第2話 夢オチからの夢みたいなふわふわっな会話

 少年は信じられなかった。

 だって、今まであんなに仲良しだったじゃないか。

 なのに、どうして……。

 少年は混乱したまま、彼女に問い詰めた。すると、彼女は呆気なく白状した。

 少年が好きだと告白された事。そして、他に恋人がいるからと断った事。

 けれど、諦めきれない彼女に対して、ある条件を出したのだという。

 それが、少年を嫌いになる事。

 つまり、自分が振られた原因となった存在である彼を憎む事で、彼の存在を忘れようとしたらしい。

 それを聞いて、少年はショックで泣き崩れた。

 同時に、激しい怒りが込み上げてくる。

 なんで俺なんだよ! 俺は何もしていないだろ!  心の中で叫んだ所で、彼女の耳に届くはずもない。

 結局、彼女は少年の前から姿を消した。

 その後、少年は暫く塞ぎ込んでいたが、次第に立ち直り、普通の生活を送ることが出来るようになった。

 だが、少年の心の奥底に潜んだ闇は消えることはなく、ずっと燻っていたのだ。

 そして今、少年は爆発した。


「ふざけんなよ!! お前なんか大っ嫌いだ!!」


 少年は叫びながら、自らの首を切り裂いた。

 鮮血が飛び散る。

 それと同時に、少年は意識を失った。


 ***


「……はぁ、はあ……!」


 武一は勢いよくベッドから起き上がった。心臓が激しく脈打っている。

 呼吸を整えつつ辺りを見回すと、そこは見慣れた部屋だ。

 どうやら、夢を見ていたらしい。


「なんだ、また同じ夢か……」


 武一は深い溜め息をつく。

 最近、頻繁に見る悪夢。内容はいつも一緒で、最後は決まって自分の死で終わる。

 この夢を見る度に、武一は思う。

 自分は呪われているのではないかと。


「……よし」


 武一は覚悟を決めたように呟くと、部屋の外へ出た。

 階段を降りてリビングへ向かう。


「おはようございます」


 武一が挨拶をすると、台所に立つ母親が笑顔を向けた。


「あら、武一。今日は早いじゃない」


「まあな」


 武一はぶっきらぼうに答えると、洗面所へと向かった。

 顔を洗い、歯磨きをして、寝癖のついた髪を直す。

 そして、最後に鏡の前で身だしなみチェックをした。


「……よし」


 準備が完了した武一は、自室に戻って制服に着替える。

 鞄を手に持ち、玄関へ向かおうとした時だった。


「武一くん?もう行くの?」


 母親の声に、武一は振り返った。


「ああ、ちょっと用事があるからさ」


「そうなの。あんまり遅くならないうちに帰ってきなさいよ」


「分かってるって。じゃあ行ってくるわ」


 武一が靴を履いて外に出ると、そこには一人の少年が立っていた。

 その姿を見て、武一の顔に笑みが広がる。


「お待たせ、祐介」


 そう言って手を振ると、彼も笑って手を振り返してきた。

 彼の名前は佐藤さとう祐介ゆうすけ

 武一の幼馴染であり、親友でもある。

 二人は並んで歩き出した。


「珍しいな。お前が早く学校に行くなんて」


「ああ、ちょっとな。それより、昨日貸した漫画だけどさ―――」


 他愛のない会話をしながら、いつものように登校する二人。

 ただ一つだけ違うのは、二人が恋人同士であるという点だった。

 武一は幸せな気分に浸りながら、隣を歩く祐介の横顔を見た。


(やっぱり、俺はこいつと一緒にいる時が一番幸せだ)


 そんな事を考えながら歩いていると、不意に祐介が立ち止まった。

 不思議そうに見つめていると、彼はこちらを向き、真剣な表情で口を開く。


「武一。実は話があるんだ」


「えっ!?」


 突然の言葉に戸惑う武一。

 しかし、すぐに嬉しそうに微笑んで、「うん。何?」と答えた。

 すると、祐介は一瞬悲しげな顔をした後、ゆっくりと口を開いた。


「俺達、別れようぜ」


 祐介の口から放たれたのは、予想外すぎる言葉だった。

 武一は大きく目を見開き、呆然と立ち尽くす事しか出来ない。


「……どうして?」


 やっと絞り出せた一言。すると、祐介は申し訳なさそうな口調で答えた。


「ごめん……。俺には好きな人がいるんだ」


「そっか……」


 武一は力なく俯いた後、小さく息を吐いてから言った。


「分かった。今までありがとうな」


「……いや、俺の方こそ悪かったな。いきなりこんな事言っちまって」


「気にすんなって。それじゃあ、また学校でな」


 武一は無理矢理笑顔を作ると、その場を離れた。

 一人残された祐介は、寂し気な様子で呟く。


「本当に……これで良かったのか……?」


 やがて、学校に辿り着くと、武一は自分の席に座っていた。

 机の上に突っ伏して、ぼんやりと考える。


(あいつが俺以外の奴を好きになるなんてな……)


 武一は深い溜め息をつく。

 だが、当然の結果かもしれない。

 自分が彼女に振られた原因となった存在なのだから。


「……あれ? どうしたんですか、先輩」


 ふと横を見ると、後輩の少女がいた。名前は美月みつき

 武一とは家が近所という事もあり、小さい頃から一緒に遊んでいた。

 彼女はとても可愛らしく、誰からも好かれる性格をしている。

 おまけに成績優秀で運動神経抜群。まさに非の打ちどころがない少女だ。


「何でもないよ」


 武一は苦笑いを浮かべて答える。


「本当ですかぁ~?」


「ほんとだって」


「でも、何か元気がありませんね」


「まあ、ちょっと嫌な夢を見てさ」


「嫌な夢?」


 武一は夢の話をした。

 すると、何故か美月は顔を赤くしている。


「どうしたんだよ?」


 不思議に思って尋ねると、彼女は恥ずかしそうに頬を掻く。


「いえ、その……なんだかロマンチックだなと思いまして」


「ロ、ロマンチッ……! ち、違うって!」


「私なら嬉しいですよ。自分の事をそこまで想ってくれてるなんて」


「だから、そういう意味じゃないんだってば」


「照れなくてもいいんですよ。私はいつでも待ってますから」


「……」


 無邪気な笑顔を向ける美月に、武一は何も言い返せなかった。

 その時、始業のチャイムが鳴り響く。


「あっ、もう時間ですね。それじゃあ、また放課後に会いましょう」


「ああ、そうだな」


「それと、先輩の夢って叶うといいですね」


 そう言うと、美月は小走りで去って行った。

 その後ろ姿を見送りながら、武一はポツリと呟いた。


「……だとしたら、どんなに良いだろうな」


 その日の授業が全て終わり、武一が帰ろうとした時だった。

 教室の扉の前に、一人の女子生徒が立っている事に気づく。

 長い黒髪が特徴的で、凛とした雰囲気を持つ少女だった。

 その顔に見覚えがあった武一は、思わず声を上げる。

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