第59話 チートで敵を皆殺しにする。
一通り滑った後、処刑台に臥したままふと後ろを見ると、レザノフ卿に叱責されてマカレナが真っ青になっている。
え?
よく見ると群衆は俺ではなく、その遣り取りを見ている。
オイ!
やめろ! 俺が馬鹿みたいだろ!
みんな段取り通り動けよ!
この役立たず共!
「あ、やっぱり予定通り斬首ですか?」
さっきの騎士が俺の顔を覗き込んで来たので否定しておく。
怖いから斧に手を掛けるな!
殺す気か!
壇上の連中の【心を読んで】状況把握に務める。
案の定、マカレナは独断で俺の告発に踏み切っていたらしい。
珍しくレザノフが激昂しているので焦って背後のホルムルンド氏に責任転嫁している。
そのホルムルンド氏だが、真面目そうなオジサンという雰囲気の中年男性。
予想通り痩せ型で神経質そうな顔つきだ。
マカレナ同様に大量の汗を流しながらパニック症状に陥っている。
ここで打ち合わせ通りヨーゼフが登場する。
彼らに言い伝えておいた事は、俺の裁判か処刑が始まったら捕獲したヘンリーク一味を連行して芝居開始、という筋書きである。
「こ、これは一体どういうことだ!!!」
ちょっと大根役者っぽいが声がデカいのでOK。
案の定、皆が壇下のヨーゼフに注目する。
「イセカイ市長に報告しようとヘンリーク一味を連行してきたのに!?
どうして市長が処刑台に繋がれている!?
おい、誰か事情を説明しろ!
あ! 貴様はヘンリークの共犯のホルムルンド貴金属店!
さては貴様の陰謀かーーーー!!!」
うーん。
ちょっと棒読み過ぎないか?
説明台詞みたいだぞ?
「あ、君は士官学校時代の同期レザノフ君!
どうして君がここに居るのだー!
ん?
ねえレザノフ君!
どういうことですか!
どうしてそこに盗賊の親玉のホルムルンドが居るんですかー!?
君も共犯ですか!?
あんなに高潔でみんなから尊敬されていた君がーーー!?
もう証拠品も押収しましたよ!
あ!
さては口封じにイセカイ市長を亡き者にしようと!?
こ、この卑怯者-----!!!
恥を知れ!」
俺の与えた脚本を必死で暗記してくれたのだろう。
ヨーゼフさんはスラスラとシナリオに沿って叫ぶ。
途中から完全に棒読みだが、ありがたいことに声がデカい。
流石は騎士崩れのトップ冒険者である。
庁舎前の全員に聞こえる大音声で説明台詞を叫んでくれた。
静まり返っていた群衆が騒ぎ出す。
あー、この役はヨーゼフさんに任せて正解だったな。
周囲から恐れられている人物だけに、誰も茶々を入れて来ない。
「な、なんてことだー!!!!
この街の平和の為に命を懸けて働いていたチート市長が!!
盗賊団の悪謀の為に虜囚の辱めを受けているーーーー!!!
おお神よ!!!
どうして貴方はこのような不正義を見逃しているのですかーーー!!」
おいおい。
アナタ、演技下手なんだからアドリブやめて下さいってば。
後、神に呼びかけないで下さいね?
万が一、標準座標≪√47WS≫が俺に気づいちゃたらどうするんですか。
「市民諸君!!!
君達はこの暴挙を看過するのかーーー!?
私財を投げうってこの街に尽くして来たイセカイ市長を盗賊の手に渡してしまうのかーー!
汚職―!!
これは官憲の汚職だーーー!!
貪官汚吏跋扈して国滅ぶーーーーー!!!!」
おい、やめろ。
台本に書いてない発言やめろ!
どさくさに紛れて自分の主張混ぎれこますな!
段取りがあるんだよ!
官憲を挑発するな!
案の定、一部の馬鹿どもが騒ぎ出す。
「うおおお!!!
俺達の市長を殺すなんて絶対に許せねえ!!!
市長! 市長ーーー!!!」
おいおい。
オマエさっきまでサンドイッチ食べながら俺の処刑を首を長くして待ってたよな?
