10湯目 黄金の湯

 結局、出発から4時間以上もかかり、現地に着いた頃には、昼を過ぎていた。


 もちろん、花音ちゃんのCBRはすでに、施設の駐車場に停まっていて、傍らで暇そうに、座って携帯をいじる彼女の姿が目に入った。


「速いネ、花音! いつ着いたの?」

「30分くらい前ですね」


 バイクを停めて、ヘルメットを脱いだフィオが、彼女に近づきながら声をかける。

「さすがだネ」

「まあ、タンデムしてるバイクには負けませんよ。いや、むしろ私は誰にも負けるつもりなんてないですが」

 変なところで、意地っぱりというか。そんな花音ちゃんは見た目とは裏腹に、気が強いところがあったが。


 やがて、こちらも手持ち無沙汰気味に待つ間に、まどか先輩のSR400と、琴葉先輩のVストローム250が、揃って駐車場に入ってきた。


 バイクを降りた後、開口一番に、

「二人とも、捕まらなかった?」

 と気にする辺りが、琴葉先輩らしい。


「よーし! じゃあ、早速入るぞ!」

 一方のまどか先輩は、相変わらず、まるで昭和の社長か何かのように、おっさんくさく、気合いの声を上げて、みんなを先導した。


 建物は、少し武家屋敷風に見える平屋造りで、切妻屋根を持っているが、ここは一応、宿泊施設らしい。


 宿泊がメインだが、日帰り温泉も同時にやっており、そんな中でこの特徴的な「黄金の湯」が有名になったらしい。


 早速、この建物に入り、入浴の受付を済ます。


 中は、改装されたようで、非常に綺麗になっており、いざ「湯」の暖簾をくぐっても、中は広々としており、脱衣所からして、清潔感があった。


 早速、5人では初めての「活動」となる、日帰り温泉に浸かる。

 まだ、足の痛みが引かない私は、テーピングを外し、青紫色に変色した足を気にしながらの入浴となった。


 もっとも、洗い場も広く、内湯からすでに黄金色に輝いている温泉は、見た目からして綺麗だったし、もちろん露天風呂もあった。


 早速、浸かってみると。

 特徴的な黄色いお湯は、肌に優しく、滑らかな触り心地と肌触りが感じられた。一種の「にごり湯」だろうけど、黄色い色が強すぎて、お湯の底が見えないほどに濁っている。


 琴葉先輩に早速聞いてみると、

「ここは塩化物泉ね。各種の傷の回復にもいいし、美肌の湯とも言われてるわね。鉄分を多く含んで、それが酸素と反応して黄金色に変化してるみたい。全国有数の成分量の濃い温泉で、源泉100%のかけ流しよ」

 嬉々として語ってくれるのだった。


 まどか先輩やフィオは、

「おお、こりゃいいお湯だ!」

「サイコーネ!」

 いつものようにテンション高く、はしゃいでいたが、私が気になったのは、もちろん新入生の彼女だ。


「どう? 花音ちゃん? 温泉は?」

 おもむろに近づいて聞いてみるが、彼女はさっきから、まるで表情を変えずに、一言も発していなかった。

 どうも、感情が読み取りづらい子だ。


「まあ、悪くはないです」

 心なしか、表情は和らいだように見えるが、やはり何を考えているのか、掴みづらい。


「速く走るだけがバイクじゃないって言った意味、わかった? あなたは、レースによく出るらしいけど、疲れた時にも温泉はいいんだよ」

「大田さんの言う通りね。ここの温泉には、疲労回復効果もあるし、バイクは全身を使うから、車よりも疲れるのよ」

 私と、琴葉先輩に続けざまに言われて、小さな後輩は、渋々ながらも、


「だから別に嫌いじゃないって言ってるじゃないですか」

 と不満げに呟いた。


 それを見ていた、琴葉先輩が、私の耳元でそっと囁いた。

「大田さん。来年は苦労しそうね。そもそもこの子が再来年、ここの会長になったら『温泉ツーリング同好会』じゃなく『スピードツーリング同好会』になると思うわ」

「あはは……」

 苦笑いすると同時に、来年、再来年のことを考えると、満更彼女の言っていること が「あり得ない」とは言えない辺りが怖いと思うのだった。

 私が卒業したら、必然的に彼女が会長になる。


「あの。どうでもいいけど、聞こえてますよ」

 花音ちゃんに突っ込まれて、私と琴葉先輩は、居所が悪いような気分になって、離れたが。


 溜め息を突きながら、彼女は告げるのだった。

「わかってますよ。公道はサーキットとは違いますし、プロのレーサーの中には、あえて免許を取らない人もいるんです。どうしてかわかりますか?」


「わからないわ。どうして?」

「それはですね。もしレース以外で、違反をしたら、莫大なペナルティーを課せられるんです。だから、レーサーの中には、『走るのはサーキットだけ』と割り切って、あえて免許も取らない人がいるのです」


「なるほどね。まあ、一理あるわね」

 珍しく、琴葉先輩が、この後輩の言葉に感じ入ったように、前向きな一言を発していた。


「ですから、その。琴葉先輩」

「何かしら?」

 珍しい。彼女が琴葉先輩に声をかけていた。


「さすがに、捕まるような無茶なスピードは出さないようにします」

「そうね。それがいいわ。何より、あなたが事故ったら、ご両親が一番悲しむでしょう」


「はい」

 どうやら、二人の間にあった、「わだかまり」が少しはなくなったらしい。そのことに安堵していると、今度は花音ちゃんが私の方に視線を移した。


 そして、おもむろに、冷たい一言を浴びせてきたのだった。

「でも、瑠美先輩は遅すぎますね」

「ええっ。この流れでそれ言う? ヒドくない?」


「ヒドくないです。大体、あなたが乗ってるバイクは、ネイキッドのアドベンチャータイプですが、44PS、390ccもあって、スペックだって私のバイクには負けてないです。それがあんな走りなんて宝の持ち腐れです!」

「いやいや。別に無理してスピード出す必要は……」


「ふふふ」

 珍しい。それを見ていた、琴葉先輩が声を出して、笑っていた。彼女はツボに入ったのか、珍しいくらいに笑顔を見せていた。


「なになに。面白いことでもあったの?」

 それを遠目に見ていたフィオが、乗り込んでくる。


「珍しいな。琴葉がこんなに笑うなんて」

 まどか先輩までやって来ていた。


 私たちは、5人になり、新たな仲間を加えて、活動は続くことになった。


 一応、分杭先生が言うような「1人」は確保できたが、この先はわからないし、来年最低2人は入れないと、この同好会はなくなる。


 だが、先のことは考えても仕方がない。

 運を天に任せるしかないし、私はせめてこの1年で「花音ちゃん」ともっと仲良くなろう。


 そう改めて思うのだった。

 シニカルで、少し意地っ張りで、感情表現が少なくて、人付き合いも不器用。


 でも、不思議と私は彼女のことは、そう「嫌い」ではなかったのだ。

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