第8話

「普通の姉妹って、どんなことをするものなんでしょうか」


 軽食を済ませてカフェを出ると、不意に天乃が言った。


 食べている途中も繋ぎ続けていた手は、今もなお繋がれている。暑くても離されることのない手は、姉妹の証のようにも思えた。


「うーん。こうやって手を繋いで、一緒にお出かけして、笑い合って、楽しい話もして。そういう感じじゃない?」

「発想が貧弱な気がしますけど。仲良くない姉妹だっていますよね」

「でも、私は仲良い姉妹になるのを目標にしてるから」

「……仲良くても、この歳で手を繋いで歩くのって、普通じゃなくないですか」

「そうかもね。普通は幼い頃にやるものかもしれないけど、私たちが姉妹になったのは最近だから。子供っぽくてもちょっとずつ、姉妹らしいことをしていきたいんだ」


 私たちは幼い時間を共に過ごしていないのだ。だから普通の姉妹が小さい頃にするようなことを、今している。


 この行為の先に、本当の姉妹になれる日が来ることを信じて。

 天乃がどうかはわからないけれど、私はいつか彼女と本当の意味で姉妹になれると信じている。


 そのために毎日姉妹らしいことを天乃としているのだ。

 元々大事な後輩だったけれど、今はもっと大事に思っている。仲良くなって、その心に近づいて、家族になる。きっとそうなれば私も天乃も、今より幸せになれるはずだ。


「……姉妹になって、その先に一体何があるんですか?」

「……んー」


 肩を並べて歩いていると、すぐ近くに駄菓子屋があるのが見えた。


「あそこ、寄ってみない? もしかしたら、姉妹の秘訣がわかるかも」


 駄菓子屋を指差して言うと、天乃は呆れたように息を吐いた。


「先輩は、いっつも適当ですね。いいですよ、別に。行きましょうか」


 私は天乃の手を引いて駄菓子屋の前まで歩いた。店先には古めかしいゲーム機が置かれている。その中の一つに、十円玉で遊ぶゲームがあった。

 私はふと思い立って、十円を投入口に入れた。


「これ、どうやって遊ぶの?」

「やったことないんですか。レバーで十円を弾くんです」

「へー……えい」


 思い切りレバーを引いて、離す。

 十円は穴に吸い込まれて消えていった。

 ……おや?


