第12話 チートでヒステリーおばさんの魔の手から逃れる

朝、といってもいい時間だが、4人で仲良く起床。


最近携帯食ばかりだったので、宿の食堂で火の通ったものを作って貰う。


バランがコックを兼任している主人に幾らか渡して豪華な食材を使わせる。




異世界料理の良し悪しは解らないのだが、《八宝菜をコーラ風味にしたような炒め料理》は旨かった。


この街の料理は日本人好みのものが多くて助かる。


屋台でも良く見かけた《味噌味っぽい春巻き》は中華料理が好きな人なら受け入れられると思った。


俺達がワチャワチャ貪っていると、卓上七輪のような器具と肉の盛り合わせが出される。




「ドランさんは肉なんて見飽きてるんじゃないですか?」




「ははは。 人が出してくれる肉ほど旨いものはないんだよ。」




他愛の無い話で盛り上がる。


ベア肉の漢方漬けみたいな肉片を焼いて、ニンニク・タマネギっぽいみじん切りを掛けた物は最高だった。


男の子が好きな味。






『あ、これ好きな味です!』






「お、チートも熊焼の良さがわかるか?


ちなみにこれ、精力食な?」






『え? そうなんですか?』






「どちらかというと俺達みたいな中年のオッサンが精力回復の為に食う料理だよw」






そこから話題が下ネタになり、「男の性器は何歳まで機能するか?」とか「女に性欲はあるのか?」などの下らない話で盛り上がった。


下ネタに関しては、あんまり日本と変わらないな。


しばらく盛り上がってから、宿の奥さんが頼んでた飲み物を買って来てくれたので作戦会議の為に部屋に戻る。






「おお! 奮発したなぁ。  フルーツポーションかぁ!」




「ボク、一回飲んでみたかったんです!」




『フルーツポーション?』




「帝都のお洒落な若者の間で流行ってるんだ。


濃縮フルーツが詰め込まれた栄養剤だな。


俺も口にするのは初めてだが… 


これを飲みながら今後の方針を考えよう!」




バランが注いでくれたフルーツポーション(フルポと略すのがイケてる若者の言い回しらしい。)はアルコール成分も含まれているのか、妙にテンションが上がってテンションが上がって来る!






