第10話 チートで買い叩く

3人で役割を分担すると、俺は20分ほど歩いて冒険者ギルドに向かった。


アンダーソンはギルドの職員と打ち合わせをして忙しかったようなので、ラウンジの隅っこで行われている魔石売買を覗いてみる。


魔石売買の一角に陣取っているのは合計30人ほど。


結構、入れ替わりが激しく売買を終えた者はさっさと輪を抜けて行く。


大声を出すとギルドに怒られるそうなので、皆が声を押し殺して叫んでいた。




方式はシンプルで魔石を売りたい者が横長の机に並び、買い手を探していく。


同時に買い付け希望の者はボードに欲しい魔石と希望価格を書いて売り手を待つ。


魔石売買グループは鑑定を請け負っているらしく、恐らくは鑑定書らしき書類にひっきりなしにサインを入れていた。


てっきり公正な取引システムに見えるのだが、【心を読んで】みると、徒党を組んで値段を吊り上げようとするグループが混じっていたり、水面下で結託している売買タッグ同士が牽制し合ってていて、実態は魑魅魍魎的な世界であった。




俺は先日見かけた小太りの男(多分グループの副リーダー的な存在)を見つけると挨拶をして、解体屋のバランが退職した旨を伝えた。






「ああ、君。 バランさんの弟子だったのか…  どうりで魔石に詳しい訳だ。」






『弟子といっても最近の話ですけど。』






「でもバランさんって確かワンオペでしょ? 店舗どうするんだろう?」






『本店の番頭さんは閉店するかもって言ってました。』






「まあ商都も人手不足って言うしね。 こっちに回す余裕はないだろうねえ。


ああまた解体屋が減るのか…」






『いえ、当面は城外で野外解体を行うとのことですので。』






「おお! 街には残ってくれるんだ。  ああ良かったあ。


腕のいい職人はどんどん街を出ちゃうからw」






『出て行くんですか?』






「お金溜まったら商都か運河都市に引っ越しちゃうからね。


工業系の腕利きは実践都市にスカウトされるし。


私も家と上級市民階級を買っちゃったからこの街に住んでるけど…


もう少しゆとりが出来たら商都にランクアップしたいねえ。」






『ああ、皆さんそう仰いますよね。


不動産も人が入らないって聞きました。』






「特にテナントは駄目だね。 


商売人は出た儲けをそのまま商都への移転費に使っちゃうし。


それで街が寂れて景気が悪くなって、商売を畳む店が増える悪循環さ。」






俺は本題に入る。






『この冒険者ギルドの隣、一等地なのに空いてますよね。』






「昔は取り合いだったらしいんだけどね。


精肉店仕様の作りだから他業種の人は絶対に入ってくれないし…


そもそもここって一等地じゃないよ?


ほら冒険者ってガラが悪いでしょ?


その隣ってカタギの商売人はみんな嫌がるんだよ。」






『あー、確かに。


怖い人多いですもんね。』






「モリソン爺さんも2000万なんてバカな値段を付けるのを諦めたみたいだしね。」






よし、本丸来た。


売り主の名前はモリソンさん。


能力発動!






『50万って聞きましたけど。』






「ああそれは賃貸の場合ね。


まあ50万出す奴なんて居る訳はないけど。」


【そもそもこの街の精肉店に全部断られた時点で詰んでるんだよね。


今、前線都市の不動産は全体的に暴落している。


買い手はこの先更に下がるのを予測しているから、大きな買い物はしない。


大体、いつリザード族が攻めて来るかわからない状況のこの街に自体に価値は無いだろうに。


文字通りここは前線。


さっと稼いでさっと立ち去る為の街なんだよなあ。


はっきり言って1000万でも売れないよ。


モリソン爺さん、この街で残ってる不動産は横のアレだけになったから


本音はもう投げ売りモードだろうなあ。】






『バランが安い物件を探してるんです。


100万くらいで、デカい箱が手に入れば嬉しいって言ってました。』






「100万かぁw  バランさんらしいなぁw」


【うーん100万じゃモリソン爺さんは動かないだろうな…


いや、買い手が全然付いてない今なら交渉自体は応じてくれる可能性は高いか…


あそこは息子夫婦が一刻も早く街を出たがってるから…


息子さんに話を持ち掛けたら、意外に進むかも…】






『100万なら俺でも即金で払えますけど。』






「はははw  親方に店をプレゼントするのかいw


孝行な弟子だなあww」


【そうなんだよな。


100万は無茶だけど、即金200万なら割と交渉に乗るラインだ。】






『モリソンさんってよく話題になりますけど、有名人なんですか?』






「ん?  ああ、建設会社の創業者だからねえ。


俺が若い頃は《モリソン土木》の連中は幅を利かせてたんだぜ?


