追放先は、変態巣食う「魔法学院」!?~最大の脅威は、美少女魔法使いたちの【性癖】でした~

えぬし

プロローグ

第1話 追放されたら妹と一緒に風呂に入ることになった 1/5

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 フィリス・ウェイン。

 俺の物語を語るに際し、彼女のことは避けては通れない。

 彼女は、常に俺が歩む人生のど真ん中にいた。

 良くも悪くも、存在していた。

 居座っていた。


 特異な才能を持つ魔法使い。

 魔族と果敢に戦った戦士。

 魔王を討伐した勇者。

 国で一番の有名人。


 だが、それだけではない。

 天は彼女に二物を与えた。

 三物も四物も与えた。

 与えまくった。


 彼女は、魔法の才だけでなく、美貌までも兼ねそろえていた。

 整った顔つきに、美しい金髪。

 どこか儚げな雰囲気は、庇護欲を湧き立てる。

 ドレスを着た姿は、比する者がいないほどの美しさらしい。

 社交界では、ほんのわずかな期間で多くの男を魅了したと言われている。


 まさに、高嶺の花。

 神に愛された少女。


 それが、世間一般の彼女への評価だ。

 勇者フィリス・ウェインの値踏みの結果だ。


 だが――。

 彼女についての真実を、俺は知ってしまった。

 致命的な欠陥を。

 秘匿すべき性癖を。

 これまで抱えてきた苦悩を。

 全部まとめて、知ってしまった。


 そして――。

 そんな彼女は今、俺のベッドの上で気絶していた。

 魔法学院の暫定寮。

 その四階にある俺の部屋で横たわっている。

 幸せそうな顔で。

 よだれを垂らしながら。


 先程まで興奮していたため、未だ呼吸は荒い。

 その呼吸に合わせて、はだけたシャツから出ている腹が上下する。

 その腹の中心には、臍が鎮座していた。

 魅惑の臍。

 魔性の臍。

 俺が舐めつくした臍。

 フィリスを気絶させるまで舐りつくした臍。

 その臍の周辺には、未だ俺の唾液が残っていた。


 勘違いしてほしくないのは、これは色っぽい展開ではないということだ。

 断じて違う。


 以前、ディープなキスをしてしまったこととか。

 彼女の危ない性癖を知ってしまったこととか。

 そういうことをひっくるめても、断じて違う。


 彼女の惨状については、魔術的な治療行為の結果に過ぎない。

 詳しい説明は割愛するが、極めて正当性の高い行為なのだ。


 まぁ、その過程でフィリスが喘ぎ声を出したりもしたが。

 調子に乗って、俺が執拗にその臍を嘗め回したりもした。

 執拗に。ねっとりと。

 気が付いたら、俺は臍を舐めるだけの存在となっていた。

 

