第15話 魔王の魔力 あるいは おっぱい 2/5
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俺は立ち上がると、直立の姿勢を取った。
体力は限界だが、気合で耐える。
男には、己の限界を超えてでもなさねばならないことがあるのだ。
俺は誠意を示すために、右手を胸に当てながら告げる。
勿論、自分の胸にだ。
ハルのおっぱいにではない。
「基本的に、男は女性のおっぱいを見たいと考える生き物だ。目の前に、デンとおっぱいが鎮座されれば、そこに目が行くのは当然のこと。問題は、それをどこまで観察することが許されるかということだろう。ハルは今、俺がおっぱいを見過ぎだと言っていた。では、どの程度が適切なのかを説明できるのか?」
ハルは『見すぎ』だと言っていたのだ。
ならば、適量を示してもらわねばなるまい。
「それは……。すぐに目を背けるのが紳士としての振舞いです!」
「成程。確かに、淑女が相手であれば、そうするのが紳士としての振舞いといえるだろう。だが、薄いシャツを着ているにもかかわらず、汗だらけの状態でローブを脱ぎ捨てる女性は、果たして淑女と言えるだろうか。それはもう、裸で駆け回る野蛮人とそう違わないのではないだろうか」
「ボクが野蛮人だと言いたいのですか!?」
「少なくとも淑女ではない。だとすれば、今ここにあるおっぱいは紳士としての配慮を必要とするものではない! 保護対象とはならない! 故に、俺がお前のおっぱいを見ていたとしても、それは適正量である! 見過ぎだという指摘は、不適切だということになる! 以上、証明終了だ!」
我ながら完璧な論理展開だ。
さぁ、この理屈を崩せるものなら崩してみろ!
「ぶっ殺しますよ?」
「……ごめん」
やっぱり、無理があったな。
おっぱいの正当なる所有者はハルだ。
その彼女が見過ぎだという以上、それは見過ぎなのだ。
「それで、ネクさん。火を起こしてくれるんですよね? さんざん気持ち悪いことを言ってくれたんですから、それくらいしていただけますよね?」
ハルはローブを体にかけながら言った。
とげのある言い方だが、ここは俺が引き下がるしかない。
「……いいだろう」
こうなったら破れかぶれだ。
使うのは威力の弱い第一階梯魔法【ボファイ】。
改変されていたとしても、然程ひどいことにはならないだろう。
多分。きっと。
ならないといいな!
そう思いながら、俺は杖を手に持つ。
「ど、どうしたんですか、そんな何かを決意したような顔をして。たかが火を起こすだけじゃないですか」
「覚悟しておくがいい! これが、お前が見る最後の火になるかもしれないからな!」
「何言っているんですか!?」
「もしかしたら……。遺言になるかもしれない言葉だ」
「意味が分かりません!?」
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少しして――俺は焚火の準備を終えた。
周囲から落ちていた木の枝や燃えやすそうな葉っぱを集め、浅めに掘った穴に置く。
ちなみに、ハルは座りながらその作業をずっと見ていた。
「それじゃあ、始めるぞ」
「はい、どうぞ」
「よし、やるぞ!」
「はいはい、どうぞ」
「本当に――」
「さっさとやってくださ~い」
ハルは『コイツ、何もったいぶってるんだ?』という顔を俺に向けていた。
無理もない。
これから俺が使おうとしている魔法は、第一階梯の魔法。
通常であれば、種火を作り出すことが出来るだけのものだ。
魔法学院に入学する者であれば、失敗することの方が難しいだろう。
「小さな火を起こせ――【ボファイ】」
俺は杖を片手に呪文を唱える。
すると、俺の体を魔力がかけぬけ、杖先に集まった。
なんだか、凄まじい量の魔力が使われたような気がする。
もしかしたら、失敗してしまったのかもしれない。
そう考えた次の瞬間には、目の前の木の枝に火が付いていた。
成功だ!
