第10話 エロの使い魔 2/5
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タッグを組んだ二人に、俺は延々と罵倒され続けた。
それにより、俺の精神はひどく損耗していた。
今すぐこの場を立ち去りたいくらいだが、そうもいかない。
だから、この状況を何とかするために、俺は話題の転換を図った。
「ところで、ここの空いている席って誰の分なんだろうな? もう、立っている新入生はいないようだけど」
「ネクさん、話題の逸らし方が雑過ぎませんか?」
「うるせぇ! 口論になったら、二対一で絶対に負けるんだから、話を逸らすくらいいいだろ! それとも、大人しくぼろくそに言われるのを我慢しろっていうのか!?」
「いえ、そこまでは言いませんが……」
ハルが途中で言葉を切った。
そして、壇上を見る。
俺もつられてそちらを見ると、校長が再度登場していた。
一応、ローブを身に着けている状態だ。
校長は新入生たちに向かって語りかけた。
「さて、新入生たちはそろったようだな。食事会の前に、一つだけ通達させてもらおう。各テーブルには、それぞれ番号が付されている。今後、様々な場面で君たちにはグループに分かれて行動してもらうことになる。そして、今同じテーブルについている者が、同じ班ということになる。テーブルの上にある番号は、その班に割り当てられた番号だ」
つまり、俺とフィリスとハルが第15班のメンバーということになるのか。
フィリスと同じ班になるとは、最悪だ。
俺はそう思っていたが、他の二人は違ったらしい。
ハルとフィリスは、何故か嬉しそうにしていた。
まぁ、ハルについては理解できる。
フィリスと同じ班になるというのは、今後の商売のことを考えてもメリットが大きいのだろう。
だが、フィリスが何を考えているのか、全く理解できない。
俺と同じ班になったことに、不満はないのだろうか。
「今後、この班のメンバーは互いに命を預け合うことになる。普段からコミュニケーションを取っておくように! 班分けについては、以上だ! さて――それではささやかながら、歓迎会を開かせてもらおう」
校長が指をパチンと鳴らす。
すると、講堂のドアが開き、その向こうから料理の乗った皿が浮遊しながら会場に次々に入って来た。
それらは、各自のテーブルの上にゆっくりと置かれる。
音をたてないようにしながら、これだけの量を丁寧に操うとは。
これをやっている術者は、並みの魔法使いではないだろう。
テーブルの上は、すぐに料理の皿でいっぱいになった。
さすがは魔法学院、料理の質も最上級だ。
「さぁ、新入生たちよ。まだ昼だが、歓迎の宴を開かせてもらおう。この後、君たちが無事でいられる保証はどこにもないのだ。これが最後の晩餐になるかもしれない。心して楽しんでおくように」
最後の言葉は冗談ということでいいのだろうか。
俺たち新入生にその判断はつかなかった。
だが――。
「今の言い方で楽しめって言われても――。うん、楽しめますね!」
「豪華すぎるだろ、これ」
俺とハルが言う。
テーブルを埋め尽くす量の料理が出てきているのだ。
次にこんなものを食べる機会があるとすれば、卒業式くらいだろうか。
あるいは、もっと頻繁にイベントがあるのだろうか。
「新入生諸君。コップを手に取り、起立願おう。それでは、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
かくして宴は始まった。
目の前に置かれた料理は、全て絶品。
アンダーウッド家で食べていたものとは比べ物にならない。
「おいしいな、これ! 持って帰って何回かに分けて食べたい」
「ネクさん、そういう貧乏くさいことは止めたほうがいいですよ?」
「貧乏くさいだと!?」
「そうです。というか、ネクさんってあまり貴族っぽくないですよね? やっぱりあれですか? 期待されていなかったから、貴族としての振る舞いも教えてもらえなかったんですか?」
「教えられてはいるよ。ただ、馬鹿馬鹿しかったから無視しているだけだ。それに、俺が今言った方法は論理的に考えて正しい食事の楽しみ方だ」
「正しい?」
ハルは首を傾げた。
全く、商人の身でありながら、そんなことにも思い至らないとは。