 だが、断じて色っぽい展開ではない。

 そういうことになっている。


「それにしても、おかしな関係になったものだ」


 俺はフィリスの呼吸音を聞きながら、そう呟いた。


 思えば、不思議なものだ。

 俺とフィリスは、本来敵対する立場にいる人間だった。

 アンダーウッド家とウェイン家。

 敵対している二つの家系。

 そんな家系に属する俺たちは、この魔法学院で出会った。

 否――再会した。

 そして今、こうして、臍を舐めるような仲になっている。


 ここまで来るためには、様々な出来事があった。

 アンダーウッド家からの追放。

 特殊な二つ名を持つ魔王との出会い。

 露出性癖を持つ巨乳美少女商人との出会い。

 魔法学院への入学。

 非常識な教師に、非人道的な授業。

 その他諸々のトラブル。

 思えば、ろくでもない思い出ばかりだ。


 それらを語るためのスタート地点は、あの話にするべきだろう。

 それは、俺がアンダーウッド家から追放された話。

 そして、その直後に起きた大事件。

 何故か妹であるイヴと一緒に入浴をすることになった話である。


     1


「ネク。お前をアンダーウッド家から追放する」


 アンダーウッド家の貴賓室。

 豪奢でありながら怪しげな雰囲気を持つ一室。

 そこで領主たる『デレク・アンダーウッド』は、俺に対しそう告げた。


 その場にいたのは、アンダーウッド家の面々だけではない。

 付き合いのある貴族や、有力な商人など。

 アンダーウッド家とつながりのある関係者達だ。

 つまり、これはこの家の正式な決定だということだ。


 その決定を、俺は神妙な面持ちで聞いていた。

 ずっと前から、こんなことになるのではないかと思っていた。


 死霊術を専門とする魔法の名家。

 その名家に長男として生まれた俺は、次期当主と目されていた。

 だが、それは昔の話だ。

 遠い昔の話だ。


 俺には、魔力がほとんどなかった。


 基本的に男性の持つ魔力量は女性よりも低い。

 その男性の中でも、俺の持つ魔力量は極めて少なかったのだ。

 そのような『出来損ない』に家督を継がせることは出来ない。

 それがこの家では、共通認識となっていた。


 問題は、いつそれが言い渡されるか。

 それだけだったのだが――。

 その切欠になったのは、とある知らせだった。


「フィリス・ウェインが魔王を打ち取ったのは、お前も知っているな?」

「……はい」


 現在、人類は魔族を相手に戦争を行っている。

 とは言っても、魔族側にはほとんど戦力など残っていない。

 後は人間側が時間をかけ、一手ずつ着実に残存勢力を壊滅させていく。

 そういう戦争だった。

 だが、最近になってその戦争に大きな動きがあった。


 魔族側のトップ――『魔王』が打ち取られたのだ。

 これにより、魔族たちの統率が失われ、戦力はほぼ瓦解。

 魔族との戦争は、一気に終結に近づいた。


 それは人類にとって大きな喜びだった。

 敗戦の可能性はなかったが、戦争終結が目前まで近づいたのだ。

 その知らせを受け、人々は大いに喜んだ。

 そして、魔王を討伐したフィリスを大いに褒めたたえた。

 彼女は、この国の英雄となったのだ。


 だが――。

 俺の父、デレク・アンダーウッドの関心はそんなところにはなかった。

 そもそも、父は終戦など望んでいない。

 彼にとって重要なのは、アンダーウッド家の『格』。

 それ以外に価値はない。


 そんな彼にとって、フィリス・ウェインの活躍は悪夢に近かった。

 アンダーウッド家とウェイン家はかねてより交友があった。

 少し前までは、家の格はアンダーウッド家のほうが上。

 だが、この一件でその関係は逆転してしまったのだ。


 父は、それに耐えることが出来なかったらしい。

 だから、その怒りを俺にぶつけているのだ。

 彼は俺をにらみ付けながら言う。


「フィリス・ウェインは、お前と同い年。彼女は今、人類の英雄となり、国から『勇者』の称号を与えられた。それなのにお前は、何故これほどまでに無能なのだ?」

「申し訳ありません」

「謝罪の言葉が聞きたいのではない。理由を聞きたいのだ」

「それは――」


 俺は言葉を詰まらせた。

 俺も何もしてこなかったわけではない。

 それを克服すべく、あらゆる努力はしてきた。

 だが、その努力は結果に結びつかなかった。


 もっとも、それを話したところで父は俺を許したりはしない。

 父の問いは、一種の罵倒でしかない。

 そんな罵倒に対し、別の者が声を上げた。


「お父様。その質問は無意味です」


 そう言ったのは、怪しい雰囲気の少女だった。

 温度を感じさせない無機質で美しい顔つき。

