第16話 チートでナンパしてみる

かなり手持ちに余裕が出て来た。


理由は明白、テナント付き不動産を現金一括で激安取得したからだ。


バランギルという凄腕の職人が入居してくれているおかげで、仕事や情報のタネには全く困らない。


恐らく、かなりスムーズな異世界転移のスタートダッシュを切れたと言っても過言ではないだろう。


なので。




『女が欲しいです。』




と夕飯の食卓で素直に皆に打ち明けた。




「俺も。」


「俺も。」


「ボクもですよ兄弟子!」




と3人の賛成を貰う。


まあ男所帯だしね。


そりゃあ本音はそうなるだろうね。




『率直に申し上げると、皆のおかげでかなり生活の軌道に乗ったと感じてるんです。


少なくとも今日明日の心配はしなくて済む様になりました。』




「あ、わかる。


正直、余裕出来たよな。


割に合わない仕事は請けないようになったし。」






「相乗効果あるよな。


解体屋のオマエと乾燥屋の俺。


一緒のテナントで作業するだけで、ここまでキャッシュが生まれるとは思わなかた。」






そう。


仕事はもう惰性でやってもカネになる事が判明している。


アンダーソンの持ち込むロングスネークを捌くだけで、毎日相当な額の現金現物が入っている。


正直、俺は居ても居なくてもいい状態になっている。


《家主》という立場の所為か、バラン達は気を遣ってキャッシュを多めに俺に持たせてくれているのも大きい。


住所と職業に仲間、そして貯金。


これらが充実した事で、俺はようやく異世界生活が一段落した事を実感し、当然女が欲しくなった。






『あの…


この街に来てから女性をあんまり見かけないんですけど


女って普段どこに居るんですか?


形振り構わず女が欲しいんですけど。』






「自営業の娘さんは100%家業を手伝ってるな。」






『なるほど。』






「だから看板娘の居る店には独身男が殺到してアピールしまくる。」






『その気持ちわかります。


あ、でも親御さんが商売していない家の娘は何をしてるんですか?』






「一般的には女子ばっかりの職場に集団で就職するな。


牧場とか裁縫工場とか小農園とか。」






『? 


じゃあ殆どの子は職場で男と出逢うんですか?』






「いや、それはないな。


チートの地元がどうだったのかは分からないが、この前線都市や商都では職場は男女で別れてるから。


例えば《男ばっかり働いてる牧場》と《女ばっかり働いている牧場》が併存していたりしてね。」






「それで牧場主同士は交流があるんで、たまに業界内パーティーとかを開くんだよ。


で、そこでカップルが生まれる。


ほら、やっぱり似たような仕事してると話が弾むしな。」






「工房は工房同士、農園は農園同士。


大体、同業者でカップルになるな。」






『じゃあ女ばっかりの解体屋もあるんですね!?』






「ないよ。  ある訳ないじゃん。」






『ぐぬぬ。


じゃあ、解体屋はどうやって女と出逢うんですか!?』






「…チート。


それは俺が教えて欲しいくらいだよ。」






『…ドランさん。 乾燥工房はどうですか?』






「うーん、乾燥業って精肉業の一部だからな。


で、精肉業界が男社会な訳じゃない?


だから、少なくとも俺には女は回って来なかった。


だからバランも俺もこの歳まで独り者なんだよ。」






「チート。


これが若者が解体屋に就職してくれない理由だ。


この職場は《女に縁が無い職場》なんだよ。」






『地味にキツいッスね。』






「派手にキツいぞ。」






「兄弟子…


商都での話なんですが、ボクの先輩にも《給料少ない癖に女っ気がなさすぎる》という理由で退職した方が多いです。


中堅・ベテランでもそれが理由で退職される方が何人か居られました。」






『それでもどうしても女にモテたい場合…  


みんなどうしてるの?』






「…ナンパだな。」


「ナンパですね。」


「ナンパ… しかないな。」






『俺、正直今までモテたことないし、ナンパとか未経験なんですけど。』






「俺もだ。」


「ボクもです。」


「勿論、俺もだよ。」






『なんかアドバイスとか…』






「俺に聞くのが間違ってると思うぞ。」


「いや、ボクはそっち方面本当に疎くて」


「人に助言できる位なら、先に俺が実践してるし。」






『なるほど。


せめてこれだけは教えて欲しいんですけど…


ナンパってどこで行われてるんですか?』






「酒場… だな。」


「酒場… かな。」


「酒場… でしょうね。」






『わかりました! 


