第13話 チートで不動産市場の魑魅魍魎に立ち向かう

【設定おさらい】




00.地球人をはじめとした未開星系人を異世界に送り込んでいるのは標準座標≪√47WS≫




01.標準座標≪√47WS≫の目的は異世界に送り込んだ未開星系人から特殊スキルを抽出すること




02.現在、標準座標≪√47WS≫は《狂戦士》のスキルを探している




03.獲得した《狂戦士》を未開星系人に組込んで、戦争奴隷として販売する事までが予定内。




04.この異世界は月の内部に作られた人工世界




05.地球からの転移者は概ね《前線都市》なる城塞都市周辺に着地する




06.《前線都市》はグランバルド帝国なるほぼ人間族のみで構成された国家の最辺境




07.帝国の通貨単位はウェン。 物価指数的に1ウェン=1円のレートと言っても過言ではない




08.主人公は【心を読む】スキルを身に着けている。 対象の内面を活字と音声で確認可能




09.魔物の体内には魔石と呼ばれるエネルギー結晶体があり、製薬や動力源に用いられている




10.主人公は不細工でひ弱でコミュ障。 考えられる限り最低スペック。




11.主人公はガチの生ポ民、祖母・父・自分と3代に渡って公共の福祉に寄生し続けて来た。



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俺はベスオバサンに別れを告げると、ゴードンの店を走って離れた。


途中まで小走りで追って来られて焦ったが、路地裏をジグザグに走ってなんとか撒く。


そして、尾行されていない事を確認すると、露店で布を買ってから書籍を腹に巻き付ける。


あの人の執着は相当なものだったからな。


当然、空き巣を警戒しておくべきだろう。


しばらくは肌身離さず持っておこう。




うーん。


やはり自分の家は必要だな。


安宿では、そもそも財産を持つこと自体が危険だ。




モリソン物件である必要も無いが…


何らかの不動産を確保しなくてはならない。


それも一定の警備力が備わった不動産を。




歩いていると街の掲示板が目に入って来る。


そっか。


今まで何気なく通り過ぎていたが…


【心を読む能力】を応用すれば、掲示板の内容は全て理解出来る。






【テナント募集】


【土地売ります】


【利回り10%賃貸物件あります】


【一階テナント開業可能!】




うーん、俺は不動産には素人だが。


この前線都市の人口減少が著しいという事がよくわかる。


1円=1ウェンで計算しても、かなり不動産価格は安い。


グランバルドの相場を知らないなりにも安い。


何人かが危惧していた《リザード族の侵攻》と関係があるのだろう。


まあ俺だって戦場になるかも知れない街になんて住みたくない。


そう思いながら掲示板を見ていると【モリソン】の文字列が目に飛び込んできて八ッとする。


計17枚の不動産譲渡案件の中で4件に【ロバート=モリソン】の署名がある。


彼が件のモリソン爺さんであるかは不明だが、ロバート=モリソン氏が不動産を投げ売っている事は明白である。




その4件を注意深く見ると、そのうちの1件に


【超一等地商業テナント地上5階地下1階 従業員寮併設】


と記載されていた。


いや、もうここだろ!


そして気になるお値段は…


斜線で消された【2000万】の隣に【800万】の弱弱しい文字が。


何か察してしまうな。


お気の毒に…




まあ800万も手が出ない額だけど。


モリソン爺さんの顔だけもチェックしておくか。


連絡とかどうするんだろう?


【直売】って書いてるってことは不動産屋的なシステムを通さずに売りたがってるってことだよな。


この世界電話もメールもないみたいだが。




あ、これだ!