 ふわりとした黒髪を携えており、着ているドレスも漆黒。

 全身を黒で固めたそのスタイルは、不気味な美しさを演出していた。

 その少女の名は、イヴ・アンダーウッド。

 俺の妹にして、アンダーウッド家のすべてを受け継いだとされる少女。

 その才能はあらゆる魔法使いから『異物』と呼ばれているほどだ。


「お兄様の魔力については、生まれついてのものです。誰に責任があるものでもありません」


 退屈そうな表情を浮かべながら、淡々とイヴは告げた。

 こんな茶番に何の意味があるのか――そう言いたげな平坦な声音。

 だが、そこには確かにデレクを非難する意図があった。

 彼女は言葉を続ける。


「それに、お兄様は追放されるのですから、原因の追究など何の意味もないのでは?」

「う、うむ。それもそうだな」

「追放されるのでしたら、これ以上時間をかけることもありません。決定事項だけお伝えください」

「……いいだろう」


 父は取り繕うように、声に威厳を含ませて告げる。


「まず、次期当主はイヴとする」


 デレク・アンダーウッドの子供は俺とイヴの二人のみ。

 俺がいなくなれば、イヴが次期当主となるほかない。

 実力的にも申し分はなく、それは当然の判断だろう。


「それと、マイナ家との間で進んでいた婚約の話も破棄する。これは、マイナ家も了承済みの事項だ。魔力を持たぬ者に、娘をやることは出来ないそうだ」


 それに関して、俺は特に何度も思わなかった。

 魔力微細の男に娘を嫁がせようとする貴族なんていないだろう。

 最初から、こうなるものだとは予想していた。

 むしろ、今まで破棄されていなかったことのほうが驚きだ。


「ネクについては、今後『アンダーウッド』を名乗ることは許さん。仮に、お前に責任がなかったとしても、魔力をほとんど持たない者の存在はこの家の名誉に悪影響を及ぼす。よいな?」

「はい」

「行先はこちらで手配してある。『王立ライプニッツ高等魔法学院』は分かるな?」

「……はい」


 王立ライプニッツ魔法学院。

 それは、このアニムス国で最高峰の魔法学院だ。

 魔力を持つ貴族の中でも、特に優秀なものばかりが集まる場所。

 学舎でありながら、同時に魔術師ギルドでもあるらしい。


 俺も話に聞いたことしかないが、そこは危険な『魔窟』と言われている。

 生徒たちは、そこであらゆる魔術的事象に関わることになる。

 その多くは、命の危険を伴うものだ。

 実際に、卒業までに少なくない数の生徒が死亡している。

 そのほかに、行方不明者も絶えないというのだ。


 魔法の才能が豊かな者でさえ、一年間生き延びることは困難。

 ましてや、俺のような魔力をほとんど持たない者が行ったら、一瞬で命を落とすことになるだろう。

 つまりは、俺は見捨てられたのだ。

 生き残ることはほぼ不可能な場所への放逐。

 それは、直接手を下さない殺人行為に等しい。


「話は以上だ。二日後に、アマンダの町から魔法学院へ向かう馬車が出る。明日の朝までに身辺整理を済ませ、そちらへ向かえ」

「……はい」


 俺は了承するしかなかった。

 ここで断れば、当主の命に反した咎で殺されてしまうかもしれない。

 命を拾うこと。

 今はそれを最優先に考える必要があった。


     2


 追放を言い渡された俺は、父の前から去り自室に戻った。

 物がほとんどない、閑散とした部屋。

 壁には格子がついた小さな窓が一つついているだけ。

 子供の部屋、というよりは空の倉庫に近い内装だ。


 俺はそこで、自分の置かれた状況について思いをはせる。

 ついにこの日が来た。

 俺はアンダーウッドの名を失い、ただのネクとなってしまった。

 もう、このアンダーウッドの家紋が入った服を着る資格はない。


 俺は着ていた服を脱いだ。

 そして、丸めてからベッドの上に放り出す。

 もはや、この家紋に用はない。

 だから――。


「自由だ~~~~~!!」


 俺は歓喜の声を上げた。

 そう、俺はアンダーウッド家から追放された。

 それと同時に、アンダーウッド家から解放されたのだ。


「ようやくこの日が来た! 何が魔法学院だよ、所詮は学び舎だろ。ぬくぬく育った貴族のお嬢様がたが通うお上品な学校で、この俺が死ぬわけがないだろ! ふはははははは! この時をどれ程待ちわびていたか!」


 ついテンションが高くなってしまった。

 テンションアゲアゲで叫んでしまっていた。

 だって、仕方がないだろ。

 死霊術なんて言う気持ちの悪いものに一生を捧げるのを回避できたんだ。


 前からこうなるとは思っていた。

 でも、中々決定が下りなくて内心焦っていた。

 このまま当主になってしまうのではないかと危惧していた。


 そして今日、決定が下りたのだ。

 俺は、自由だ!

