嬉しそうに、スマホの画像を見せてくれた。
白い流線形の車体、4ドアに、後ろにはウィングがついている。
私は、父から噂程度には聞いたことがあったが、それが「三菱 ランサーエボリューション」のファイナルエディションらしかった。
しかも、
「すごい車ですね。何ccですか?」
まるでバイクの排気量を聞く「ナンシーおじさん」のように、花音ちゃんが食いついていた。
「2000ccだ」
「2000。すごいですね。でも、これ5人乗りですよね。私ら全員と先生だと入りきらないのでは?」
花音ちゃんの突っ込みに、すかさず反応したのが、琴葉先輩で、彼女は、真っ先に手を挙げて、
「私は、不参加でいいです」
と主張していたが、それに「待った」をかけたのが、他ならぬ分杭先生だった。
「ダメだ。何言ってやがる。3年生は主賓だろ。お前がいないと話にならねえ」
まるで、忘年会に参加する幹事のように、彼女は琴葉先輩の主張をあっさり否定した上で、
「確かにこいつは5人乗りだ。だから、正丸先生にも手伝ってもらう」
大胆というか、図々しいというか、彼女は、わざわざ大学教授で、なおかつ自分の恩師でもある、山梨大学の正丸先生にも車を出してもらうことを、計画しているらしい。
その証拠に、その後、速攻で電話をかけて、了承を取り付けていた。
(まあ。あの先生なら来そう)
と私が思ったのは、正丸先生には女好きなところがあるように感じていたからだ。
ということで、早速、誰がどちらの車に乗るか、をじゃんけんで決めることになった。
分杭先生の車には3人、正丸先生の車には2人が乗ることになる。
まだ、「いつ行くか」も「どこに行くか」も決まっていないのに、早くも「車争い」が勃発していたが、その理由は、後で痛いほどわかることになる。
結局、結果として私は分杭先生の車に乗ることになり、そこにはフィオ、琴葉先輩が便乗することになった。
残った正丸先生の車には、まどか先輩と花音ちゃんが乗ることに決まる。
ちなみに、正丸先生の車は、軽自動車のスズキ ハスラー。どんな運転をするかは知らないが、まあ、確かにあちらの方が「まとも」な気がしていた。
そして、目的地が決まらないまま、この奇妙な「卒業ミステリーツアー」の計画だけが進行していったのだった。
その先には、私が体験したことがない世界が待っていたのだった。
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