第11話 エロの使い魔 3/5
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「そちらの子は初めまして、ね。私はノウェイ・ウェイン。フィリスの姉よ。この入学式の会食には、各テーブルに一人上級生があてがわれて、この学院での生活について説明することになっているの」
ノウェイはハルに対して説明をした。
だが、そこに感情や興味は一切込められていないようだ。
自分がここにいる事情を義務的に説明しただけといった感じ。
実際、その視線はすぐにフィリスに向けられた。
「フィリス」
「は、はい」
「魔王を討伐したそうね。おめでとう。私も姉として、貴女のことを誇りに思うわ」
「ありがとうございます」
わざとらしいくらいに空虚な言葉。
あらかじめ決まった言葉を、ただ言っているだけ。
そんな言葉はノウェイは投げかけていた。
対するフィリスの声は震えていた。
緊張か、それとも恐怖によるものか。
「ところで――」
ノウェイの声が突然低くなる。
「フィリス、少し見ない間に、ずいぶんとネク君と仲良くなったみたいね。ああ、勘違いしないで。責めているわけではないのよ。彼はもうアンダーウッド家の人間じゃないから、敵対する必要もないわけだし」
重く責め立てる言葉。
浮かべる表情は変わらないのに、今はその表情が恐ろしく感じた。
あるいは、悍ましく。
「ただ、それ以下の存在になった彼と仲良くするというのは、どういうつもりなのかなって思っただけ」
「それは……同じ班につくことになったので」
「そう。それは仕方がないわね。それで?」
「それでって、あの……」
フィリスは視線を揺らす。
頭が働かないのか、次の言葉が出てこないようだ。
「学院が決めてしまった以上、同じ班ということは覆らないでしょうね。覆す必要もないでしょうし。ただ、同じ班になったからと言って必ず仲良くなるというわけではないでしょう? つまり、私が言いたいのは、ネク君と仲良くしているのは、フィリス自身の意思ということになるということなのよ? 分かるかしら?」
「……はい」
「それで、一体、どんな話をしていたのかしら? ぜひ聞いてみたいわ」
「それは、あの……」
「あの?」
フィリス・ウェイン。
俺が天敵であると認識していた少女。
魔王を倒した勇者。
そんな彼女が、姉の前では縮こまってしまっている。
そして、助けを求めるかのように俺を見た。
その瞬間、俺は気づいた。
フィリスに痛めつけられていたトラウマ。
だが、あれはフィリスの背後に、ウェイン家があったからだ。
ウェイン家はアンダーウッド家を敵視している。
その事実を、俺は軽く見過ぎていた。
ウェイン家に巣食う闇。
それにフィリスは支配されていただけなのだ。
だから――。
「俺が変態であるか否かという議論がなされていました」
俺の言葉に、ノウェイが眉をひそめた。
さすがの彼女も、無感情のままというわけにはいかなかったらしい。
「ちょっとした誤解があって、この二人が俺のことを変態だと罵って来るんです。全く、冤罪もいいところなんですけどね。勿論、ノウェイさんなら分かってくれるでしょう? 俺はごく普通の人間であって、決して変態などではない。むしろ、変態という人間こそが変態なのだと」
ノウェイの表情にほとんど変化はなかった。
だが、その中にも嫌悪感と敵意は見て取れる。
「ネク・アンダーウッド」
「アンダーウッドは――」
「つかないんでしょ? どうでもいいわ」
「どうでもいいって――」
「今日話してみて、驚いたわ。随分と甘くて明るい性格になったようね。これまでフィリスが『模擬戦』で徹底的に痛めつけてあげたけど、そのフィリスを庇おうっていうのだから」
「……別に庇うつもりはありません」
「そう。ま、それでもどうでもいいことよね? だって、君はどうせ生き残れないのだから。知っているとは思うけど、無事にここを卒業できた男子生徒は、ほとんどいないのよ? 彼らのうち多くは誰からも悪意を向けられていなかったにもかかわらず」
ノウェイから悪意を向けられている俺の状況は絶望的。
そう言いたいのだろう。
だが、今の俺は違う。
追放されてからというもの、俺は妙にポジティブになっていた。
だから、その言葉を撥ね退けるくらいのことは出来る。
「ご心配なく。妹さんに助けてもらいながら、何とかやっていくつもりですので」
「……そう。それなら、私から言うことは何もないわ。せいぜい、後悔しないように残り少ない人生を過ごすことね」
そう言って、ノウェイは去っていった。
彼女が行動から出て言っても、フィリスは無言のままだった。
「あの人、何しに来たんだ? 先輩として案内するって趣旨でそこの席が空いてたんじゃないのか?」
「確かに、全然案内とかしてもらえませんでしたね。他のテーブルは、先輩方と仲良くお話ししているようですけど」
「ウェイン家には変な奴しかいないな」
「それをネクさんが言いますか?」
俺とハルはノウェイの後姿を見ながら話をしていた。
すると、恐慌状態から回復したのか、フィリスがやや興奮気味に声を出した。
「ネク、なんてことを……」
「なんてことって」
フィリスの目は怯えに満ちていた。
とてもではないが、これが魔王を倒した人間だとは思えない。
それとも、あの姉は魔王よりも恐ろしい存在なのだろうか。
「どうしてくれるのよ!? お姉さまに、私まで敵視されてしまったじゃない!」
「お前ならどうにかなるだろ。あと、口調が崩れているぞ」
「あ……」
「一応言っておくけど、お前の口調、違和感だらけだからな! ハルもおかしいと思っているはずだ」
フィリスは、ハルを見る。
すると、ハルは苦笑いを浮かべながら――。
「まぁ、『勇者』としてのふるまいを強いられているんだろうな、とは思っていました」
「……バレバレだったという訳ね」