「あ! これ美味しい!  凄っ! ボクこんなの生まれて初めてです!」






『解る! 都会の味がする!  なんかイケてる若者に近づいた気がする!』






「オマエら若いんだから、ガンガンお洒落して真剣にイケてる若者目指せってw」






「今度、二人にちゃんとした服を買ってあげるよ。 ドラン、俺達もなんか買おうぜ!」






「お?  珍しくテンション上がってるなあw  


今度4人で商店街でメンズショッピングしようぜ。


あ、今のは下ネタじゃないからなw!」






皆で大笑いする。


アカンw  フルポは絶対に酒の一種だww


ヤバい、仕事の話しなきゃなのにw


楽しい。






「じゃあ、ドランは乾燥環境を探しに行くんだな?」




「ああ。 食品衛生法をクリアする場所さえ見つければ、スパイスジャーキーの量産体制を作れる。


最悪ホーンラビットしか入らない状況になっても、十分利益を出せる。


まあ、とりあえずは一旦部屋に戻って手持ちの道具を全部持って来るよ。」






「どのみち店舗は必要になってくるよな。


解体も乾燥も設備産業だからな。


俺とラルフは昨日の価格で解体しとくから、チートは不動産を中心に営業に回ってくれ。


自由時間も長めに取ってくれて構わない。」






『了解しました。


冒険者ギルド隣の物件の所有者であるモリソン氏に接触出来ないか探ってみます。


また、美品魔石の買い取り先としてゴードンさん、そしてケイトという名のお婆さんを当たってみます。』






「バランが美品を出せるからな。


一軒でも多くの売り先を確保出来ると強い。


チート君、期待しているよ。」






こうして開業2日目のスケジュールが決まった。


バランはラルフ君用の解体道具を買ってから配置に付く、とのこと。


とりあえず俺は面識の無い、モリソン・ステラを後回しにしてゴードン雑貨店を尋ねることにした。


店に近づくとゴードン夫妻が店前を清掃していたので、挨拶する。






「おお! チート君。  バランと一緒にやって行くんだって?」






『はい。 俺は外回りを担当する事になりました。』






「わかる。 君、絶対に向いてるよ。」






『ありがとうございます。』






「昨日バラン君とも少しだけ話したんだが、ウチが欲しいのは毒袋・油袋・魔石ね。」






ゴードンさんが本題に入る。


需要はあるらしい。






「とりあえず店内で話そう。




ウチは妻がポーションの製造を、私がそれ以外を担当している。


妻は薬学部を卒業していてね、この街では数少ない製剤資格持ちだ。


だから軍の納品クエストにも参加出来る。」






『納品クエスト?』






「ほら? 軍隊って一番薬品を必要とするポジションでしょ?


回復や解毒、夜間哨戒用の覚醒剤。 栄養剤に興奮剤。 虫除けに獣除け。」






『確かに。


幾らでも思いつきますね。』






「ポーション程度なら何とでもなるんだけど。


戦闘用の興奮剤とか臨時止血剤になると実務経験が豊富な専門家にしか量産出来ないからね。」






『それが作れるって凄い奥様ですね。』






遠目からこちらを見ていた奥様は優しい微笑で会釈をするとバックヤードに入っていった。


きっと作業があるのだろう。






「で、ここからが本題なんだけど。


レアな薬品を生産する為には美品魔石が必要となる。」






『はい。』






「それも複数種類の美品を少数ずつストックしておきたいんだ。


ウチはかなり良い保管庫を持っているから完璧な美品なら10年弱保存可能だ。


ポピュラーなものはそれなりに揃えてるのだけれど、ワイバーンやキメラのような、そもそもこの辺に生息していない魔石の入手には苦労してる。


ああ、後コング系は喉から手が出る程欲しいな。


戦闘用興奮剤の素材として必須なんだ。」






『つまり珍しい魔物の美品が手に入ったら優先的にってことですね。』






「話が早くて助かる。


今リストを書き上げるから商品でも見ててくれ。」








やはり営業は足だな。


しかも転売屋じゃなくてちゃんと生産者と話さないと駄目だ。


ステラ婆さんとやらも頑張って見つけよう。


そう思いながら道具を眺める。


帯剣用のベルトや革製のバックパックなど、男の子心をそそるアイテムが多い。


ウキウキしながら店内を見回っていると店の端っこに本棚があるのを発見した。






『この店… 書籍も扱ってるんですね。』






「いやあ、最初はそのつもりだったんだけど…


この街には知的階級が殆ど住んでないから、書籍の取り扱いは諦めたよ。


そこにあるのは好事家向けの骨董だけ。


皇帝時代にはそんな分厚い書籍が主流だったんだよ。」






背表紙には【王権神授論】とか【帝国名門総覧】とか【式典別作法指南】とか書かれていて、生活に直結しそうな物は見当たらなかった。


何か役に立ちそうな本を探していくと、【魔石取り扱いマニュアル】【帝国本草学辞典】という如何にも仕事に直結したタイトルを見つけた。






『すみません。 この書籍を購入する前に中身を確認する事は可能ですか?』






「え!?  駄目ではないけど…」


【あー、参ったなぁ。 あの棚の本って崩れやすいんだよね。】






『失礼ですが、お幾らですか?』






「あー。 ゴメンね、装丁に刺繍が入ってるから2冊で金貨50枚しちゃうんだ。


あ、これ骨董品の値付けだからこんなモンなんだよ!


本当にゴメンね。」


【あちゃー。  みんな怒るんだよね。


1冊25万なんてボッタクリにしか見えないよね。


古書なんて変わり者の貴族が気まぐれで買うか買わないかだからなぁ…】






『では少しでも破損させた場合、50万ウェンを弁償します。


必要なら閲覧料を支払いますので、少しだけ中身を確認させて頂けませんか?