俺、今から酒場に行ってみます!』






「おお! マジか!?」


「多めに女子が釣れたらここに持って帰って来てくれ」


「あ、兄弟子…  あの、その!」






『ラルフ君も来る?』






「緊張して来たので次回から連れて行って下さい!」






『じゃあ偵察して来ます。』






という訳で冒険者ギルドの地下階にある酒場に来てみた。


建物が隣って便利でいいよね。


正直、自信がない。


少なくとも地球の女は俺に冷ややかな目線を浴びせて来たし、異世界でたまにすれ違う女も露骨に侮蔑的な雰囲気だったからだ。


普通なら最初から諦めていただろう。


だが、今の俺には【心を読む能力】がある。


相手の思考が読めれば、不向きなナンパも有利に立ち回れるのではないだろうか?




地階に辿り着くと、一種独特の夜の空間の雰囲気があった。


幾人かの見覚えのある冒険者も居る。


キョロキョロしながら進んでいくと「お、酒場デビューかw?」と冷やかされた。




システムの詳細はよく分からないのだが、男区画と女区画に分かれている事はよくわかった。


しばらく観察してみて朧気に理解出来たのだが、基本的には男が女区画に入って行き気に入った女に順にアピールしていくようだ。


でアピールが成功するとカップル成立。


成立男女はどこか(宿に決まってるよね?)に消えていく。




なるほど。


女をゲットするには女区画に乗り込んで口説き落とさなきゃ駄目なんだ。


更に観察していると、やはりイケメンやマッチョは有利で、可愛い順に女を確保して消えていく。


言うまでも無いことが、ブサメンは不利であり手当たり次第に声を掛けているにも関わらず、誰からも相手にされていなかった。




結構、苛酷だな…


俺がよく分からないまま、アップルサワーの様な味のする酒を飲んでいると、何組かの美男美女が満面の笑みでどこかに消えていき、無数のブサメンが肩を落として去って行った。


女区画を眺めていると、どんどん可愛い子がイケメンに持ち去られ、顔面偏差値がどんどん下がって行くのがわかった。


要するにここは《イケメン優位早い者勝ち》の世界なのだ。


(いや、地球もそうだが…)




人の多い場所で使いたくは無いが、とりあえず【心読む能力】を発動してみる。


すると一斉に弱者男性の嘆きと怨嗟が聞こえてくる




【ああ… 結局イケメンが有利なんだよなあ】


【あの女、BBAの分際で俺をあしらいやがって】


【若い子は言葉がキツいから辛いッス】


【何で俺はこんなにモテないんだ?】


【冒険者になったらモテるって聞いてたのに! 話と約束が違う!】




あまりの負のオーラに驚いた俺は思わず能力を遮断する。


そう。


スキルを使い慣れてきたのか、俺は最近ほぼオンオフを自由に出来るようになっていた。


(勿論、常時能力を発動している方が生活上は有利に決まっているのだが、流石にしんどい。)


男の声に辟易した俺は、女区画に入ってから能力を発動した。




【何? コイツ。 キモイ】


【ぶっさ】


【宿に鏡ないんか?】


【職人の丁稚? それにしてはヒョロいなぁ…】


【ああ、駄目この子生理的に無理】


【何? この不細工は?】


【その見た目でよく男女酒場に来れるよね?】


【ってか身長170ないと人権ないのわかってる?】




一斉に俺に向けられる冷ややかな目線と、心無い罵倒の数々。


そ、そこまで言うか?


(いや口には出してないんだけどさ)


確かに俺はイケメンではないが、そこまで不細工ではないぞ!


ガチッったらフツメンくらいは行けるんちゃう?






【うっわーw この子自分をフツメンとか思ってそうw】


【なーに勘違いしてんだかw オマエはブサメンやっちゅーねんw】


【ガチッたらモテるとか勘違いしてそうww】






くっそ。


ピンポイントで反論しやがって!


女ってデフォルトで心が読めるのか?


