第4話 チートで店番を完璧にこなす!

【前回までのネタバレ】



・主人公が飛ばされた場所は実は異世界ではなく、月の内側に作られた人工世界


・「神」を自称する者の正体は、標準座標≪√47WS≫の下級公務員


・標準座標≪√47WS≫は地球を全宇宙会議に招聘する義務を遂行せず、戦争奴隷の製造工場としている。(宇宙憲章違反)


・転移先に存在する《魔族》と呼ばれる人型モンスターは遠方の惑星から転移させられてきた異惑星人。


・標準座標≪√47WS≫は戦争奴隷を量産する為に狂戦士バーサーカーのスキルを探している。


------------------------------------------------------------------------------


起床。


チェックアウトは11時と聞いていたが、俺には時間を知る術がない。


部屋はそこそこ小奇麗だが、時計らしきものは無い。


あ、そうそう。


トイレは和式と洋式の中間みたいな形だった。


水洗ではないが空気圧みたいなギミックで便を吸う仕組み。


シャワールームっぽい物もセパレートで存在していて、こちらもぬるま湯がチョロチョロ。


何だろう?


この世界は水が貴重なのだろうか?




水回り以外は、元の世界とそんなに変わらない。


少なくとも、俺が父さんと住んでいた生ポ団地よりは遥かに綺麗だ。


これで一泊4000円(厳密には4000ウェンだけど)、この世界の一月が30日だとすれば家賃12万円か…


城門のホテルならここの半額で泊まれるらしいから、上手く行けばこのランクの部屋に月6万円で住める。




後は…


どうやって稼ぐか、だな。




まあ、俺の【心を読む能力】さえあれば、何とかなるだろう。


まずは情報収集だな。






おっとチェックアウト11時だったな。


面倒だが、フロントに行って確かめるか。


もう少し寝ていたいんだが… 今、何時だ?






フロントに行くと昨日とは異なるお姉さんである。


ゆるふわ系のソバージュが可愛い。






「おはようございます。」


【何時まで寝てやがんだ、このボケ!】






起床早々、罵倒を食らう。


なるほど、少なくとも今は早朝ではない、と。






『すみませーん、時間の確かめ方がわからなくて…』






「は? 部屋に時計が設置されている筈ですが?」


【オイオイオイ! 枕元のど真ん中に装着されてるだろ! どこに目ェ付けてやがる!】






なるほど。


あの水晶玉みたいなオブジェは時計だったのか。






『あ、俺田舎出身で時計とか見た事なくて…』






その俺の言葉を聞いた瞬間、お姉さんは醜悪に顔を歪めて笑った。


「あーーw 失礼致しましたw それはそれはw 当方の説明不足で御座いましたw」








その後、お姉さんは親切な笑顔で懇切丁寧に俺に文明の利器の使用方法を教えてくれた。


余程田舎者に対する差別心が強いのか、天使のように微笑みながらわざわざ部屋にまで来てくれて、シャワーやトイレの仕組みについて冗談交じりに解説してくれるお姉さん。


【】の中で俺を含めた田舎者全般を嘲笑していなければ、恋に落ちていたかも知れない。


心を読めるのも考えものだな…




・水晶玉を覗き込めばアラビア数字が浮かび上がる。


・トイレは洗浄用油と空気圧バキュームで下水道に流れる。


・ホテルの寝室には大抵カロリーメイトっぽい乾燥食品が設置されている。


 (その場で食べても持ち帰ってもOK)


・ベッドメイクは「派遣型売春」の隠語で相場は1万ウェン。




1万かぁ…


俺は健康な男子だから毎晩綺麗なシーツで寝たい訳だが…


一晩1万…


うーん、逆に言えばカネさえ稼げれば毎晩遊べるのだが…


いや、折角の異世界だ!


俺のチートでがっつり稼いで、毎晩ベッドメイクを頼む事を中間目標にしよう!


男というのは現金なもので、女体を目の前にぶら下げられると意欲が湧く。


目標があるって最高だな!


よーし、稼ぐぞー!!!






