第9話 盗賊との微妙な闘い 2/6
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「おや、何だいお嬢ちゃん。盗賊が珍しいかい?」
箱の外から聞こえてくる盗賊の声は、女性のものだった。
おそらく、声をかけている相手は、馬車に乗っていた女商人だろう。
盗賊に襲われて、さぞかし怖がっていることだろう。
まともに受け答えをすることすら難しいかもしれない。
俺はそう考えたが、その女商人は極めて冷静に答えを返していた。
「いや、盗賊自体は珍しくありません。商人が盗賊に襲われるというのは、間々あることですから。でも、大抵の場合、盗賊は複数人で襲ってきます。ですから、貴女のように、女性が一人で襲ってくるというのは珍しいな、と思っただけです」
「結局珍しがっているじゃないか」
「いえ、女性一人というのが珍しいのであって、盗賊自体は珍しいものではありません。貴女も『盗賊が珍しいかい』と尋ねたわけですから――」
「細かいやつだな!?」
「商人ですから」
どうやら、盗賊は女一人らしい。
確かに、女商人の言う通り珍しいケースだ。
盗賊が商人を襲うためには、当然武力で勝っている必要がある。
だから、基本的には盗賊は複数人で徒党を組んでいる。
一人で盗賊行為を行う者はほとんどいない。
更にそれが女性だというのであれば、その存在すら疑わしいのだが。
いるところにはいるようだ。
その『希少種』たる女盗賊は、余裕のある声で告げる。
「まぁ、そう警戒するなよ。実を言うと、あたしも、アンタを見て珍しいとは思っているよ。盗賊に襲われているのにそこまで落ち着いていられるだなんて、中々の度胸じゃないか」
「こちらも丸腰ではありませんから」
「へぇ、それは怖い。でも、あたしには逆らわないほうがいいぞ」
外の様子がさっぱり分からない。
ここで声を出したら、何とか助けてくれないだろうか。
いや、止めておくことにしよう。
俺が『元』とはいえアンダーウッド家の人間だと知られたら、面倒なことになりかねない。アンダーウッド家は、色々と盗賊に恨まれているのだ。
「そうそう、それでいい。あたしと戦おうだなんて馬鹿なことを考えるんじゃないよ?」
「まぁ、そうですね。ボクとしても貴女と戦う気はありません。こんなことで命を危険に晒したくはありません」
「賢明な判断だ」
その言葉の後に、箱を壊すような音が響き始めた。
おそらく、女盗賊が荷物をあさり始めたのだろう。
一人しかいないのでは、強奪できる物資もたかが知れている。
出来る限り価値が高く換金しやすいものを選んでいるのだろう。
そんな女盗賊に、女商人が声を賭ける。
「ところで盗賊さん、魔力による身体強化をしているんですか?」
「ああ、そうだ。どうやら、あたしはそれなりに大きな魔力量を持っているらしい。それを身体強化の魔法につぎ込んで、盗賊をやっているってわけだ」
「魔法の悪用ですか」
「有効活用だ。これのおかげで、他の盗賊よりも稼がせてもらっている。ところで、この中で一番価値のあるものって何だ? 一人で強奪できる分量には限界があるからな。それだけいただいたら、他は残しておいてやる」
「それは、そこの『運び屋』さんに聞いてください」
「運び屋? まぁ、呼び方は何でもいい。この馬車の中にある荷物で、一番価値あるものを教えてくれ」
「そ、それは出来ない!」
無駄に渋い声の男が、女盗賊の要求を拒絶した。
運び屋の魂がそうさせたのだろう。
少しはやるじゃないか!
「ほう。それじゃあ、少し痛い目にあってもらうことにしようか――って、この箱は何だ? 魔封印されているじゃないか。しかも、かなりの大きさ。値打ちものと見た」
女盗賊のその言葉と共に、俺が入れられている箱が叩かれる。
なんだ、俺が入っている箱って魔封印されていたのか。
随分と頑丈だと思った。
ちなみに、魔封印というのは、その名の通り『魔法による封印だ』。
封印のための魔道具を使うことで、一定期間だけ対象の強度を上げることが出来る。
その上、蓋などが開かないようにロックをかけてしまうのだ。
これを開けるためには、対応する『解除札』が必要となる。
商人は届け先で荷物と解除札を渡して、そこで初めて箱が開けられることになる。
大抵の場合、価値ある貴重品か機密情報を含む文書が入っているのだ。
盗賊が狙うのも当然だ。
「そ、その箱に手を出すな」
運び屋は必死になって叫んだ。
だが、それを聞いた女盗賊はかえって興味を持ったらしく――。
「ほう。随分と価値のあるものらしいな。解除札を出しな! よし、そこのお嬢ちゃん。アンタに戦意はなさそうだ。そこの運び屋から解除札を受け取って、その箱の封印を解除しな」
「え、ボクですか?」
「ああ、そうだよ」
女盗賊は、女商人に箱の封印解除を命じた。
いいぞ、その調子だ!
