第15話 ソフィー・ブリリアントと『痴の事情』 2/4
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「ネク、無事!? 何があったの!?」
フィリスは本気で焦ったような表情を浮かべていた。
「……死にかけたところだよ!? お前に殺されかけたところだ! というか、お前、部屋の前で盗み聞きしてやがったな!」
「盗み聞き!? 人聞きの悪いことを言わないで!」
「それじゃあ、なんでこのタイミングでドアを破壊したんだよ!」
「これは、えっと……諜報活動?」
「同じだろうが! お前、ちょっと魔王を倒したからって調子に乗るなよ!」
俺がそう言った瞬間、フィリスの表情が曇った。
やばい。これは何らかの地雷を踏んでしまった可能性がある。
「あー、いや、でもちょっとは調子に乗っていいと思うぞ。何せあの魔王を倒したんだからな。これで調子に乗らないなら、世界から調子に乗っていい人間がいなくなる」
「……ネク。そのことで聞いてもらいたいことが――」
「フィリスさん! 何をやっているんですか!?」
フィリスが何かを言いかけると、隣の部屋からハルが現れた。
そりゃあ、ドアを破壊した音が響けば何事かと思うだろう。
フィリスは困ったように俺を見る。
そして――。
「ネク、悪かったわね」
「ああ、うん」
「ちょっと聞いてほしいことがあって来たの。でも、それは後でいい。あと、さっきは諜報活動なんて言ったけど、実は盗み聞きをしていたわ。やはり、どうしても気になってしまって」
「何が気になったんだ?」
まさか、ソフィーが魔王だということに気づいたんじゃないだろうな。
もしそうなら、この部屋で戦争が起きることになりかねない。
「その――」
「その?」
「その子は――」
言いづらそうに、視線を下にやるフィリス。
俺はついつい身構えてしまったが、どうやら俺の心配は的外れだったらしい。
「その子は、ネクの使い魔でしょ? だから、ネクの命令を聞くはず。たとえネクが不埒な要求をしたとしても、その子は拒めない」
そう言えば、そうなのか?
だったら、魔力を強制的に供出させることも出来るのだろうか。
そんなことを考えていたら、ソフィーが先手を打ってきた。
「(従属の魔法なら、最初からかかっておらぬよ)」
「(そうなのか?)」
「(当然じゃ。まぁ、魂はお主の中にあるからのう。空の肉体に従属魔法をかけたところで、何の効果も出ないじゃろ)」
「(なんだ、つまらないな)」
「(つまらんとは何じゃ!)」
「(いや、ちょっと待てよ。死体は召喚できないはずだ。つまり、魂の一部はあの体の中に残されていたんじゃないか?)」
「(な、何を言うか……)」
ソフィーの口調が少しだけ崩れる。
これは、正解だったようだ。
「(お前、何か隠してるだろ?)」
「(ま、まぁ、その可能性は否定しきれない部分もあるのう)」
思念で会話をする俺たち。
それをフィリスはいぶかしげに見ていた。
「ネク、突然黙ってどうしたの?」
「ああ、悪かったな。お前の的外れな考えにあきれて、言葉も出なかったんだ」
「的外れ!?」
「そうだ。ソフィーは複雑な事情を持つとてもかわいそうな子だ。そんな子に俺が何かするとでも思ったのか? というか、俺はそんなに信用がないのか?」
「それは……」
「迷うなよ!」
確かに、ウェイン家の人間に信用しろというのも無理かもしれない。
だけど、必要最低限のラインだけは信じていてほしかった。
「私は、ネクのことは信用している。信用……して……いる。そうね、済まなかったわね」
「分かればいい。というか、分かってくれているよな? 随分と歯切れが悪いけど」
絶対分かってないだろ、こいつ。
ここまで来ると、ウェイン家とか関係なく、こいつ個人の問題だ。
どうしてそこまで疑いの目を向けてくるのだろうか。
「ということで、お詫びの印として、今日は私がこの部屋を使うというのはどう? ソフィーちゃん、今日はハルと一緒に寝てみない?」
「遠慮させていただきますわ。私は、あくまでもネクお兄様の使い魔でございます。お兄様の元を離れるわけには参りません」
「そう……」
「それに、フィリス様も隣の部屋を使われるのがよいでしょう。ドアが壊れた上に窓まで割れた部屋を年頃の女子に使わせるわけにはいきません」
