第3話 追放されたら妹と一緒に風呂に入ることになった 3/5

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 浴槽内に入ったイヴは、身体を大きく広げていた。

 水面に近いところまで身体を浮かせ、リラックスしている。

 浴槽内は緑色の液体で満たされているが、それでも色々と見えてしまう態勢。

 この状況で落ち着けるとか、大したものだ。

 まぁ、人が二人同時に入ってもまだ余裕のあるサイズの浴槽だ。

 体が密着しているわけでもないのだから、まだ余裕があるのだろう。

 物理的にも、精神的にも。


「お兄様、どうかされましたか?」

「いや、でっかいと思っただけだよ」

「私のおっぱいが?」

「いや、それは小さいだろ?」

「セクハラですよ?」

「じゃあ、なんて答えればよかったんだよ!?」


 小さいものは小さいのだから、仕方がないだろう。

 まぁ、一言「違う」と答えるのが正解だったのかもしれないけど。


「冗談です。まぁ、私のおっぱいが大きいか小さいかというのも、比較対象によって違うのでしょう。ここに運び込まれてくる死体の肢体と比較してみれば、小さいのかもしれませんね」

「死体と比べるなよ」

「比較対象がそれくらいしかないので。以前、この家を訪ねてきたフィリスお姉さまと一緒にこのお風呂に入ったことがありますが、それくらいですね」

「……フィリスが来たのか?」

「美乳でした」

「そんなこと聞いてないからな!?」

「そうなのですか? おっぱいの話とフィリスお姉さまの話をしていたわけですから、この会話の行きつく先はフィリスお姉さまのおっぱいになるのでは?」

「違うよ!?」

「では、何を聞きたいのですか? お兄様にとって、フィリスお姉さまの乳以上に重要なことがあるのですか?」

「いや、だから、俺をなんだと思っているんだよ! 俺が聞きたかったのは、それがいつの話なのかってことだ」

「一年ほど前でしょうか。フィリスお姉さまがアンダーウッド家に挨拶に来られたのは」

「挨拶に来たのか?」

「ええ、挨拶というか、表敬訪問というか。一年前、フィリスお姉さまが戦地に行くことが決まった時です。アンダーウッド家は、死霊術における名家ですから。その技術で、戦争に貢献してきました。ですから『戦地でもよろしく』という意味で来られたのです。一晩泊まられていきましたから、その時に、この浴槽でご一緒させていただきました」

「知らなかった」

「お兄様は『修行のために、離れた場所で生活している』ということになっていました」


 フィリスに落ちこぼれを会わせるわけにはいかない。

 そう判断されていたのだろう。


 俺は憤慨し、立ち上がって窓の外を見る。

 その先には、父親であるデレクの研究室があった。

 今頃奴は、俺のことを忘れて研究に没頭しているのだろう。


「アンダーウッド家の恥部を見せたくなかったってことか」

「お兄様。アンダーウッド家の恥部の恥部が私の目の前に」

「ああ、悪い」


 俺は即座に身体を湯に沈める。

 怒りを向けるにしても、時と場合を考える必要があるな、うん。


「お気になさらず」


 そう言って、イヴは俺の両肩に手をやった。

 そして、そのまま俺にしなだれかかってきた。

 体と体が密着する。

 その柔らかな感触に、俺はどう対応すればいいのか分からなくなる。

 いくら小さいとはいえ、胸部にもそれなりの感触がある。

 何がとは言わないが、こすれる感触もある。

 興奮したりはしない。

 だが、気まずくはある。

 これ、どうすればいいの?


「あの、イヴ? どういうつもりなのかな?」

「お兄様の体に密着しています。それ以上でもそれ以下でもありません」

「ああ、そう」

「それ以上のことは――聞かないでください」


 イヴは淡々と言う。

 普通なら、寂しがっている可能性を考えるだろう。

 これから先、俺たちは二度と会えないかもしれないのだ。


 だけど、違うんだよなー。

 彼女の思考は凡人には理解できない。

 非凡と言う表現でも足りない、異常な存在。

 それが、イヴ・アンダーウッドという少女なのだ。


「ところで、イヴさん。いつまでこの状態が続くのかな?」

「あと五分程度です」

「ああ、そう」

「何か問題でもありますか? 妹ではあるものの確かに女性として成長しつつあるこの私のおっぱいが密着した状態に」


 イヴは顔を上げて尋ねてきた。

 身体を密着させている状態であるため、互いの顔が至近距離に位置する。

 その美しい相貌は、見るものすべてを魅了しかねない。

 だが――。


「いいや、ないな」


 俺は本心からそう答えた。


「おや、妹の裸には興奮しませんか?」

「そうみたいだ。異性というよりも、身内という認識の方が勝っているんだろうな。ほら、裸の死体を見ても興奮しないだろ?」

「むしろ興奮しますが?」

「特殊な性癖を暴露しないでくれ!?」


 このタイミングで最悪のカミングアウトだ!