東エリアの拡張プロジェクトとか、あそこの仕切りだしな。」


【まあ、その稼いだカネをどんどん商都に流出させてる張本人なんだけどな。


息子さんも子供を商都の学校に入れる事しか考えてないし…】






なるほどね。


《モリソン土木》に駄目元で【心を読みに】行ってみるか…


俺もちゃんとした住所は欲しかったし、真面目に不動産探しをしてみるか。


まあどのみち、キャッシュをもう少し稼いでおきたいな。


そう思った俺は能力で魔石の厳密な相場を探ってみる。


探ると言っても、取引を【能力で見る】だけでいいので簡単なものだ。




結論から言えば、楽勝だった。


ここには魔石売買のプロが集まっていて、それぞれが論拠を持って厳密な現在価格を提示してくれるんだからな。


流石に全種類を記憶するのは辛いので、明日からバランが重点的に扱うであろう魔石の買値相場のみを探る。




《ホーンラビット》


美品 1万 キズ 1500




《ワイルドオックス》


美品 8万 キズ 1万




《トード系大》


美品 6万 キズ 8000




《トード系小》


美品 3万 キズ 5000




《スネーク系》


美品 4万 キズ 8000




《ロングスネーク》


美品 7万 キズ1万






大体、皆の心中を読んだ限りはこんな感じ。


役に立つか否かは、バランに聞いてみる。




今回、大きな収穫があった。


一見安定しているような魔石相場がどのタイミングで崩れるのかを見れたことだ。


それは冒険者が大量持ち込みをした時である。


各員の取引が一段落して皆がお開きムードになった時に若い冒険者がやって来た。




彼が持ってきたのはホーンラビットのキズ物ばかり80個。


彼の中では1000ウェン×80個の計算式で8万ウェン前後のキャッシュを獲得する予定だったらしいが、ホーンラビットを必要としている人間は既に仕入れを終えていた。




「1000ウェンでいいんだけど誰か買い取ってくれないか?」




冒険者は焦った表情で皆を見回すが誰も相手にしない。


なるほど、小さな街だから実需が少ないのか!


そして美品と違ってキズ物はすぐに駄目になるから、時間が経てば経つほど値崩れする。


周囲の【心を読んだ】が魔石相場あるあるらしい。


若い冒険者は「幾らなら買ってくれる?」と皆に尋ねるが、反応は悪い。




「今日は在庫補充終わったから…  明日に来たらどうだろう?」




「うーん、出来れば今日カネに換えたいんだけど…」


【パーティー全員の宿代とか食事代とか、もう限界なんだ。


急がなきゃ宿を追い出されるし、そうなるとメンバーに逃げられてしまう。


最低でも2万ウェンあれば何とかなるんだが…】






『お兄さん。  2万で全部引き取ろうか?』






「え? 全部で2万?  安すぎでしょ!」


【ありがとうございます! もう一声!】






『あ、別に魔石が欲しい訳じゃなくて…


お兄さんが困ってそうだったから。


嫌なら無理強いはしないけど。』






冒険者は慌てて周りを見回す。


もっと高値で買ってくれる人間に声を挙げて欲しいのだろう。


勿論周囲は「その値段で満足した方がいいと思うよ?」という反応。






「わかりました! 2万でお願いします!」


【チクショー!  明日からマジでやばいーー!!】






俺から金貨2枚を受け取ると冒険者は慌ただしく去って行ってしまった。


魔石エグいな…


キズが入ると劣化が急速に進む、という性質がこの市場を面白くしてる。


なるほど、バランが重宝がられるわけだ。




俺は冒険者の気配が完全に消えたのを確認して。




『10個1万で欲しい人居ますか?』




と周囲に呼びかける。


皆は嬉しそうにニヤニヤしながら80個の魔石を覗き込んできた。


人間ってカネが絡むと底意地が悪くなるよね。


その中から黒いエプロンを付けたオッサンが近寄って来る。








「兄ちゃん若い癖にエグい買い付けするなぁww」


【コイツ足元見るの俺より上手いわww】




『すみませんw 皆さんの邪魔しちゃいましたかw』




「いやいや、どうやって総額3万で買い叩こうかと思ってたんだが


上には上がいるって思い知らされたよ。」


【チクショーw この兄ちゃんが居なければ3万で買い叩いて大儲けだったんだが。】






『お近づきの印に貴方に譲りますよ。』






「はははw 俺に商売を持ち掛けるのかい?