ハルもまだまだ未熟だな。
「ハル、君は『効用曲線逓減の法則』というものを知っているか?」
「確か、手に入る量が多くなっても、満足感はそれに比例するわけではなく、だんだんと満足感の増加量が少なくなっていくというものですよね? 欲しいものが手に入ったらうれしいけど、二個、三個手に入ったら、その嬉しさはどの程度になるかというものです」
「それだ。つまり、これほど豪華な食事だが、満足感はすぐに頭打ちになってしまう。故に、満足感が一度なくなったタイミングで小分けにして食べるというのが、最も効率のいい満足感の接種の仕方ということになる」
「成程。つまり――」
ハルはアイテムボックスから箱を取り出した。
便利だな、あれ。
「魔法学院新入生の皆さん! これほど多くの料理を一気に食べられるはずがありません。しかし、残してしまうのもあまりに勿体ない! ゆえに、この『保存用食料箱』をティペット商店から特別価格でお譲りしましょう!」
ハルが呼びかける。
だが、反応は冷ややかなものだった。
一度視線をやったりはするものの、誰一人購入しようとはしない。
ただのさらし者状態だ。
箱を掲げた体制のままで、ハルはこちらに視線をやった。
そして、顔を赤くしながら俺に問いかける。
「ネクさん、これはどういうことでしょう?」
「分からん。あと、それを三つほどくれ」
「三つ? 二つで十分ですよ」
「……何で?」
「いえ、なんとなく今のセリフを言わないといけないような気がしたんです」
「まぁ、いい。とにかく、三つだ。ちなみに、代金は後払いで」
「後払いは基本的に受け付けていないんですが」
「誰も買わないんだから、後払いでも売っておいた方がいいんじゃないか? 退学にならない限り、俺はこの魔法学院にいるわけだし。いつでも取り立ては出来るだろ?」
「ネクさんの場合、無一文のままでしぶとく生き残ってそうで嫌なんですよね。台所に出る黒い虫みたいに」
「酷い言われようだ!?」
「まぁ、今回だけは特別ということにしておきましょう。代金は本当に払ってくださいよ?」
「勿論だ」
ハルから俺に、食料箱が手渡される。
それを見ていたフィリスは驚きの表情を浮かべていた。
「あの、お二人は何をされているのですか?」
「料理を持ち帰ろうとしているんだ。見てわかるだろう?」
「みっともないとは思わないのですか?」
フィリスは呆れた顔をしていった。
だが、俺は逆に得意げになって言う。
「全く、思いあがった貴族ほどこっけいなものはないね」
「何で上から目線!? いえ、それよりも――この学院に通うのは貴族の子女ばかりなのですよ。そんなみっともない真似をするくらいなら自害することを選ぶ子だっているはずです」
「いのちをだいじに」
「それ以上にプライドを大事にしているのです! ネクはアンダーウッド家でどうやって生きていたというのですか!?」
「酷いものだったぞ。基本的に俺は、家族の食べ残ししか与えられなかった!」
「思っていた以上に重い話が出てきました!?」
フィリスは俺に同情の目を向ける。
だが、ここについては別にどうでもいいのだ。
食事なんてものは、食べられれば何でもいい。
それに――。
「一部の使用人には羨ましがられたものだ」
「何故!? 羨望の要素がかけらもないではありませんか!」
「イヴの食べ残しが大人気らしい」
「アンダーウッド家の闇は使用人にまで浸透しているというのですか!?」
興奮して叫び声を出すフィリス。
気が付けば、先ほどまでの弱気な雰囲気はどこかへ消えていた。
そう、俺の記憶の中のフィリスは、こういう元気な子だった。
だが、その快活さはすぐに鎮静化した。
フィリスは、ある方向に視線を向けながら、顔色を青くする。
「あら、ずいぶんと仲がよさそうね」
その纏わりつくような声には聞き覚えがあった。
そこにいたのは、フィリスによく似た顔つきの女生徒。
フィリスに比べて身長は高く、髪は短い。
だが、最も違う点は、その表情だ。
この女生徒の顔には、嫌らしい笑みが張り付けたかのように浮かんでいた。
彼女の名はノウェイ・ウェイン。
フィリス・ウェインの姉である。
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