最前列でシートまで持参しやがって、なーにが「俺達の市長」だ。
さっきのオマエの発言、俺は忘れてねーから。
「汚職やろw? 汚職やろw? やってしまいましたなあw」
って嬉しそうに言ってたよなあ?
この愚民め!
こうなると収拾がつかない。
伯爵がレザノフ卿に掴みかかって何事かを怒鳴っている。
辺りが騒然とし過ぎていて【心の声】が聞こえないのだが、「早く何とかしろ!」とでも叫んでいるのだろう。
ここで伯爵の立場を悪くしているのが、何故か俺が処刑台に乗せられていることだ。
「誰だ! 市長を処刑台に乗せたのはーーー!!!」
と役人の中の誰かが絶叫する。
「自分で勝手に上ったんですよ!」
「そんな訳あるか---!!!」
あるぞ?
「早く降ろせえーーーー!!!!」
「え? 早く殺せ?」
「違う!!!
降ろせと言ったんだ!!!」
なんかギャグみたいな遣り取りになっている。
まあ処刑台に据えられている俺にとっては笑えないのだが。
「おい! 役人共が俺達の市長を処刑するつもりだぞーーー!!!」
突然、例の最前列男がサンドイッチを握りしめて絶叫する。
オマエはどっちの味方だよ。
その言葉に興奮した何人かの若者が壇上に飛び乗ろうとし始めた。
慌てて駆け寄ったCQC要員達に蹴り落とされる。
「市長をころさないでーーーーー!!!」
「いやーーーー!!! 死んじゃう!!!!」
「誰かとめてーーー!!!」
前列の女共が泣きながら金切り声を上げる。
自分では全く動く気が無い辺り、典型的な女ムーブだな。
というか、オマエラもシートと弁当持参してるよね?
さっきまで楽しそうにお喋りしてたよね?
壇上からは、本当に全員がよく見えているのだが…
意外な事に俺の処刑を楽しみにしていた奴ほど行動的で救出に熱心だった。
CQC要員に何度も蹴り落とされて顔から血を流しながらも嬉々として壇上へ登ろうとしている。
…オマエラ、さぞかし人生楽しいんだろうな。
壇際で小規模な小競り合いが白熱し始めた、その時。
突然、轟音と共にピンクの物体がどこからか飛んできた。
あまりに不意だったので、その《ドゴー――ン!》という爆音が着地音である事に気づくのに少し時間が掛かってしまった。
俺も含めた全員が硬直して世界が静まる。
「お久しぶりです。」
そのピンク髪の女は、前線都市で何度か俺に絡んで来たキティという女だった。
身体は好みなのだが言動が不審なのでずっと避けていた。
「結構探したんですよ。」
相変わらず何を考えているか分からない目でこちらを覗き込んで来る。
例によってスキルが通用しない。
グランバルドで、この女だけ何故か【心が読め】ないのだ。
身体が好みなだけに惜しい。
「チート・イセカイ。
変わった名前ですね?
ふーん。
チート・イセカイ。
遠方の出身ですか?」
駆け戻って来たCQC要員が無表情でキティの肩を掴もうとして、その直前で崩れ落ちる。
「…雑魚が。」
キティはうっとおしそうに拳を払った。
え?
殴り倒したのか!?
全然見えなかったぞ!?
『やあキティ。
久しぶりだね。』
「名前、憶えてくれていたんですね?」
『(身体つきがムチっとしていて)好みの女の子だったし。』
相変わらずの無表情でこちらを見下すピンク髪。
騎士を殴り倒すなんて非常識にも程があるが、意に介してるのか否かすら判別出来ない。
「嘘だろ! あのカール隊長が一撃で!?」
「隊長!」
「いや! そんなのはまぐれだ!」
「あり得ない! あのカール先輩なんだぞ!」
CQC要員達が遠巻きに騒ぎ始める。
どうやらキティが殴り倒した騎士が彼らのリーダーだったらしい。
口元から変な色の血を流しながら、普通ではない痙攣を始めている。
『おい、キティ!
殺したのか!?』
「さあ?
生き死になんて自己責任じゃないですか?」
キティは無造作に俺の横に腰かけると他人事みたいに呟く。
哲学の話じゃねーよ!