普通に火が付き、普通に燃えている。
これだけのことが、これほど嬉しいとは。
「何だ、普通じゃないですか」
「おい、余計なことを言うな。そういうことを言っていると――」
――何か問題が起きてしまう。
世の中なんてものは、大抵そんな感じなのだ。
それは、今回も例外ではなかった。
燃えていたはずの炎が一瞬で消え去る。
焚火の中心には、小さな光だけが残されていた。
その次の瞬間――その光を中心に風が吹き荒れ、巨大な炎が渦巻いた。
その炎の竜巻は天高くまで昇り、暗くなりかけていた周囲を照らす。
「な、何ですかこの魔法!? 普通の【ボファイ】でしたよね!?」
「分からん!」
「何で自分の魔法の効果が分からないんですか!? いえ、それは後にしましょう。ネクさん、これって消えるんですか?」
「さぁ?」
大量の魔力を消費した感覚はある。
だが、魔力が有限である以上いつまでも燃え続けるというのはあり得ない。
問題は、いつまで燃え続けるかだ。
このままの状態が続けば、いずれ山火事になってしまうだろう。
「(ソフィー。これ、どうすれば消えるんだ?)」
「(ん? 何じゃ、消したいのか?)」
「(このままだったら危ないだろ)」
「(ふむ。では、レクチャーしてやろう。炎の魔法の消し方。それは――水をかけることじゃ!)」
これはふざけているのだろうか。
まぁ。理屈は分からなくもないというか、当然のことなのだが。
「(……それで消えるのか?)」
「(まぁ、何とかなるじゃろ。正直言って、魔王の魔力というのは色々と例外的なことが多いのじゃ。妾にもよくわからない部分が多分にある。その魔力をお主が使うということは、極めて例外的な魔力を極めて例外的な方法で使用するということなのじゃからな)」
「(それじゃあ、水をかければ消えるかどうかは分からないんじゃないか?)」
「(少なくとも、意味がないということにはならぬ。古来より、火には水をかけるのが定石。たとえ魔法で作られた炎でも、それに変わりはない)」
「(分かった。とりあえず、水をかければいいんだな)」
幸い、ここは湖のほとりだ。
水ならたくさんある。本当にここでよかった。
「ハル。バケツか何かないか?」
「勿論、ありますよ。ですが、もっといいものがあります。『あなたのご近所に、頼れる魔法家具店』でおなじみのティペット魔法家具店から珠玉の魔法家具をお貸ししましょう!」
ハルは、袋の中から『筒』を取り出す。
「パンパカパーン! これは、ティペット魔法家具店で取り扱っている加圧式水流発生装置――その名も『火消しくん1号』です! 早速使ってみましょう!」
ハルは、それを持って湖のそばに寄る。
そして、筒についているホース部分の先を湖の中に入れた。
「これで準備完了です。どうです、簡単だったでしょう? あとは、魔力を流し込むだけ。それじゃあ、行ってみましょう!」
ハルがそう言うと、ホースを通して川の水がくみ上げられる。
そして、その水が筒先から放出された。
「さぁ、どうですか! 今ならもう一本ついてきて、お値段なんと98,000ゴル! お値段、なんと、98,000ゴルです! お買い得ですよ! まぁ、ネクさんは無一文ですから、お譲りすることは出来ませんが」
ハルはそう言って、炎に水をかけ続けた。
すると、一分もしないうちに炎は完全に消えてしまった。
一時は周囲を焼き尽くすのではないかと思ったほどの炎だったのだが。
意外なほどあっさりと消えてしまった。
「何だ、こんなものですか」
ハルは、つまらなそうに言った。
だが、これは決してつまらない事態ではない。
通常ではありえない威力の魔法効果が表れたのだ。
その異常事態に、ハルもそのうち気づくだろう。
だが、その前に優先して考えるべきことがある。
あるいは、指摘するべきことか。
「ハル」
「はい、何ですか?」
「その魔道具って、魔力で動くんだよな」
「ええ、まぁ。何ですか? 欲しくなっちゃいましたか?」
ハルはニヤつきながらそう尋ねてきた。
商人としては、自分の商品に興味を持ってもらえたのが嬉しいのだろう。
だが、俺はその商品自体に興味はない。
全くない。
俺が言いたいのは――。
「お前、魔力切れになったんじゃなかったのか?」
これである。
魔力切れになったのなら、魔力で動く魔道具を使えるはずがない。
仮に動いたとしても、ほんのわずかであるはずだ。
だが、ハルは思いっきりあの魔道具を使っていた。
俺は、それを指摘したのだ。
すると――。
「……てへっ」
「お前、面倒だから押し付けただけだろ!」
これを皮切りに、俺たちは口論を繰り返した。
勿論、本気で怒っているわけではない。
ただ、楽しかったのだ。
アンダーウッド家では、俺に居場所はなかった。
これほどまでに気軽に話をする相手がいなかった。
だから――俺は、本当にこの他愛もない会話が嬉しかった。
その日、俺たちは夜遅くまで語り明かした。
これまでどう生きてきたか。
魔法学院についたら、何をすることになるのか。
そこで、どんな生活を送りたいか。
将来どんな魔術師になりたいか。
俺たちは、夜遅くまで楽しく語り合った。
そして、いつの間にか眠りに落ちてしまい――。
魂の具象化空間へと降り立った。
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