 これ、冗談だよな?

 表情に変化がないから分かりにくいけど。

 冗談ってことでいいんだよな!?


「これまでの話をまとめると、お兄様は妹の裸であるからこそ興奮するということになりますね」

「いや、ならないからな」

「ですが、お兄様にとっての私の身体は、私にとっての死体の身体と同じということですし。つまり、今は大興奮状態ということになるのが論理的帰着というものでは?」

「違う!」


 なんだろう、この状況。

 無理やりにでも興奮していることにさせられそうになっている。

 この誤解――否、曲解だけはなんとかしてつぶしておきたい。

 どうやら、本格的な論証が必要なようだ。


「イヴ、聞いてくれ」


 俺は真っすぐイヴの目を見て言う。

 正直、その下にも視線が行きそうになるが、それは何とか我慢だ。


「お前の言う興奮というのは、性的興奮のことを指すのだろう。では、性的興奮とは何か。それは、生物が子孫を残すため――つまりは生殖を目的とした興奮状態のことだ。そこまではいいな?」

「はい」


 イヴは表情を変えないまま返事をした。

 それにしても、異常な状況だ。

 真っ裸の妹に対して、浴槽の中で性的興奮について説明している。

 全身全霊をもって力説している。

 字面だけ見ると、とんでもない変態の所業に思えて仕方がない。

 俺は、その辺りを深く考えないようにして、論証を続けた。


「つまり、性的興奮の対象となるものは、生殖のために有益であるものということになる。だから、死体の裸を見ても性的には全く興奮しないんだ。これが生物として正常な性欲の在り方だ。そして、この世において、近親者同士での生殖はタブーとされている。俺はアンダーウッド家の人間だけど――」

「追放されましたが?」

「アンダーウッド家の人間だったけど、そのあたりの常識はわきまえている。お前との間に子供をもうけるという可能性は欠片ほどもないと考えている。だから、お前に対して性的興奮は覚えないということになる!」

「……では、私が死体に興奮するというのは?」

「脳が歪んでいるんだろ。まぁ、アンダーウッド家の人間としては正常なのかもしれないけどな」


 これで論破できたはずだ。

 俺は魔法の才能は低いが、それなりに発想力はあると自負している。

 いくらイヴといえども、反論は不可能であるはずだ。

 そう思ったのだが――。


「では、お兄様にお伺いします。仮に私が妹でなかったとしたら、私の裸体に興奮しますか?」

「そりゃあ、するだろうな」

「では、一つだけ重要な事実を申し上げておきます。実は私、ネクお兄様とは血がつながっていません」

「は?」


 とんでもないタイミングでとんでもないことを言い出した。

 俺はついさっき、妹でなければその裸体に興奮すると言った。

 つまり、血がつながっていないのなら――妹でないというのであれば、俺はイヴの裸体に興奮しうることになる。

 これまでの前提をひっくり返された。

 いや、それよりも――。


「……冗談、だよな?」

「いえ、冗談ではありません。私はアンダーウッド家と遠い親戚の家に生まれた身で、養子としてこの家に迎え入れられたのです。ですから、ネクお兄様と将来的に結婚をすることも法的には可能です。この事実をもってしても、私に対して邪な感情を抱かずにはいられますか?」

「その事実の真否が気になって、それどころじゃない!?」

「まぁ、そうかもしれませんね。では、信じるか信じないかはお義兄様次第ということで」

「今、変なニュアンスが入らなかったか!?」

「お気になさらず。血縁関係がないことを証明するとなると、この家の機密事項に触れないといけなくなります。その辺りを追放されたお兄様にお話しするわけにはいきませんから」