俺は折れそうになる自分を叱咤しながら、何とか相手にしてくれそうな女を探した。


女区画には30人ほど居たが、俺が目を合わすとどの女も鼻で笑って別の方向を向いてしまった。


こ、これ地味にメンタルやられる…


アカン、泣きそう…






俺が敗北感を噛み締めながら女区画を進んでいくと、一人だけこちらをガン見している女が居た。






【誰でもいいから抱いて!】


【誰でもいいから抱いて!】


【誰でもいいから抱いて!】


【誰でもいいから抱いて!】


【誰でもいいから抱いて!】


【誰でもいいから抱いて!】


【誰でもいいから抱いて!】






うおおお!?


なんだこの女は!?


頭おかしいんじゃないか?


それとなく女を観察してみると化粧が濃い。


甘目に見ても40代中盤、いや50歳くらいは行ってるか…


職業差別をするつもりは無いのだが、ホステスっぽい顔つきをしている…


多分、若い頃はそこそこ可愛… 若い頃は若かったのだろう。


今はそうでないから、不満なのだろうなあ。






【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】


【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】


【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】


【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】


【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】


【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】


【今日、最初に話し掛けて来た男とセックスする!!】






俺が一歩進む為に、ホステスおばさんの圧が強まる。


まあ俺童貞だし。


もうこのおばさんでいいか。


とりあえず誰でもいいからセックスしたいしな。


カネはあるからどこかの宿屋を借りればいいか。


俺は覚悟を決めてホステスおばさんの席にまっすぐ進む。






【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】


【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】


【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】


【え? あの子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】


【え? この子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】


【え? この子アタシ狙い? しゃーない、話し掛けられたら即ハメするか。】






よし。


1人寝よりはマシだろう。






『こんばんは。  一緒に飲みませんか?』






俺がそう言った瞬間。






「は? 嫌に決まってるでしょ。 アンタ鏡見た事ないんか?」


【キッモ、無理。 私にも選ぶ権利あるし!】






おばさんの心中が一瞬にして切り替わった。


おいおい。


それは… 無しやろ…


いやいやいや。


俺はアンタが【即ハメ】って言ってたから、わざわざ声を掛けたのに…


いや、それは反則だろ…


えー、こんなパターンもあるのか?


【気が変わった】と言うパターンか。




その後、俺は他の女にも声を掛けてみるが、全員に言葉と【心】で拒絶された。


俺、そんなに不細工か?


いや、ちょ…  アカン… マジで…  あ、これ立ち直れないかも。


俺は男区画にトボトボ帰って来ると、残った酒を飲み干した。


もっと強い酒を飲んでから帰ろう…




俺がマスターに何かを注文しようとすると、つまみと清酒のセットが卓に置かれた。


「やあ、お疲れ様。」


誰かと思って相手の顔を見返すと、魔石転売で何度か話した事のある小太りのおじさんだった。




『あ、どもども。  いつも取引させて貰ってありがとうございます。


いやあ、恥ずかしい所を見られてしまいました。』




近場でナンパなんてするもんじゃないよな。


失敗した現場を知り合いに見られるほど恥ずかしいことはない。






「そうか?


俺はさっきの現場を見て、いっそう君への評価を引き上げたんだが?」






『いや、からかわないで下さいよ。


見ての通り、全員に振られました。』






「あのさ。


全員に声を掛けれる男なんて、俺は初めて見たぞ。


君、凄いな。」






『え? そこですか?』






「いや、そこだよ!


普通、途中まで声を掛けて失敗してたら


他の女がその遣り取りを見てる訳じゃない?


で、当然断る雰囲気が席全体に広がる訳じゃない?」






『確かに。


途中から《話し掛けるなオーラ》が全開でした。』






「うん。


そこは察していたんだね。


にも関わらず…  


どうして全員に話し掛けたんだい?」






『いや駄目元というか。


いざ話し掛けたら気が変わる子も居るかな?と。


1人に振られる恥も全員に振られる恥も似たようなものじゃないですか。』






「うーむ。


常々、只者ではないと思っていたが…


その若さでここまでの境地に辿り着くとは…」






『あ、ありがとうございます。』






「結構、ナンパ慣れしてるの?」






『いえいえ!  さっき思いついて遊びに来ただけです。』






「え? 初ナンパであの度胸!?  