「そうですね」
「だったら、もう丁寧な口調は止めるわ。慣れていないし」
「それがよろしいかと」
そうだ、これがフィリスの素の姿だ。
さっきまでの口調、結構気持ち悪かったんだよな。
「それで――ネク、どうしてくれるのよ!」
「え、何の話?」
「お姉さまの話よ! 終わった感じにしているんじゃないわよ!?」
「お前なら身体強化で――」
「正面から立ち向かってどうこうなる相手ではないのよ! 勝負をさせてもらえないというか、掌の上から逃れられない感じで……」
確かに、それは分からないこともない。
あれは『厄介』という言葉を煮詰めたような人間だ。
正直、関りを持ちたくない。
だが――。
「おいおい、俺を誰だと思っているんだ?」
「……ネクでしょ?」
「そうだ。アンダーウッド家から追放されたネクだ。そして、この先色々と問題を起こし続ける男だ! だからこそ、俺はあのノウェイに対抗しうるんだ。そう――俺は掌の上に乗せたくなくなるような汚物にだって、なって見せる!」
「……それは、最悪ね」
俺の軽口に、フィリスは困ったような微笑みを浮かべながら応えた。
まったく、俺はどうしてこいつを元気づけているんだ。
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ノウェイが去った後、俺たちはゆっくりと料理を楽しもうとした。
その全てが絶品であり、食料箱に入れる前に平らげてしまいそうだ。
だが、そういった時間も長くは続かなかった。
食事会が始まり少しすると、お嬢様がたの『社交』が始まったのだ。
考えてみれば、ここに通う生徒の大半は貴族の子女なのだ。
そういうお付き合いが始まるのは当然だ。
新入生たちは一カ所に集まってきた。
それは、俺たちのいるテーブル。
その目的は、当然のことながらフィリス・ウェインだ。
魔王を討伐した英雄。
勇者の称号を得た少女。
そんな奴と直接的な接点を持っていて損はない。
だが、社交の対象となったのはフィリスだけではなかった。
新入生たちは、フィリスに挨拶をした後に、俺にも挨拶をしていった。
フィリスと同じ班になった俺とも接点を持っておこうというのか。
あるいは、まさか『モテ期』というものが来ているのか!?
まぁ、そんなわけが――。
「来ていますね、モテ期」
「何だと!?」
俺のすぐ隣で、ハルが俺だけに聞こえるような小声で言う。
その存在すら信じていなかったが、まさか、俺にモテ期が来ているだと!
「ネクさんは入学式で色々とやらかしましたが、同時に女性以上の魔力量を示しました。そして、魔力量の多い男性魔法使いは、それなりに貴重な存在です」
「でも、俺は元とはいえアンダーウッド家の人間だぞ」
「確かに、死霊術に関わるアンダーウッド家にはマイナスイメージが付きがちです。ですが、ネクさんのお父さんであるデレク・アンダーウッドもまた、男性でありながら大きな魔力量を持つ稀有な存在。その気になれば、ハーレムくらい作れるポテンシャルを持っている方です」
そうなのか。
俺の中の父親に対するイメージが大きく変わった。
まさか、アレがハーレムを作れる側の人間だったとは。
「で、ネクさんについてですが、はっきり言いまして、モテる要素が沢山あります。大きな魔力を持つ父親から生まれた子であるネクさんは、先ほど自らも大きな魔力量を持つことを示しました。つまりは、アンダーウッド家の遺伝子には、子孫に大きな魔力量を持たせる要素があると証明したようなものなのです」
「ほう。続けたまえ」
俺はジュースの入ったグラスを片手に持ちながら、ハルに言った。
それをハルはジト目で見やりながら――。
「……ちょっと、調子に乗り過ぎでは?」
「そんなことはないさ。さぁ、説明を続けるがよい」
「まぁ、いいでしょう。要は、ネクさんには種馬としての需要が多くあるということです。しかも、追放されたことで身軽になり、どんな身分の女生徒でも、ネクさんに手を出しやすくなりました。上手くやれば、この学院全体をネクさんのハーレムにすることも可能」
成程、そういうことか。
今のハルの説明を裏付けるかのように、俺の元には、次々と女生徒たちが挨拶をしに来ていた。
「初めまして。私、パッティシェル家のパトリシアと申します」「私は――」「私は――」
自己紹介に次ぐ自己紹介。
これほどまでに好意的に接せられたことはなかった。
まさか――俺が異性にちやほやされる時がくるとは。
「(ほう、モテモテじゃのう)」
「(そ、そうだな。そうなんだよな? これ、信じていいんだよな? 全員で俺を騙そうとしていたりはしないよな?)」
「(お、おう。お主、自分に自信がないにも程があるであろう)」
「(そういう生き方をしてきたんだから、仕方がないだろ)」
「(まぁ、よい。ところでネクよ。この状況、誰のおかげだか、分かっておるか? この娘たちは、入学式でお主が使った魔法を見て声をかけてきているようじゃが)」
「(……ソフィー様のおかげでございます!)」
「(分かればよいのじゃ)」
結局、次のイベントが始まるまで俺は『社交』に時間を取られた。
貴族の社交というのは、これまで馬鹿にしていたが、中々悪くない。
俺は、心の底からそう思っていた。
この時はまだ気づいていなかったのだ。
そこにある致命的な欠点に。
ちなみに、ハルは延々と営業活動をしていた。
俺たちのテーブルに来る新入生たちに片っ端から名刺を渡し、挨拶をしている。
「フィリスさんと同じ班になったティペット商会のハルです。ご入用の際は、是非お声がけを。フィリス様と同じものをお使いいただけるよう手配いたしますので」
早速フィリスと同じ班になったことを利用し始めている。
実に商魂たくましかった。
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