幾らで売りつけてくれるw?」


【おお駄目元で話し掛けてみるもんだなw】






『3万で。』






「よし買った!」


【プロセスは変わったがベストの結果!


明日は息子達にポーション作らせまくるぜ!】






『と言いたいところですが。


25000に値引きさせて下さい。』






「おいおいw こっちは3万でOK出してるんだぜw」


【やだなー。 こういう提案してくる奴が一番怖いんだよねー。】






『ポーション屋さんとお見受けしました。


それも家族規模で経営されておられるんじゃないですか?』






「…ああ、西地区のグレゴリー商店って言うんだ。」


【コイツは初見だが…】






『俺、解体屋の丁稚なんですけど


師匠のバランが会社辞めて独立するんで…』






「え!? 君、バランさんのお弟子さん!? 


え? 辞めちゃうの?」


【あ、それでこの子…


こんな所に居るんだ。】






『あ、はいチートと言います。』






バランの名前を出した途端に場がざわついた。


本人の認識と異なり結構な有名人らしい。


そりゃそうか。


魔石を扱ってる連中からしたら…


世間の平均確率を無視して美品を出しまくるバランはチェック対象だろうな。


何人かがグレゴリー商店の後ろに並ぶ。


なるほど、バランと繋がりたい人間は結構いるんだな。






「あの… バランさんこれからどうするの?」






『師匠はしばらく城壁沿いで露店解体するそうです。』






「あー。  それもありか… でも、今時城壁ってなあ。」


【うーん、ヤバいな。  街の外で美品が出まくったら、相場が把握しにくなるなあ。】






『もしも必要な魔石があったら師匠に伝えときますよ。』






「ははは、ありがとうw」


【魔石は何だって欲しいよ、買い叩けるのならね。


ウチは家族経営だからマンパワーは安い。 


だからキズ物でも量さえあれば力技で製品化出来ちゃうんだよね。】






『何かあったら気軽に声掛けて下さい。』






「おう、是非!」


【うーん、バランって美品率がかなり高いから…


俺が欲しいのは大量のキズ物を抱えて途方に暮れてる素人なんだよなぁ…


美品を欲しがるのはマンパワーの少ない個人店だ。


この街だとケイト婆さんかゴードン爺さんの嫁だな。】






ゴードン道具店! 


奥さんがポーション作る人なのか。


ああ、なんかこの街のカネモノの流れが見えてきた。


ケイト婆さんという人も後で探そう。






その後もバランに取り次いでくれと3人来た。


2人は冒険者。


「専属職人になってくれないか」


というオファー。




『話があった事は伝えますが、師匠は専属を嫌がってます。


金額はあまり関係なさそうです。』




と正直に回答する。


向こうも駄目元で提案したらしく、あっさり引き下がって帰っていった。


最後の一人はワイアット靴工房の社長。




「ウチねえ、今ねえ、都会向けにスリッパ卸してるのよ。


結構ヒット商品でね。


このご時世でそれなりにいい商売をさせて貰ってる。


で。


材料がホーンラビットなんだけど、いい毛皮が中々無いのね?


首から下に傷の無い毛皮があったら1000ウェンで買い取らせてくれない?」


【駄目元で言ってみよう。


流石に美品で1000は買い叩き過ぎだろうなあ。


ぶっちゃけ3000までなら利益出るんだよねえ。】






『ご提案ありがとうございます。


俺の独断では判断しかねますので、師匠に伺っておきます。


あ、ちなみに傷アリのホーンラビット毛皮は受け付けておられますか?』






「うーん、ウチは500だね。」


【うおっ! その質問想定してなかった!  


嘘嘘! 1500で欲しい! あー、でも美品1000って言っちゃったからなぁ…】






『承知しました。 そちらも併せて師匠に報告しておきます。』






「あ、うん。


まあバランさんも独立したばっかりだからさ!


色は付けるから!  応相談だから!


だから宜しく伝えておいて!」


【やっべえやっべえ。 金づるの機嫌を損ねたらヤバいってw


この子とは仲良くしておこう。】






「あ、チート君。  


魔石の事で困ったらウチに言ってね。


全力フォローするから!」


【だってウチ、昔から家業ほったらかしで魔石売買に入り浸ってたからね。


ぶっちゃけ靴より魔石に詳しいくらいww】






『ありがとうございます。 師匠にはワイアットさんのお心遣いをしかと伝えておきます。』






「えへへへ。 宜しくお願いねー。」


【よっしゃ、心証アップ♪】






皆が帰り支度を始めたので、俺も軽くメモを取ってから席を立とうとする。


すると突然俺の正面に… アンダーソン。


こっそりロングスネークの巣を独占して金儲けしているアンダーソンさん!


