【予測不能!?】AIノベルちゃんと遊んでみた件について
清泪(せいな)
第1話 合田武一と屋上の少年
「オイ、ノビタぁ」
立ち入り禁止と赤いペンキででかでかと書かれたドアをいとも容易く開けて、
アシンメトリー、とヘアサロンで頼んだ髪型が吹き付ける風で乱れる。
ドアノブを掴んでいた手を離し、単なる七三分けの様になってしまった髪型を武一はかきあげる。
曇天の下、屋上には人の気配が無い。
武一にノビタと呼ばれた人物――安全対策として立てられている金網を乗り越えた先で佇む少年も気配というものを消していた。
元々少年は影が薄いというのを、武一も少年自身も重々承知していた。
「オイ、ノビタ!」
もう一度、今度は強めに呼んでみる。
四階建ての校舎の屋上、その縁に足をかけていた少年は一瞬ビクついて、振り返った。
足元には綺麗に揃えられた汚い上履きが置いてある。
元々は白い靴であったが、そこに置いてある上履きは全体的にグレーに変色していた。
そのよれよれな上履きの上に、対照的に真っ白な封筒が乗っかっていた。
手紙にしてはいささか分厚いそれを手に取って、武一は少年に向かって歩き出した。
足音に気付いた少年は慌ててフェンスの向こう側へと降り立つ。
武一よりも幾分小柄な少年である。
肩まで伸びた髪は、毛先が四方八方に向いていた。
武一の手にある封筒を見て、少年の顔色が変わる。
しかしそれは、武一に対して恐怖や怒りといった感情からくるものではなく、ただ単に焦りの色だった。
少年はその表情を隠す様に俯いたまま、武一の方を見ようとしない。
少年の反応を見て、武一はニヤリと口角を上げた。
そして、わざとらしく声を上げて笑う。
封筒を持った手を振り上げて、それを勢いよく振り下ろした。
鈍い音が響く。
封筒の中身が辺りに飛び散って、地面に散らばった。
封筒の中に収まっていた大量の便箋は風に煽られてひらひらとはためいている。
武一の手に握られているのは、少年の上履きであった。
少年はそれを見て顔を青ざめる。
だが、武一はそれを気にする様子もなく、また大声で笑い始めた。
武一は、この少年をいじめていた。
正確に言えば、この少年は虐められていた。
きっかけは何だったのかは分からないが、とにかくいつの間にかクラス内で立場が無くなっていたのだ。
初めは些細なことだったかもしれない。
けれど気付けば、それはエスカレートして行く一方であった。
教師に相談した所で何も変わらないし、親に訴えても無駄だと悟った少年は、唯一自分に優しくしてくれた武一にすがる事にした。
手紙の内容はいつも同じで、武一に呼び出されたら従う事、無視すれば更に酷い目にあうというものだ。
少年は毎日のように手紙を書き、そして放課後になるとこっそり学校へ忍び込んで、武一を待つ。
それが、二人の日課となっていた。
「じゃあ、帰るわ」
散々笑った後、満足そうに息をつくと、武一は少年に背を向けた。
少年は何も言わず、頭を下げる。
すると突然、後ろから腕が伸びてきて、首元に絡みついてきた。
そのまま身体を持ち上げられて、フェンスの外側へと押し出される。
「うっ……!」
背中に走る痛みに思わず声が漏れる。
反射的に目を瞑ると、先程自分が立っていた場所に大きな衝撃音と共に何かが落ちて来た。
恐る恐る目を開けると、そこには見慣れない人物が立っている。
「なんだよお前!邪魔すんなよ!!」
自分よりもずっと長身で体格の良い男の登場に、武一は怯えながらも吠えた。
男はそれに答えるようにゆっくりと顔を上げる。
無造作に伸ばした黒髪に、鋭い眼光を放つ瞳。眉間に寄ったシワに高い鼻。
精巧に作られた人形の様な風貌の男だと思った。
「おい、聞いてんのかよ!」
もう一度、男が怒鳴りつける。
そこで初めて、武一は男の額に傷がある事に気づいた。
生々しい血痕が残ったそれは、まるで刃物で切り付けられた様な跡だ。
「……誰だよ、あんた」
その問いに答えたのは、目の前に立つ男ではなく、背後にいた少年であった。
「この人は、合田さんのお兄さんですよ」
少年の言葉に、武一は驚いて振り返った。
その隙に、男は素早く武一の腕を掴む。
「痛ぇ!! 離せよ!!」
抵抗するも虚しく、武一はそのまま屋上の外に引き摺り出された。
フェンスを乗り越えて地面に着地すると同時に、屋上の扉が閉まる。
ガチャンという無機質な音が響き渡り、二人は取り残された。
「……どうなってんだ? あいつの兄貴って事は、あの学校の先生なのか?」
状況を飲み込めていない武一が呟く。
そんな武一をじっと見つめながら、少年は口を開いた。
「いいえ、違いますよ」
少年の声は震えていた。
その目は真っ直ぐと武一を見据えている。
「僕のお兄ちゃんです。僕が頼んで、ここに来てもらったんです」
「なっ……」
驚愕した表情を浮かべる武一を見て、少年は乾いた笑い声を上げた。
そして、続ける。
「ごめんなさい、武一くん。僕はもう、耐えられないんですよ。君みたいな奴のせいで、僕の人生はめちゃくちゃなんだ。だから、復讐させて下さい」
そう言うなり、少年はポケットからカッターナイフを取り出した。
そして、それを自分の喉に向ける。
武一の表情が凍りついた。
少年は笑みを浮かべたまま、刃先を首に当てる。
冷たい感触に、全身の血の気が引いた。
少年の口から、掠れた息だけが吐き出される。
武一の脳裏には走馬灯の様に、過去の記憶が流れ始めた。
それは、少年がまだ小学生だった頃の話である。
少年は一人っ子で、両親は共働きをしていた為、日中は家にいることが多かった。
そして、いつも一緒に遊んでいたのは、近所に住む同い年の少女だったのだ。
彼女は少年より二つ上で、幼稚園も小学校も同じだった。
活発的で明るく人懐っこい性格をした少女は、少年にとって憧れの存在でもあったのだ。
ある日の事だ。
少年の家に遊びに来ていた少女は、唐突にこんな事を言った。
『私ね、好きな人が出来た』
少年は驚いた。
いつも自分と一緒にいる時でさえ、他の男子生徒の話ばかりしていた彼女が、まさか誰かに恋をするなんて思いもしなかったのだ。
少年は動揺しつつも、相手について尋ねた。
すると、彼女は頬を赤らめ、恥ずかしそうに笑う。
そして、少年の耳元でこう囁いた。
『武一だよ。大好き。結婚して?』
それから数日後、彼女と付き合う事になったという話を聞いた。
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