君、凄いな。


そりゃあ魔石売買で成功する訳だ。」






『ありがとうございます。』






「ああ、それでこんな場所を選んだのか…


初めてなら仕方ないか。」






『?  この場所駄目でしたか?』






「いや、ここは冒険者ギルドの男女酒場だからさ。


やっぱり冒険者の恋人が欲しい女の子が来るのね。


だから当然冒険者がモテる。


冒険者じゃない癖に鎧を来てナンパする奴もいるくらいだからね。」






『あ! 言われてみれば確かに!


いや、みんな仕事終わりだから鎧姿でナンパしているのか、と。』








「ははは。


そこはちゃんと観察しなきゃ。


冒険者の人達って帰って来たら鎧脱いでる事が殆どじゃないw」






『緊張してそこまで頭が回りませんでしたw』






「バラン師匠はそういうコツ教えてくれないの?」






『いや、師匠もかなり奥手な人なんで。』






「あの人、腕の良い職人だから…


アピール次第で普通にモテると思うよ?


稼いでる職人って君が思ってる以上にポイント高いしね。


こんな一等地に店を構えてるんなら尚更。」






『え? そうなんですか?』






「バランギル工房は今この街で一番勢いがあるんだから、それをもっと女子にPRしなきゃ。


勿体ないよ。」






『た、確かに。


でもどうやって…』






「俺もモテなくて苦労したクチだから、勘が働くんだけど。


ズバリ、テンプレだね!」






『て、テンプレですか!?』






「冒険者を好きな女子を口説く為に、ここの男は鎧姿をしてる訳だろ?


ほら、あそこのオッサン、あんなプレートメイル着てるけど北地区のコックだぜ?


一見馬鹿馬鹿しいけど。


冒険者に憧れる女子のテンプレに沿ってるのよ。」






『な、なるほど!』






「じゃあ君たちが狙うべき女子はわかるかい?」






『職人に憧れる女子、ですか?』






「正解。


そういう層は確実に存在する。


だって職人さんは所帯持ってる方が多数派なんだから。」






た、確かに。


地球でもそうだった。


ニッカポッカに好意的な女は結構いた気がする。






「と、なると… だ。


君たちがどんなファッションをするべきかは自明の理だね?」






『テンプレ的職人ファッションですか?』






「正解。


付け加えれば、若い建築業者が着ているようなイキリ系職人ファッションが好ましい。


それこそドラゴンやタイガーの刺繍が入ってたりね。」






おいおい。


地球と大して変わらないじゃないか。






「今度、イキリ系職人ファッションで工業区の男女酒場に入ってごらん。


周りの反応は変わってくるよ。」






『おおお…


言われてみれば、何か希望が見えてきました!』






「その意気だ。


若者は前向きでなくちゃいけない。」








俺は小太りオジサンに礼を言うと、喜び勇んで工房に帰ろうとした。


このモテモテ情報を早く師匠達に報告しないと!


そうだ、今度4人で工業区に行って揃いのユニフォームとか作るのどうだろう。


思いっきり派手めでも面白いな。


夢が広が…






「彼女さん探してるんですかぁ?」






冒険者ギルドの脇門を出た瞬間、不意に真正面から声を掛けられた。


眼前にはピンク髪の美女。


冒険者だろうか?


軽鎧に帯剣している。






「私も丁度、そろそろ彼氏が欲しいって思ってたんですぅ。」






やや筋肉質過ぎる気もするが、顔も身体も俺の好みの子だ。


なんだ?


ピンポイントで俺を狙って待ち伏せ? してくれてたのか?






「まだ夜も早いんで二人で飲みに行きませんかぁ?


私ぃ、いい店知ってるんですぅ♪」






その申し出はとても嬉しいのだが…


どうしてこの女の【心の声】が聞こえないんだ?


あれ?  スキルはちゃんと発動してるよな?


俺は慌てて周囲を見回し、遠方の【声】を拾おうとする。






【ふー。 もう一軒いくかー。】


【明日早番っすよーw】


【また奥さんに怒られますよーw】






よし、左側背のグループの声は聞こえている。


つまりスキルは発動中だ。






「普段、どんな店で飲んでるですかぁ。


良かったら連れてってくださいよぉ♡」






なんだこの女は!?


どうして【心】が読めない?