昨日食べなかった携帯食を齧りながらホテルを出る。


カロリーメイトの延長的な味を想像していたが、パンとビーフジャーキーを混ぜたような味で結構俺好みである。


うめえ! うめえ!


結構腹も膨れる。


少なくともホテルに泊まれば一食は浮くとわかり、ますますこの異世界で過ごす展望が見えて来る。


いや、まあここは月の内側なんだけどさ…






稼ぐと言っても知り合いが居ないので、昨日の解体屋に顔を出す事にした。


2000ウェンの宿もあるらしいし、当面の拠点は城門沿いに定めよう。






解体屋に行ってみると、今度は巨大な鳥が吊るされており、昨日のおっさんが豆豆しく刃物を動かしていた。


相変わらずのワンオペです。






『あ、すみませーん。』






声を掛けた瞬間、解体屋が満面の笑みになる。






「あ、いらっしゃい。」


【おおお! 昨日の若者!! よく来てくれたね!】






おっさんは不器用ながらも、心の声で歓迎してくる。






『あ、昨日はありがとうございました。』






「え、いやいや! こっちこそ助かったよ。」


【久しぶりに定時に帰れて嬉しかった!】






『昨日の毛皮、ギルドに持って行ったんですけど…』






「ん? イチャモン付けられて買い叩かれた?」


【薄っすらとキズが入ってたからなあ…】






『あ、いえ。 向こうもキズは認識していたんですけど。 


美品で買い取りされました。 35000ウェンです。』






「満額買取? ギルドの連中何か言ってなかった?」


【薄いとは言え目視の傷アリだぞ? え? 本当に?






『向こうもハッキリとは口に出さなかったんですけど…


どうも軍需品が不足してるみたいで、「出し惜しみするな」って言われました。』






「軍需品不足… って言われたんだね?」


【おいおい… この話が本当だとしたら本社の連中… 


俺の歩合を誤魔化してたって事か…】






解体屋のおっさんがの表情がどんどん暗くなっていく。


彼の胸中から推測するに、雇用主から正確な相場を教えて貰えず、更には本来貰えるはずの歩合を貰えていなかったのだろう。






「うーーーん。 せめて日中に冒険者ギルドに行けたらいいのに…」


【くっそ! アシスタントが1人でも居れば留守番任せて情報確認しとくのに!


シャッター降ろしたらバレた時に大幅減給されちまうし…


ああーーー!! ワンオペは本当に地獄だな!!】






そうか…


冒険ギルドの買取窓口は夕方には閉まってしまう。


毎日長時間残業を強いられているおっさんでは、小まめに相場や情勢を確認に行く術がないのだろう。


まとめサイトで見た事あるぞ。


ブラック企業の典型的な手口だ。








『あの、冒険者ギルドに用があるんでしたら、俺が留守番しときましょうか?』






「え? 君が!?」


【え? マジ?】






『あ、勿論、貴重品とかは貴方が… えっとお名前…』






「あ、バランです。 バラン=バランギル。 見ての通り解体業。」


【解体業、本当にモテないんだよなあ…】






『伊勢海地人いせかいちーとです。 バランさんは…』






「そんな畏まらなくてもいいって、バランでいいよ。 俺なんか見ての通り底辺仕事だしさ。」


【マジで底辺だぞ? 特に女からの扱いとかな。】






『いえいえ! 俺の家なんか親子2代で生ポ乞食ですから。 働いてるだけ立派ですよ。


あ、親からはチートって呼ばれてます。』






「じゃあ、俺もチートって呼ばせて貰うよ。 


あの… 今から冒険者ギルドに顔を出したいんだけど、留守番お願い出来るかな?


