第3話

「姉妹っぽいことって、具体的にはなんなんですか?」


 昼休み、中庭で天乃と一緒に食事を摂っていると、不意に尋ねられた。

 私は自分の弁当箱に入った唐揚げを箸でつまんで、天乃の弁当箱に入れた。


「具体的って言われてもなー。こうやって一緒におべんと食べて、美味しいねーって言うとか。なんか、姉妹っぽくない?」

「……わからないです」


 天乃は私が揚げた唐揚げをもぐもぐしている。

 ここ最近わかったことだが、天乃は意外に大食いだ。私は少食だから、毎回自分でお弁当を用意しながらも、食べられないことが多い。


 ただでさえ少食なのに日によってさらに食べられなくなったりするから困る。もっと胃袋が大きければ。


 何度かそう思ったことがあるけれど、今はあまり思わない。

 自分がたくさん食べるより、人が食べているところを見る方が楽しいのだと、天乃を見て気づいた。


 唐揚げを食べている天乃は幸せそうだ。

 昨日から仕込んでおいた甲斐があった。


「料理上手なんですね」

「まあね。手先は器用だから」

「料理って、器用さ関係あるんですか?」

「多分? わかんないけどね」

「先輩は、いつも適当ですね」


 天乃は大きめの弁当箱を小さな手で持ちながら言う。

 天乃のために新調した弁当箱は、今日もちゃんと役割を果たしている。


 私は目を細めた。

 うん。やっぱりこういうのは、いいかもしれない。なんか、満たされる感じ。


「でも。味付けは、繊細です」

「ふふ、まーね。私、結構繊細な人間だったりするから」

「繊細な人間は強引にハグしてきたりしませんよ」

「かもねー」


 私は弁当箱に蓋をして、水筒を取り出した。コップにお茶を注いで、かなりのペースで弁当を食べている天乃に差し出す。


 彼女は小さく頭を下げてから、一気にお茶を呷った。

 コップを受け取って、お代わりを入れる。またコップを差し出すと、天乃は眉を顰めた。


「なんか、嫌です」

「何が?」

「強引じゃない先輩って、気持ち悪いです」

「えぇ。そんなこと言われても」

「強引かと思ったら変に気配りしてきて。なんなんですか、先輩は」


 さっきまでの表情とは真逆だ。

 楽しそうな顔から、怒った感じの顔へ。よく変化する表情は、見て飽きない。私はにこにこ笑った。


「私はただ天乃の笑顔が見たいだけだよ」

「……んぐっ」


 天乃はおかずを一気に食べすぎたのか、喉に詰まらせた様子だった。私は彼女の背中をさすって、お茶を飲むよう促した。


 天乃はお茶を飲み干して、涙目で私を見つめる。

 まるで射殺すみたいな目だ。


 悪いことでもしたような気分になるけれど、おかずを作ったのは私だから、実際悪いんだろうか。間接的な殺人未遂、みたいな。


「先輩は……」


 荒く息を吐いて、天乃は私から微かに視線を逸らした。

 その視線を追ってみると、風に流れる緑色の葉っぱがあった。見ていて楽しいようなものではないなぁ、なんて思っていると、横から視線を感じる。


 いつの間にか天乃の視線は私の方に戻ってきていた。

 表情もよく変わるけれど、視線もよく移ろうものらしい。右へずれて、私に戻って、今度はどこにいくんだろう。


「先輩は、きっと誰が家族になってもうまくやれるんでしょうね」

「んー」

「私以外の誰かが義妹になっても、同じようなことしてましたよね、絶対」

「そう思う?」


 私は流れていく葉っぱを見送ってから、天乃とまっすぐ目を合わせた。

 視線がこつんとぶつかる。


 何も言わなければ多分ぶつかったままで、視線を交わらせて、ちゃんと目を合わせるにはきっと何かを言う必要があるんだと思う。


 天乃が求めているのはどんな言葉か。

 仲良くするためにどんな言葉が必要か。


 先輩と後輩であり、姉と妹である私たちに必要な言葉。無数にあるような、一個だけなような。

 彼女の心を見ることはできないから、私は少しだけ瞬きした。


「わかんないよ。今私の前にいるのは天乃で、義妹になったのも天乃で、少なくとも今の私は、他の誰かと家族になるとか、考えられない」

「……だったら、可能性の一つとして考えてみてください」


 私はちょっと考えたけれど、天乃以外が義妹になったらどう接するかは、やっぱりよくわからなかった。


 でも、そうなったらそうなったでどうにか適当にやるんだろうと思う。

 新しい家族ができたら仲良くするのは当たり前のことだ。相手が天乃だからこそ、今の私はちょっと強引なことをしているんだけど。


「うん、わかんない。適当にうまくやると思う」

「……じゃあ、私とも適当にうまくやってください」

「それは無理かな。天乃とは、適当じゃなくてちゃんと仲良くなりたい」

「なら。……なら、証明してください」

「証明?」

「私と仲良くしたいなら。先輩がそう思ってるって、私に証明してください」


 天乃はそう言って、弁当箱に蓋をした。食事を中断するってことは、それだけ私の行動に期待しているってことなんだろう。


 仲良くしたいって証明する。今まで私は言葉と行動でそれを示してきたつもりだけれど、つもりになっているだけじゃ駄目だよな、と思う。


 もっと直接的に、あなたと仲良くしたいですよーって伝えるためには。

 ここは一つ、いい感じの姉っぽいことをするべきかもしれない。私は小さく息を吐いて、天乃の肩に手を置いた。


 そのまま私の膝の方に引き寄せる。

 天乃の頭を私の太ももの上に置く。いわゆる膝枕ってやつだ。予想外だったのか、天乃は私を不思議そうに見上げてきた。

 私はにこりと笑って、彼女の頭を撫でる。


「なりたいよ。もっともっと、仲良くなりたい。前からそうだったから。だから、義理でも姉妹になれて嬉しい。……これで証明できた?」

「……先輩は、躊躇なさすぎです。もっと恥ずかしがるとか、ないんですか?」

「ないよ。仲良くなりたいって、恥ずかしいことじゃないでしょ?」

「恥ずかしいですよ、こんなの。笑ってやることじゃないです。……ほんと、馬鹿みたいじゃないですか」

「膝枕って、そんな馬鹿みたい?」

「そうじゃなくて……。いえ、そうですね。馬鹿みたいです。先輩も……私も」


 そう言いながら、天乃は微妙な表情を浮かべた。

 私は指で彼女の髪を梳かす。抵抗はしないけれど、天乃は少し浮かない顔をしている。


「先輩は、変な人です」

「うん、そうかも」

「否定しないと駄目です」

「そういうもの?」

「もう、いいです」


 天乃は私のお腹の方を向いて、そのまま目を瞑ってしまった。かと思ったら、額をお腹にくっつけてくる。


 ちょっと、暑い。

 でも離れる気は私にはなくて、天乃にもないみたいだった。


「もうわかりました。……したいなら、していいです。仲良くなりたいなら、行動で示せばいいじゃないですか。仕方ないですから、受け入れてあげます」

「そっか。ありがとね、天乃」

「別に、どうでもいいです」


 頭の向きのおかげで、天乃の耳がよく見える。やっぱり彼女の耳は赤くなっていた。ちゃんと私が仲良くなりたいって証明できたのだろうか。


 これから天乃と仲良くなれるかはわからないけれど、今はそれでもいいかと思った。

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