『誰かー。
けが人が発生した、救助をたのむー!』
俺が叫ぶと事前の打ち合わせ通り、俺の数少ない女友達のクレアが壇上にあがってきた。
「市長!
丁度、薬持ってます!
ほら、市長が開発して皆に無償提供していたあの薬です!」
ヨーゼフよりマシだが、こちらも棒読みだな。
ただ思っていたよりもクレアは通る声なので、この喧噪の中でも結構響いている。
『おお!
何という偶然だ!
ここに居るカール氏が不慮の負傷をしてしまったんだ!
直ちに手当を頼む!』
…。
ごめん、俺が一番演技センスないわ。
「はい!
見た感じ生死に関わる重傷ですが!
イセカイ市長の開発したこのジェネリックエリクサーなら!
クレア行っきまーす!
ジェネリックー!!
エリクサー!!!!」
クレアちゃんノリノリだな。
君、絶対にこの状況を楽しんでるだろ。
ジェネリック版とは言え流石はエリクサーである。
カール氏は大きく一度咳き込むと痙攣をやめ、数秒後に後方に転がって警戒態勢をとった。
これが… 騎士か。
言うだけはある。
明らかに意識を失っているカール氏だが、それでも両手を広げ姿勢を保っている。
威張るだけはあるよ。
同じ男して憧れる。
アンタらカッコいい。
「助けに来たんですけど?
ひょっとして自力で何とかするつもりでした?」
カール氏の蘇生を退屈そうに眺めながらキティが口を開く。
『助けに来た?』
「はい、処刑見物に来てたんです。
ほら、私って役人嫌いじゃないですか?
でも、殺されるのがチートさんだったんで。
どうですか?
今から死ぬ気分は?」
『死ぬことまでは考えてなかった。
幾つか作戦を考えてて、結構上手く行っているところ。』
「あー、チートさんって作戦を練るのとか上手そうですもんね。
私はそういうの全然向いてなくて。」
だろうな。
「最初に会った時はチートさんから戦闘力を感知出来なかったんですけど。
今、相当な戦闘力ありますよね?
それ、何ですか?
スキル?」
『身体にも色々小細工をしてあるんだ。
作戦が全部外れたら、追手を殺して逃げるつもりだった。』
「ふーん。
チートさんが敵を殺すところ見てみたいですね。
どうです?
今から私と《どっちがいっぱい殺せるかゲーム》をして遊びませんか?
見た感じ、標的は1000匹ちょっとしかいませんけど。」
『生憎だが、もう場は収まってしまった。
君が来なければもう解決していたくらいだ。』
「そうですか。
それは残念です。
折角チートさんにいい所を見せようと思ったのに。」
ヨーゼフが必死に壇上の全員に警告している。
「あの女には絶対に近づかないで!
ギルドからもA級指定されてるんです!
騎士の諸君!
危険だから下がって!」
…A級って何のだよ?
文脈から察するに危険人物名簿だろうな。
どうせゲレルさんとキティが一番上に載ってるんだろ。
見なくてもわかるよ。
なあ、キティよ、気持ちは嬉しいが段取り壊さないでくれるか?
「チートさん。
私、邪魔なら帰りましょうか?
あー。
殺して欲しい奴いたら殺してあげますよ?」
『今から俺が華麗に場を収めるから見守っていてくれないか?
女の子の前でいい所を見せたいんだ。』
「ふーん。
まあいいですけど。」
キティは処刑台に上り、俺の横に寝転がった。
オマエ、何でそんなにフリーダムなんだよ。
『ヨーゼフさん!
キティに戦意はないようです!』
「了解!」
その後は壇上の立ち話で全てが纏まった。
レザノフ卿の神懸かった司会スキルの賜物である。
(主にヨーゼフの煽りで)群衆に伝わった事項は以下の通り。
・ヨーゼフが賞金首ヘンリーク一派を捕獲。
・その際、盗品をホルムルンド貴金属店で捌いた供述を得る。
・ヘンリーク一派のアジトから同貴金属店の割引券や価格表が発見されている
・今回の告発者はホルムルンド貴金属店である
・これは明らかに事件を隠蔽する為の誣告である。
・商業ギルドも誣告に関与していると聞いたので、この場での公開説明を要求する
壇上ではヨーゼフとレザノフが身振りを交えて、互いの主張を交わしている。
双方長身のイケメンなので非常に絵になる。
ホルムルンド氏が俺を見たのは初めてだったのか、非常に驚いた顔をしている。
「え? あの人がイセカイ市長なんですか?