「だったら、ソフィーちゃんも――」
「もっとも、貴女のような方を女子として扱う必要性については要検討ということになるでしょうけれど」
「突然の毒舌!?」
「盗み聞きをした上にドアを破壊されたわけですが、何か反論できる点でもありますか?」
ソフィーがそう言うと、フィリスは落ち込んだ。
そんなフィリスに、ハルが声をかける。
「ほら、フィリスさん。行きましょう」
「え、ええ。ネク、悪かったわね」
そう言って、フィリスは部屋を出た。
とりあえず、俺は壊れたドアを部屋の入口に立てかける。
まぁ、一応の目隠しくらいにはなるだろう。
さて、それじゃあ話し合いを再開することにしよう。
俺はベッドに腰かけ、ソフィーに向き合う。
すると、突然ソフィーが飛びかかってきた。
その突然の出来事に、俺は反応することが出来なかった。
俺はベッドの上に押し倒される。
「な、にを……」
ソフィーは俺に馬乗りになった状態で、右手で俺の首を絞めていた。
まともに声が出ない。
呼吸すら厳しい状態だ。
何とかして振りほどこうとするが、びくともしなかった。
見た目が幼女とはいえ、人間以上の身体能力をもっているということか。
「(ソフィー、手を放せ!)」
俺は念話で命じる。
だが、ソフィーはそれに応じなかった。
まさか、こんなところで俺は殺されるのか。
そう考えていたのだが――。
「(おっと、これでは死んでしまうか)」
ソフィーは右手の力を緩めた。
俺はせき込みながら、荒い呼吸をする。
そんな俺に対し、ソフィーは冷たい視線を注いでいた。
「(お主、いくら何でも油断しすぎではないか? お主は人間で妾は魔王じゃ)」
「(何が言いたいいんだよ……)」
「(妾のことを信用しすぎじゃと言っておる。妾が気まぐれにお主を襲ったら、ひとたまりもない。故に、お主は【隷属命令】で、自らに攻撃することを禁じておくべきであろう)」
確かに、ソフィーは魔王だ。
人間である俺とは、本来対立する立場の存在。
普通に考えれば、すぐにでも【隷属命令】で従わせておく必要があるだろう。
だが――。
「(違うな。何かがおかしい)」
ほんのわずかな違和感。
それが俺の脳内を駆け巡る。
ソフィーが俺に対して向ける殺気がわざとらしすぎるのだ。
不自然なほどに、いっそ不自然すぎるくらいにあからさまなのだ。
「(そもそも、お前は俺を殺す気はない。だから『ソフィーがネクに危害を加えることは出来ない』というルールを強制する必要はない。そのルールを設定したとしても、お互いに意味はないんだ)」
「(それが甘いと言っておるのじゃ。現に今――)」
「(俺はピンピンしているな。だとすると、お前の意図は別のところにあるはずだ)」
「(そ、そうかのう。そんなことはないんじゃないかと思うんじゃが)」
ソフィーの目が泳ぐ。
それを見た俺は、やはり何かあるのだと確信した。
名探偵ネクの推理からは逃れられないのだ。
「(もしお前が俺を殺すつもりなら、もう俺は殺されている。そうだろ?)」
「(えーとじゃな……)」
「(では、何が目的なのか。そう、それは俺が持つ【隷属命令】を消費させること。つまり、お前には【隷属命令】で強いられては困ることがあるということだ。問題は、それが何なのかということだが――)」
「(そそそ、そんなことはないぞ! うむ!)」
「(おそらくは、知られてはいけない情報が存在するということ。とするならば、その内容が何なのかを考える必要もない。それを告げるよう命令すればいいのだから)」
「(よ、よいのかネクよ! それを強制するということは、妾たちの信頼を疑うこと。信頼を失うぞ!)」
「(信用しすぎだと言ったのは、お前の方だ!)」
「(そうじゃった!?)」
ソフィーは頭を抱えながら叫ぶ。
これで確定的だ。
俺は笑い声をあげながら告げる。
「【従属命令】を以て命ずる! ソフィー・ブリリアント、お前が今隠していることを過不足なく告白せよ!」
「はうっ」
ソフィーの目がうつろになる。
ふらつき、倒れそうになったため、俺は抱き止めた。
そのまま椅子に座らせると、ソフィーがぽつりぽつりと語り始めた。
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