【モリソン土木北支店迄】


って書いてる。


物件が欲しい人間は店まで行って直接交渉するんだ、きっと。






俺は何人かの親切そうな人に教えて貰ってモリソン土木北支店に辿り着いた。


泊っている宿に近くて助かる。


遠目に見る限り、建物は大きいが人の気配が少ない。


まあ人口減の街なんだから土木屋が寂れているのは自然だな。




中を覗き込もうとドアに近寄ると、突然出て来た気難しそうな老人と目が合ってしまう。


あ、コイツ絶対モリソンだ。






「なんじゃキサマは!」


【なんじゃコイツは!】






おいおい爺さん、いきなり怒鳴るなよ。






「何ですか父さん。  大声を出さないで下さいよ。」


【はあー。 そろそろ死んでくんねーかな。】






続いて出て来たのは…  まあ言動から察するに息子さん以外の何者でもないだろう。






『あ、こんにちは。』








「何の用じゃ!!」


【何の用じゃ!!】






あー、俺こういう爺さん苦手なんだよね。


常時ケンカ腰っていうか…


マジ老害だな。






『不動産の張り紙を見て来ました。』






一刻も早くこの場を立ち去りたいので、本題に入る。






「え?  ウチは賃貸はやってないよ?」


【なんじゃ? この貧相な丁稚は。


てかコイツ少し臭いぞ?】






え?


マジ? 俺臭いのか?


まあずっと解体作業に立ち会ってたし、嫌でも臭いはつくか。






『いえ、テナント譲渡の掲示を見てきました。』






「ああ、なるほど。


アンタ丁稚だから、親方に様子を見て来るように命令されたんだな。


で?  所属は?」


【ああ、あるある。


職人あるあるじゃよなー。


不動産取引みたいに大金が掛かった場面でも、取り敢えず丁稚に行かせるという。


まあ、ワシも割とそういうムーブするけど。】






『昨日開業したバランギル工房です。』






「知らんな。」


【マジで知らん。】






「お父さん!   …ごめんね、君。


まずは開業おめでとうございます。」






『丁寧なご挨拶痛み入ります。』






「それで、キミの親方さんは、どの物件を見て来るように仰っていたのかな?」






『冒険者ギルドの隣の精肉店跡です。』






言った瞬間、モリソン親子が厭そうな顔をした。


おいおい、その表情ビビるからやめろよ。






「あーーーー。  あそこね。


え?  どうしてまた…」


【あーーーーー。  絶対決まらないだろうなあ。


残置物。 食品の臭い。  変な間取り。


あそこは肉屋開業希望者でもなければ…


そりゃあ売れないよなあ。


こっちは1秒でも早く商都の新居に移りたいのに。


あそこが指定物件だから、市民権を売ってくれない!


ああ、キャッシュならあるのに!


あの物件さえ処分出来れば!!!!】






あー、なんか読めて来た。


モリソン一家は土木業で溜めたキャッシュで商都に移住したい。


新居を買ったということはカネはあるし、何より引っ越す気満々だったのだろう。


でもあの精肉店跡が《指定物件?》なので商都の市民権が買えない。


指定物件っていうのは多分あれだ、その物件を保有していることで転出に何らかのデメリットがある物件。


モリソン一家に最後に残った唯一の足枷。








『師匠は安ければどこでもいいって言ってます。


たまたま目に付いた物件に俺を派遣しただけで。』








「なるほどね!  なるほど!  あああ、なるほど!」


【マジっすか!?  マジっすか!? 救世主様ですか!?】








『えっと幾らでしたっけ?』






「3000万じゃ!」


【あれ? 4000万じゃったか?】






「お父さん!  それは前の値段でしょう!


今は800万円です。」


【余計なこと言うな、ボケジジイ!


カネなんて幾らでもええねん!


要は売買証明書が欲しいだけやねん!


カネ払ってでも引き取って欲しい物件!


ただ法令上、向こうからカネを払って貰わなきゃ証明が降りない!】






あー、なるほど。


モリソン家はモリソン家で大変そうなだ。


あー、なんか駄目元で行けそうな気がしてきた。






『すみません。


師匠から全財産を預かってるんですけど


50万ウェンしか無いんです。』






本当はもうちょっと持ってるけどね。






「ハア?  え? いや。  ハ?」


【全財産50万でよく師匠とか名乗れるな…】






『ですよね。


師匠には不動産は諦めて一生野外で露店出しとくように言っときます。』






「野外露店っ…」


【最底辺やんけーー!!!


ああ、そりゃあ全財産50万で勘違いするわ。


いや、待てよ。


もうコイツでいいか。】






「いやいや待って待って。


開業したてなんだよね?