後で売れそうな端切れ渡すからさ。」


【待てよ今週捌く予定のジャイアントタイガー…  不良品をわざと出してみるか…】






『はい! どうせ時間ありますし!』






バランは数件の伝言を俺に頼むと、そのまま出て行ってしまった。


一時間くらいの間に何人かの来客が来る。






『あ、冒険者のアンダーソンさんですね。 バランから伝言承っております。


ロングスネーク納品して頂いて大丈夫です。 


終業までに持ち込んで頂ければ、明日の昼にはお渡し出来ます!』




『乾燥工房のドランさんですね。 バランからこの袋を渡すように指示されております。』




『ミーティア精肉社様ですね。 こちらの保冷箱となります。 お手数ですが中身をご確認下さい。』






知らない店の店番なんて生まれて初めての経験だが、相手の心を読めるので楽勝である。


来客たちも見慣れない新入りに戸惑っていたが、俺が相手の心を読んで応対するので、納得感を持って帰ってくれる。


特に冒険者のアンダーソンがあちこちの解体屋を回って相場を探っている事を知れたのは面白かった。


ロングスネークの密集地を発見した彼は自分のパーティーで独占して狩っているらしい。


商都では一匹7000ウェン(そこそこ良心的)で解体しているようなのだが、アンダーソンは大量持ち込み割引してくれない事に不満を持っていた。






俺は自分の能力の利便性に驚きながら接客を続けた。


何だよ父さん、働くの結構面白いじゃんww






「ごめんね! 思ったより手間取った!」


【ギルドの奴ら、こっちが解体屋だからって順番飛ばししやがって! 


俺だって結構貢献してるのに! アイツらが率先して差別するから俺達の立場が悪くなるんだ!】






『いえ! バランが出てる間に3人来客ありました。 


これ、ドランさんからのお土産です。』




「おお。 アイツ、いっつも気を遣ってくれるよな。」


【もう同郷の職人はアイツだけになっちまった…】






『ミーティア精肉会社様、15時にブルーオックス2体を搬入とのことです。


ただモツ抜きがまだなので、相談させて欲しいと…』




「え! モツ抜きしてないの!?」


【うおー、マジかー。 あ、そうか。 新顔が留守番してたから吹っ掛けてきたな!】






『いえ。 相手の口ぶりから推測して、普段この店舗ではモツ抜き済しか受け付けてなさそうだったので、「バランさんの確認が無い限り搬入は受け付けれない」と回答しました。』






「え!?  マジ!? いや、凄くありがたい判断だよ! 正直助かった! うん。」


【チート君、ひょっとして解体屋志望か? 結構この業界の事研究してくれてる?】






『勝手な判断をして申し訳ありません。 内臓ってここで捌いちゃ駄目なんですか?』






「あ、いや。 食肉用家畜の内臓を解体屋に処理させるのは厳密には違法だから。」


【でも力関係弱いからなー。 精肉会社に強く迫られたら飲まざるを得ない状況多いんだよなあ。】






『そうなんですね。 向こうがそこだけ妙に高圧的だったので、おかしいなと感じたんです。』






「ほー。」


【若いのに場慣れしてるなあ。】






『後、アンダーソンさんも来られました。』






「ロングスネークの人でしょ。 初見のお客さんなんで距離感掴めないんだよね。」


【多分、どこの解体屋もロングスネーク断られたんだろうなあ。 だって手間だもん。】






『あの、アンダーソンさんが独り言で言ってたんですけど…』






「ん?」






『アンダーソンさんのパーティーがロングスネークの巣窟を発見して独占してるみたいなんです。』






「え? マジかー! でもそれって冒険者ギルドへの報告義務がある筈なんだけど…」


【まあ冒険者って自分の儲けにしか興味ない連中だからなぁ。】






『それで、俺に遠回しに探りを入れて来たんですけど、大量持ち込み割引をしてくれる店を探している口ぶりでした。 商都の解体料は1匹7000ウェンらしいですけど、もう一声安い店を探してる様子でした。』






