15湯目 飛騨地方は快適
いきなり始まったこのレース。
両者は、すでにスタートラインについて、戦闘態勢に入り、互いにエンジンを吹かしていた。
―グォオオーン!―
―ガォオオーン!―
山間部に響き渡るエキゾーストノート。
互いのアドレナリンが沸騰しているだろうが、私たちはそれを少し遠い位置から、遠巻きに眺めていた。
ただし、出発の合図をする役の馬籠さんだけは、スタート地点で待機していた。
「位置について!」
両者のバイクが発するエキゾーストノートで、馬籠さんの声が聞きづらいくらいだった。
「よーい、スタート!」
彼女の右腕が振り下ろされた瞬間、まるで競馬の競走馬のように、勢いよくスタートラインから出発する両者。
もちろん、タイミングを見計らい、周りに車やバイクがいないことを確認した上でのレース開始だが、そもそもこの飛騨の山中は、交通量が多くはない。
手前の長野県側の上高地までは、よく渋滞が発生するが、この平湯まで来ると、途端に流れがよくなるのだそうだ。
勢いよく走る両者。先頭に立ったのは、意外にも鳥居さんの方だった。だが、もちろんあっという間に視界の外に消えてしまう。
「元気だなあ」
「事故、起こさないといいけど」
「大丈夫だヨ。あの子、あれで運転は上手だしネ」
まどか先輩、琴葉先輩、そしてフィオ。3人がそれぞれの感想を、自分のバイクの近くで聞いた後、私はすぐに自分の愛車にまたがり、ヘルメットをかぶる準備をしながら、彼女たちに声をかけた。
「皆さん。私たちも行きましょう。何だか、無性に走りたくなりました」
先輩たちは、笑って応じてくれるのだった。
二人の勝負については、後で解説するとして。
まずは、この飛騨地方を走り始めた私たち、温泉ツーリング同好会のメンバーと馬籠さん。
もちろん、先頭を行くのは、地の利に明るい馬籠さんだった。
彼女は、飛騨地方の中心都市である高山市まで走り、そこから一旦、自分の学校に立ち寄った後、飛騨市を経由し、国道472号、国道41号を通り、再度国道472号からこの平湯に戻るという。
つまり、花音ちゃん、鳥居さんがたどる飛騨レースコースよりも、若干小さな円を描いて回る形になる。
まずは馬籠さん、私、まどか先輩、琴葉先輩、フィオの順で続く。
私は初めて訪れた、この飛騨地方を体験したかったので、2番手、実質的には同好会では1番手を志願していた。
そして、
「すっごーい! めっちゃ快適!」
思わず走りながらシールドを上げて叫んでいた。
天気はあいにくの曇り空ながらも、道の両脇には雄大な自然が広がっていた。深く生い茂る新緑の緑、その向こうにはどこまでも続く、雄大な飛騨山脈の山々が青緑色に輝いていた。
おまけに道は1車線だったが、道幅が広い上に、とにかく交通量が少ない。
私たちが住んでいる周辺の国道20号では考えられないくらいに、交通量の絶対量が違いすぎる。
そのため、とにかく走りやすく自然とスピードが出てしまう。
制限速度を軽く超えて、+15~20キロくらいで走っていたが、先頭を行く馬籠さんもまた、私よりも速いスピードでエリミネーターを扱っていた。
正味40分くらいだろうか。あっという間に飛騨地方の中心都市、高山市の市街地に入った。
その高山市の中心部を走る国道158号線沿いにある、一件のコンビニの駐車場に入った、馬籠さんのエリミネーター。
私は彼女のバイクのすぐ隣にバイクを停めて、ヘルメットを脱いだ。
「どうだったかな?」
彼女が柔和そうな笑みを浮かべてくる。
「最高でした! すごく走りやすいんですね」
「それはよかった。飛騨地方はツーリングコースとしては、結構マイナーな部類に入るんだけど、走りやすい場所がいっぱいあるんだよ」
私たちがすっかり意気投合していると、後続の先輩たちが徐々に到着して来た。
彼女たちに向かって、馬籠さんが声をかける。
「じゃあ、私はこれから学校に寄ってから、彼女たちを見に、ゴールまで行くから。君たちはゆっくり回って来ていいからね。この道をずっとたどって行けばいいし、もしわからなかったら、私に電話してきていいから」
そう言って、わざわざ携帯電話の番号まで教えてくれるのだった。
人当たりが良くて、親切。
彼女のお陰で、私たちの旅は順調に思われた。
彼女に礼を言って別れた後も、私が先頭に立つことを志願。
「じゃあ、皆さん。行きましょう!」
いつになく張り切っている私が珍しかったのか。先輩たちは笑って、私に応じるのだった。
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