あーそりゃあ同じ街に住む仲間としてお祝いしなくちゃ駄目だわ。


ねえお父さん! (ウインクパチパチ)」


【ババ抜き相手、もうコイツでええわ。


1秒でも早くここを処分せんと、子供の進学が台無しになる。】






「ばっかもーん! 元は何億もする超一等地物件じゃぞ!


それを50万とかっ!!!  喧嘩売ってん…


ん?  何?  そのウインク何?   ああ!  そういうことね!


仕方ないのぉ♪


同じ街に住む仲間じゃ♪


慈善事業だと思って50万で妥協してやろう♪


いやあ大損じゃわい❤」








その後、モリソン親子は強引に俺を馬車に乗せると、何の同意も無く俺を役場に連行し


役人の目の前で俺から50万ウェンをむしり取って、腕力で母印を押させた。


(土建屋だけあって腕力も滅茶苦茶強かった。)


驚くべき事に、これが合法ならしい。


いいのかグランバルド?


地球人の俺には当然戸籍が無かったのだが、指定物件を購入した事で逆算的に戸籍が発生した。






『あの、係員さん。


戸籍とかってもっとちゃんと保証人とか…


もっときっちりしてるものじゃないんですか?』






「え?


イセカイさんの身元保証人は自動的にモリソンさんになりますけど?」


【法律で決まってますから。】




『え? 何で?』






「いやいや。


『何で?』もへったくれもないですよ。


そういう法律なんです。


あ、後。


指定物件の譲渡なので、当然モリソンさんが保有している上級市民権と参議権も移行しますよ。」


【法律で決まってますから。】






おいおい、俺は余所者だぞ?


もうちょと親切にルールを教えてくれよ。


というか、この小役人!


俺がさっきからチートスキル全開で心を読み続けているのに


【法律で決まってますから。】


としか考えてない!


何だオマエ!  何なんだよ!!!








「あーチート君。


なんかノリで君に売っちゃったけど。


師匠が欲しがったら転売するといいよ、3000万ウェンくらいでw」


【ふー、ババ抜きしゅーりょー。】






「それじゃあチート君。


達者でな。」


【やっと指定解除されたわ…


こんな糞街、とっとと捨てるか。】






『ちょ!  もうちょっと丁寧に説明をですね!』






「んじゃこれで。」


「んんじゃの。」






役人に食い下がろうとするが、どこからかベルが鳴り響く。






「はーい、終業でーす。」






言うなり役人は窓口のシャッターを下ろしてしまった。


念の為全精神力を集中してシャッターの向こうの心を読むが


【終業でーす】


としか聞こえない。




あーくっそ。


この能力の弱点露呈した。


あー確かに。


この能力は役人と相性悪いかも。




…だってオマエら惰性で仕事して、何にも考えてないじゃないか!




そして、警備員的なオッサンに追い立てられて俺は役所をつまみ出される。




【さー、帰ろ帰ろ。】




案の定、この警備員も大したことは考えていなかった。


信じ難い事にモリソン親子は俺をほったらかして馬車で去ってしまっていたので、俺は敗北感と共にとぼとぼ街を歩いた。


途中、全員モヒカンのチンピラ集団が道を塞いでて怖かったが、俺が城門に行く方法を尋ねると親切にも送ってくれた。


精神的に疲れていた俺はドランにねだって干し肉詰め合わせセットを彼らにプレゼントした。






『みんなゴメン。


冒険者ギルドの隣、俺の名義で買っちゃった…』






バランは少し考えた後。






「相変わらず生き急いでるなー。」






と呆れてくれた。


その後、ドランが指定物件やら上級市民やらの解説をしてくれる。






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《指定物件》




市民権とセットになっている物件。


主に公共性がある物件が指定される。


災害時の復旧手当や軍隊駐屯時の優先賃貸権が付与される。


但し指定物件保有者は他都市の市民権を新規に購入出来ない。






《市民権》




階級に応じて段階的に不逮捕特権の幅が広がる。


身元保証人や婚姻・養子縁組の仲介人になれる。


また婚姻資格にも密接に関与している。


後、街の収益が配当として貰える


(但し前線都市は赤字なので1ウェンも貰えない)




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くっそ。


街から出れなくなったじゃねーか。


まあ、ネグラをキープ出来たのは大きいか…





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