あ、いや。
思ってたのと全然違うのですが。」
おいおい。
告発するな、とは言わないけどさ。
せめて相手の顔くらい確認してから訴えろよ。
俺、結構工房の窓口に居るんだぞ?
『伊勢海です!』
「あ、どうも。」
どうも、じゃねーよ!
なんかもうちょっとドラマティックなリアクションしろよ!
「あの?
アナタ本当にイセカイ市長ですか?」
『はい(怒)!』
「あー。
一度挨拶に行こうと思ってたんですけど。
思ってたんですけどー。」
俺さぁ。
グランバルドに来てから色々な人間を見て来たけどさあ。
挨拶代わりに告発されたのは流石に初体験だよ!
『いえ、こちらこそ挨拶が遅れまして(怒)』
「いやあ、こんな形になってしまって恐縮です。」
恐縮で済んだら騎士団いらんわ!!!
ホルムルンド氏の店がこの庁舎から近い事が災いして、盗品はあっさり出て来た。
特に隠蔽される事もなく、買取済ボックスに無造作に入れられていたらしい。
何故かホルムルンド氏の直筆で買取チェックサインがボックスに書き込まれていたようだ。
「え? 私、善意の第三者でしょ?
え? 逮捕ですか?
え? 私がですか?」
大した会話も交わさないうちにホルムルンド氏は連行されてしまう。
アイツ、最後まで不思議そうな顔をしてやがった。
オマエの脳味噌が一番不思議じゃい!!!
このアホ!
だからオマエは魔石取引所一つ作れないんだ!
このアホ!
俺よりアホ! 死ねアホ!
ふー、スッキリした。
いや、一番愚かなのは勿論俺だけどな。
あー、あそこでパニックになってバタバタ騒いでいるマカレナよりマシかな。
マカレナの横に居るヴァルダロス伯爵は対照的に硬直している。
虚ろな目でピクリとも動かない。
その奥では副使のベルナールが何やら騎士連中と必死に密談している。
あー、あれは上長に全てを押し付ける口裏合わせムーブだな。
ホンマに最低だな。
騎士の動きが完全に止まったのを見てか、野次馬共が少しずつ壇上に登って来た。
サンドイッチ男も当たり前のように満面の笑みでそこに居る。
「おうおうおう! 俺達は市長親衛隊だ!
イセカイ市長にたてつく奴はこの俺が許さねえ!
オラオラー! 文句がある奴は勝負せえや!!」
サンドイッチ君、君さあ。
お調子者が壇上に登り切ったのを見て、他の野次馬も勝手に壇上に登り始める。
全員が俺を助けに来たわけではなく、壇に登ってみたかっただけのようだ、
事もあろうか幸せそうにキスをしているカップルまで居る始末。
この愚民どもめ。
「市長!
安心して下さい!
俺達、市長親衛隊がお助けに参りました!」
どういう神経をしているのかサンドイッチ男が俺の面前で膝をつく。
オマエさっきまで爆笑しながら俺の処刑を待ってただろ。
「実は俺!
