第3話 裸・裸・ランド 3/4
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【アースイ】
液体を動かす魔法。
対象となった液体には、強いヌメリと催淫効果が付与される。
これが俺の脳内に浮かび上がった【アースイ】の効果だ。
液体に強いヌメリを与えるって、何のためだよ!
魔力の無駄遣いにもほどがある。
そう思っていたのだが――。
「すっごくネバネバする!」「これ、やばいんじゃないの!?」「このままだと、固まっちゃうんじゃない!?」「救援を待ちましょう!」「ヒャッハー、眼福ですわ! もっとヌルヌルなさいまし!」「今のはどなたなの!?」
水をかぶった女生徒たちは、そのヌメリに捕らわれていた。
突如降りかかってきた強いヌメリのある液体。
しかも、催淫効果付き。
事情を知らぬ者からすれば未知の魔術的攻撃と考えられても仕方がない。
むしろ、この魔法学院という場所を考えれば、そう考えるのが妥当だろう。
結果、女生徒たちの間に混乱が起こり始めていた。
中には急いで逃げようとして転ぶ生徒もいた。
そんな中、一人の女生徒が呼びかける。
「皆さん、落ち着いてください!」
その女生徒は、催淫効果に表情を多少歪ませながらも、平静を保ちながら告げる。
「いいですか、皆さん。『魔法使いの鉄則その5』を思い出してください!」
魔法使いの鉄則。
そんなものがあるのかと思っていたら、その女生徒は解説をつづけた。
「『正体の分からない現象からは、とりあえず逃げる』。それが鉄則その5です。無事な方はここから離れて――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
指示を出していた女生徒は、突然バランスを崩して地面に倒れた。
他の女生徒たちも同様だ。
「きゃぁぁあ!」
女生徒たちから叫び声が上がり始める。
服にしみ込んだ水だけでなく、地面の水のヌメリが強くなったらしい。
しかも、それが断続的に動き回るのだ。
女生徒たちは立っていられなくなり、その場で足を滑らせる。
そして、地面に倒れることで、さらにその服が濡れていく。
「ヌルヌルが体中に!?」「なんだか、気分が悪くなってきましたわ」「いえ、むしろこれは――」「これは?」「言うのが憚られますわ!」「言ってみ、言ってみ」「気持ちいいといいますか、何と言いますか……」「何と言いますか?」「えっちな気分になってしまって」「はい、いただきました!」「「「だから、今の誰ですの!?」」」
お姉さま方は状況をさらに悪化させていく。
この状況を何とかするためには、対抗魔法を使う必要がある。
だが、それを使おうにも問題があった。
対抗魔法。
それは、対象となる魔法を分析し、それを打ち消す効果を持つ魔法。
故に、攻撃の正体が分からなければ、対抗魔法は使えない。
だが、ヌルヌルして興奮させるような魔法など、彼女たちは知らないはず。
ならば、どうするか。
根本的解決のための手段は持ち合わせていない。
だが『魔術的攻撃』からは逃れる必要がある。
だとすれば、彼女たちに残されたのは対症療法的な方法のみ。
そして、この場合は――。
「皆さん、水に濡れた服を脱ぎなさい!」
指示役がそう呼びかけた。
魔法がかけられているのは、彼女たち自身ではなく『水』だ。
だから、魔法の影響を少なくするためには、水が染み込んだ服を脱ぐしかない。
その声に従い、女生徒たちは服を脱ぎ始めた。
――さて、ここで状況を整理しておこう。
俺は今、プールの底にいる。
そして、上級生のお姉さま方は、プールの上にいる。
つまりは、俺の視点はかなり低い位置にあるということだ。
混乱のさなか、俺は目の前の光景から目を離せずにいた。
次々と服を脱ぎ始める少女たち。
俺の目に映るのは、ローアングルからの大迫力の光景。
全裸、半裸、脱ぎ掛け、その全てが尊く素晴らしい。
嗚呼、ここが裸・裸・ランド!
俺は今、世界の真理に触れつつあるのだ。
今はもう、全てのものに感謝しかない。
馬車の中で背中を押した者。
空中で水を爆発四散させた者。
俺の命を狙ったのだろう。
だが、俺の中に張るのは『圧倒的感謝』!
死にかけはしたものの、それさえ小さなことのように思える。
だが、問題がないわけではない。
その問題の一つは、ここからどう脱出するかということだ。
とりあえず、今は目立たないように姿勢を低くしているが――。
「やるじゃねぇか、新入生! お前、あたしの『魔法生物学』、無条件で最優良評価してやるよ!」
ロゼリア先生が大笑いしながら言った。
そして、姿勢を低くしていた俺の服を掴んで持ち上げた。
何してくれてんの、この人!?
折角目立たないようにしていたのに!
「お前たち、よく聞け! 空に向かって装飾魔法を撃ってきたお前たちに、この新入生が一矢報いた! これに懲りたら、次からは教員の言うことを聞け!」
おそらく、悪意はないのだろう。
ロゼリア先生は、俺がこの状況を作り出した犯人だと告げた。
とんだ晒し者状態だ。
周囲からの視線が痛い。
アンダーウッド家で向けられていたのとは別種の蔑んだ視線。
無関心からくる悪意ではない。
ここにあるのは、明確な敵意だ。
決して故意でやったわけではないのに――。
いや、あきらめるな。
説明をすれば分かってもらえるはずだ。
「あの、皆さん。聞いてください!」
俺の呼びかけに反応してくれたのはごく少数だった。
そりゃあ、こんな混乱状態だから仕方がない。
とりあえず、聞いてくれる人にだけ弁明をしておくことにしよう。
「皆さん、実は――」
そこまで言って、俺はあることに気が付いた。
『わざとではない』
その言い訳は『魔法の暴走』を意味する。
故に、調査という名目で俺の魔力源を調べられてしまうかもしれない。
もしも魔王の魂が俺の中に入っていることが知られたら、俺もただでは済まないだろう。
とにかく、これが予想外の結果だということを悟られてはいけない。
そんな疑問をほんの少しでも持たれてはいけない。
だから――。
「皆さんの裸体を見たくてこんなことをしました! すべては俺の思惑通りです!」
最悪の弁明をするしかなかった。
その姿を見ていたお姉さま方は、ドン引きした様子で俺を見ていた。
そりゃそうだ。
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