第3話 三年生なのに先輩先輩言う彼女

「えっと……確か、君は――」


「初めまして。三年A組の東雲しののめ かえでです」


「そういえば、そんな名前だったような……」


 正直言って思い出せない。武一は頭を悩ませる。

 その様子を見た楓は、クスリと笑みをこぼす。


「無理もありませんわ」


 そう言った彼女の顔には、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。


「貴方は私の事など知らないでしょうから」


「えっ?」

 

 どういう意味なのか分からず、困惑する武一。

 すると、彼女は静かに語り始めた。


「実は、私は子供の頃に貴方に助けられた事があるのです」


 それは彼女が小学生の頃だった。

 両親が仕事で忙しく、一人で留守番をしていた。

 しかし、突然の大雨によって外に出る事が出来なくなり、暇を持て余していたのだ。


「そこでテレビを見ていたら、たまたまこの学園の特集をやっていたんです」


 その時に、武一の姿を見たのだという。

 彼は雨の中を傘を差さずに歩き回り、迷子の子猫を探していたらしい。


「その姿はとても格好良く見えました。そして、思ったんです」


 自分も彼のように誰かを助けられる人間になりたいと……。

 それからというもの、彼女は困っている人を放っておけない性格になった。


「それ以来、ずっと貴方の事を探していました。いつか会えると信じて」


「そっか……。でも悪いけど、俺は君を助けた記憶なんてないんだ」


「はい。分かっています。だから、これは私の自己満足なんです」


 それでも構わないと楓は言った。


「ただ、どうしても伝えておきたかった。あの時の事を思い出しただけで、今でも胸が高鳴るんです」


 まるで恋する乙女のような表情を浮かべている。

 その姿を見ていると、武一までドキドキしてきた。


「本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる楓。

 武一は慌てて手を振ると、「別に大した事はしてないしさ」と呟いた。


「それでも言わせてください。貴方のおかげで今の私がありますから」


「……分かったよ。ありがたく受け取っておく」


「はい。それでこそ、先輩です」


 嬉しそうな様子で微笑む楓。

 その顔を見て、武一はドキッとする。


(こいつ、こんなに可愛かったっけ?)


 今まであまり意識していなかったが、改めて見ると綺麗な女の子だ。

 だが、それと同時に違和感を覚える。

 何故なら、彼女と出会った記憶が全くないからだ。

 いくら考えてみても、やはり思い出せない。

 すると、そんな彼の様子を察したのか、楓は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「気にしないでください。貴方にとっては些細な出来事だったのでしょう」


「そう言われてもな……」


「では、代わりにお願いを聞いてもらってもいいですか?」


「ああ、いいよ」


 すると、楓は両手をギュッと握りしめ、真剣な眼差しを向けてくる。そして―――

 彼女は武一に向かって宣言した。

 それは彼にとって予想外の言葉だった。

 まさか、自分が告白されるなんて思ってもいなかったから。

 こうして二人の関係が始まったのである。


 ………………


 放課後、二人は学校近くの公園に来ていた。

 ベンチに腰掛けると、武一は恐る恐る尋ねる。


「なあ、なんで俺なんだ? 他に良い男は沢山居ると思うんだけど……」


「いいえ、先輩以外考えられません」


 楓は即答すると、真っ直ぐな瞳を向けた。


「それに、先輩は私にとって特別な存在なんです」


「特別って……どうしてだよ?」


「先輩は覚えていないかもしれませんが、私は子供の頃に一度、貴方に助けられた事があります」


 その時、武一はある人物と約束を交わしていた。

 それは『必ず迎えに行く』というものだ。


「だけど、結局は見つけられなかった。だから、諦めかけていたんです」


 でも、ようやく見つけた。

 その喜びで胸がいっぱいだという。

 武一は頭を掻きながら溜息をつく。

 正直、どう反応すればいいか分からない。

 確かに楓の気持ちは嬉しいが、自分には美月が居て―――

 そこまで考えたところで、武一は自分の考えを否定する。

 そもそも、美月に自分の気持ちを伝えた時点で、彼女と付き合う資格はない。

 ならば、ここでハッキリさせるべきだろう。


「……悪いけど、君の想いに応える事は出来ない」


 武一の言葉に楓は目を見開く。


「やっぱり、私の事を覚えていませんでしたね」


「すまない……。覚えてなくて」


「いえ、構いません。私は貴方に助けられただけで十分ですから」


 そう言うと、楓は立ち上がる。

 その顔には笑顔が浮かんでいた。


「今日は話が出来て良かった。それじゃあ、また明日会いましょう」


「……ああ、そうだな」


 武一は小さく手を振った。

 楓が去った後、武一はその場に座り込む。


「これで良いんだよな……」


 自分に言い聞かせるように呟いた。

 すると、ポケットに入れていた携帯が鳴る。

 取り出して確認すると、メールのようだ。

 送信者は美月からだった。

 内容は簡潔なもので――

《今日のデートは中止》 という文面を見て、思わず苦笑する。

 同時に少しだけホッとしている自分が居る事に気付いた。

 きっと、彼女に会えば心変わりしてしまうかもしれない。

 それが怖くて、武一は逃げ出したのだ。


「最低だな、俺は……」


 自嘲するように笑みを浮かべると、武一は立ち上がった。

 そのまま帰ろうとした時、再び着信音が鳴り響く。

 今度は電話らしく、相手は美月だ。


「もしもし、どうしたんだ?」


『今すぐ来なさい!』


 突然の大声に驚く。

 しかし、すぐに事情を察した。


「分かった。場所はどこだ?」


『学園前のバス停よ。そこで待っていて』


 それだけ伝えると、通話は切れてしまった。

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