市長の為に食事も用意してあるんです。
(ウインクパチ♪)」
サンドイッチ以外で頼むよ。
「あの… キティ姐さんですよね。
俺の先輩… 名前はガドベドというのですが
そのガドベドから姐さんの話はよく聞かされております。」
キティは面倒くさそうに「オウ。」とだけ答えた。
サンドイッチ君の方に目すら向けなかった。
この女は相当恐れられているのか、誰も近寄ってこない。
ああ、そうか。
キティが俺の側に付いたからそれを知っている者が市長派になったのか。
そりゃあそうだ。
俺だって強い方に付く。
誰だってそうする。
俺とキティが処刑台に寝転がって推移を見ていると、どうやら俺の無罪は確定したらしい。
その証拠にヨーゼフが俺に向かって笑顔で手を振って来ている。
伯爵を無視してレザノフ卿とベルナール副使が深刻そうな表情で協議をしている。
あー、これは伯爵の切腹、ほぼ確定だな。
俺はグランバルドの法律にそこまで詳しい訳じゃないが、あの人が詰め腹を切らされる流れは何となく想像がつく。
「ここまでがチートさんの作戦ですか?」
隣からキティが話し掛けて来る。
その声に感情は籠ってないが、僅かに詮索するような雰囲気はある。
『あの連行されて行ったオジサン。
中央区の貴金属店の人なんだけど、その人には最初から死んでもらう予定だった。
それと、あそこの偉そうな爺さんいるじゃない?
ほら、固まってる人。
ヴァルダロス伯爵って言うんだけどさ。
あの人切腹させられるよ。』
「どうして?」
『俺が処刑台に寝転んだから。
それで取り繕いようがなくなった。」
「へえ。
武器を使わずに敵を殺すやり方もあるんですね。」
『俺、戦闘経験とかないしさ。
仕方なくこういう回りくどい手を使った。』
「でも、今のチートさんからはかなりの戦闘力を感じますよ。
《身体に仕込んだ》というレベルではないです。
何か戦闘向けのスキルでも手に入れましたか?」
『全身に武器を仕込んである。
これは奥の手だから使わずに済んで良かったと思っている。』
「私、チートさんの奥の手見たいです。」
『わかった。
ただ相当エグイ戦法だから他人に見られたら困る。
今度、人目の少ない所で披露するよ。』
「楽しみにしています。」
市長親衛隊を自称するサンドイッチ君が、「親衛隊旗に市長の家紋を使わせて下さい」と頼んで来たので『ゴメン、家紋ないんだ。』と返す。
「はははw
俺でも家紋ありますよw
戦争とかになった時旗がなければ不便でしょうw」
『戦争?』
「ほら、リザードがいつ攻めて来るかわからないじゃないっすか!」
『ああ、それもう話は付いた。』
「!!!!????」
『君の周りにも言い聞かせておいて。
彼らは敵じゃないし、もう交易にも応じてくれてるから。』
「え? え? え?」
『挨拶言葉は《ゲ――――――ヴィ》な。
喉の奥を震わせながら叫ぶと通じ易い。』
「???????????????
え? 何で和解? ってか交易とかしていいもんなんスか?」
『法律上は問題ないんだ。
今、帝都に報告書を提出している。』
「え? 帝都!?
え? な、なんで?
その… 偉い人達は何と?」
『まだ返事は来てないよ。
都合が悪ければ俺と商業ギルド長が殺されて終わりだろう。』
「おおお… っぱねえ…
大丈夫んなんスか?」
『あそこに居る監察官に役に立って貰おうと思う。』
「え!? あの人達が味方してくれるんですか!?」
『どうせアイツら死ぬんだから、その前に少しは役に立って貰わないと。
俺も殴られ損になっちゃうよ。』
「おお!! めっちゃクールッスねええ!!!」
オマエの掌返しムーブの方がよっぽどクールだっつーの。
俺とサンドイッチ男が話していると、突然マカレナが倒れた。
レザノフ卿が斬ったのだ。
それも唐竹割で頭蓋から真っ二つに斬られている。
何もあんな酷い斬り方…
ああ、そうかこの場にエリクサーが存在する事を知っているから即死させたのか。
万が一にも蘇生させられない為に。
美人だったマカレナは見る影もなく、ただのグロ画像となっていた。
監察官たちが驚愕しているが、レザノフ卿は淡々としている。
サーベルを納刀する瞬間、軽く俺を一瞥する。
「次はオマエだ」とでも言いたそうな眼だ。