「何してるんですか、下手くそ」

「……ちょっと待って。もう一回やるから」


 私は何度か十円を入れてゲームを遊んだけれど、いまいち力加減が上手くいかなくて、十円玉は全部穴に吸い込まれてしまう。


「ぷっ……」


 ついに天乃が笑い出す。

 天乃にしては珍しい、子供みたいな笑みだ。くすくすというか、けらけらって感じの笑み。


 それを見て、私も微笑んだ。

 明日も君の笑顔が見たい。


 それが恋をするっていうことなら、私は天乃に恋をしているということになるのかもしれない。


 この気持ちはそういうものじゃないと思う。

 思う、けれど。でも、今日の天乃の笑顔を見た私は、明日もそんな顔が見たいと願う程度には、彼女の笑顔に目を奪われた。


 本当に、可愛い子だ。

 自慢の後輩で、妹だと思うけれど、こういうことを言うとまた怒られそうだった。まだ天乃の笑顔を見ていたかった私は、何も言わずに彼女に微笑み続ける。


「ふふ、あはは。ほんと、下手すぎますよ先輩。普段は器用なのに、こういうのはダメダメなんですね」


 そう言って、天乃はゲーム機の前に立った。

 小さな革の財布から十円玉を取り出して、彼女はレバーに手をかけた。


「その財布、使ってくれてたんだ」

「今日は、特別です。こんな可愛くない財布、普段は使ってませんから」


 去年、天乃の誕生日に財布をプレゼントしたことを思い出す。それなりにいい財布なのだが、去年からずっと天乃には不評だった。


 長く持ついいものなんだけど、使われなかったら意味がない。そう思っていたが、少しでも使ってくれているのならよかった。


「……あの時、聞きませんでしたけど。なんでこれをプレゼントにしたんですか?」

「んー。これからも末長く仲良くしようねって伝えるため? ほら、革の財布って長持ちするって言うし」

「……っ」


 十円玉が弾かれて、穴の中に消える。

 おや。


 慣れた様子だったから得意なのかと思ったけれど、そうでもないのかもしれない。

 私の視線に気づいたらしい天乃は、もう一枚十円玉を入れた。


「そんなの、言葉にしないとわかりませんよ」

「あはは、そうだね。でも、言葉にしたら嘘だと思われちゃいそうだったから」

「……だったら、なんで今言ったんですか」

「今なら信じてもらえるかなーって思って。どうかな?」

「……キモいです」


 十円玉が転がる。

 天乃はレバーに手を置いて、私から顔を背ける。


 顔の向きが変わると耳がよく見えるようになる。それは天乃もわかっているからか、もう片方の手で耳を隠した。


 ……隠すってことは、赤くなってるってことなんじゃないかな。

 そう思ったけれど、指摘はしない。


 天乃が照れ屋なのは今に始まったことじゃない。天乃は私の言葉に割とすぐ照れる。


 そういうところがまた可愛いと思うが、それを口にすると天乃は絶対に怒る。からかっていると思われても嫌だから、私は何にも気づいていないふりをした。


「学生同士のプレゼントで財布とか、普通渡しませんから。重いですし、ウザいですし、先輩はほんとにキモいです」

「うん。でも捨てないでね、泣いちゃうから」

「人から貰ったプレゼントを捨てる人間だと思われているなら、心外ですけど。……そう言う先輩は、どうなんですか。私のプレゼント、まだ持ってるんですか」


 天乃から私へのプレゼントはかぎ針だった。無くしたら嫌だから学校では使っていないけれど、家で編み物をするときはよく使っている。


「うん。大事に使ってるよ」

「そ、ですか。なら、いいんじゃないですか」


 ぱちん、と軽いとがして、十円玉が転がる。

 また穴に落ちた。

 天乃は何事もなかったかのように、また十円を入れ始める。


 無言になった。どうやら、本気で挑むことにしたらしい。だけどかえって変な力が入ってしまったのか、十円はすぐに穴に消えてしまう。


 ……これは、まさか。

 なんとも言えない心地になって天乃を眺めていると、一枚、二枚、三枚と十円が消えていくのが見えた。


 天乃は耳を隠すのを忘れてゲームに向き合っている。

 その顔は真っ赤だったけれど、これは間違いなく照れのためではない。私はそっと天乃から目を逸らした。


「なんですか、このゲーム!」


 天乃が悲鳴に近い声を出す。


「ああああ! また落ちました! クソゲーですよクソゲー!」


 天乃はゲームが下手らしい。しかも結構ムキになりやすいタイプだから、正直向いていないような気がする。


 いつも一生懸命で全力なのはいいことなんだけど、短所にもなるんだなぁと思う。


 下手なことを言うと怒りそうだから静かに眺めていると、天乃は店の中に入っていった。


「すみませーん! 両替お願いしまーす!」


 戻ってきた天乃は両手いっぱいに十円玉を持っていた。


「先輩、これ持っててください」

「……はーい」


 大量の十円を受け取り、天乃を見つめる。

 天乃が手芸部に入ったばかりの頃を思い出す。天乃はあまり手先が器用な方ではないから、あみぐるみに挑戦して今みたいに失敗しまくっていた。


 それでムキになって、私に色々聞いてきたりしたっけ。

 ちょっとやってあげようとしたら怒られたりもした。天乃は全部自分でやらないと気が済まない子なのだ。


 結局初めて彼女が作ったあみぐるみは、編み方を少し間違えて不恰好になっていた。


 いらないから捨てておいてくださいと言われたそれを、実は内緒でとっておいてある。どんな形にせよ、天乃の初めての作品だから、捨てることはできなかった。


 きっと、バレたらすっごく怒るんだろうなぁ。

 なんでこんなのとっておくんですか、なんて言って。


 私は思わず笑いながら、天乃を見つめた。

 彼女は赤くなった顔でゲームを続けている。

 その表情は、私が最初に好きになったものだった。

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