義妹になった毒舌系後輩と本当の家族になるまでの話

犬甘あんず(ぽめぞーん)

第1話

 気になる人との距離を縮めたいなら、積極的に行動することが重要になるらしい。


 積極性に関しては、自信がある。結果がどうあれ、行動しなければ何も変わらないというのは確かなのだ。


 だからここ最近私がしているある種の異常性を孕んだ行動に関しても、結果はどうあれ意味はあるのだと思う。

 多分。


「……先輩」


 学校終わりの午後五時。私は新たに与えられた自分の部屋で、大きく手を広げていた。


 目の前には、つい一週間前義妹になった後輩である天乃あまのが立っている。


 天乃は露骨に面倒臭そうな顔をしている。視線だけで人を殺せるんじゃないかってくらい冷たい目が、私を見ていた。

 今日も天乃は絶好調だ。


「いつまでそうしているつもりですか?」

「天乃ちゃんがハグしてくれるまでかな」

「ちゃん付けやめてください。キモいです」

「やめたらハグしてくれる?」

「……なんでそんなにハグしたいんですか」


 じりじりと天乃に近づくと、彼女は今にも私を蹴り倒してきそうなほど剣呑な空気を出し始めた。

 加湿器みたい。なんて言ったら、絶対怒られるから言わないけど。


「心の距離を近づけるためだよ。せっかく家族になったんだから、もっと仲良くなりたいし」

「……家族」


 天乃はぴたりと動きを止める。私はバッタを捕まえる時みたいに少しずつ体を近づけていって、ばっと彼女のことを抱きしめようとした。


 その瞬間、天乃は俊敏な動きで私を避ける。

 結局私の手は宙を切って、そのままベッドに倒れ込むことになった。


 スプリングが軋む音が聞こえる。布団はいつも通り柔らかいけれど、私が求めていた柔らかさはこれじゃない。


「いきなり変なことしようとしないでください、変態」

「ハグしようとしただけなのに」

「……そもそもです。ハグしたくらいで心の距離が近づくなんてありえません。馬鹿じゃないんですか」

「やってみないとわかんないのに。決めつけたら勿体無いよ」

「……む。一理、あるかもしれませんが」


 天乃は少しの間考え事をしていたが、やがて結論が出たのか、小さく息を吐いた。


 それから、ほんの僅かに腕を広げて、受け入れるような姿勢をとってくれる。


 警戒心丸出しの小型犬のようなこの後輩は、意外にも素直なところがある。


 出会ってから一年以上経っているから、私は彼女についてそれなりに把握しているつもりだった。


 彼女は思い切りはいいけれど、冷静になるのも早い。

 だから彼女の気が変わる前に、私は立ち上がってその胸の中に飛び込んだ。


 反射的に一歩後ろに下がった彼女は、次の瞬間には私の背中に手を回してくる。

 存外積極的だ。

 それならと思い、私も彼女の背中に手を回す。


 私より背が高いから、骨格もしっかりしている、ような気がする。

 わかんないけど。


「どう? 距離、近づいた?」

「……」

「おーい。天乃、天乃ちゃーん」


 天乃は答える代わりに、私のことを強く抱きしめてくる。

 おっと?


 何か、感じるものがあったんだろうか。すぐに突き放してくるものだと思っていたから、ちょっとびっくりだ。


 でもそれはそれで好都合だから、私は抵抗せずされるがままになった。


「確かに、多少何かあるかも、しれませんね」

「何かって?」

「何かは何かです。私にだって、わかんないです」

「んー、そっか。嫌ってわけではない?」

「嫌って言っても、どうせ先輩はするじゃないですか」

「あはは、その通りだ」

「先輩は自分が納得するまで引かないから、面倒臭いです。厄介です」


 私たちの両親が再婚して、一緒に住むようになってから一週間。

 毒舌な後輩は義妹になってもやはり毒舌なままだ。関係性やら心の距離やらは前と全く変わっていない。


 でもこれから少しずつ家族になっていけたらいいと思っている。

 もっと仲良くなった方が、お互い気持ちよく過ごせると思うし。


「で、ハグの次は何するつもりですか? キスでもするんですか」


 天乃は投げやりに言う。

 冷静そうに見えて、そうでもないこの後輩は、今も耳を真っ赤にしている。


 体に反応が出やすいなぁ。

 キスなんてしたら、爆発してしまうのではなかろうか。流石にしないけど。


「ハグはただの家族のスキンシップだよ。挨拶としてのキスがしたいならするけど……」

「いいです、しなくて。ていうか、ほんと。なんなんですか、この状況。先輩はほんと、何がしたいんですか」

「天乃と家族になりたい」

「……さっき、家族になったって言いましたよね?」

「そうだけど、違くて。形式的には家族だけど、まだ心が家族じゃないから。心までそうなりたいってこと」

「……別に、私はどうでもいいです。なれても、なれなくても」

「でも、ハグは受けいれてくれた」


 天乃が私を突き飛ばそうとする気配を感じたから、私はその前に彼女の腕の中からするりと抜けて、笑った。


「……家族になりたいなら、どうするんですか」


 むすっとした顔で天乃が問う。

 せっかく可愛い顔が台無し……ってほどでもないな。

 可愛い顔は不機嫌そうでも可愛い。当たり前だけど。


「一日一回、姉妹らしいことをしようよ。ちょっとずつ、一歩ずつ、姉妹っぽく振る舞えば本当にそうなれるかもだし」

「嫌です……と言っても無駄だってことは、知ってます。いいです、好きにすればいいじゃないですか。先輩がお好きなようにどうぞ。私はもう抵抗しません」


 ぷい、とそっぽを向いた天乃の顔はまだ赤い。

 私が天乃のことをある程度知っているのと同じで、天乃も私のことを多少は知ってくれているのだろう。


 そして、この後輩は嫌なことは絶対に嫌だと言う頑固なところがある。


 で、あれば。

 好きにすればいい、というのはそこまで嫌ではない、ということなのだろう。


 素直じゃないようでいて、普通に素直だ。そういうところが可愛くていいな、と思う。擦れてない感じ。


「ふふ、天乃は可愛いね」

「……! 近づかないでください、キモいです」

「はーい」


 私はベッドに座って、隣をぽんぽんした。


「今日はもうハグとかしない。代わりにちょっとだけ、話そうよ。先輩と後輩としてじゃなくて、姉と妹として」

「姉面しないでください」

「キモい?」


 天乃は何も言わず、私の隣に座った。肩と肩が触れ合うくらい近くに座るから、私は少しだけ驚かされた。


 天乃はやっぱり、思い切りがいい。

 ふざけて肩を抱いたらどんな反応するんだろう。思ったけど、やらない。ビンタが飛んできそうだから。


「もういいです。で、何話すんですか」

「じゃあねー、学校の友だちの話! 家族っぽくない?」

「ぽさとかは、知りませんけど。ま、いいですよ。先輩は語り出すと止まらないので、私から。えっと……」


 天乃はそのまま、クラスの友達について話し出す。

 うん。

 やっぱりこれは、ちょっと家族っぽくていいと思う。


 本当の家族になれるかどうかなんてよくわからないけれど、私は天乃ともっと仲良くなりたい。


 元々先輩と後輩だからっていうのもある。とにかく私は天乃のことをどうにも放っておけなくて、これからも同じ時間を過ごしたいと思っているのだ。


 だから私は、微笑みながら彼女の話を聞いた。

 一歩だけ、家族に近づいたような気がした。

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