このまま行けば、箱から出してもらえる!
「まぁ、そういうことですので、解除札を渡していただけますか?」
「だが……」
この状況下で、運び屋はまだ渋っているらしい。
ここは女商人に頑張ってもらわなければならない。
「実際、あの中の人が死んだら大変じゃないですか。普通に罪に問われますよ?」
「そ、それはそうかもしれないな」
「そうかもしれない、ではなく、そうなのです。いい機会じゃないですか。『盗賊に襲われたので中身を出されてしまいました』ってアンダーウッド家の使用人の方々に言い訳をすることが出来るようになりました。これはチャンスですよ?」
「確かに! だが、中身が何なのか分からないんだぞ。言葉を話すゾンビという可能性だってある」
「一応、アンダーウッド家のネクさんという話でしたが」
「ネクと言えば、あの家の一人息子だ。そんなものを箱に入れて運ばせる奴がいるわけがないだろ! 言葉を話すゾンビの方が、まだ説得力がある!」
「まぁ、可能性としてはなくもないですけど……」
「というわけで――」
「は?」
「これがあの箱を開けるための解除札だ。後は君に任せる」
「はい?」
「では、さらばだ」
その言葉と共に、走り去る靴音があった。
どうやら、女商人に解除札を預けて逃げてしまったらしい。
そんな女商人に、女盗賊が声をかける。
「おい、お前――」
「はい?」
「あの、何だ、元気出せよ?」
「ああ、はい。どうも」
なんだ、このやり取り。
敵同士のはずなのに、女商人が女盗賊に慰めの言葉をかけられている。
「でも、それはそれとして、その魔封印された箱、開けてくれるか?」
「それは構いませんが――」
「構いませんが?」
「何が出てきても自己責任でお願いします」
女商人がそう告げると、箱の上部からパキンッという音がした。
おそらく、解除札で魔術的な封印が解除されたのだろう。
俺が箱の上部を押すと、そこに隙間が生まれた。
俺はそのまま蓋を横にずらす。
すると、箱の中を覗き込んでいる少女と目が合った。
「やぁ」
「ど、どうも」
俺はおもむろに立ち上がると、大きく深呼吸をした。
これまでずっと狭い箱の中に閉じ込められていたため、体中が痛い。
俺は体を軽く動かしてから、大きく体を伸ばした。
すると――。
「ゾンビレベルに悍ましいモノが出てきました」
少女はぽつりと毒づいた。
まずは、言い訳をさせてもらおう。
俺はこれまでずっと暗い箱の中にいた。
狭くて自分の状態をあまり気にする余裕はなかった。
しかも、盗賊に襲われるという緊急事態の中にいる。
だから、俺はこの時気づいていなかったのだ。
己が一切服を着ていないことに。
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「さてと――」
――まずは、詳しい状況把握だ。
俺は周囲を見回して状況確認を行った。
まず、隣にいる少女。
おそらく、この子が女商人だろう。
肩までかかる程度の赤みを帯びた茶髪。
顔立ちはやや幼く可愛らしい。
白いシャツに黒のスカート、その上にローブを着ている。
ややフォーマルな印象を受ける服装だ。
体格は小柄で、特筆すべき点はない――わけではなかった。
一人称が『ボク』であったことから、少年のような容姿をしているのだとばかり思い込んでいたが、とんでもない思い違いだった。
着用しているローブを押し出すように、大きな胸が激しい自己主張をしている。
窮屈なところに閉じ込められているような張り出し方。
彼女がほんの少し後ずさっただけで、その膨らみはたゆんと揺れた。
見ただけで、その質量のあるエロスを感じ取ることが出来る。
成程、これが巨乳というものか。
概念は知っていたが、生きた人間の巨乳を見るのは初めてだ。
ソフィーの裸体は見たが、いまいち現実感がなかったからな。
そんなことを考えていると、女商人が非難の声を向けてきた。
「な、なんですか、じろじろ見て」
「じろじろなんて見てないよ」
「いいえ、嘘です。ボクのおっぱいをじっくり、ねっとり、の~んびりと見ていました」
「見てませんー!」
「見てました! 絶対に見ていました!」
