43湯目 来年の課題

「来年ですか?」

 唐突に、酒が抜けたような、真剣な目で、彼女が言った言葉を、私が反芻していた。


「ああ。このままだと、大田と夜叉神の2人だけになる。同好会既定で最低4人はいないと解散になるのは知ってると思うが」

 そう言えば、去年の今頃もまったく同じことで問題になっていた。


 常に「人手不足」なのだ、この同好会は。まるで人手不足でひいひい言ってる、どこかの中小企業みたいだ。


 と、思っていたら、

「由梨ちゃん。『来年の事を言えば、鬼が笑う』だよ」

 まどか先輩があっけらかんと言ってのけていたが。


「バカやろう。お前は卒業するからいいが、残されたこいつらがかわいそうだと思わんのか」

 さすがに分杭先生にたしなめられていた。


「第一、あと1か月しかない」

 現在、3月。


 来月には、新学期が始まってしまう。


「期限的にはいつまでですか?」

 との、琴葉先輩の質問に、分杭先生は、


「引っ張っても5月いっぱいかな」

 と答えていた。


 悩ましいのは、もちろん私だ。むしろ花音ちゃんは、

「別にいいんじゃないですか。解散しても。私は、温泉より、サーキットに行きたいです」

 と、一番乗り気ではなかったからだ。


 だが、私は残る高校生活1年を、有意義に過ごしたいから、この同好会の存続を願っていた。


「花音ちゃん。後輩のバイク乗りの知り合いとかいないの?」

 試しに聞いてみたら、彼女は溜め息をついて、


「瑠美先輩。陰キャで走ることしか能がない、私にそんな友達いると思いますか?」

 自虐的に返されてしまった。


 つまり、彼女はまったく期待が出来ない。


 そこで、

「じゃあ、先輩たちは?」

 一応聞いてみたが。


「あたしは、いないな」

「私も」

 まどか先輩と、琴葉先輩は首を振る。


 フィオは、不気味にニヤニヤしていたが。

「大丈夫ネ! いざとなったら、私がこっそり入るから!」

 意味不明なことを口走っていた。


「何言ってるの、フィオ?」

「だから、私がこっそり制服着て、侵入して同好会に入った振りして活動する」


「バカやろう。無理に決まってんだろ」

 さすがに、分杭先生に止められていた。


 しかし、そうすると、「当て」がないのは事実。


 困ったように、全員が押し黙ってしまった。

 その時だ。


 妙にひょうきんというか、呑気な声がかかった。

「悩み事があるというのは、若者らしくていい。大丈夫だよ。心配しなくても、バイクに乗りたい、っていう人は、常に一定数いるものさ」

 正丸先生だった。


 それを横目で見ていた、分杭先生が、

「ありがとうございます」

 と一応は礼儀正しく述べた後、


「お前ら。そういうことだ。別に『バイクに乗ってる』奴じゃなくてもいいんだ。これから『乗るかもしれない』という、少しでもバイクに興味がある奴でもいいから何とかして入れろ。いいな」

 その一言に、私は頷いた。


 先のことは誰にもわからないのだ。



 そんなこんなで、卒業旅行は終わり、私は先輩たちと別れることになった。

 もちろん、フィオとの別れが一番辛かったのは言うまでもない。


「フィオ。本当に楽しかった。ありがとう」

 そう涙目で告げていた私に、彼女は、そっと優しく抱き着いてきて、初めて逢った時と同じような、天使のような瞳を向けてきた。


「こっちこそ、楽しかったヨ。卒業しても、ワタシたちはずっと友達。また、ツーリングに行こうネ!」

 彼女との出逢いこそが、私のバイクライフにとっては、最大の「収穫」なのかもしれない。


 もちろん、彼女たちとも。

「まどか先輩。先輩に誘われなかったら、私はこの同好会に入ることも、バイクに乗ることもなかったでしょう。本当に感謝しています」

 礼儀正しく言ったつもりだったが。


「ああ。堅苦しいな。そんなの気にすんな。世の中には二種類の人間しかいないんだ。『バイクに乗る人種か、乗らない人種』。つまり、原付とはいえ、バイクに乗ってた時点で、お前はこっち側の人間だったのさ」

 ある意味、豪放磊落で、大雑把で、適当な彼女を象徴するセリフだった。


 一方。

「大田さん。バイクの運転には、常に大きな危険が伴うわ。いつでも、どこでも油断せずに、『先を読んで』行動するのよ。それが一番事故に遭わない方法よ」

 琴葉先輩は、最後まで私の心配をしてくれるのだった。


 最初は、とっつきにくい人だと思ったが、付き合っていくうちに、優しいお姉さんみたいな人だと思うようになっていった。


 私には、兄弟や姉妹がいないが、こういう人を「姉」に持ちたいと思うのだった。


「ありがとうございます。琴葉先輩には、色々とお世話になりました」

 最後まで彼女は、しっかり者として、部、いや同好会を率いてくれた。

 同好会の一番の、良心と言っていい。


 先輩たちは、無事に卒業していった。



 そして、時は流れる。

 2030年4月。


 古い校舎を見上げながら、一人呟く、ショートカットの少女がいた。

「にしても、古い高校やな。こないなとこで、ホンマに大丈夫やろか」

 特徴的な、関西弁をしゃべる少女。


 一見すると、中学生に見えなくもない、小柄な少女だが、活発に見えるショートカットと、引き締まった体躯が特徴的だった。


 同時に、少し離れたところで、同じように校舎を見上げ、

「わたくし。こんなに古い高校だとは思いませんでしたわ」

 お嬢様的な口調で、独り言を呟くショートボブの少女。


 こちらは、優雅に見える所作が、どこかの金持ちの令嬢的な雰囲気を感じさせる。身なりがいい、身長160センチくらいの少女だった。


 同じようなタイミングで、呟いた2人の視線が合っていた。


 この出逢いが、きっかけだった。


(温泉ツーリング同好会へようこそ 3rdに続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

温泉ツーリング同好会へようこそ 2nd 秋山如雪 @josetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