一旦ここに金貨置きますね。』






「あ、ああ。 いやこっちも弁償とかそんな大袈裟を言う気はないんだけど…


どうぞ、中身見て行って下さい。


挿絵とかも入ってるから、おぼろげにニュアンスは伝わるかもね。」


【最近の若い子はこんな物に興味があるのか? こんなもん暇な老人でも素通りするぞ?】






『ありがとうございます!』






俺は本を破損させないようにゆっくりと表表紙をめくった。


そして飛び込んでくる、扉に記載してある一文。






【本書籍は極言すれば人類にとっての害悪である魔物を活用する為の手引である。】






『あっ!』






俺は思わず声を上げる。


おおお、いきなり当たりを引けたぞ。


多分、これ俺にとって一番必要な書籍だ。


《魔石取り扱いマニュアル》を軽く読み進めるが、まさしく魔物解体が体系化され始めた時代に刊行された書籍であり、それ故に初心者用マニュアルとしての可能性を感じた。


素晴らしいのは、どの魔石からどの薬品を精製するのかが、事細かく記載されており、ご丁寧に魔石解体時の注意事項まで書き添えられていた。


おいおいおいw


バランみたいな本職の解体屋にとっては常識ばかりだろうけど、俺がこの書籍を読みこなせれば工房の役に立てるかも知れない!






『魔石取り扱いマニュアルは購入します!


あの、帝国本草学辞典の方も少しだけ閲覧させて頂いて宜しいでしょうか!』






「え!?  あ、どうぞ。」


【この子イラストとか好きな子なのかな?


ああ、言われてみれば美術系の人間は古書の挿絵をモチーフにするって聞いた事あるかも。


でも、そっちの辞典には挿絵は無かった筈だぞ?】






ありがたい!


このグランバルドの植生全般が記されている。


こちらで一般的な鉱石・植物の説明が平易な言葉で説明されており、【鉄】【銅】といった地球にもある素材から【ミスリル】【ヒヒイロカネ】といった地球には存在しないものも記載されている。


また、これが一番助かるのだが魔物毎に牙・角・爪の用法も丁寧に解説されていた。




ふーむ。


解体屋の新入りの俺の為にあるような書籍だ!


これさえあれば皆の役に立てるかも知れない!


幾ら営業担当とは言え、実務が全く出来ないのでは限界があるだろうからな。


寝る前にこの本を読んで少しでも業界知識を身に着けるぞ!






『ゴードンさん!  買います!  売って下さい!』






「え? え? え?  いや!  2冊で50万ウェンもするんだよ!?」


【おいおいおい!  え?  買うの?  え?】






『いや、当然定価でお支払いします!』






「あ、あの…  バラン君の開業祝いも兼ねて少し値引きしようか?


年代物だからそんなに大きくは引けないけどさ…」


【バランとはいい関係を築きたい。 


高額商品を弟子に売りつけたと思われたら、機嫌を損ねてしまうかも…】






『いえ! こちらからお願いした事なので、是非定価で買わせて下さい!』






俺は強引に金貨をゴードンさんに押し付けると、書籍を薄い透明ビニールのような紙に包んで貰う。


さっそく宿に帰って厳重に保管することにする。


ゴードンの気が変わっては困るので、俺は本を胸に抱きしめて店を出ようとした。




すると、こちらを怖い顔で睨んでいるオバサンと目が合った。


ん?


何この人?


あ、そうか俺が長話をしてたから待たされちゃったのかな?


俺は謝罪の為に軽く会釈してからオバサンの横を通り過ぎようとする。






「悪いけど、少しだけ待って下さる?」


【もしかして…】






突然、オバサンに腕を掴まれる。


結構力強い。


え? 何この人?


何で怒ってるんだ?


て、痛痛い! 


力強っ!?






「店主! 先週に見せて貰った書籍!


この少年に売ってしまったんですの!?」


【困る困る困る! どうして私は取り置きを頼まなかったのかしら!


いや、そこじゃない! そこじゃありませんことよ!


どうしてこの少年は狙っていた2冊をピンポイントで購入しているの!?】






「す、すみません。 ご指示があれば取り置きも出来たんですが…


開業以来誰も興味を示さなかった骨董がまさか売れるなんて思っても…」


【いやいやいいや!  