「ああ、そう」


 今更明かされる衝撃の真実。

 真実かどうかは分からないが、アンダーウッド家ならありえないとは言い切れない。

 むしろ、そうであるほうがしっくりくる。

 そもそも、イヴという規格外の天才がいるにも関わらず、俺が今日まで次期当主として扱われていたことがおかしいのだ。

 それも、イヴが実子ではなかったと考えれば、説明がつく。

 だが――。

 これで結論が変わったりはしない。

 そんなことは、俺にとって大した問題ではない。

 俺にとってイヴは――。


「それでも、お前は妹でしかないと思うぞ」


 長年妹として接してきたのだ。

 今更血がつながっていなかったといわれても、何とも思わない。

 だが、イヴは納得していないらしい。


「では、胸に手を当てて同じことを言えますか?」

「ああ、勿論だ」

「そうですか。では――」


 イヴは、俺の手を取った。

 そして、その手を自分のおっぱいへと運んだ。

 俺の手が、ぺたりとイヴの片乳に触れる。

 すると、俺の手には、信じられないほどに不思議な感触が生まれた。

 先程、俺の胸に当たっていた時とは全く違う感触。

 まるで別物。


「これは――」

「これが私のおっぱいが持つポテンシャルです。お兄様は、私のおっぱいの価値を目視による確認と自分の胸部分に当たった際の感触のみで決めつけていました。それで私のおっぱいの全てを知った気になっていました」

「なってないからな!?」

「ですから、私はお兄様の手を私のおっぱいに触れさせたのです。揉みしだかせたのです」

「揉みしだいてない!」


 反射的に揉もうとしてしまったが、俺は我慢している。

 だが、そう長くはもちそうにない。

 この柔らかさ――揉まずにいるだけで精いっぱいだ。

 俺のそんな考えを察してか、イヴは言葉を続ける。


「では、何故そのようなことをしたのか。それは、手というのが、物に触れることに最も適した部位だからです。手というのは、色々なものに触れる器官であり、多彩な感触を感じ取ることが出来る器官でもあります。対して、おっぱいの柔らかさは、この世の柔らかさの中で最も尊いもの。だとすれば、人間の手というのは、おっぱいに触れるために存在するのであり、おっぱいのポテンシャルは人間の手に触れられた時にこそ、その真価を発揮することが出来るのです」

「な、なんだと……」


 そうだったのか。

 最後の最後で、イヴに教えられてしまった。

 今後は、この教えを胸に生きていくことにしよう。


「では、もう一度伺います。お兄様、私の裸体に性的魅力を感じませんか?」

「……感じないな。おっぱいの柔らかさの魅力については、まぁ、認めてやらないこともない」

「上から目線ですね」

「だけど、どうやっても、お前は妹でしかない。なんだか、すっごく勿体ない気もするけど、そのおっぱいはただの柔らかい物体でしかない」


 俺は落ち着いた声色でそう告げた。

 イヴは「そうですか」と一言返事をすると立ち上がる。

 当然、その裸体は俺の前にさらされたわけだが、うん、何とも思わないな。

 だからこそ、彼女も恥ずかしがることなく、俺に裸体を晒しているのだろうし。


「それでは、用も済みましたので、先に出ます」

「ああ。俺はもう少しこの巨大な浴槽を使わせてもらうよ。こんなにでかい風呂に入るのは初めてだ」

「分かりました。では」


 そう言うと、イヴは浴槽から出た。

 そして、魔法で体を乾かしてから、着ていた服を再度着込む。


「それでは、しばしのお別れです。ご武運を祈っています。ですから――最後は、私の下に帰ってきてね、お兄ちゃん」


 そう言って、イヴはかすかにほほ笑んだ。

 そして、浴室から出て行った。

 後に残された俺は、一人呟く。


「まぁ、無理だよな」


 追放された以上、ここに俺が戻ってくることはないだろう。

 だけど、それをあえてイヴに指摘したりはしない。

 イヴも、それくらいは分かっているはずだ。

 俺は少しだけ、感傷的な気分になっていた。


「って、おいおい。今更この家に未練を持ったって、ろくなことにならないだろ」


 そう言って、気分を切り替える。

 そして、浴槽から出ようと立ち上がった。

 だが、ここで一つの問題が発生した。

 否、問題は最初から発生していたのだ。

 最初から問題しかなかった。

 俺がそれに気づいていなかっただけに過ぎない。


 そう――。

 俺はイヴに無理やり連れてこられていた。

 だから、着替えを持ってきていないのだ。

 というか、ここに連れてこられた時点でパンツ一丁。

 その最後の砦もイヴにはぎとられたのち、どこかに持っていかれてしまった。


「これ、どうすればいいんだ?」


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