ギルドへの報告義務を無視してロングスネーク狩りで稼いでいるアンダーソンさん!






「やあ久しぶりだね。  今ちょっといい?


あ、ご飯まだでしょ?  オジサンが奢ってあげるよ♪」


【ヤバいヤバいヤバい、バランが辞めるって本当?


俺、あの人の腕を前提にスケジュール組んじゃったんだけど?


スネーク用の馬車とか買っちゃたんだけど?


っていうか借金してみんなの装備と馬車を買っちゃたんだけど?


ヤバいヤバいヤバいヤバいーーーーーーー!!!】






居るよね、こういう人。


ある意味冒険者を名乗るに相応しい人だと思う。






『アンダーソンさん。  実は俺から挨拶に行こうと思ってここに来たんです。』






「え! 嘘!? マジ!?」


【え! 嘘!? マジ!?】






『大きな声じゃ言いませんが、アレをまた大量に持ち込まれると仰ってたでしょう?』






「えへへへ♪  後、半年くらいは持ち込ませてくれたら嬉しかったんだけど…


あ、みんなには内緒ね♪」


【クーーーーーーーーーー! チクショウ!  


半年あのペースで稼がせてくれたら!


俺たち全員金持ちになれたのに!】






『既にお伺いかと思いますが、バラン師匠はホプキンス商会を退職致しました。


今の所、復職の意思はない、との事です。』






「傍目から見てもワンオペでしんどそうだったもんね。」


【なのにややこしい仕事持ち込んでゴメンね♪】






『ただ解体業は続けるつもりです。


当面、城壁沿いで野外解体を行う旨、伝達されました。』






「おお! 仕事そのものは続けてくれるんだね!?」


【うーん。 人目に付きたく無いなあ… こっそり持ち込みたいのに…】






『アンダーソンさんのアレですが… 恐らく狩りに手間が掛かってるんですよね?』






「あー、ウチは腕利き揃いだから。 別にハントだけなら余裕なんだけど…


輸送がしんどいね。  ほら、ヌルヌルした生き物って荷台に積み込むだけでも苦労するから。」


【討伐だけなら俺一人でも十分なんだけど…


それじゃあパーティー全体を養っていけないしね。】






『確かに。 まな板に置くだけでしんどいですw


俺の方からも師匠に伝えておきますので、アンダーソンさんが儲かる形に持って行かせて下さい。』






「おおお! 助かるよ!」


【おおお! 助かるよ!】






『独立にあたって料金体系を変えたんですが。


単刀直入に意見を聞かせて下さい。』






「あ、はい!」


【あ、はい!】






『ロングスネークは無料で解体します!』






「おおおおお!!!!」


【おおおおお!!!!】






『但し、魔石だけこっちに下さい!』






「んんんんんん!?」


【んんんんんん!?】






『どうでしょう?』






「うーん、ちょっと待ってね。  今、頭の中で必死に損得勘定するから。」


【えー?  どっちだ?  喜んでいいのか?  悲しんでいいのか? どっちだ?】






『勿論、原理原則でゴリゴリ押す気はありません。


アンダーソンさんが損をしない形、十分儲けて頂く形に収める事が出来れば


と考えております。』






「あ、ありがとう。」


【悪意はなさそうだな… 


俺とは取引を続けてくれるって解釈で合ってるんだよな?】






『俺も新入りなので確認しておきたいんですけど。


ロングスネークって魔石・皮・肉・毒袋がカネになるんですよね?』






「牙も忘れないで!」


【牙も忘れないで!】






『失礼しました。


一匹幾らで換金したいですか?』






「6万」


【一瞬3万って頭に浮かんだけど、倍で言っておこう!


こっそり脳内を整理するぞ!


全て美品なら、魔石7万に対して…


毒袋15000・皮20000・牙10000・肉5000~3000・討伐報酬(要尻尾)10000の計算だ。


くっそ暗算辛いな。 他の全部をどう合算しても魔石1個に及ばないよな。


いやいや、勿論これは全美品のケースであって、この想定自体が既に机上の空論なのだが…


問題は自分で解体しても魔石は絶対砕けてしまう。


パーティーで一番器用なトーマスに練習させているが、正直物になりそうには見えない。


魔石・皮・毒袋の美品なんて絶対無理…


尻尾・牙は誰でもバラせるから問題ない。


そう、一匹20000は確実なんだ。


じゃあ後はそこから幾ら上乗せしてくれるかだよな?


