第16話 魔王の魔力 あるいは おっぱい 3/5
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魂の具象化空間。
そこで俺は、とんでもない光景を目にした。
昨日までは真っ白だったはずのこの空間。
そこに何故か、薄汚れた外壁の巨大な城が建てられていた。
「なんだこれ……」
俺がそう呟くと同時に、その城の正門が開かれた。
そして、俺の身体が宙に浮き、次の瞬間には弾かれたように高速で場内へと飛ばされた。
浮いたままの移動ではなく、自由落下を伴う移動だ。
これ、絶対にソフィーの嫌がらせだろ。
俺の身体は場内の真っ赤な絨毯の上に落下し、玉座の前まで転がった。
玉座に座っているソフィーは、以前と同じように深紅のドレスを着ていた。
偉そうに足を組みながら、俺を見下している。
対抗するように、俺はそのスカートの中を見上げた。
「おい、ネクよ。どこを見ておる」
勿論、パンツである――と言いたいところだったが、そうはならなかった。
スカートの中が見えているにもかかわらず、絶妙な足の組み方により、パンツまでは見えない。
俺が太腿フェチだったら興奮出来ただろうに。
己の至らなさを恥じるばかりだ。
「おいこら、ソフィー! 何をするんだ、お前!」
「お主、妾の質問を無視したじゃろ?」
「質問? 何のことだ? 後、ここはどうなってるんだ?」
「簡単なことじゃ。すでにここは妾とお主が共有する空間となっておる。一部であれば、妾にも改変することは可能。ゆえに、我が城『グレゴール城』を作らせてもらった」
ソフィーは口角を上げ、挑発的な笑みを浮かべた。
それに対し俺は――。
「即刻取り壊し及び退去を求める」
「何故じゃ!」
「人の魂の中に変なもの作りやがって! こんな訳の分からない建造物が魂の中にあるって気持ち悪いだろ!」
「訳の分からないとは何じゃ! これは由緒正しい『グレゴール城』じゃ! 何が気に入らない? ディテールに実物とは違う部分もあるじゃろうが、その程度のことには目をつぶるがよい。ぶっちゃけ、この城には妾も知らない部分がかなりあるからの。ほら、普段使うところ以外は、自分の家でも全く立ち入らなくなったりするじゃろ?」
「そもそも、その城の現物を見たことがないから違いなんて分からねーよ! それに、怒ってるのはクオリティーに問題があるからじゃない! この存在自体が気に入らないんだよ!」
俺は右手を高く掲げ、そこにハンマーを出現させた。
ここは俺の魂の領域だ。
だから、想像力が及ぶ範囲内で、俺は何でもできるのだ。
その権限は、新参者のソフィーの比ではない。
つまり、ここでは俺が最強。
そう、俺こそがルールだ!
魔王だろうが何だろうが、好き勝手させてたまるか。
「待て、話し合おう! 言葉は分かりあうためにあるのじゃ!」
「違うね! 言葉は罵り合うために存在するんだ!」
「さっきから妾が一方的に罵られておらぬか!?」
「問答無用!」
俺はハンマーを全力で振り下ろした。
その瞬間、建物全体に雷光が轟音と共に走り渡った。
その雷光によって切り取られたかのように、建物に亀裂が入る。
「なんという威力じゃ……。じゃが、何とか持ちこたえて――」
「ないからな」
天井からは、パラパラと細かな石が落ちてきた。
そして、落下してくる石は少しずつ大きなものに変わり。
やがて大きながれきが落ちるようになり。
それを皮切りに、一気に巨大な城は崩れ落ちた。
俺とソフィーは、俺が張ったドーム型の障壁に覆われて無事だ。
俺たちの周囲は、城を形成していた瓦礫が積み重なっている。
「あー! 本当に壊しおった!」
瓦礫の中で、ソフィーは顔を赤くしながら叫んだ。
そんな彼女に、俺は容赦なく告げる。
「人の魂の中に違法建築物を建てるのが悪い」
「この鬼畜めが! これを作るのにどれほど時間がかかったと思っておるのじゃ!」
「一日未満だろ?」
「それはそうじゃが――。そういう問題でもないのじゃ! これほどの傑作をこうもあっさりと壊しおって! というか、よくハンマーの一振りで城を壊せたのう」
ソフィーは俺のハンマーを見る。
見た目が大きいだけで、何の変哲もないハンマーだ。
「こういう魂同士のやりとりは、弱気になったほうが負けるからな。魔王だろうが何だろうが、魂になった時点でネクロマンサーには勝てないんだよ。ああ、そうだ。それで思い出した。一つはっきりさせておきたいんだけど」
「うむ、なんじゃ?」
「お前は、本当に魔王グレゴールってことでいいんだよな?」
「いかにも!」
ソフィーは胸をプルンと張って言う。
「人類の敵、魔族の王、あらゆる災厄の原因と言われる、あの魔王なんだろ」
「いや、そこまで評価されておるとは。照れるのう」
「照れるな! それよりも、お前は俺にとって危険な存在ということになるんじゃないのか?」
考えてみれば、魔王というのは人類にとって最大の脅威だ。
まじめに考えれば、まずい展開といえるだろう。
魔王の魂が入った器――人間サイドがそれを見逃してくれるとは思えない。
