第5章 伊豆半島と温泉
22湯目 二人旅の出発
7月。夏になった。
私は、相変わらずこのよくわからない活動をする「温泉ツーリング同好会」に参加して、日々、色々な温泉に行っていたが。
上級生である3人の3年生は、この辺りから忙しくなってきていた。
高校3年生ともなれば、「進路」が重要になってくるし、我が校は、別に推薦枠で付属の大学に進学できるなどの「特権」的なものがない。
つまり、将来のことを色々と考えると、こんな活動をやっている余裕がなくなってきたのだろう。
特に真面目な琴葉先輩は、放課後はしょっちゅう塾に通って、講習を受けていたから、部室自体にあまり来なくなっていた。
まどか先輩は、いい加減に見える割には、意外と将来のことを考えているらしく、整備士の資格を取るための勉強をしていた。
フィオは、一番いい加減で、店を継ぐだけだったから、暇がありそうに見えて、調理師免許のための勉強をしていた。
つまり、部室に行っても、私と花音ちゃんの二人きりになることが多くなった。
そんなある夏の日。
ちょうど、梅雨明け宣言した直後くらいの、7月下旬。もうすぐ夏休みという頃だった。
「瑠美先輩」
部室に行くと、珍しく彼女の方から声をかけてきた。
「何?」
「今度、伊豆にツーリングに行きますが、一緒に来ます?」
珍しい。
いつも、あまり乗り気ではなく、自分から誘うことなんてほぼない彼女の方から聞いてきた。
なので、私は喜んで首肯していた。
「いいよ! いつ行くの?」
花音ちゃんは、猫のような目を、自身の携帯電話に向けて、カレンダーを開くと、
「そうですね。次の日曜日がいいですね」
と言ってきたので、私は、彼女の要望を受け入れて、その日にツーリングに行くことを約束するのだった。
そして、その日がやって来た。
待ち合わせ場所は、いつも使っている塩山駅近くのコンビニ。よくメンバーで集合するのに使う場所だが、今日は二人きりのツーリングになる。
彼女は、私より早くに来ており、もうコンビニ駐車場に着いて、手持ち無沙汰気味に、携帯をいじっていた。
時刻は、午前7時だったが、早くも真夏の太陽が強烈な日差しを地面に届けていた。
「おはよう。早いね」
ヘルメットを脱いで、彼女に声をかけると。
「おはようございます」
相変わらず、不機嫌なボス猫のような目をした彼女が、むっつりとした顔を浮かべていた。
「それで、花音ちゃん。温泉には行くの?」
一応、温泉ツーリング同好会という「建前」があるから聞いていたが、そもそも花音ちゃんは「ツーリングに行く」としか言ってなかった。
「まあ、ツーリングがメインですが、一応、考えてはいます」
温泉はついで、のように言っていた彼女の言動が気になって、
「どこ?」
と聞いたら、
「後で教えますよ」
と妙に隠そうとする。何だか気になる言動ではあったが、放っておいた。
彼女の格好は、いつものようにレーシングスーツ上下だったが、今日は珍しく黄色のラインが入った、黒を基調としたレーシングスーツを着ていた。その格好がどこか、伝説のライダー、バレンティーノ・ロッシを思わせる。
そして、それは私の「気のせい」ではなかったと、後でわかることになる。
私はといえば、さすがに暑いので、夏用のメッシュジャケットにチノパン姿だった。
そして、いざ出発となる前。
「花音ちゃん」
「はい?」
「どうせあなたの方がさっさと先に行くだろうから、待ち合わせ場所を決めよう。最初はどこに行くの?」
「そうですね。道の駅伊豆のへそ、で」
「わかった」
地図アプリを開いてみると、その場所とは。
伊豆半島の真ん中より北側の中央に位置する道の駅で、ここから高速道路を使っても1時間40分くらいかかる場所だった。
途中、中央自動車道から富士吉田線、東富士道路を通るが、PAや道の駅はあるにはあった。
通常、ツーリングでは1時間に1回くらいは休むものだが、走りの鬼の彼女は、ほぼ2時間ぶっ続けで走るつもりなのだろう。
私としては、レーサーでもある彼女のそういった性格を予想してはいたから、別に驚かなかった。
そして、いざ出発になると。
やはり最初から、いきなり物凄いスピードで彼女は加速して、さっさと私を置いて先に行ってしまうのだった。
(相変わらずだなあ)
まるで、サーキットを走るレーサーのように、彼女は全く躊躇なくアクセルを回す。
その、あっという間に遠くなる小さな背中を見つめながら私は、ゆっくりと出発した。
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