この間のバランは殆どの毒袋・皮を美品で捌いて見せた。


俺もこの業界長いが、ダントツの手際だった。


だからその腕を当てにして、借金して馬車を買ったんだが…


うーん。


かなり攻めた価格設定だな。


ここまで迷わせるということは、かなり賢く計算したということ。


多分、この設定はバランではなく目の前のこの少年の発案だよなー。


あの人は俺と一緒で細かい計算苦手そうだし。】






すげえな。


アンダーソンさんって普段は愚鈍だけど、カネ勘定の時は滅茶苦茶脳がクロックアップしてる。






『師匠にもアンダーソンさんが儲かる形をお願いしておきます。』






「うん、ありがとね。」


【いやいや、絶対キミが値段決めてるよね?】






『俺の個人的な意見ですが、アンダーソンさんとはこれからも懇意にして行きたいです。』






「わーい、やったー♪」


【わーい、やったー♪】






アンダーソンは一通りおどけた後で、ふと真顔に返り。






「うん、わかった。 取り敢えずその条件で実験させて頂戴。


どうしても利益が出なければ交渉させて欲しい。」


【多分、損はしないけどね。


まあ交渉も何も、これだけ解体業者が激減しちゃった今、俺達に選択肢は無いんだけどさ。】






『ありがとうございます。


是非お待ちしております』






俺とアンダーソンは握手して別れた。


想像以上に時間を喰ってしまった俺は、ギルドの売店で《薩摩揚げ》みたいな軽食を買うと走って宿に帰った。


来る時は見かけなかった娼婦(決めつけは良くないがそんなファションしてる)が通りに増えていたので、街が夜時間に切り替わっているのだろう。


昼間閉まっていたシャッターがガラガラ上がって、居酒屋や怪しげな店がオープンし始めていた。








「おかえりー。」


「兄弟子、お疲れ様でした!」






二人はソファーでジュースっぽい物を飲みながらくつろいでいた。


水晶玉のような発光器が壁に子供向けの紙芝居の様な映像を映している。


(この世界の娯楽か?)


リラックスしてくれて何よりだ。






『戻りました。


すみません、情報を紙に纏めさせて下さい!


それまでこちらのメモをどうぞ!』






「チートは勤勉だなあ。」


「おお! みっちり価格表が掛かれてますよ!」






俺は脳に刻み付けた情報を一心不乱に書き出していく。


特に数字部分!


実際の相場と、【読んだ心の中の数字】この二つを対応させながら、丁寧にアウトプットしていく。


特にアンダーソンは長い高額取引に発展する可能性があるので、良好な関係を築きたい。


後、モリソンさんの不動産周りだ。


これは明日裏を取っておかねば。


俺にとってありがたい事に、この街は不動産が安い。


それはどうやらリザード族が攻めて来ることへの危惧がそうさせているとのことだが…


早めに稼いで安全圏に逃げた方がいいな。


商都だったっけ?


この街の人間は稼いだ順に商都に逃げるんだって…


幾ら掛かるんだろう。


魔石は今日出逢ったグレゴリー商店が購買量を見込める。


美品ならゴードンさん、後ケイト婆さんも調べておこう。


ホーンラビットがどこまで入荷するかは不明だが、ワイアット靴工房と上手くコラボ出来れば利益額は確実に上乗せできる。


ああ、それと…






「…でし!  兄弟子ッ!」






ふと大声で呼ばれて振り向くと二人が茫然とした顔でこちらを見てる。






『え? 俺、またなんかやっちゃいました?』






「根を詰めすぎだ。 働きたくないって言ってた癖に!」






「集中しておられたので声を掛けてはならないとは思ったのですが…」






『ごめん、二人とも。  夢中になっちゃってたみたい』






だって仕方ないだろ?


カネ儲け(それもズルが上手く行ってる時)は楽しいんだから。






「おい、チート。


メモに書いてあるグレゴリー・ワイアットって…」






『あ、はい。 両社の社長と挨拶を交わして、取引の可能性を協議してました。


販路を構築出来そうです!』






「両方この街の大手だぞ…」






「兄弟子は敏腕営業マンなのですね…」






『二人とも!  寝る前にこの二社の提案だけ報告させて!』






「チートは本店行ったら社長に可愛がられただろうなぁ…」






「わかります。 すぐに手代に昇格するタイプの人ですよ…」








余程興奮していたのか、俺は深夜までビジネスモデルを熱く語り続けた。


いやあ、労働ってやってみたら楽しいわ。




父さん、俺働くの嫌じゃないかも知れない。

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