いや、俺的には滅茶苦茶好みのルックスだし。


今すぐにでも付いて行きたいのだが…


流石にこうも【心】が読めないと… 


対処が…




いや、そういう問題じゃない。


どうしてこの女は自分から手を繋いでくるんだ?


明らかに不自然だろ?


え? 美人局? ハニートラップ? キャッチセールス?






「私ぃ。  今日は奮発してホテル鈴蘭に泊まってるんですよぉ。


最上階の804号室ですぅ♪


すっごく眺めいいんで、遊びに来て下さいよぉ♡」






いや、流石におかしい。


幾らなんでも初対面の男を誘って、部屋番号まで教えるか?


どう考えても異常だぞ。


狂ってるのか、この女?






『いや、俺。


明日仕事早いし。』






「私ぃ!  キティって言うんですぅ。


こう見えても実家は伯爵家なんですよぉ。


お兄さん、名前はなんて言うんですかぁ?」








やばいやばいやばいやばい。


心の中でシグナルが止まらない。


くっそー、顔も身体も滅茶苦茶好みなんだけどなー。


今、セックスしたくてしたくて死にそうなんだけどなー。


それを差し引いても、この女から逃げなくてはならないことは理性も感情も一致して理解出来ている。


ってか、この女に名前教えるのは嫌だな。








「えーー。


名前くらい教えて下さいよぉ♪


シャワー浴びながら相性占いとか超そそるじゃないですかぁ♪」








はい、アウト。


ツーアウトどころか、81アウトをとっくに越えてる。


この世界の仕組みはイマイチ理解出来ないが、悪質犯罪+この女自体もヤバい事が理解出来た。


に、逃げなければ。


と振りほどこうとするのだが、ガッチリ腕を掴まれていて誇張抜きで1ミリも動かせない。






「何も逃げなくてもいいじゃないですかぁ♪


キティちゃんは優しくて可愛くて彼氏さん募集中のお姫様系女の子ですぅ♪」






『あ、あの離して下さい!


人を呼びますよ!』






「えへへへーーw


まあまあ、ちょっとくらい付き合ってくれても…」






そこまで女が言った時、正面から街職員の巡回が来た。


自治都市である前線都市は、騎士が駐屯していない代わりに役所が防犯の為に巡回してくれているのだ。






「ちっ! こんな時間から巡回かよ!」






一瞬で女が凄い形相(恐らくはこっちが素顔だろう)になり、俺の手を離すと振り返りもせずに走り去っていった。


恐ろしい瞬発力だ…


キティとか言ったか…


いやあ、結構平和な街かと思ってたが、夜はあまり歩かない方がいいかも知れない。








まあ、いい。


早く帰…








そう思って工房を振り返った俺の目の前に、恐ろしい形相をしたオバサンが腕を組んで仁王立ちしていた。


怖っ!?


えっ!?  何?






「やっと見つけましたわ!  この卑怯者ッ!」






ええ?


何でナンパは全然上手く行かないのに、怖い人に絡まれまくるんだよ…




『どちら様で?』




と尋ねようとして、思い出す。


あ、この人あれだ。


ゴードンさんの店で粘着してきた、ベスおばさんだ。






『こ、こんばんは…   えっとベスさん。』






「久しぶりね。  伊勢海地人くん。


貴方には、してやられましたわ…


露店も宿もその日のうちに引き払うなんてね。」






『あ、いや。


別にそういうつもりじゃ…』






「セントラルホテル… 


宿代高いから引き払いたかったのですけれど…


貴方が尋ねて来る可能性もあったから身動き出来ませんでしたの。


おかげで、もうすぐ一文無しですわ。」






『あ、も申し訳御座いません。』






「で?


本は読んでるの?」






『とても業務の役に立ってます。


うちの工房の生命線です。』






「ふーん。


古文書を実務にねえ。」






『すみません。』






「別に責めてる訳じゃないわ。


で?」






『で? と申しますと。』






「あのねえ。


ワタクシは貴方の《メモ程度なら許可する》という一言に全てを賭けていたのだけど?」






『ええ、まあ。


そこまで仰るのでしたら。


流石に持ち出しは許可出来ませんが、俺の見ている前でメモを取る位はサービスしますよ。


俺から言い出したことですしね。』






「ありがとう。


感謝するわ。  皮肉抜きでね。


で?  貴方、今はどこに宿を取ってるの?」






『あ、いえ。


あの後、不動産を購入しまして。


今は仲間とそこに住んでます。』






「あら、おめでとう。


新居祝いはまた今度贈らせて下さいな。」






『お気遣い恐縮です。』






「じゃあ、今から案内してくれるかしら?」






『え? 今もう夜ですよ?


