4湯目 花音ちゃんの真実

 その日の放課後。再び、私は、不思議な少女、夜叉神花音に会うために、学校の校門横にある、自転車駐輪場へと足を運んだ。


 彼女の姿は、すでにそこにあった。


 こういう時、バックレても全然不思議ではないし、別に約束を破ってもペナルティはないのだが、変なところで真面目な子だと思ったが、悪い気はしなかった。


「あ、先輩」

 口は悪いが、一応、私のことを先輩とは認めてくれているようで、軽く会釈をしてきた。


 よく見ると、大きな目と、二重瞼で、可愛いのに、このとんがった性格で、損をしている気がする。


 その同好会部室へ向かう途上、彼女からの質問に私が答えることになった。


 曰く。

 活動内容は。具体的にどこに行くのか。週に何回くらい温泉に行っているのか。スピード制限は。などなど。


 なんだかんだで、少しは興味を持ってくれているようで、嬉しくはあるが、逆に単に断るための口実を探しているだけなのかもしれない。

 何しろ、我が同好会には、「大会」や「レース」のようなわかりやすい優劣を競う物はないし、他の部活動のような「達成感」みたいのが少ないのだ。


 早速、部室に着くも、珍しいことに、そこにはいたのは、まどか先輩の姿だけだった。


「あ、この間の……」

 花音ちゃん ―さすがに夜叉神さんは呼びにくいので、私は花音ちゃんと呼ぶことにした― は、すぐにまどか先輩とは一度会って話したことに気づいたようだ。


「よう」

 同様にまどか先輩も気づいたようだ。いつも通りに明るい笑顔を見せていた。


「お二人はどうしたんですか?」

「ああ。琴葉は進路相談。フィオは用事で先に家に帰った」

 つまり、今日、この場にいるのはこの3人だけ。


 そこで、私は事前にLINEでまどか先輩に伝えたように、ひとまず彼女と話をして欲しいと願うのだった。


 まどか先輩は、パイプ椅子に座ったまま、花音ちゃんを対面で座らせ、先程、私が花音ちゃんから受けた質問の一つ一つに的確に答えを返していた。


 それを聞いても、花音ちゃん自身は、あまり興味を示したようには見えなかったが。


 そして、その感情の機微に彼女は気づいたのだろう。


 面白い提案を始めるのだった。

「夜叉神花音と言ったな」

「はい」


「お前、誕生日は?」

「4月5日ですけど」


「早いな」

「えっ。私と同じ日!」

 まどか先輩と私の声が重なっていた。


 そう。私の誕生日が4月5日。丁度、全く同じ誕生日の1年後に彼女は産まれたのだ。すごい偶然だと思うと同時に、少しだけ「運命めいた」物を感じるのだった。


「はあ。まあ、先輩と同じ誕生日というのは、ともかく。それが何なんですか?」

「この後、普通二輪免許を取る予定は?」


「もちろんありますよ。私は早く、レーサーになりたいんです。だから、日常的にバイクに慣れておきたいんです」

 彼女の瞳は、真剣で、将来への展望を語る表情に嘘は見えなかった。つまり、本気で将来的に「レーサー」になりたいらしい。言い換えれば、「本物の」バイク乗り、「プロの卵」なのだ。


 私たちのような、「遊びで」バイクに乗っている人間とは、確かに「前提条件」から違うのだった。これは確かに彼女が尻込みする理由がわかると思うと同時に、勧誘の難しさを実感した。

 のだが、まどか先輩は違ったらしい。


「じゃあ、免許を取って、納車してからでいい。あたしらと一緒に、草津に走りに行こうじゃないか」

 いきなり、そう提案した。


「はあ? 草津? って群馬県ですよね? 何でですか?」

 その疑問は、私も同感だった。


 そりゃ、温泉ツーリング同好会だから、草津温泉に行っても、何の不思議もないのだが、何故わざわざ、まどか先輩は、花音ちゃんが免許を取得してから、一緒に草津に行くことを望んだのか。


「行けばわかる」

「はあ? 意味わかんないんですけど」


「行くのか、行かないのか、どっちだ?」

「まあ、行くだけなら」

 まどか先輩に鋭く突っ込まれ、渋々ながらも花音ちゃんは、頷いていたが、正直あまり乗り気には見えなかった。


 その真意は、花音ちゃんがはぐらかした為、この段階では全くわからなかったが、やがて月が明けて、ゴールデンウィークが過ぎた後、ようやくわかるのだった。

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