温泉ツーリング同好会へようこそ 2nd

秋山如雪

第1章 小さなレーサー

1湯目 新入生勧誘の問題

 2029年4月。

 私、大田瑠美は無事に2年生に進級した。


 そして、4月といえば、新入生入学。

 私は一応、2年生になり、つまりは先輩になる。後輩が新しく入って来るわけで、その中から、この温泉ツーリング同好会に入りそうな人間を探し出し、取捨選択をしなければならないのだ。


 前年度に、顧問の分杭先生に言われたように、今年度に最低でも1人は入部させないと、来年度が大変になるし、下手をすれば、この同好会自体がなくなる可能性がある。


 そんな中、私たちは、放課後を中心に校内を散策し、他の部活動と同じように、自分たちの部活動 ―私たちは、部ではなく同好会だが― をアピールする。


「一緒にサッカーやりませんか!」

「バドミントンで、青春の汗を流しましょう!」

「一度しかない高校生活。是非、一緒にバンド活動を!」


 他の部活動、つまり彼らのような、サッカー部やらバドミントン部やら、軽音楽部などは、それこそ精力的に勧誘していたし、彼らには明確な「アピールポイント」がある。


 だが、それが我が同好会にはない。

 そもそも論として、我が同好会に入る人間は、「バイク」に乗らないといけないと思うのだが、その前提からしておかしい。


 廊下に与えられた、勧誘スペースの端っこで、パイプ椅子に座りながら、私は隣にいる会長殿に改めて聞いてみたくなった。もちろんその真意を。


「まどか先輩」

「何だ?」

 暇そうに、パイプ椅子前に置かれた机に頬杖を突いている彼女に聞いてみると。


「そもそも、温泉ツーリング同好会に入るには、バイクに乗らないといけないわけですよね? でも、考えてみれば、1年生はまだ16歳にもなってないので、バイクどころか原付も乗れないのでは? それでは、一体どうやって勧誘すればいいんですか?」

 今まで、何となく有耶無耶にしてきた問題だが、そもそも去年は、私の誕生日がたまたま4月5日とかなり早く、その影響ですぐに原付に乗り、やがて普通二輪免許を取れたから良かったようなものの、普通に考えると私はかなりのレアケースだ。


 入学しても、しばらくは原付にも乗れない新入生の方が圧倒的に多い。


 すると、

「いいところに気づいたな」

 今さらだと思うが、まどか先輩は、頬杖を崩して、心なしか得意げに顔を向けた。

 ちなみに、この時、琴葉先輩とフィオは、それぞれ別のところで勧誘活動をしていたから、ここにはいなかった。


「お前の言う通り、最初から原付やバイクに乗ってるなんて、期待してないさ。だから、バイクに興味がありそうな奴を探して、勧誘するんだ」

「いや、ちょっと待って下さい。そんなのわかるわけなくないですか? バイクを持ってないのに、どうしてわかるんですか?」


「だからこそ、話を振ればいいんだろ。それで興味を持ってくれれば、そいつは『脈あり』になる」

 まあ、彼女の言わんとしていることはわかるし、別に間違ってはいないと思うのだが。


 逆に言うと、「バイクに乗る」という前提条件を満たすことが最初から出来ないわけでもあり、他の部活動のように、道具さえあればすぐに始められるわけではないだけ、不利になる。


 そう思っているうちにも、まどか先輩が通りかかった新入生たち何人かに、熱心に声をかけるが、いずれの新入生も興味を示してくれなかった。

 それどころか、すぐ隣のスペースを陣取っていた、自転車部にどんどん人が集まっている。


「ちっ。自転車部か。厄介だな。あいつらは、『エコ』とか『地球に優しい』とか『ダイエットになる』とか、いくらでもアピールポイントがあるからな。免許もいらんし」

 隣のスペースを横目に見て、小声で毒づいているまどか先輩。


「そうかもしれませんが、ウチだってアピールポイントはありますよね。『温泉に入れば美肌になれる』とか『ツーリングで綺麗な景色が見れる』とか」


「まあな。しかし、ポイントとしては弱い。その上、いちいち免許を取りに行かないといけない上に、バイクは危ないから、大抵ご両親に反対される」

 まどか先輩は、そう呟いて、盛大な溜め息を突いて、机に突っ伏していた。


 まあ、確かに彼女の言動に間違いはないし、気持ちはわかる。そもそも最初のスタート地点からして、我々は自転車部に負けているのだ。

 要は、女子高生がバイクに乗るのも、それで温泉に行くのも「ハードルが高すぎる」という大きな問題があった。


(これは、ダメかなあ)

 早くも、私自身が、弱気になっていた。


 いくら勧誘しても、人なんて来るわけがない。そう、絶望感にも似た気持ちが漂っていた。


 そんな私は、いつの間にかテーブルに突っ伏したまま寝てしまった、まどか先輩に代わって、密かに勧誘を続けたのだが、結局、その日は誰も話に興味を持って、聞きにきた生徒はいなかったのだった。


 前途は多難だった。

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