「ロングスネーク面倒だからねえ。 経営陣は兎も角、現場の人間はみんな嫌がってるよ。」


【俺には3000ウェンって言ってた癖に… 本社じゃ7000かよ!  もう潮時かな…】






『アンダーソンさん、そろそろ来られると思います。


荷車ごと持ち込むって言ってました。』






「じゃあ最低30匹は持ってきているってことだね。」


【あー、アホらしい。 そりゃ俺の腕なら30も楽勝だけど、でもどうせ本社に搾取されるだけだしな。】






『あの場で断った方が良かったですか?』






「ははは。 一匹だけなら捌いてあげるけどね。 それ以上は断るわ。」


【はあ、俺が一人親方なら。 一匹6000ウェンで30匹全部捌いてやるのにな… 


なら一晩で18万ウェンの儲けだ。 


あー、せめてフリーランスの解体屋でも名義を貸してくれたら…


禁断の名義転がしで幾らでも…


…ん?  待てよ。  チート君もフリーランスと言えなくもないのか…?】






無言でバランと目が合った。


何かを言いたそうにモジモジしている。






【いやいや、流石に初対面の若者にそんな話を持ち掛けるなんて非常識だろ。


幾らチート君が気の利くタイプとは言え… 


そんな小芝居を即興で打ち合わせ出来る訳ないよ。】






『あの、差し出がましい提案なんですが。』






俺はバランの心中をそのまま提案してみた。


まずは以下の3点をアンダーソンに伝える。




・フリーランスの俺が修行の為に解体作業所をレンタルしていたことにする。


・規約上バランはロングスネークを受けれないが、俺なら請負可能


・徹夜になってしまうので1匹6000ウェンを客に請求。




実際の作業はバランが行うが、俺も可能な範囲で補助に回る。






「い、いや。 それなら規約違反にもならないし、稼げるとは思うが… いいのか?」


【そ、そんな美味しい話があっていいものなのか? 


いや、完全な抜け道だが…


違法ではないが社則的には勿論アウト。


でもワンオペだから、報告書は俺が好きに書けるから… バレようもないか…】






『勿論、誰にも言いませんし取り分はバランが決めて下さい。


俺… 宿もカネも知り合いもいないんで、分け前貰えたら、正直助かります。』






「よし、一匹6000ウェンで請け負う。 50匹以内なら確実に一晩で捌き切る自信がある。


取り分は折半で行こう。」


【だな… 俺なら本気を出せば100も可能だろう。 手が臭くなるからしないけどw】






『いや、流石に作業全部任せて半分頂くのは申し訳ないです!』




「ははは。 ところがね? 俺が今勤めてる会社はその半分すら分けてくれないんだよw」


【いやマジで… せめて3割分けてくれたら、俺… 勤続したのにな…】








そこからはシナリオ通りだった。


アンダーソン来店より先にミーティア精肉会社が来るも、モツ抜きをしてなかったので食品衛生法を盾に追い返す。


「前はやってくれたじゃないか!」


と若い配達員が怒鳴るが、バランが「街の役員達に目を付けられてる」と告げると逃げる様に引き下がってくれた。


実際問題、役員会で問題にされて営業停止処分をくらった精肉店は過去何店かあったらしい。


当然最大手のミーティアはランニングコストが高い分、営業停止されると文字通り致命傷を負う。




そして入れ違いにアンダーソン。


想像以上の大型荷車を4人がかりで引いてくる。




当初。


アンダーソンは《新人フリーランサーの俺が1匹6000ウェンで捌く》という条件に難色を示して


「馬鹿野郎! 他はもっと安かったぞ!」


と威圧してきたが心中では。


【頼むー!! 全部断られたんだー! 前線都市がこんなに解体屋少ないとは思わなかった!