そんなに欲しいなら取り置き料金払ってくれればいいだけじゃない!


そんなに睨まれても困るよ!


そりゃあ、貴方が顔見知りなら気を利かせるよ?


でも貴方、先週フラッと入ってきて無言で立ち読みして無言で出て行った一見さんだよね?】






「取り乱してしまったわね。  


謝罪します。  申し訳ありません。


それで… お尋ねしたいのですけど… 


魔石も本草学も… 偶然今、売れてしまったということ?」






「あ、はい。  丁度今です…」






「ワタクシ。 急いで現金を用意してきたのですけれど…」


【おかしいですわ。 


どう考えても不自然。 


大学司書でも価値が解らないレベルの書籍なのに… 


あ! なるほど!  この二人はグル!  


きっとワタクシが銀行に高額受取手続を出したのを見られたのよ!


くっ! 裏目に出たわね!  


敢えて現金を持ち歩かなかったのが裏目に出た!


それで私が宿に戻るのを確認してから、二人で見え透いた芝居を!


《丁度買ったばかりですが、譲りましょうか?》


などと言って高値で売りつけるつもりで!?


それなら店主は善意の第三者となり、商法上も一切問題はないわね。


どうする?  今こちらの手元には80万ちょっとしかない。


幾ら吹っ掛けて来るつもりかしら!?】








うおお。


脳内長文オバサンだ。


この人頬骨が張ってて、目が吊り上ってて、唇がヒクヒクしてて


如何にもヒステリーオバサンって雰囲気…


ああ、俺こういうオバサンって本当に怖くて駄目なんだよなあ。


ぶっちゃけ見た目が生理的に無理なんだよね。








あーやだやだ。


これが若者が営業を嫌がる理由なんだよねえ。


前に2ちゃんねるで見たわ。


外回りしてたら、絶対変なオッサンやオバサンに粘着されて、それだけで消耗させられるってみんな嫌がってたもん。


ああ、確かに皆が営業嫌がる気持ちわかるわぁ…








「で、ワタクシはどうすればいいの?」


【ったく、これだからスラムは嫌なのよ!


この丁稚も典型的な賤民顔。


そもそも見た目からして生理的に無理ですわ。


はーー(クソデカ溜息)


こういう悪徳商法って処罰する方法ないのかしら?


今度、旦那が司法省で出世しているスザンヌに頼んでみようかしら…


あー、でもあの子ワタクシのこと嫌ってるし、何よりワタクシがあの子のこと大嫌いなのよね。


あんな女に借りを作るくらいなら死んだ方がマシ。】






物騒なオバサンだなあ。


ああ、そうか心が荒れてるから目尻にシワが出来るんだね。


俺は気を付けよう。








『あ、はい。


どうすれば、と申しますと。』






「そういう駆け引きはやめましょう。


幾ら出せばいいの? その本、貴方には関係ないでしょ?」


【あーやだやだ。  典型的なスラム商法に引っかかってる自分が居るわ…


自己嫌悪だわー。  何をやってるんだか、ワタクシ。】






『そう言われても困りますよ。


それに俺は解体屋の丁稚です!


業務に関係ある書籍を買って何が悪いんですか!』








オバサンの身勝手な言い分に俺も思わず感情的になる。


この世界にコンビニがあったら、コピーをくれてやるんだが。






「解体屋の丁稚… ね。」


【はい、証明終了。


そんな下層民が古書を欲しがる訳ないし、そもそも何の書籍かすら分からないでしょ?


要するに店主とグル。


口裏を合わせる為に、予め書籍のジャンルを店主が吹き込んだ。


丁稚がワタクシにゴネ易いようにね…


あーやだやだ。  幾ら吹っ掛けてくるつもりなのかしら…】






『俺も仕事中なんで、もう行きますよ。』






「はっw 


解体屋の丁稚さんなのに古書漁りがお仕事な訳?


語るに落ちるとはよく言ったものね。」


【ほーんと、ワタクシ何やってるのかしら。


丁稚と議論してどうなるんだって話…】






『俺は営業担当なんです。  


書籍は自己研鑽の為に個人的に買っただけですよ!』






「そう偉いわねー。


ジコケンサンしてるのねー。


難しい言葉知ってて偉いわー。


ワタクシも見習うわー。


60万ウェン出すわ。


これなら二人で山分け出来るでしょ?