 両手を高く掲げ、天を仰ぎ見る。

 傍から見たらおかしな光景だったかも知れない。

 だが、このパンツ一丁の姿こそが、自由を体現した姿なのだ。


「やっぱり、そういうことだったのですね」


 全身で自由を噛みしめていると、背後から声がした。

 それは、無感情で事務的な声。

 俺は後ろをゆっくりと振り向く。


 そこにいたのは、美しい顔立ちの少女。

 俺の妹であり、つい先ほど次期党首の座を押し付けられたイヴだった。


「イヴ、いたのか」

「ええ、いましたよ。それよりも、お兄様は何か勘違いをされていませんか?」

「勘違い?」

「随分とライプニッツ高等魔法学院を甘く見ていらっしゃるようですが、卒業までに多くの生徒が命を落とすというのは、冗談でも何でもありません。お嬢様がたが多く通っているというのは事実でしょうが、彼女たちはそれぞれ訓練を受けて卒業できると見込みをたててから入学してきています」

「そ、そうか。まぁ、その辺は何とかするさ! この俺の持ち前のセンスで!」

「それがないから今回追放されることになったのでは?」


 情け容赦ない指摘だった。

 それに反論できずにいると、イヴは軽くため息をつく。


「でも、ネクお兄様がそれをお望みなら、それで構いません。次期当主の座は私が確かに受け取りました」

「何か、悪いな。面倒なことを押し付けて」

「いえ、これについては問題ありません。私もアンダーウッド家の名を使ってやりたいことが色々とありますから」

「そうか。お前なら、きっと出来るんだろうな」

「ええ、どこまでうまくできるかは分かりませんが」


 そう言って、イヴは微笑んだ。

 おそらく、彼女ならなんでも上手くやってしまうだろう。

 アンダーウッド家随一の天才。

 齢十三歳にして、あらゆる魔法を使いこなす傑物。

 パンツ一丁で騒いでいる俺の姿に一切動揺を見せない大物。


 それが、イヴ・アンダーウッドという天才なのだ。

 そんなイヴは、愛想のよい笑顔を浮かべながら俺に言う。


「ですが、お兄様にお願いがあります」

「断る。なんだか、面倒くさそうな感じがする」

「次期当主の座、お兄様に返しますよ?」

「おいおい、俺が妹の頼みを断るような人間だとでも思うのか? さっきのは冗談だよ。イヴの頼みなら、何を捨て置いてでも受け入れるに決まっているだろ。さぁ、何でも言ってくれ!」


 俺は即答した。

 イヴなら、本当にやりかねない。

 彼女にかかれば、父の決定を覆すことも出来るだろう。


「正直ですね……。さすがの私も、お兄様に対する敬意を失いそうです」

「それは残念だ」

「嘘ですよ。そもそも、ネクお兄様に対する敬意など最初から持ち合わせていませんから」

「辛辣だな!? だけど、お前はまだ甘い! 俺はすでにアンダーウッド家を放逐された身! 今更お前からの尊敬を失ったところで、痛くもかゆくもない!」

「清々しいほどに性格がねじ曲がってしまいましたね」


 イヴは俺の妄言に動揺することなく、淡々と受け答えをした。

 考えてみれば、この妹が焦ったりしている姿を見たことがない。


「それで、お願いというのは?」

「一つ目は、いつかこのアンダーウッド家に戻ってくること。……嫌な顔をしないでください。何も役割を押し付けようとしているのではありません。ただ、ネクお兄様に物理的に戻ってきていただきたいだけです」

「物理的に!?」

「はい。時期に関しては、後日指定させていただきます。ただ、生きてもう一度私の下に帰ってきてください。私はそれを心待ちにしています」

「……ありがとう」


 正直、イヴがここまで言ってくれるとは思わなかった。

 てっきり、兄どころか人としてみなされていないとさえ思っていた。

 面倒ごとを押し付けてしまったのに、嫌な顔一つしていない。

 まったく、出来た妹だ。


「二つ目は、魔法学院で『召喚の儀』に参加すること。これは魔法学院でしか出来ないことです。入学当初に行われるはずなので、必ず参加してください」

「ああ、分かった」

「それで、最後のお願いなんですが」

「ああ、うん。なんでも遠慮することなく言ってみろ。是が非でも、万難を排して、あらゆる倫理を無視して叶えてやろうじゃないか」

「ああ、はい。こちらは大したものではないのですが――」

「うん」

「今から、一緒にお風呂に入ってください」

「……うん?」

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