19湯目 廃部を救う方法

 問題の焦点は、「どうすればこの同好会が存続できるか?」だが、それは同時に「どうすれば金を手に入れられるか?」に繋がる。


 部活動というのは、通常は学校という組織に所属しており、部費は琴葉先輩が言うように、大抵は生徒会やPTAが管理していることが多い。


 つまり、毎年、予算会議をやって、部あるいは同好会側が、「こういう理由で、これくらいの予算が欲しいです」と提案して、それを話し合って決める。


 琴葉先輩が言うには、確かに「温泉ツーリング同好会」も少ないながらも、一応は予算は割り当てられていたが、何の「成果」も残していない、温泉ツーリング同好会は、生徒会から冷遇され、部費は文字通り「雀の涙」だった。

 だが、それとは別口で、「謎」の金が振り込まれており、それが分杭先生が言う「出資者」の金だった。


 その「出資者」の金の比率が大きく、実はそのお陰で、同好会のツーリングや温泉費用は持っていたという事実があった。


 それが無くなると、一気に予算がなくなり、最悪活動休止、廃部もあり得る。

 それにそもそも、目立った「成果」を残してないこの同好会は、常々、生徒会から目をつけられているらしく、予算を大幅に削られているし、今後さらに削られるかもしれないというのが、会計係の琴葉先輩の説明からわかるのだった。


「マジかよ。どうすんだよ、これ」

 明らかに狼狽して、頭を抱えている会長殿に代わって、私が思っていることを提案することにした。


「ですから、目立った成果を上げればいいんじゃないですか?」


「だから、それがわからんだろーが」

 まどか先輩に鋭く突っ込まれるが、私には私なりの「案」が密かにあった。もっともこの「案」自体が「賭け」に近かったが。


「せっかく『温泉ツーリング同好会』って名乗ってるんですから、温泉に行って、その体験談をレポートとしてまとめるのはどうでしょうか?」

 至極まともな意見だったのが、意外だったのか。


 まどか先輩が、目を見張っていたが、私の提案に乗り気になったのは、琴葉先輩だった。


「それ、いいわね」

「ですよね? 確か、『温泉学』っていう学問もあるんですよね。そのレポートをまとめれば、学校祭でも展示出来ますよね」


「いい案ね。どうですか、先生?」

 琴葉先輩が目を輝かせて、分杭先生に迫る。


 しばらく考え込んでおり、顎に手を当てていた分杭先生だったが、やがて、決心したように小さく頷いた。

「よし。まあ、現状はそれで行くしかないか」

 そう呟いたと思ったら、おもむろに携帯電話を取り出し、私たちには「待ってろ」と手で制したと思ったら、電話をかけ始めた。


 私たちが、沈黙する中、狭い部室に分杭先生の、思ったより綺麗で、丁寧な口調が響き渡る。


「あ、正丸しょうまる先生ですか。私です。分杭由梨です。どうもご無沙汰してます」

 電話先の相手は、どうも先生よりだいぶ年上の教師らしく、普段どちらかというと、いい加減で、適当な感じのする、まどか先輩に近いような、おまけに普段からどちらかというと「口が悪い」分杭先生が、見たことがないくらいに、丁寧な口調で「先生」と呼んでいるのに、ものすごい違和感を私は感じるのだった。


「いえいえ、先生。そんなことないですって」

 しかも、何故か本筋とは関係なさそうな話で盛り上がっており、分杭先生が自然と笑みを漏らしていた。


(珍しい)

 こんな先生を見るのも珍しいのだが、世間話が終わると、ようやく彼女は本題に入ったようだ。


「はい。先生がお忙しいことは、重々承知しております。お時間のある時で、構いませんので。はい、はい。そうですか。ありがとうございます。では、後日改めて伺わせますので」

 そう言って、電話では相手が見えないのに、丁寧に頭を下げて、電話を切る辺りが、日本人的な感じがしたが、私が気になったのは、最後の「一言」だ。

 「伺わせます」。つまり、彼女は、私たちに「向かわせる」つもりなのだろう、と。その正丸先生の元へ。


 そう予想していると、電話を切った彼女が、

「私が大学時代にお世話になった、正丸先生という教授がいる。地域社会学という学問の研究をしててな。温泉にも詳しい人だ。その人に、レポートを書いて提出する。それが一番手っ取り早いな」

 と言ったことに、鋭く反応したのは、まどか先輩だった。


「え、由梨ちゃんって大学出てたの? ヤンキーなのに」

「出てるわ! 大体、教員免許取るために大学行ったんだぞ。あと、ヤンキーじゃねえって言ってんだろ」

 瞬間、漫才コントのように、まどか先輩の一言に鋭く突っ込む分杭先生が、少しだけ面白く見えた。


「でも、分杭先生」

「なんだ、三國」


「その、正丸先生という方は、どちらの大学にいらっしゃるんですか?」

 琴葉先輩の問いに、分杭先生は、どこか懐かしい物でも眺めるかのように、遠い目をして告げるのだった。


「山梨大学。私の母校だよ」


 山梨大学。

 源流は、江戸時代の昌平坂しょうへいざか学問所の分校として、1795年に誕生した徽典館きてんかんだという。

 他の国立大学、つまり旧帝国大学を源流とする国立大学よりは、知名度は低いが、国立大学であり、日本では非常に珍しいワイン専門研究所である「ワイン科学研究センター」を擁している。

 場所は、甲府市武田4丁目にあり、ちょうど、武田氏の居館があった「躑躅ヶ崎つつじがさき館跡」、現在の武田神社に向かう道の途中にある。


  甲州市からは、電車で20分だが、バスを乗り継いだり、歩きが入る分、それにプラスして時間がかかるため、実はバイクで行った方が近い。バイクだと片道30分くらいで行けるらしい。


 かくして、私たちは、地域社会学の教授がいるという、その山梨大学に向かうことになってしまうのだった。

 もちろん、アポは先生が取っていた。しかも勝手に。


 事態は急転直下を迎える。

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