「心配をする必要はないじゃろ。妾、もう死んでおるし。魂だけの存在じゃし。いくらネクロマンサーの身体でも、妾の一存で乗っ取るなんてできぬじゃろう?」
「……それもそうだな。だったら、まぁ、いいか」
「そうそう。お主は少し深刻に考えすぎなんじゃ」
そうなのだろうか。
そうなのかもしれないな。
言われてみれば、これ以上考えても仕方がないように思えてきた。
「さて、それじゃあ、本題に入ろう」
「今のが本題だったのではないのか?」
「違うよ。俺が一番聞きたかったのは、他のことだ。この膨大な量の魔力だけど、これはソフィーの魂から供出されたものという理解でいいんだよな?」
「うむ、問題ない」
「これの使い方は理解しているな?」
「勿論じゃ。とはいっても、普通の魔力と大した差はないはずじゃ。魔王特有のものとはいえ、魔力であることに変わりはないからのう。まぁ、違うところと言えば膨大な魔力量じゃろうか。魔力量の都合で他の人間が数人集まって初めて使えるようになるような魔法でも、いずれお主は一人で使えるようになるじゃろう。どうじゃ、嬉しいじゃろ?」
「ああ、そうだな」
「おおっ。なにやら、素直じゃな」
「そりゃあ、嬉しいさ。俺はこれまでずっと実家で無能の誹りを受けてきた。だけど、大量の魔力を手に入れた今、俺は人間の中でトップクラスの魔法使いに一気に躍り出たわけだ! ざまぁみろ、凡人魔術師どもめ!」
「おぬし、清々しいまでのクズ思考じゃのう……」
「虐げられてきた人間がさわやかな性格をしているわけがないだろ? 貧すれば鈍する。これは真理であり、そうならない人間のほうがおかしい。『清貧』という言葉は、嘘つきの言葉だ!」
恥じることはないとばかりに、俺は主張した。
その態度に、ソフィーはドン引きしているようだが、どうでもいい。
「それもそうじゃが……。まぁ、いいか。それでは、妾の魔力についてレクチャー開始じゃ」
「その前に、一つ教えてくれ」
「なんじゃ?」
「お前、魔王なんだよな? だったら、何で俺にそんなに親切にしてくれるんだ?」
「それは簡単なことじゃ。お主に死なれては妾が困る。これほど移住に適した魂の空領域を持つ者がいたこと自体が奇跡なのじゃ。ゆえに、お主が死んだら、妾の魂はほぼ確実に消滅する。お主には死なないよう強くなってもらう必要がある」
ソフィーの言葉に矛盾はない。
仮にあったとしても、本当に排除するのは難しいだろう。
だったら、納得したことにして共存していくしかない。
共存共栄を目指していくしかない。
「さて、それでは妾の魔法について教えてやろう」
「ああ、頼む」
俺の言葉を受け、ソフィーは指をパチンと鳴らす。
すると、ソフィーの衣装が変わった。
何故か、紺色のスーツスカート姿になっている。
しかも、ワイシャツのボタンが四つほど外されており、胸元が大きく露出している。
短いタイトスカートからは、美しい生足がにゅっと飛び出ている。
裸やドレスの時とは別種の色気が醸し出されていた。
さすがは魔王と言わざるを得ない。
「その恰好は?」
「人に何かを教えるときは、この格好をするものなのじゃろう?」
「それは誰に聞いたんだ?」
「マベルじゃが――何かおかしいのか?」
俺は確信した。
マベルというのは、忠実な部下だったのかもしれない。
だが、自分の趣味嗜好をソフィーに押し付けていたらしい。
正直、「グッジョブ!」と言ってやりたい。
そんなことを考えていたら、ソフィーが怪訝そうに俺を見ていた。
俺からの回答を待っているのだろう。
さて、俺はソフィーからの問いに対し、どう答えるべきだろうか。
ここで「そのような常識はない」と指摘するのは簡単だ。
だが、それは正しい答えと言えるのだろうか。
ここで大切なのは、事実ではない。
ソフィーの部下であったというマベル。
ソフィーが死んでいる以上、そいつも命を落としていることだろう。
さぞかし無念だっただろう。
魔族は人間の敵。
それは覆すことは出来ない。
だが、そんなことは関係なく、俺はマベルに敬意を表したい。
その誇り高き嗜好を尊重したい。
では、どうすれば敬意を表することになるだろうか。
心の中で祈るだけ?
そんなものは無意味だ。
祈りなんて、何の役にも立たない。
重要なのは、祈りから生まれる行動なのだ。
マベルのために俺が出来ること。
それはマベルの遺志を継ぐこと。
だから――。
「その格好が正解だ。魔族なのに、人間にも通じるマナーを持っていることに驚いただけだよ」
――これでいいんだろ、マベル。
俺は会ったこともない魔族に心の中でそう呼びかけた。
「それを聞いて安心した。実を言うと、マベルのやつは妾を玩具のように扱う時があったのじゃ。もしかしたら、この格好も騙されているだけという可能性が頭をよぎったのじゃが、ネクに保証してもらえるなら安心じゃ」
「……それはよかった」
少しだけ良心が痛むが、仕方がない。
むしろ、それがよりよりスパイスになる。
とことん俺ってクズだよな、うん。
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