番外編 ソフィーブリリアントと『痴の事情』(過去編) 2/2

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 ソフィーが目を覚ますと、目の前でマベルが戦っていた。

 相手は三人の獣魔族。

 何者かが送り込んできた暗殺チームだろう。

 マベルはソフィーを守るように、暗殺チームによる攻撃に対処していた。


「マベル、ご苦労じゃったのう」

「ソフィー様、お目覚めですか」

「この程度の奴ら、普段のお前なら瞬殺できただろうに。妾を守りながら戦ってくれていたのだな」

「え? ああ、はい」

「なんか違うっぽい!? じゃが、とりあえずこの場を何とかしよう」


 ソフィーは立ち上がると、獣魔族たちに向けて魔力を放つ。

 魔法としての効果を伴うものではない。

 ただ、その圧倒的魔力量を示したのだ。

 それに圧倒された獣魔族は動きを止めた。


「身の程を知ったようですね。このお方こそ、ソフィーブリリアント改め、【痴】の魔王グレゴール様です」


 獣魔族たちは動揺している。

 そんな中、ソフィーは小声でマベルに話しかけた。


「それをバラすな!」

「魔王の二つ名については、嘘を言うことが出来ません。いずれはバレます」

「それはそうなのじゃろうが――」


 こそこそと話をする二人。

 そうしているうちに、獣魔族たちは、ソフィーの前で片膝をついた。


「ところで、マベルよ。今はどういう状況なのだ?」

「徽章を使用した儀式は無事終了いたしました。私はその後すぐに目覚めましたが、ソフィー様は、なかなか意識を取り戻さなかったのです。おそらく、膨大な量の魔力に体がなじむのに時間が必要だったのでしょう」

「うむ」

「すると、屋敷内に『来客』があったため、このようにもてなさせていただいていたところです」

「承知した」


 ソフィーは獣魔族に向けて声をかける。


「貴様ら、誰の指示でここに来たのじゃ?」

「それは言えません。家族を人質に取られております」

「ふむ」

「魔王様。どうか我らを見逃してはいただけないでしょうか? すでにソフィー様は徽章より魔力を受け継ぎ、魔王となられました。もはや我々が敵うお方ではありません。どうかご慈悲を」

「ここで慈悲を与えたとして、貴様らはどうするのだ?」

「暗殺に失敗したとなれば、我々は勿論のこと、家族の命も無事では済まないでしょう。成功する見込みはわずかですが、この命は家族を救い出すために使いたいと思います。どうか、その女に殺させるというのだけは――」

「その女? マベルのことか?」

「魔王様の配下ということは承知の上、失礼を覚悟で申し上げます。その女は、楽しげに歪んだ笑みを浮かべながら俺たちを殺そうとする異常者。意味もなく彼女に命を奪われるというのだけは、どうかお許しください」

「ん?」


 マベルはソフィーの知る限り、もっとも常識的な魔族だ。

 そのような猟奇的なことをするとは思えない。

 ソフィーはマベルに目をやったが、マベルは顔を背けた。


「マベル、貴様まさか――」

「な、なんでしょう?」

――」

「そ、そんなことは」

「いつものマベルじゃったら、この程度の相手は瞬殺できるじゃろう? それが出来ていないということは、それほどまでに面白かったか?」

「そ、それは仕方がないでしょう」


 二人がそうしている間、獣魔族たちは微動だにしなかった。


「それで、魔王様。この者たちはどうしますか? 私はここで殺しておくのがいいと思いますが」

「どうか、どうかご慈悲を。【】の魔王グレゴール様。俺たちのような矮小な存在が、貴女様に危害を加えることは不可能でございます」


 獣人たちは頭を深く下げながら言った。

 その言葉を聞いたソフィーに、ある閃きが起きる。


「……貴様ら、今何と言った?」

「え、あの、危害を加えることは出来ないと」

「そのちょっと前」

「どうかご慈悲を?」

「あー、惜しい! そのちょっと後じゃ! 妾のことを何と言った?」

「それは……」

「遠慮することはない。言ってみるがよい」

「【死】の魔王グレゴール様?」


 それを聞き、ソフィーは少しだけ考える。

 そして――。


「ふむ。暗殺者よ。今は見逃してやろう。じゃが、条件がある。なに、そう構えるでない。ごく簡単なことじゃ。お主らのような不届き者がこれ以上増えることのないよう、この妾の恐ろしさを十分に伝えるのじゃ。ただそれだけでよい。出来るな?」

「勿論でございます!」

「ならば結構! 行くがよい!」

「あ、ありがたき幸せ」


 獣魔族たちは、立ち上がるとよろけながら部屋を出て行った。

 ソフィーとマベルはそれを見届け、ドアが閉まった瞬間に話し始めた。


「ふはははは、これは僥倖じゃ! あの獣魔族、妾の二つ名を【死】だと思い込みおった。確かに、聞き間違いやすいからのう!」

「見事にルールの穴を見つけましたね」

「そうじゃ。二つ名について嘘をつくことは出来ぬ。じゃが、


 ソフィーは目を細めながら上機嫌で言った。


「しかし、道義的によいのでしょうか?」

「正直に話すくらいなら、今すぐ魔王辞める。それよりも、あの獣魔族たちを追うぞ!」

「どうされるのですか?」

「あやつらは、これから主人に反抗することにしておるようじゃ。おそらく、失敗するじゃろう。じゃが、奴らをここで死なせるわけにはいかん! !」


 新魔王【死】のグレゴール。

 その誤解は、こうして生まれた。

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