こっちは男所帯ですし。』






「背に腹は代えられませんわ。


ワタクシ、本当に路銀が尽きかけているの。」






『いやいや。


この間、結構お金持ってじゃないですか。』






「あの店で他の古書を買ったのよ。


誰かさんに買い占められないように、ね。」






根に持つオバサンだなあ。






「ここから何分くらい掛かるの?


南地区?  工業街?


案内して頂戴。」






『これです。』






俺はバランギル工房を指さした。






「ちょっとふざけないで頂戴!


こんなビル…」






オバサンのキンキン声が中まで響いてきたのか、玄関ドアが開かれた。






「おお兄弟子! 


ナンパ成功したんですね!


流石は兄弟子です!」






違うよラルフ君。


ナンパに失敗したから、今こんな目に遭ってるんだ。


ベスおばさんは余程胆力があるのか、工房にズカズカ入って来た。


おいおい!


アンタも一応女だろ?


よくこんな所に踏み込めるな。






「おう、チート!


ナン…   え、その人?」






出迎えたバランの笑顔が凍り付く。


ベスおばさんって可愛げない上に顔が怖いからね、仕方ないよね。


(ぶっちゃけブ〇だよね。 俺も人のこと言えないけど)


そのすぐ後にドランさんが降りて来るが、同じく凍り付いている。


流石に1階の作業フロアに座らせる訳にはいかないので、3階のリビングに案内する。






「夜分失礼致しますわ。」






言葉とは裏腹に全然恐縮している気配の無いベスおばさん。


ラルフ君が出した葛茶を上品に飲む。


そして、俺に向かって目線で合図する。


心を読むまでも無く【他のメンバーに状況を説明せよ】という意図だ。






『えっと、こちらはベスさん。


俺がゴードンさんの店で本を買った時の話なんですけど。


ベスさんも同じ本を買うつもりだったらしくて…


それで流石に貸し出しまでは出来ないんですけど、メモとか写本程度なら…


って約束してしまって。』






「貴方がバランギル師ですか。


こんなに立派な建物を購入されるなんて尊敬致しますわ。


御開業おめでとうございます。」






「あ、いや。


この建物を買ったのは私ではなくここに居るチートなんです。


私はただの居候で…」






バランがそう言った瞬間、ベスおばさんが怖い顔で俺を睨む。


怖っ!  その表情やめて! 怖っ!






「伊勢海くん。  貴方には後で色々と尋ねたいことがあります。」






『あ、はい。』






「えっと、チートは本を見せてあげるつもりなんだね?」






『ええ、そういう約束ですから。


じゃあベスさん、どうしますか?


俺この建物に居る事が多いんで、明日の昼間から来られますか?』






「え?  今は駄目なのですか?」






『いやいや、宿の門限とかあるでしょう。』






「ですから! 今日宿を追い出されたので必死に伊勢海くんを探していたのです!」






『ええ!?  ベスさん宿なしなんですか?』






「ええ、宿も行く当てもありませんわ。」






『俺と会えなければどうするつもりだったんですか?』






「気晴らしに購入した書籍を路上で読むつもりでしたのよ。」






『じゃあ、まあ。


今夜は空き部屋を貸しますんで…




あ、みんなそれでいいかな?』






「いいも悪いもチートが家主だからな。」






結局、ベスおばさんを5階の家族部屋に案内し、食事と非常用の寝袋を贈呈する。


特に礼は言われなかった。






「それにしても兄弟子。


初ナンパでお持ち帰りとか超リスペクトです。


羨ましいですよ。」






『じゃあ、ラルフ君にあの人譲ろうか?』






「はははw


明日は朝の配達あるんでもう寝ますね。」






ほーんと《はははw》だよな。


ナンパは失敗するわ、変な女に絡まれるわ、変なおばさんに粘着されるわ。


今日は本当に厄日だわ。




あー、しんど。


今日はもう寝よう。


切り替え切り替え。


気持ち切り替えて明日からまた頑張ろう!




みんなおやすみー!

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