その傍らにはいつの間にかレザノフ夫人が佇んでおり、こちらはマカレナの死体を冷酷な目で見下ろしている。
彼女達にしかわからない女の戦いが終わったのだろう。
…レザノフ卿はイケメンだしね、殺し合いをしても奪う価値はあるよ。
「ふーん。」
キティがやや認めるような雰囲気を出したので、レザノフの手際は良かったのだろう。
少なくとも俺には全く抜刀モーションが見えなかった。
マカレナの死体を見て初めて、『ああ、斬り殺したのか?』と気付いたくらいである。
『キティ。
あのレザノフって人。
以前君と会ってるんだけど、覚えてる?』
「…さあ。
私、価値のある人にしか興味ないんです。」
『あのレザノフって人はかなり凄い人なんだよ。
貴族だし、腕も立つし、世界中を回ってるし。』
「…ふーん。
でも、そんな人他にも居るでしょ?」
『え? あ、いや。
そりゃあ探せば居るかもだけど。』
「じゃあ価値がありません。
興味がわかないです。」
『キティは…』
「チートさんって《特別な何か》を持ってますよね?」
『え? あ、いや。』
「隠しても無駄ですよ。
私、生まれつき判るんです。
大抵の人間は代わりが利くゴミなんですけど。
ごく稀に唯一無二の価値のある宝物が居るんです。
私には見れば分かるんです。」
『…人間はゴミじゃないよ。』
「ゴミですよ。
本当はチートさんが一番分かってるんでしょう?」
『みんな一生懸命生きているんだ。』
「じゃあ、ゴミじゃない事を証明すればいいんじゃないですか?
簡単なことですよ。
私に証明してくれた人間って殆ど居ないんですけど。」
気がつくと、処刑用の大斧を持ったキティが俺を真正面から見下ろしていた。
さっきまで真後ろで寝転んでいた筈なのだが、いつ起ち上がり、いつ斧を手に取り、いつ俺の真正面に移動したのか見当も付かない。
ザガーン!!!
俺の鼻先に斧が叩きつけられた。
突然過ぎて恐怖すら間に合わなかった。
「異性でそれを証明してくれたのは貴方が初めてです。
チート・イセカイ。」
そんな声が聞こえた気がしたが、それが幻聴か実音声だったのかすらわからない。
ただキティは消えていた。
慌ただしい女だ。
2秒後。
音を聞きつけたヨーゼフが駆け寄ってくれていた。
みんな俺と違って素早い。
「チート君、無事か!?」
『キティ式の挨拶だそうです。』
「気を付けろよ。
その挨拶で何人か殺されてるから。」
『気を付けてどうなるもんでもないですよw』
「確かにw」
ヨーゼフに聞いた所、マカレナは独断専行を始めとした4つの罪状で緊急更迭される予定だった。
懲戒免職の後、実家に送り返される算段があの場で付いていた。
だが、突然やって来たレザノフ夫人が大声でマカレナを弁護し始めた。
「マカレナは良かれと思ってやった。」
「そもそもマカレナの縁族には貴族が多い」
「平民ばかりのこの街で多少のミスがあったとしても問題はない。」
「実家のラゴ商店は帝都でも有名で贔屓にしている貴族も多い」
「そんなマカレナを平民市長の為に処罰したら貴族社会を敵に回す」
陰湿な事にレザノフ夫人はこの論陣を壇上に登ってきた暴徒(当然貧民の集まりである)に向かって張った。
激昂した暴徒がレザノフ卿に「これが商業ギルドの考えなのか!」と詰め寄った為、卿は最善の手段を取らされた。
状況的に斬らざるを得ないところまで追い込まれたのだ。
その後夫婦は無表情のまま数言を交わすと、夫人が場に一礼して立ち去った。
俺は処刑台の上で寝そべりながら様子をただ眺めていたが、「そろそろ降りてくれ」と何人かの騎士に頼まれたので帰宅した。
案の定、俺の関係者が全員地下牢に入れられていたので、深夜まで走り回って回収した。
全員手ひどく暴行されており、特にラルフ君は頬骨を砕かれるほどの負傷を負っていた。
俺は皆に巻き添えを食わせてしまった事を深々と詫びた。
涙が止まらなかった。
本当に無為な一日だったが、2つだけ大きな収穫があった。
意外にサンドウィッチ男が役に立ったこと。
どさくさに紛れてベスおばが逐電してくれたこと。
もう考える余力は無かったので次の日の夕方まで寝た。
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