第2話 魔法戦闘術 2/3
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魔法戦闘術。
それが、俺たちが最初に受ける授業の名だった。
授業が行われるのは、古城の一階にある教室。
生徒たちは、班ごとに固まって授業が始まるのを待っていた。
「それにしても、いきなり魔法戦闘術ですか……」
ハルが不安げに言う。
そんな彼女に、フィリスが声をかけた。
「ハルは、魔法戦闘が苦手なの?」
「そうですね。盗賊を自分で追い払えるようになりたいとは思っているのですが、やはり片手間で身に着けることは出来ませんから。出来れば、すぐにでも逃げ出したいです」
「でも、逃げ出したらもっと酷いことになるわよ」
「ですよねー」
そう言いながら、ハルはため息をついた。
「ところで、一つ気になっていることがあるんですけど。ネクさん、聞いていいですか?」
「何だ?」
「ソフィーちゃんのその服、どうしたんですか?」
ハルの言葉で、俺たちはソフィーを見る。
いま彼女が着ているのは、俺のワイシャツだ。
ぶかぶかではあるが、着られる服がこれしかなかったのだ。
ドレスはやぶれちゃったし。
「ちなみに、その服の下って、どうなっているんですか?」
「気になるのか?」
「そりゃあ、気になりますよ。ソフィーちゃんの服って、あの黒いドレス一着だけでしたよね? あのドレスはどうしたんですか?」
「諸事情あって、帰らぬ服となった」
「なんですか、それ……。ん? ということは、もしかして、ズボンとかスカートとかも穿いていないのですか?」
「それは想像に任せるよ」
「何ですか、それ!?」
ハルは興奮気味に言う。
実際、スカートやズボンは穿いていない。
それはよろしくないことだが、隠しようがない。
この姿を見れば予想がつくだろう。
だが、ここまでは俺の思惑通りでもあるのだ。
ハルはスカートやズボンを穿いていない可能性に思い立った。
だが、パ・ン・ツ・を・穿・い・て・い・な・い・可・能・性・に・ま・で・は・た・ど・り・着・け・な・か・っ・た・。
それが凡人の限界だ!
「あの、あまり見ないでいただけると……」
「ああ! ごめんなさい!」
恥ずかしそうにするソフィーに、ハルは慌てて謝罪する。
そして、そのままこちらに恨みがましい視線を向けた。
「これって、悪いのはネクさんですよね?」
「そういう見方も出来るのかもしれないな。まぁ、価値観なんてものは相対的なものでしかない。それよりも、魔法戦闘術の話をしようじゃないか」
「ごまかし方が雑!?」
「だとしても、この話を続けることに利益はあるのか?」
「それは……」
ハルは口ごもった。
やはり、商人は『利益』という言葉に弱い。
「いいでしょう。では、魔法戦闘術の話ですが――ネクさんは、どうなんですか? アンダーウッド家で、それなりに訓練を受けてきたんじゃないですか?」
「まともな訓練は受けていない。俺は魔力量に問題があったからな。それに、魔法戦闘術にはトラウマがあるんだ。模擬戦で、さんざん痛い目にあわされたからな。フィリスに」
「あ、あれは……ごめんなさい」
フィリスは素直に謝罪した。
今の彼女は、本当に申し訳なく思っているのだろう。
だが、俺は許さない。
「本当に反省しているのか?」
「ええ」
「だったら『模擬戦のことを反省しています』って言えるよな?」
「え、ええ」
「それじゃあ、反省の意を示すために、復唱しろ。『模擬線のことを反省しています』」
「『模擬線のことを反省しています』」
「もう一度、『模擬線のことを反省しています』」
「……『模擬線のことを反省しています』」
「最後にもう一回。『覗き趣味のことを反省しています』」
「『覗き趣味のことを反省しています』――って、何を言わせるのよ! こんな……人がたくさんいる場所で……」
フィリスは顔を赤くする。
人がいない場所でならいいのだろうか。
そんなことを考えていたら――。
「授業中に私語とは、大したものだ」
教師の声が、教室の中に響いた。
教壇の方向を見たが、そちらには誰もいない。
一体どこに――。
そう思っていたのだが、すぐに見つかった。
その教師――ノーマン・ホルフブックは、俺のすぐ側にいた。
正確に言えば、俺のすぐ横にいるソフィーの下。
ホルフブック先生は、床に寝そべりながら、ソフィーの足元に入り込み、そこから上を見ていた。
その表情は、宇・宙・の・真・理・に・つ・い・て・思・索・し・て・い・る・か・の・よ・う・に・真・剣・な・も・の・だった。
他方で、秘所を観察されてしまったソフィーは足を上げ――。
「ふん!」
そのままホルフブック先生の顔を踏み抜こうとした。