「見てないって言ってるだろ! それに、仮に見ていたとしても、それをお前が知っているってことは、そう判断できるくらい俺のことをじっくり見ていたということだよな?」
「そ、そんなことはありません」
「言い逃れはできないぞ! 俺がおっぱいを覗くとき、おっぱいもまた俺を覗いているのだ! 故に、俺がいやらしいというのであれば、同様にお前のおっぱいもいやらしいということになる!」
「なんてことを言うんですか、この変態!?」
少女が叫ぶ。
だが、俺はそれに対して冷静に言葉を返す。
「ほう、俺が変態だと?」
「え、ええ。そうですよ」
「ほほう、では教えてくれ。変態とは何なのだ?」
「えっ!?」
少女は俺の問いかけに、驚いていた。
だが、至高の変態性癖の探究者として、そこを見逃すことは出来ない。
「それは、異常な性癖を持っている方のことで……」
「そもそも異常な性癖とは何なのだ? 性癖が異常であるかどうかはどのような基準で決まる? そもそも、性癖に正常と異常の区別をつけることは可能なのか? この俺を変態と罵ったからには答えてもらおう。まず第一に、変態とは何か?」
「え、ええっ」
「変態の定義だ。変態と呼ばれるためには、どのような要件を満たせばいい?」
「知りませんよ!」
「変態と罵っておいて、それが一体どのようなものなのか答えられないとはな……」
「何で偉そうなんですか、この人!?」
少女はドン引きしながら叫んだ。
そしてターゲットをそらすべく、女盗賊を指さし――。
「そ、それよりも、あっちを気にしたらどうですか?」
苦し紛れにそう言った。
俺がその指さす方向を見ると、そこには一人の女がいた。
くすんだ短めの金髪の女性だ。
彼女が例の女盗賊なのだろうが、想像とは大きく違っていた。
体中が土埃にまみれた清潔感の欠片もない蛮族のような姿をしていると思っていたのだが――。
実際の盗賊は割と小奇麗な見た目をしていた。
ボロの布を何枚も重ね着しているようで、野暮ったい服装ではある。
だが、全体的に盗賊っぽくはない。
何というか、育ちの良さのようなものを感じる。
「あれが盗賊か……」
俺に視線を向けられた女盗賊は、相当動揺していた。
嫌悪と驚愕の表情を浮かべ、一歩後ろに下がる。
確かに、箱から人が出てきたら驚くだろう。
あれほど驚くことはないとは思うが。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺は彼女に対して、どうしても言っておきたいことがあった。
「そこの盗賊、お前に言っておくことがある」
「な、何だというんだ、この変態が!」
「誰が変態だよ! いや、それはいい。これだけは言っておきたかった――助けてくれてありがとう! マジで!」
彼女がいなかったら、俺は死んでいたかもしれない。
それは冗談でも誇張でもない。
魔封印された箱に入れられるということは、そういうことだ。
俺は珍しく、心の底からの感謝を表明していた。
対して、女盗賊の方は俺を警戒しているようだった。
丸腰の俺に、どうしてそこまで警戒するのだろうか。
「お前は何なんだ?」
「何なんだと聞かれても……。俺の名はネク。アンダーウッド家から追放された男であり、今は何者でもない! 故に、何者にもなりうる無限の可能性を持った男だ!」
「無駄に格好いい言い方!? いや、そういうことを聞いているんじゃないんだよ!」
「じゃあ、何を答えればいいんだ?」
「だから、何で……」
「何で?」
「何で、裸で、箱に入ってたんだよ!?」
「ん?」
なんだこれ。
見てみたら、俺は裸のままだった。
昨日の夜に倒れてから、使用人たちがそのまま箱に入れたらしい。
俺の扱い、ひどすぎないか。いくらなんでもこれはないだろ。
一体、俺が何をしたというのだろうか。
何故、このような仕打ちを受けなければならないというのか。
俺はすぐ側にいる少女に声をかける。
「何でだと思う?」
「知りませんよ!?」
ですねよー。
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