今から商都に戻ってたらロングスネークが腐敗してしまううううう!!!!!】


とパニックになっていた。


見た目は豪傑然とした男だが内面は不安症ならしく、ロングスネークを腐敗させてメンバーからの人望を失うことを極度に恐れていた。






『いや、俺はフリーだし。 今日はたまたまこの店の解体台をレンタル利用してただけなんで。』


「ごめんねー。 もうチート君にレンタルしちゃったんだわ。


俺もちょっと手が離せないしねー。」






しばし押し問答が続いたが、やがてアンダーソンは折れた。


彼が持ち込んだのは44匹。


264000ウェンの見積もりとなった。


当然、この解体料は店舗ではなく俺とバランが私的に徴収する。


アンダーソンは心中で【4000ウェンまけてくれないかな?】としきりに懇願していたが、当然スルー。


預かり金として半金の13200ウェンをきっちり頂戴する。


ちなみに解体完了後、後金を払えなければ解体成果物は全て解体屋に没収されるそうだ。


アンダーソン一派は疲れ切った表情で宿に帰って行った。








閉めたシャッターの中で俺とバランは無言で笑い合う。


そしてシャッターのすぐ向こうに人の気配がない事を確認してから声を出して笑った。






「チート、最高の交渉だったよ! 凄いなあ君! 最高の営業マンだ!!」


【俺もチート君の半分くらい頭が良ければ、もう少し楽を出来ていたんだがな…】






『自分でも驚いてますw アンダーソンが言ってた他にもアテがあるって嘘ですよねw?』






「あー、絶対ハッタリだよw 商都の連中ってこの前線都市の寂れっぷりをわかってないんだよw」


【そう。 他を探せるほど、解体屋はもう残ってないんだよ…】






そう言いながら、バランは手際よくまな板を作業机に並べ始めた。


多分、この男は本当に腕の良い職人なのだろう。


手つきから余裕を感じる。






『俺… 何か手伝えることありますか…』






俺、働くのは好きじゃないんだけど。


いつも父さんが「働いたら負け」って言ってるけど。


こんなに好意的に振舞ってくれるんだから、何か助けになるべきだよな。






「いや。 君は十分活躍してくれたし。  解体は俺の担当だし… いや! 気持ちは嬉しいけど。」


【封箱だけでも相当助かる… それだけでも全然違うんだが…】






チートだよな。


この能力。


当然俺はそれが何なのか分からないまま封箱係を志願する。


どうやら解体の時に出た内臓などの不要部位は廃棄用の箱に詰めて街外れの焼却場で焼き尽くさなければならないという法律があるらしく、一般的に市街地で解体業を営む際はアシスタント(徒弟)に不要部位清掃をさせながら作業する事が通例らしい。


バランは腕利きのベテラン職人であるにも関わらずワンオペを強いられており、本来若手の徒弟が行うような雑務もさせられている為、そのパフォーマンスを活かせてないようだ。




封箱係と言っても大した事はしてない。


バランがまな板の脇に除けていく内臓や骨を木製の箱に詰めていくだけだ。


働いた事のない俺に職人仕事は分からないが、それでもこんな単純作業をベテランにやらせてはいけない事くらいは理解出来た。




この世界の動物には《魔石》と呼ばれる胆石状の鉱物を含んでいる種がおり、総じて《魔物》と呼ばれている。


魔石は製薬の触媒になったり動力源になったりと、この世界の人々にとって必要不可欠な資源であるそうで、冒険者が魔物の死骸を解体屋に持ち込むのはまさしく魔石を損壊せずに取り出させるのが目的であるとのこと。


解体なんて狩った現場で冒険者が行えば良い気もするのだが、魔石を無傷で取り出すのは意外に難しいらしい。


バランが事もなげに取り出しているのを見るとそう難しくは見えないのだが…


カネを払ってまで頼みに来るのだから、やはり難しいのだろう。




ロングスネークの皮も綺麗に剥けば売れるのだが、素人には難しいらしい。


確かにこんな長い生き物の皮を包丁一本で器用に剥くのは難事だろう。


今日は俺が尻尾部分を固定しているとは言え、バランは器用に解体していく。






「チート、こんなにスムーズに作業できるのは本当に久しぶりだよ。」


【包丁にさえ専念させてくれたら、俺はもっと効率よく捌けるんだがなぁ…】






一匹だけ試しに持たせて貰うが、形が歪な上に皮がヌルヌルしていてまな板に固定させる事すら出来なかった。


本職の解体屋ですら蛇系は骨が折れる仕事らしい。






結局、ロングスネークの解体は2時間弱で終わった。


恐らくはかなり手早い仕事なのだろうと推測する。


バランは魔石を美品と破損品に区別して検分台に並べて行きながら、俺に業界の相場を教えてくれた。




「ロングスネークの美品魔石は5万以上で買い取って貰えるよ。


今は魔石不足だから7万行くんじゃないか?