だが、先生はそれを軽くいなして躱してから起き上がった。
そして、何事もなかったかのように教壇まで歩いた。
「さて、それでは早速授業と行きたいところだが――最初に、君たちを観察させてもらった。すでに授業開始の定刻は過ぎていた。ならば、君たちは私語を慎み、吾輩の到着を待つべきであった。それにもかかわらず、君たちは私語を続けていた。ふむ、つまり君たちは『授業など必要ないほどに優秀』だということだろう」
教師は声を低くしていった。
こういうねちっこい言い方する人、いるよな。
「あの、来ていたことに気づかなくて……」
「気づいていたかどうかの問題ではない。再度言うが、すでに授業開始の時刻は過ぎていた。学ぶ気があるのであれば、君たちは席について教科書を開いておくべきだった。故に、自己紹介の前にするべきことをしておくことにしよう。もがき苦しめ――【ポシドロン】」
教師の杖先から、真っ黒な煙が現れる。
その煙は教室中に広がっていき、それを吸った生徒たちが苦しみだした。
生徒たちは、少しでも煙から離れようと、我先にと部屋の隅に移動した。
だが、そこまで煙が来るのも時間の問題だ。
「先生! 止めてください」
生徒の一人が叫んだ。
だが、ホルフブック先生はそれを拒否する。
「この程度のことは自分で何とかするといい。優秀な君たちのことだ。対抗呪文を使える者もいるだろう? 万が一いないというのであれば、君たちが今後魔術に対し進歩をもたらす可能性はないものと判断しよう。つまりは、生きる価値がないということだ」
確か、この【ポシドロン】というのは第三階梯の魔法だ。
これを打ち消すためには、同じく第三階梯以上の対抗魔法が必要となる。
勿論、そんなものを俺は使えない。
それを使える可能性が最も高い者。
実戦経験豊富な人間といえば――。
「フィリス! 【シフィル】だ!」
「しふぃる? 呪文? でも、私はその呪文を使えないわ。どうすれば……」
フィリスは不安げに言う。
練習をしたこともない呪文を使わせるのは酷だろう。
だが、このままでは全滅してしまう。
そんな中、ソフィーがフィリスに告げる。
「そう深く考えることでもないのでは? 要は、あの杖から出ている瘴気がなくなればよいのです。つまり必要なのは対抗呪文などではありません。ここで必要なのは、急・速・な・換・気・です」
ソフィーはそう言いながら、窓の方を指さす。
フィリスはその意図を理解したのだろう。
「了解したわ」
そう答えて、腰に掲げた剣を抜く。
それは、入学式のときに使用した【剣核コア】。
フィリスはその【剣核】に魔力を込め、魔力剣を形成する。
だが、これで終わりではない。
「第一段階強化――【フォース】」
フィリスが呪文を唱えると、魔力の剣が一回り大きくなった。
これが通常の魔術師の最大出力。
だがフィリスはその限界を超えることが出来る。
「第二段階強化――【フォース・セカンド】」
強化魔法【フォース】の重ね掛け。
さらなる強化により、剣身が当初の倍程度にまで膨れ上がった。
ただ大きくなっただけではない。
その魔力密度も格段に上がっていた。
今にも暴発しそうなほどの魔力が凝縮され、光り輝いている。
フィリスはその魔力剣を横に構え、生徒たちに向かって声をかける。
「全員! 床に伏せて!」
床は瘴気が特に濃くなっている。
だが、このクラスの人間たちはフィリスの意図を正しくくみ取った。
全員が息を止め、瘴気だらけの床に這いつくばる。
そして――フィリスは大剣を横なぎにした。
魔力で出来た斬撃が発生し、それが中空を切り裂きながら窓へと突き刺さる。
その絶対的破壊力は、予想以上の効果をもたらした。
轟音とともに教室の窓は壁ごとえぐり取られていたのだ。
その直後、剣戟によって作られた真空によって、教室内で強風が吹き荒れる。
瘴気の濃度も少しは下がっただろう。
だが、それだけでは不十分だ。
「風魔法を使える人! 換気だ!」
俺の呼びかけに応じ、何人かの生徒が呪文を唱えた。
「「「巻き起こせ――【ウェアロ】!」」」
それにより、強風に指向性がもたらされた。
教師の杖から出ている瘴気が教室の外に排出されていく。
これで一安心。
だが、多くの生徒は瘴気を吸ってしまっていた。
具合悪そうに咳をしている生徒たち。
そんな彼女たちを見下ろしながら、教師は告げる。
「一応、合格としておこう」
4
「さて、吾輩の名は『ノーマン・ホルブルック』。これから四年間、君たちに魔術を用いた戦い方を教えることになる。君たちも知っての通り、この学院は実力主義だ。才能が乏しい者、努力が足らぬ者を一々退学処分にしたりはしない。勝手に死ね」
ホルブルック先生は、杖を机の上に置く。
だが、油断はできない。