この金額で手を打ってくれない?」


【あー、しまった。


感情的に大雑把な値上げしちゃったわ。


この子イラつくから、ついね。


ヤバいわね、吹っ掛けられるカモムーブしてるわ。】






『何を勘違いしているのか分かりませんけど。


俺には本当に必要なものなんです!


言い掛かりはやめて下さいよ!』






「フー。(怒りを噛み殺した溜息)


70万出すわ。


大声を出したことは謝罪します。


お願いだからもう許して。」


【…胃が痛い。


遥々帝都からこんな僻地まで来て…


頭がおかしいんじゃないかしら、ワタクシ。


やっと目標に辿り着いたのに。】






…このオバサン。


ひょっとして、この書籍をピンポイントで買いに来たのか?


そんなに貴重な本なのか?


骨董価値?


いや、それならもっと豪華な書籍もあったし…






『…お仕事か何かで必要なんですか?』






「…一応、本職だからね。」


【本職を退職するくらいにガチの本職なのよねー。】






『申し訳ありませんが、この書籍は販売出来ません。


こちらも業務で使用する可能性が極めて高いからです。』






「…奇遇ね。」


【こっちの台詞なんだけどな。】






『ただ。』






「ん?」


【ん?】






『どうしても必要なら、こちらが通読した後に閲覧を許可することなら可能です。』






「え?  通読?」


【理解不能理解不能。  今、この子通読って言った? 


ん? 値段を吊り上げたいってこと?】






『辞典は後回しにするつもりなので…


ああ失礼魔石取り扱いマニュアルもある意味辞典的な書籍ですよね。


俺がマニュアルを読んでいる間なら、《帝国本草学辞典》に目を通すことは許可します。』






「…え?」


【…え?  ちょっと待って。


この子、どうして書名を正確に言えたの?


さっきワタクシが…


違う! ワタクシは《魔石も本草学も》としか言わなかった。


店主から書名を覚え込まされた?


いや、あの店主に古語の素養が無い事は確認済み。


先週来た時にちゃんとわかって無い事をチェックした。】






『欲しいのはどっちですか?』






「ん?  どっち、と言うと?」


【駆け引き開始? 値段吊り上げようとしてる?】






『つまり骨董価値か情報かって話です。』






「情報よ。」


【あ、この子。


顔に似合わず知能があるわ…】






『じゃあ、俺と同じですね。


メモ程度なら許可しますが…』






「…念の為確認するわね。


貴方、これが読めるの?」


【いや、改めて遣り取りを振り返れば断言出来るわ。


この子、書籍の内容を完全に理解している。】






『字くらい読めますよ。』






そこまで言って、ようやく気付いた。


あ、これ【心を読む能力】の応用だ。


恐らく、俺は無意識のうちに、スキルでこっちの世界の文字を【読んで】いた。


そうか、このオバサンの不信感がようやく理解出来た。


これはグランバルドにとっての古書。


普通は読めない筈なのに、社会的には最下層とされている解体屋の丁稚の俺が購入した点を不自然がられた!


そりゃあ詐欺と思われるわ…








「…奇遇ね。


ワタクシも《字くらいは読める》わ。」


【ワタクシくらいのものでしょうね。 


薬学部でここまでやるのは。】








『俺は…  


伊勢海地人と言います。


みんなからはチートと呼ばれてます。


所属はバランギル工房、昨日開業したばかりですけど。』






「ワタクシは…


エ、   …ベスと呼ばれ  


呼んで下さい。」


【呼ばれてはいないけどね。


誰からも。】






『とりあえず業務に戻らせて下さい。


職場は城壁沿いの露店。


常宿は《北地区勤労センター》です。』






「…セントラルホテルに滞在しております。


また正式に話をさせて下さい。」


【あー、初対面の男の人に宿名言っちゃたわ。


これって淑女規定違反かしら?  知らんけど。】






これが俺とベスおばさんの長きに渡る因縁の始まりだった。

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