今回39個出たから、彼らは十分元を取ったね。


ちなみに破損品は相場の変動激しいけど、5000を下回る事は珍しいし万越えの事例もあまり聞かない。」




『じゃあ解体料6000っていうのは…』




「複数個美品が出ないと元を取れないだろ?


だから彼らは血眼になって安く捌いてくれる店を探してたんだ。


蛇はね。


肉と皮、それに毒袋も綺麗に解体すれば売れるから。


皮の美品は15000。 肉は新鮮で正しく捌かれてたなら3000前後。 毒袋の美品は1万越えるだろうねえ。」




『アンダーソンさん大儲けじゃないですか!?』




「その分彼らはリスクも負ってるからね。


ロングスネークって強い魔物だよ?


熟練の冒険者でも噛まれて死ぬこと多いし、さっきは確認しなかったけどアンダーソンさんのパーティーってBランクくらいかもね。」




『確かに… こんなデカい蛇なんて生まれて初めて見ました。』






「この蛇が何十匹も群れて四方八方から襲ってくるみたいだよ。」






『うわあ。 一匹でも勝てる気しないです…


冒険者って凄いですね。』






「アンダーソンさんみたいにギルドに内緒でこういう裏仕事頼んでくる人って相当だよ?


一緒に居たお弟子さんも強そうな子ばっかりだっただろ?」






『みんな凄いマッチョでした。』






「冒険者ギルドって誰でも入れるけど。


結局、ああいう猛者しか生き残らないんだよね…


俺の同郷でも喰いっぱぐれた奴らが冒険者になったけど、誰ももたなかったよ。」






『厳しい世界なんですね…』






「文字通り必死で生きてる連中さ。


解体屋も、解体屋なりに必死だけどね。」








その後、解体屋談義で盛り上がってしまい宿を取り損なったので、俺は解体屋の仮眠室を借りて眠った。


仮眠室のベッドは6つもあった。


本来ワンオペを想定した工房で無いことを改めて知る。




翌朝、開店と同時に引き取りに来たアンダーソンが美品率に驚いていた。


勿論、俺はバランが捌いたことを正直に打ち明ける。


そこら辺の呼吸はアンダーソンも理解していたらしく、解体人の名義には拘ってないようだった。


更には皮や毒袋の高美品率を確認してアンダーソン一派は歓声を上げて抱き合った。


彼らは賭けに勝ったのだ。




去り際にアンダーソンがバランに「厚遇するから専属になってくれないか。」と懇願していたが、バランはあっさりと断っていた。






『彼らの提案していた月給70万ウェンって結構いい給料なんですか?』




「どうせ歓迎されるのは最初だけだよ。 


バックオフィスにコストを掛け続けれる人間なんてそうそういない。


冒険者みたいにいつ死んでもおかしくない連中なら尚更だ。」






『安くても取引として請けた方が得ってことですね?』










「今回の取引は高かったけどね。


あ、そうだ。 早速、チートに分け前払わせてよ。


まずは約束の13万ウェン。」






『おお! ありがとうございます!』






俺は思わず声をあげる。


これで一ヶ月は凌げる!


ベッドメイク(女)も頼んでみよう!






「それと。」






『はい?』






「こっちはアシスタント代ね。」








そういってバランはスクエア毛皮を数枚渡してきた。








『いやいや! 流石に何万もするものを貰うのは申し訳ないですよ!』






「気を遣わなくて大丈夫。 こっちは明らかな傷アリだから。 せいぜい数千円だから。


飯代にでもしてよ。」








結局、バランがくれた6枚のスクエア毛皮は、総額7万でギルドが買い取ってくれた。


流石に貰い過ぎなので、2万だけキャッシュバックする。


バランは相当恐縮していたが、こちらとしても慣れない異世界で少しでも味方を確保しておきたい。


大体、俺はこの世界の事何にも知らないのだ。






兎も角、手元の資金が一晩で20万を越えた。


生ポ民的にはあり得ない一攫千金である。




ようやく俺は異世界を堪能する気分になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る