いつあの異常者が機嫌を損ねて俺たちを攻撃しようとするか分からないのだ。
「さて、それでは授業を始める。まずは、基礎について話をしよう。この世界には、魔法を使う者が数多くいる。魔術師、魔女、エルフ、死霊術師、そして一部の魔族。魔術を行使する方法はそれぞれだが、それによって生み出される魔法効果は共通している。これは何故か。答えられる者はいるか?」
複数の生徒が手を挙げた。
おそらく、その理由を知らない生徒はいないだろう。
だが、教師に目をつけられることを恐れて手を上げられないのだ。
「ほう。今手を挙げていない者は、このような基礎的なことすら知らぬと」
その言葉に、これまで手を挙げていなかった生徒たちが慌てて挙手をする。
「では、そこの――ああ、君か。ネクだったな。では、魔法効果が共通している理由について述べよ」
「魔法はこの世界に登録されたものだからです」
「その通りだ。詳しく説明をすることは出来るか?」
ここ出来ないと答えたら、罰として解剖されかねない。
俺はできる限りミスがないように言葉を選びながら答える。
「そもそも魔法というのは、失われた先史文明時代に作り上げられたものです。我々が使っているのは、当時この世界に登録された魔法であり、呪文と魔力消費によって魔法の効果が生まれる原理については、未だ解明されていません。魔法の効果が同じなのは、どのような使い方であれ、すでに世界に登録されている『同じ魔法』を使っているからです」
「よろしい」
俺はほっと一息ついた。
「(お主、意外とやるではないか)」
「(このくらいは基礎中の基礎だよ)」
「(いや、もっとこう、アホっぽい人間かと思っていたのじゃが)」
「(アホっぽいってなんだよ!?)」
「(これまでの行動が行動じゃからのう。それよりも、授業に集中したほうが良いぞ。お主、あの女に狙われておるようじゃからな)」
そうだった。
あの『解剖狂』は俺の魔力を調べたがっているのだ。
できる限り、弱みとなるようなことはしないほうがいいだろう。
「では、魔法使いが魔法を行使するための『三段階』を知っている者はいるか?」
今度は、多くの生徒たちが手を挙げた。
これは、手をあげないと危険だと判断したのだろう。
今度は、一人の女生徒が指名される。
「魔力生成、魔力供出、魔法行使です」
「正解だ。では、それぞれの段階について見ておこう。まず『魔力生成』。魔法を行使するためには、まず魔力が必要だ。だから、使用するための魔力を自分で生成する必要がある。魔力をどれだけ生成することが出来るのかは、それぞれの才能による」
才能。
それは残酷なものだ。
生成量が少ない者は、それだけで落伍者となる。
ソフィー抜きの俺がそうだったように。
「では、『魔力供出』について誰か」
再度、多くの手が上がる。
「では、そこの君。名前は?」
「マルコ・サビッチです」
今度指名されたのは、おかっぱ頭の少女だった。
緊張気味に立ち上がりながら、自分の名前を告げていた。
「では、マルコ。魔力供出について説明をしろ」
「はい。魔力供出というのは、魔法を行使するために、生成した魔力の一部を切り離すことです。この時点で、これから行使しようとする魔法がどの程度の規模の効果を生むのかが決まります」
「正解だ。座ってよろしい」
そういわれ、おかっぱ少女は脱力したように椅子に座る。
だが、気は抜けないようで、背筋をピンと伸ばしていた。
「では、最後の『魔法行使』。これは言うまでもなく、魔法が行使され、魔法効果が発動されることだ。さて、ここにいる生徒の中に、今の内容が頭に入っていなかった者は一人もいないものと考える。なぜなら、吾輩が今話した内容は非常に基礎的なものであり、これを知らなければ学院の門をたたくことすら許されないからだ」
そう言って、ホルフブック先生は生徒たちを見やる。
何かを試すかのように、舐るように。
そして、それが一段落すると、教卓の上に一つの箱を置いた。
それを見た生徒たちの間に、小さなざわめきが起きる。
「さて、それでは君たちが期待しているであろう、この箱を開けることにしよう」
ホルフブック先生は、箱の蓋を開ける。
その箱の中には、石膏のような素材で作られた棒状の物が沢山入っていた。
長さは二十センチくらいだろうか。
手に持ちやすいような形状をしている。
「さて、ここまで基礎的な知識の確認を行った。そして、ここからがこの『剣核』を使った魔法戦闘術の授業の始まりだ」
追放先は、変態巣食う「魔法学院」!?~最大の脅威は、美少女魔法使いたちの【性癖】でした~ えぬし @enushi369
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