第5話 付き合っ……あ、もうそういう話じゃないんすね。

 武一は言葉を選びつつ、ゆっくりと話し始める。


「その、悪かったな」


「何の話かしら?」


「だから、君の告白を断った事だよ」


「ああ、そのこと。別に気にしてないわ」


 美月はあっさりと答えた。

 どうやら本当に怒ってはいないらしい。


「なら、どうしてメイド服なんて着てるんだ?」


「貴方の趣味に合わせたのよ」


「いや、俺はそういう趣味は……」


「冗談よ。本当は貴方にお礼を言いたかったの。私を助けてくれてありがとうって……」


「それは俺も同じだ。君のおかげで助かった」


 武一は美月に視線を向ける。

 彼女は微笑んでいた。

 しかし、その笑顔はいつもより弱々しく見える。

 何かあったのだろうか?

 武一は不安になり、思わず尋ねた。

 すると、美月は困ったように笑う。

 どうやら言いにくい内容らしい。

 武一が追及しようとした時、彼女は言った。


「ねえ、一つだけ質問させて」


「なんだ?」


「あの日、屋上で私が告白した時の返事だけどさ――」


 美月はそこで一度、言葉を区切る。

 そして、意を決した様子で言う


「――あれは本心じゃないでしょう?」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味よ。貴方は私と付き合えないと言ったけど、本当は好きな人がいるんじゃないの?」


「……」


 武一は何も答えられなかった。

 確かに美月の言う通り、彼はまだ未練を残している人物がいたからだ。

 だが、それを口にするのは躊躇われた。

 美月は悲しそうな顔をすると、立ち上がる。

 そして、何も言わずに歩き出した。

 玄関に向かうと、扉を開ける。

 外に出る直前、美月は振り返った。

 彼女の瞳には涙が浮かんでいる。


「もうここには来ない。さよなら、武一さん」


 そう言って、美月は去っていった。

 武一はその背中を無言で見送る。

 結局、最後まで謝罪の言葉を告げられず、美月を傷付けてしまった。

 だが、後悔しても――


「遅いんだよな」


 武一は小さく呟くと、自分の不甲斐なさに怒りを覚える。


(また繰り返すのか、俺は)


 美月を傷つけた事を悔やみながら、彼は眠りについた――。



 翌日、武一は朝早くから出社していた。

 というのも、今日は仕事の予定が入っていたからである。

 しかも、相手はかなりの大物だ。

 本来ならば、武一のような若手ではなく、もっと経験を積んだ社員が担当するべき案件である。

 何故、彼が指名されたのか?

 理由は単純だ。

 先方の要望で、彼でなければならないという事になったのである。

 なんでも、その人物は武一が以前、担当していたクライアントの息子だというのだ。

 当然、武一に拒否権はない。

 指定された時間に事務所へ向かうと、そこには既に一人の男が待っていた。

 年齢は四十代前半といったところか。

 長身痩躯の男であり、仕立ての良いスーツに身を包んでいる。


「久しぶりだな」


 男は武一の顔を見るなり、親しげに声をかけてきた。

 武一は頭を下げると、挨拶をする。


「ご無沙汰しております、社長」


 この男の名は神条かみじょう光輝こうき

 かつて、武一の上司だった人物である。

 現在は大手芸能事務所の社長をしており、業界では知らない者がいないほどの有名人だ。

 そんな人物が、どうしてこんな小さな会社に足を運んできたのかというと、ある仕事を依頼に来たからであった。

 しかし、それは普通の企業が行う業務ではない。

 なんと、アイドルのプロデュースを行うという内容なのだ。

 今の時代、芸能人をプロデュースするというのは珍しい事ではなかった。

 むしろ、多くの企業がアイドルグループを結成し、芸能界に進出しようとしているぐらいだ。

 それだけ、世間が求めているものなのだろう。

 武一も最初は驚いたが、今は慣れていた。

 元々、アイドルに興味があった事もあり、最近では積極的にプロデュースを行っている。


「元気そうだな」


「はい」


「それで例の仕事の方は順調なのか?」


「今のところ問題ありません」


「そうか……なら、良かった」


 武一が答えると、光輝は安堵した様子を見せる。

 そして、机の上に書類を置くと、こう続けた。

 どうやら、今回の話はその件についてらしい。

 武一が話に耳を傾けると、光輝は真剣な表情を浮かべて言う。

 その口調は重々しいものだった。

 どうやら、かなり深刻な状況のようだ。

 話によると、どうやら大きな問題が発生しているらしい。

 武一が尋ねると、光輝はため息交じりに答えた。


「実は最近、我が社の所属タレントが何者かに狙われているという情報が入ったんだ」


「それは穏やかではありませんね」


「ああ、それも一人や二人じゃない。複数の人間が狙われているらしい」


「集団による犯行ですか?」


「恐らくな」


「犯人の目星はついているんですか?」


「いや、それがまったく分からないんだ」


「分かりました。すぐに調査を始めましょう」


「頼んだぞ」


 武一が力強く返事をすると、光輝は安心した様子を見せた。

 そして、席を離れると、そのまま事務所を出て行く。

 どうやら、これから別の用事があるらしい。


(それにしても、まさかこんな事になるとは……)


 武一は内心で嘆いていた。

 彼は以前までアイドルのプロデューサーをしていたのだが、とある事件をきっかけに辞めてしまっていた。

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